『三姉妹の絆』(その参)

 ちょっと前に中断していた「風強波高」シリーズの第4弾(結果的に第5弾の「それがボクたちの軌跡」の方が早く完成しましたが)作品『三姉妹の絆』の残りの部分をアップ。ピクシヴにも同じものをアゲております。
 
 本作中の山本大佐は、無論『鎮守府戦線』の主人公(ヒロイン)であるあの子の成長した姿。あのまま艦娘として提督(おにいちゃん)の下で10年程戦ったのち、テストケースとして艦娘から半引退し、提督になりました。その際、“風嶋一輝”としての戸籍をいったん取り戻したのですが、“兄”に相談して山本家(隼司の両親)に養子縁組してもらい、晴れて正式に山本隼司の妹という立場に。名前も女性っぽく“和希”と改名した……という設定。
 ちなみに、この山本大佐、部下の艦娘や同僚の提督連中には、「可憐な美少女の見かけに反して、タフで辣腕(やりて)な提督」という顔を見せていますが、兄である隼司を筆頭に義姉である翔子(元翔鶴)、菱乃(元金剛)、愛美(元愛宕)達の前では、「甘えん坊な妹」のままだったり。隼司の実家でも、養父母に娘として可愛がられています──肉体的にはともかく戸籍年齢は27歳のはずなんですがねぇ。外見的には「18歳に成長した島風」というコンセプトで、イメージとしては「プリンツ・オイゲンとビスマルクを足して2で割り、鹿島の制服を着せた」感じ。

三姉妹の絆』(その参

 そして12月22日──クリスマスイブを明後日に控えた“特別指導訓練”最終日の午後、良介は山本大佐の執務室に呼び出されていた。
 「それでは長井士官候補生。まずは、君に対する特別指導訓練は、本日1300(ヒトサンマルマル)をもって無事終了したわ。おめでとう」
 「はいッ、ありがとうございます!」
 大佐の労いの言葉に、ピンと背筋を伸ばした姿勢で良介は礼を述べたが、ここまではあくまで前振りだ。本題は別にあることは両者ともわかっていた。

 「さて、君が一番気にしているであろう“提督資質評価”についてだけど……訓練にあたった香取、鹿島両教官からの報告をもとに、私が判断させてもらったわ。結果はD──予備役相当ね」
 (艦娘の)提督となり得る“素質”というのは先天的ないわば体質のようなものだが、10年前ならいざ知らず、現在の日本海軍においては、この“素質”だけで提督への適性が判断されることはない。艦娘の指揮に必要となる軍事知識や戦略・戦術の立案実行能力、さらには性格・性向といったメンタル部分までも考慮して、A~Eまでの5段階で評価されるのだ。

 「それは……自分は提督になれないということでしょうか?」
 Aが「提督となるために生まれてきたような人材。今すぐ鎮守府に送っても即戦力になる」のに対して、Dは「提督としての適性は低いが、皆無ではない。念の為予備役として登録しておくことを薦める」というレベル。
 Eが「提督としては極めて不向き。採用すべきではない」と完全な不合格判定で、それに比べればマシと言えるかもしれないが、実際に提督になって活躍する人材のほとんどがAかBの判定を受けていることを考えると、Dは補欠(C)のさらに補欠、事実上の戦力外通知と言っても良かった(※)。

※メタな話をすれば、本シリーズの登場人物中、山本隼司や高木醍醐がA、雨宮時緒や(現在の)山本和希、北上提督らがBだ。(男の頃の)風嶋一輝や淀川広海、川上北斗らはCに限りなく近いB、言うならば補欠合格組に相当する

 「歯に衣を着せずい言えば、そうなるわね」
 山本大佐は、余分な慰めは言わないタチらしかった。
 「そんな……何とかなりませんか!?」
 必死に食い下がる良介だが、それに対する返答は無情だった。
 「何とか、と言われてもね。ちょっと合格点に足りないくらいならともかく、正直、体力面以外の、知識や座学関連の君の成績はヒドいものよ。
 たとえば『大本営から指示された緊急作戦の遂行に必要と思われる戦力が15%ほど足りない。貴方はどう対処するか?』という質問に対して、『気合と根性で補う』とか答えちゃうような旧帝国陸軍的脳筋思考の人間は、絶対に艦娘の司令官にしたくないわ」
 一部例外を除いて、“提督”は自ら戦場に出ることはない。だからこそ、その分、実際に戦場(うみ)に出て戦う艦娘の余計な負担を極力減らすべく、日頃から入念に作戦を立案しなければならないのだと大佐は語る。
 ぐうの音も出ないほどの正論だった。
 「でも、オレは……」
 拳を握りしめ俯く良介に対して、軽く溜息をついた大佐は、少しだけ語調をやわらげる。
 「その年で高校を中退してまで提督になろうとするからには、なにがしかの事情があることはわかるわ。
 そうね──提督(しれいかん)ではなく、一兵卒としてなら能力的には十分な水準にあるけど、それではダメなの?」
 一瞬、「妹たちを指揮する提督でなくとも、同じ軍人としてそばにいるのでも良いのではないか?」と思いかけた良介だったが、続く大佐の言葉がその僅かな希望を打ち砕く。
 「ただし、君はまだ16歳だから、法律上は少年兵という扱いになるので、前線の基地などにはまず配属されないわね。当然、艦娘たちが所属する“鎮守府”は最前線扱いよ」
 現在では殆どないけど、かつては鎮守府に深海棲艦が直接攻撃を仕掛けてきたなんてこともザラだったんだから……と、山本大佐は付け加える。
 「──それじゃ、意味がないんです!」
 苦悩に顔を歪めながら、吐き捨てるようにその言葉を漏らす良介の様子に、大佐は「ふむ」と右拳を口元に当てて考え込む。
 「やはり訳ありのようね──話してみなさい」
 先程までとは一転して優しい語調の彼女の言葉に促され、良介は「艦娘になる予定の妹達を兄として護るべく、自分は提督になりたいのだ」という自らの目標を語った。

 (なんとまぁ……過保護でシスコンなお兄ちゃんだこと)
 半ば呆れはしたものの、艦娘(しまかぜ)時代にそのテの妹愛(シスコン)系バカは見慣れている大佐は、良介の想いを笑うことはなかった。
 「念の為聞きたいのだけれど、君の妹さんたちの適性艦種は知ってる?」
 「──確か、上の妹が重巡か軽巡、下の妹が軽巡か水上機母艦だって言ってました」
 「そう。実は私の鎮守府(ところ)では巡洋艦娘が不足気味だから、手を回してそのふたりを引き受けてあげることは可能よ。それで納得する気はない?」
 山本大佐の言葉に、良介はしばし考え込む。
 どこの馬の骨(!)ともわからぬ提督の下に配属されるのと違い、山本とは面識もあるし、何度か顔を合わせてそれなりに信頼できる相手だということも理解している。
 艦娘経験もある女性ということで、不埒な男性提督のようにセクハラしたり、艦娘に理不尽にキツく当たったりするようなコトもないだろう(“先輩”としてハードな訓練などを課す可能性は無きにしもあらずだが)。
 そういう意味では、ベストではなくともベターな選択だ。それは良介もわかっていた。
 だが……。

 「理屈ではともかく感情的には納得してないって顔ね」
 如実に良介の心理を言い当てると、山本は溜息をついて、一枚の書類を差し出した。
 「丙種機密情報」と赤字で記された書類を読み進めるにつれ、良介の表情が懊悩から驚愕へと塗り替えられていく。
 「制度(システム)上の問題として、いくら私のコネを使ったとしても“少年兵”を自分(ウチ)の鎮守府に配属することはできないわ。でも、“艦娘”なら難しくない──私の言っている意味、わかるわよね?」

 * * * 

 海軍施設からいったん自宅に戻った長井少年の様子は、いつも通りのように見えて、どこか不思議な落ち着き(あるいは諦念)のようなものが感じられた──と、後に彼の両親は語っている。
 少年は、「提督になれそうにないこと」しかし「年明けから海軍に所属することはできそうだということ」の2点を家族に告げた。
 妹達は残念半分、安堵半分といった反応だ。
 提督という職業が、そのステータスの高さと反比例して非常に(精神的に)過酷なものだということを、両親や顔見知りの艦娘たちからの情報(はなし)で知っていたからだろう。
 軍人になること自体も決して安全ではないが、現在の日本における海軍に所属する兵隊は(少なくとも艦娘よりは)比較的“安全”な仕事だと言える。
 “海”軍でありながらその大半は陸上で勤務し、僅かな例外──軍用艦艇の乗組員も、艦娘による手厚い護衛を受けて航海することになるからだ。

 「そっか~、お兄ちゃんがわたしたちの提督になれなかったのは残念だけど、仕方ないねー」
 「──そうだな、千鳥。でも、代りにオレの特別指導訓練を担当してくれた提督の山本和希大佐に、艦娘になったお前たちを引き取ってくれるよう、お願いして引き受けてもらえたから」
 「兄さん、山本和希って……ちょっとした有名人よ!」
 良介から出た意外な名前に悲鳴とも歓喜ともつかない声をあげる美鈴。
 「へ? そう、なのか?」
 「そうよ! 「佐世保の黒鷹」の名前くらいは兄さんも知ってるでしょ」
 「そりゃ、教科書にも載ってるレベルの現代の英雄の名前だから、さすがにな」
 実際、訓練で向かう先が佐世保で、出会った相手が山本と名乗った時は「もしや」と思ったものだ。もっとも、相手が大佐(かの黒鷹は中将だ)でしかも女性だったので「なんだ、単なる同姓の別人か」とガッカリしたのだが……。
 「その黒鷹の義妹にしてもっとも信頼する4人の艦娘のひとり、「ファースト(最初にして最速)の島風」として10年前の“大戦”で大活躍したのが、その人のはずよ!!」
 理知的に見えて、実は意外にミーハー気質な妹の美鈴は興奮している。
 「あの大佐、そんな有名人だったのか……」
 それなら女子高生めいた外見年齢に見合わぬ、あの落ち着きと貫禄も納得がいく──さらに言えば、いとも簡単に“手を回して”しまえるあの伝手(コネ)にも。
 「そんなスゴい提督の元に行けるなんて、よかったね、お姉ちゃん」
 「ぅぅ、確かに光栄だけど、ぷ、プレッシャーが……」
 のんきな末妹の千鳥と異なり、美鈴は今から色々考えてしまって大変なようだ。

 やがて、落ち着いた妹達が自室に寝に戻った頃、良介は母と(珍しく今日は家にいた)父を呼び止め、山本大佐から預かった書類を見せた。
 「──わざわざコレを僕らに見せたということは、良介は“覚悟”を決めているんだね」
 それなりに提督歴の長い父は、どうやら丙種機密情報のことも知っていたようだ。
 「良ちゃんは、本当にそれで後悔しない?」
 母も息子の決意を薄々感じ取ってはいたのか、(ある意味)奇想天外ともいえるその“機密”に取り乱したりはしなかった。
 「──「絶対しない」って断言できない。でも、ここでその選択をしなかった方が、きっと後悔は大きいと思うから」
 良介が現在の正直な心情を吐露したことで、両親も渋々ソレを認め、書類に保護者としての承諾のサインをしてくれた。

 「ひとつだけ約束してほしい。美鈴や千鳥のためだけでなく、君自身、そして鎮守府の仲間のために戦い、生き──幸せになることを」
 いつも柔和な父の見たこともない程に真剣な表情に、一瞬気押されたものの、すぐに良介もお腹に力を込めて大きく頷いてみせた。
 「わかった。約束する。オレ、立派な___になる、そして美鈴たちだけじゃなく、仲間と自分の幸福も護りきってみせるよ」

 * * * 

 「……って、威勢のいいタンカを切ってはみたものの……」
 “彼女”は、鎮守府内に与えられた私室でこっそり溜息をついた。
 「やっぱり、ちょっと早まったかなぁ」
 少々厨二病的な熱に浮かされて暴走気味に人生に於ける重要な決断を下してしまったことは、あながち否定できないかもしれない。

 さて、大方の人は既に予想がついているだろうが……。
 長井良介が山本和希大佐から提示された、提督でも兵卒でもない“第三の選択肢”とは──すなわち「艦娘になること」だ。
 世間一般には、艦娘とは「適性のある若い女性が艤装と適合するための手術を受けることでなるもの」と解されているし、おおよそそれで間違いではないのだが、実はいくつかの例外がある。

 ひとつは年齢。確かに13~19歳くらいのいわゆるティーンエイジャーがなるケースが圧倒的に多いが、それよりも低い、あるいは高い年代でも、適性を持つ女性は少なからず存在する。
 軍の極秘記録では、(とある事情で)僅か9歳で艦娘──“まるゆ”になった例もあれば、30代後半で“足柄”になれたケースも存在するのだ。
 ただし、元の年齢が何歳であったとしても、艦娘になった際に、その壱号(ファーストボーン)艦と非常に近しい(というか、ほぼそっくりな)外見に容姿が変化する。
 しかも、艦娘でいる間はほとんど歳をとらない(加齢が本来の10分の1以下に抑えられる)という特徴もあるため、その意味でも女性にとっては(命の危険を視野に入れても)魅力的な仕事に映るようだ。

 そしてもうひとつの例外だが──実は、男性の中にも艦娘適性を持つ人間がごく稀に存在するのだ。
 提督の父と元艦娘の母を持つ良介は、その数少ない例外に相当した。
 そのことを知らされ、妹達を指揮し庇護する立場の提督ではなくとも、同僚として身近で一緒に戦えるならば……と、良介は艦娘になることを決心したのだ。
 で、本人の同意と保護者からの許可書を得て、1月5日に再び佐世保鎮守府を訪れた良介は、早速、艦娘化するための“艤装適合処置”を受けることになった。
 なったのだが……。
 世間一般では前述のとおり艦娘になるには“改造手術”を受けるものという認識があり、良介もてっきりサイボーグ00某か昭和ラ〇ダー的なソレのイメージを抱いていたのだが、その実態は実に呆気ないものだった。

 「はーい、ちょーっとチクッとするけど我慢してね♪」
 看護師風の白衣を着たピンクブロンドの女性──工作艦娘・明石に、ちょっと大きめの注射を一本打たれ、首の後ろのうなじの辺りにピアスのような金属片(?)を埋め込まれる(こちらもさして痛みはなかった)、それだけだ。
 睡眠薬でも混じっていたのか、注射されて2、3分後に急に眠くなり、そのままおおよそ3時間ばかり寝てしまったが、医務室のベッドで目が覚めた時には、既に良介の“艦娘化”は完了していた。

 「目が覚めた? 自分が“何”だかわかる?」
 ベッドの傍らにいた山本大佐にそう聞かれて一瞬戸惑ったものの、“彼女”の意識下にはその答えがハッキリ刻み込まれていた。
 「はい。5500トン級軽巡洋艦・長良型の1番艦……長良です」
 決して眠りに落ちるまでの記憶が無くなったわけでも、元の「長井良介としての自我」が失われたわけでもないのだが、それと同時に、今の自分が軽巡タイプの艦娘であるという自覚も如実にあるのだ。
 こればかりは適合処置で艦娘になった者(※)にしかわからない感覚だろう。

※ちなみに、適合処置を受けずに艦娘になる者も少数だが存在する。最初期の軍艦の船魂が直接実体化した「オリジナルシックス」は別としても、初期の水●体を素体とした「第一世代」、志願者の女性を仮死状態にしたのち艦娘化した「第二世代」を経て、現在のような適格者に霊的ナノマシンを注入して艦娘化する「第三世代」型の技術が確立されたわけだが、それらの過程をスッ飛ばして、最初から艤装を纏うことができる、いわば天然型艦娘と言えるべき人材も、ごくごく稀に存在することが確認されている。

 ともあれ、ベッドから起き上がり、山本“提督”からいくつかの質問をされた後、良介──いや、「長良」は、事務艦の大淀によって巡洋艦娘寮内に一室に案内された。
 「ここが、今日から貴方の私室になります。本来は3人部屋ですが、残りふたりは3月末に着任する予定ですので、それまではひとりでもらって構いません」
 「わかりました」
 後から着任するふたりが誰なのか大淀は明言はしなかったが、「長良」にもおおよそ見当はつく。
 「まだ少し“今の身体”に慣れないかもしれなせんが、しばらく休んで落ち着いたら……そうですね。1600(ヒトロクマルマル)には、そこに置いてある制服に着替えたうえで提督の執務室に出頭してください」
 そう言い残して、大淀は部屋を出て行った。

──バタン!

 音を立てて部屋の扉が閉まるとともに、それまでシャキッと背筋を伸ばしていた「長良」は、ハフゥと溜息をつきながら目の前のベッドに腰を下ろした。
 「ふぇえ~、緊張したぁ」
 チラと部屋の壁(ちょうど出入り口の上の位置)に掛けられた時計を見れば、午後2時を少し回ったあたり。どうやら1時間半以上休めるようだ。
 その事を確認して、ようやく少し肩の力が抜けたのか表情からも幾分堅さがとれている。
 そのまま後ろに倒れて一端はベッドに横になったものの、すぐにムクリと起き上がる「長良」。
 (う……なんか胸の辺りに違和感があるかも)
 もっと正確に言えば、胸だけでなく歩幅や視点の高さ、歩く際の重心の感覚なども含めて、違和感だらけなのだが。
 無論、艦娘化した以上、今の自分は(多分)女の子なのだろうし、男と女では体の様々な構造も異なるということは知識としては「長良」も理解はしていたが、頭でそう考えるのと実際に体感するのでは大違いだった。
 ──と、ここで冒頭の「早まったかな」発言の場面に繋がるわけだ。
 
 しばし(精神的な意味で)悶々としていた「長良」(良介)だったが……。
 「! そう言えば、今の“オレ”ってどんな姿してるんだろ」
 ムクムクと好奇心が湧いて来た“彼女”は、ベッドから立ち上がると、部屋の隅に置かれた簡素な姿見の前に移動した。
 鏡には、作務衣にも似た半袖膝丈の白い和風の寝間着の上下を着せられた15、6歳くらいの少女の姿が映っている。
 周囲の家具との対比からして身長は160センチを僅かに上回る程度だろうか。
 全体的にはその年代の女の子らしいほっそりとしなやかな体型だが、寝間着の袖口や裾からのぞく腕やふくらはぎなどはアスリートの如く引き締まって適度な筋肉もあるようで、なかなか運動能力は高そうだ。
 癖のない綺麗な黒髪が肩に掛かるくらいに伸びており、くりっとしたつぶらな瞳が目立つ顔立ちは、美人というより可愛い、可愛いというより元気といった印象が強い。良介だった頃の面影も僅かに目元口元などに感じ取れるが、ほぼ別人と言ってよいだろう。
 肌の色は深窓の令嬢の如く真っ白……というわけではなく、健康的に日焼けはしているが、それでも陸上部に所属して真黒だった良介に比べれば、エスプレッソコーヒーとミルクたっぷりのカフェオレくらいの差がある。
 “男子高校生”だった頃の目線で判断するなら、「学校一、学年一は無理だけど、クラスの中では2、3番目くらいに可愛い女子」と言ってもよいのではないだろうか。
 「♪~」
 何となく弾んだ気分になって、鏡の中でさまざまなポーズを取ってみる「長良」。
 色々動き回っているうちに、寝間着の上着を結んだ腰紐が緩み、胸元がチラリとのぞく。
 「あっ!」
 そこには、大きいとは言えないものの外見年齢相応(?)くらいの膨らみがあることが見てとれた。
 どうやらコレが胸に感じた違和感の正体のようだ。
 「これ、見ちゃってもいいのかな……いいよね、だって自分の身体だもん」
 (元)男としての好奇心に負けて寝間着の上下を脱ぎ捨てると、その下には、薄桃色のハーフトップのようなスポーツブラと同色のシンプルなショーツを着用していた。
 「ちゃんとオッパイあるんだ。それに下も“無い”し……って、当たり前か。長良(わたし)は女の子だもんね♪」
 不思議なことに現在の自分の半裸姿を見たことで、やや男寄りになっていた意識が艦娘らしく女の子側に揺り戻される。
 なんとなく気恥ずかしくなって、「長良」は無意識に胸元を両手で隠しつつ、キョロキョロと部屋の中を見回した。
 「確か制服が置いてあるって……あ、あった」
 窓と窓のちょうど間の壁際に設置されたチェストボードの上に、畳んだ制服らしきものが置いてあった。
 歩み寄って手に取った「長良」は上着らしきものから広げてみる。
 「もしかして、セーラー服?」
 確かに白い本体に海老茶色のセーラーカラーとダークブラウンのスカーフという組み合わせは、中高生が着ている女子制服っぽいが、袖丈がフレンチスリーブというのは学校の制服ではまず見受けられないだろう。代りに二の腕から手首までは白いアームカバーを着けるようだ。
 ボトムはプリーツタイプの赤いキュロットスカート。トータルカラー的に巫女さんの緋袴を意識しているのかもしれない──ただし、膝上20センチくらいありそうなミニ丈だが。
 ほとんど露出した状態となる脚には、腕と同じく白いオーバーニーソックスが用意されている。足元は茶革のショートブーツで、幸いにしてヒールは高くないようだった。
 「あれ、これは……」
 上着をかぶり、アームカバーとニーソを着用し、いざ緋袴風キュロットを履こうとした段になって、「長良」はキュロットの下に用意されていた“ソレ”の存在に気付いた。
 形状はショートガードルに似ているが、布地はむしろジャージに近くやや厚めで、履き込み丈はへその少し下くらい。臙脂色の地で両サイドに白い縦線が入った、臀部全体を包み込むような形状のソレの名は……。
 「ぶ、ブルマー!?」
 そう、かつては体操服や女子バレーのユニフォームとして一世を風靡したが、現在では学校教育の場から消えて久しい女性用衣類“ブルマー”だった!
 「なんでこんなマニアックなモノが?」
 ただし、現在でも一部のチアリーディング選手などはオーバーパンツとして着用しているし、陸上競技でも、ほぼ同様の形状のレーシングブルマーを愛用している女子選手はいる。
 長良用に用意されたコレもあるいは後者に近いのかもしれない。
 「ぅぅ……なんとなくエッチだよぅ」
 元陸上部だった良介は、無論後者の存在は知っている(それどころか大会などで女子選手が履いてるのを見て目の保養だと内心喜んでいた)が、他ならぬ自分が身に着けるとなると話は別だ。
 恐る恐る赤いブルマーを手に取る「長良」。
 今、“彼女”の中では「これ履くの、なんか恥ずかしいよぉ」という想いと「なんでか知らないけどスゴく履いてみたい」という相反するふたつの気持ちが葛藤していた。
 「で、でも……わざわざ用意されてるからには、コレも履かないといけないんだよね」
 誰にともなく言い訳をするようにそんなことを呟きながら、思い切ってブルマーに足を通す!
 滑らかな化繊製のその布地が、ふくらはぎを、太腿を撫で、さらに引き上げられて、ショーツ越しに下腹部をピタリと覆う。
 「──ぁふぅ……」
 健康的なスポーツ少女風の見かけに寄らぬ艶っぽい吐息を「長良」は漏らした。
 今の“彼女”の内を満たしているのは、快感というよりは「充足感」──あたかもパズルの最後のピースがはまった時の如く、あるべきモノがあるべき場所に収まったような心地よさを心身共に感じているのだ。
 数秒間目を閉じてその感覚に酔いしれていた「長良」だが、すぐに目を開けて我を取り戻す。
 「おっと、ちゃんとキュロットとかも履いておかないとね」
 ブルマーの上にミニ緋袴を履き、革靴も履いたあとにトントンと爪先を床に軽くうちつけて足にフィットさせる。
 姿見の前に歩み寄り、“慣れた手つきで”白い髪留め用ゴムで後ろ髪をやや左よりの後頭部のあたりでまとめてくくる。
 先程までは、どこか照れや躊躇いが感じられたのだが、今の彼女はそれら一連の着替え作業を“ごく自然なもの”として行っていた。
 「あとは──コレかな」
 チェストボードの上に残された白いハチマキを手に取ると、おでこを隠すように巻いてキリリと後ろで締める。
 最後に鏡の前で服装をチェックし、くるんと一回転して何か見落としやおかしな部分がないか確かめる。
 「うん、大丈夫」 
 “いつも通り”の長良(わたし)だよね──と心の中で満足げに頷くと、新米軽巡娘の長良(に身も心も成りきった元少年)は、少し早めに“自らの提督”の元を訪れるべく、部屋を出るのだった。


<エピローグ>

 スポーツバッグを手にした、15、6歳くらいに見えるふたりの少女が、駅から佐世保鎮守府までの道のりを並んで歩いていた。

 「五十鈴お姉ちゃん、わたしたち、大丈夫かなぁ」
 ショートカットの方の娘が、姉らしきツインテールの娘に話しかける。
 「大丈夫だって。まったく名取は心配症なんだから……」
 元々やや気弱な面はあったものの、艦娘になって以来、この子その傾向が微妙に助長されたような気がするわ──と、名取(いもうと)の弱気に溜息をつく五十鈴(あね)だったが、鎮守府のゲートが見えてきたためピンと背筋を伸ばす。
 「ほら、そろそろ鎮守府よ。名取もしゃんとして」
 「ふぇっ! わ、わかったよ~」
 名取が(彼女なりに)気合の入った表情になったのを確認してから、ゲート前に歩み寄る五十鈴。
 ゲートの前には出迎え役らしき艦娘が立って、彼女達の方を見つめていた。
 やがて、両者は1メートルほどの距離を経て対峙する。
 「えっと……」
 どう声をかけるべきか一瞬迷った五十鈴だったが、相手の方──白と赤のセーラー服のような制服を着た艦娘が、ニコッと笑って話しかけてくれた。
 「本日着任予定の艦娘、五十鈴と名取ですね? 私はふたりの案内役を山本提督からおおせつかった長良型軽巡・一番艦の長良です(本当は自分で志願したんだけどね♪)」
 ピシッと敬礼する長良の姿に、慌ててふたりも敬礼を返す。
 「あっ、はい、五十鈴です」
 「わ、わたしは、ち…じゃなくて名取です」
 あたふたしているふたりの様子に「初々しいなぁ」と眼尻を下げつつ、「それれでは此方へ」とふたりを提督執務室へと長良は案内する。
 「あの……長良さんは、艦娘になって長いんですか?」
 執務室までは結構な距離があり、手持ち無沙汰なので、五十鈴はそんな風に話をふってみた。
 「んー、そうでもないよ。まだ着任して3ヵ月経ってないし。それと──今日から同じ鎮守府で戦う仲間なんだし、無理して敬語使わなくてもいいよ?」
 と、そこまで言ってから、「ふむ」とちょっと長良は考え込む。
 「でも、ふたりは同じ長良型の姉妹艦、それも“妹”にあたるわけだから、私のことは“姉”と思って、頼ってくれると嬉しいかな」
 「え? それは……」
 ニコニコと微笑む長良から向けられる開けっ広げな好意に戸惑う五十鈴だったが、名取の方は良くも悪くも素直だった。
 「ホントですか!? じゃ、じゃあ、長良お姉ちゃんって呼ばせてもらいますね」
 「うん、いいよー♪」
 早くも打ち解けた様子のふたりに、なぜか既視感(デジャブ)を感じる五十鈴。
 (あれっ……なんだか、こう、見慣れた風景のような気が……)
 そのモヤモヤの正体に気付く前に提督室に着き、ふたりは山本提督に着任の挨拶をした後、再び長良によって今度は寮の部屋へと案内される。
 「ここがふたりの私室だよ。ちなみに、3人部屋でもうひとりの同居人がいる……って、そのひとりは私なんだけどさ」
 えへへっと頭をかく長良は、同性の目から見ても明るく可愛らしくて好感が持てた。
 (いい人が同室の先輩でよかったね、五十鈴お姉ちゃん)
 (ええ、そうね)
 そんな囁きを交わす双子の姉妹を、長良は優しい目で見つめている。
 その見守るような慈しむような視線は、五十鈴達には身に覚えのあるものだった。
 (あれ……なんで、兄さんと同じような目を……)
 (さっき言ってた通り、長良型の“長女”だからじゃないかな?)
 艦娘にとって、艦型による姉妹関係というものは肉親のそれにほぼ準じるものだ──とは訓練期間に聞かされていたが、これもその一種なのだろうか。
 根が単純な名取(ちどり)と違い、割合考え込む方の五十鈴(みすず)は首を捻っている。
 「早速で悪いけど、荷物を置いたら、まずはそこのチェストボックスに置いてある制服に着替えてもらえる? このあとすぐ、鎮守府内の施設を案内をしたいから」
 ふたりにそう告げると、“なぜか”部屋を出ようとする長良。
 「あ、それと……」
 ドアを開ける直前で、クルリと振り返る。
 「佐世保鎮守府へようこそ。“長良(ボク)”個人としてもふたりを歓迎するよ、美鈴、千鳥」

──パタン!

 「え……なんであたしたちの人間としての名前を知って……」
 「あれぇ~もしかして……良介お兄ちゃん?」
 「!?」
 ふたりが着替えどころでないパック状態になったことは言うまでもないだろう。

-おしまい-
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