『ボクがバスガイドになったワケ』(後編)

立場交換スレがついに容量限界を迎えていたので、いきなりこちらに続きを投下します。
※17/2/15 章タイトルほか一部修正



『ボクがバスガイドになったワケ』(後編)

-8-

 「ふわぁ~、極楽ごくらくじゃのぉ」
 5月半ばの少し時季外れの菖蒲湯に浸かりながら、利香が気の抜けたような声を漏らす。
 時刻は午後5時過ぎ。白守高校の修学旅行日程の2日目が無事に終わり、新たな宿泊先に着いたところで、バスガイドである彼女たちのお仕事も本日分はひとまず終了だ。
 「利香せんぱーい、ババくさいですよ?」
 「利香姉さんは三度のご飯よりお風呂が好きだから……」
 ちょっと呆れたような“愛子”の言葉に、摩美子が苦笑しつつそうフォローする。
 「あれぇ、リカとマミコってソレッラ(姉妹)じゃ、ないですよね~?」
 「ん? あぁ、吾輩と摩美は正確には従姉妹じゃな」
 ポーラの疑問に、湯船の中でリラックスしてたれ気味な利香が答えた。
 「と言っても、自宅は近所でしたし、子供のころから本物の姉妹みたいな感じでしたけどね。なので、プライベートでは今でも“姉さん”って呼んでいるんです」
 「──どこかで聞いたような話な気が……」
 自分と、同じ建物のどこかにいるはずのイトコの関係を連想する“愛子”。
 ちなみに此処は京都市内にある老舗……というほどではないが、そこそこ歴史と格式のある旅館だ。
 修学旅行生が泊まるにしてはちょっとお高いはずだが、さすがはボンボンの多い私学だけあって、ヘンに金はケチらなかったらしい。
 「それにしても……」と、湯船から上がって洗い場で身体をボディシャンプーとスポンジで洗いながら、“愛子”は改めて感心したような気分になる。
 (ワタシ、今、全裸なんだけど、ぜんぜん男だって気づかれないなぁ)
 一応内股になり局部だけは隠しているとは言え、普通の女性と比べれば肩幅は広めだし、胸に至っては視認できる膨らみは皆無な、見事なまでのAAA(トリプルエー)のまな板状態だ。
 ラテン系美人のポーラや長身でプロポーションのいい摩美子が巨乳なのは、まぁ納得がいくにしても、中学生並に小柄な利香ですら、トランジスタグラマーとまではいかなくとも少なくとも平均程度の膨らみはあるのだ。
 ペタペタと自分の胸に手を当てて、無性に哀しい気分になる“愛子”。
 ──と言うか、他の3人の胸部に向けられる“愛子”の視線に男性的な“いやらしさ”がまったく含まれておらず、むしろ同性としての羨望が見え隠れするあたり、本気で今の立場に馴染んでいるのだろう。
 「だ、大丈夫よ、呉多さん。スレンダー系が好みって男性も、いるから」
 「アイコ、あまり大き過ぎても、肩がコリますよ?」
 その姿が憐れを誘ったのか巨乳コンビが励ましてくれるが、彼女達にだけは言われたくない。
 「そ、それに、ほら、呉多さん、色白で若いからお肌もスベスベだし……」
 「ポーラの姉様も綺麗なブロンドですけど、アイコの金色の髪も素敵で~す」
 本気で落ち込んでいる様子の“愛子”を、ふたりが必死にフォローするが……。
 「まぁ、お主は今18歳じゃろ? あと2年くらいはまだ成長の余地がある故、努力してみてもよいのではないか?」
 ふたりよりは、まだ“彼女”の悩みが分かりそうな利香の言葉の方が、多少は救いがあった。
 「ぅぅ、ガンバります。牛乳、いやむしろ大豆製品が効くんでしたっけ?」
 「イソフラボンが豊富じゃからな。それと、吾輩が十代の頃に実践していたバストアップ体操を教えてやってもよいぞ」
 「! ぜひ、お願いします!!」
 時間が早めなせいか彼女たち以外に女風呂の客がいないとは言え(ちなみに白高生たちは現在ホールで全体集会の真っ最中だ)、若い女性が大浴場でバストアップ体操を教え、教わる光景はなかなかシュールだ。
 そして、そんなキャッキャウフフな騒ぎに紛れて“愛子”は、せっかく思い出した「自分が本来は従弟の男子高校生の須賀孝雄である」という事実を、またしても意識の片隅に棚上げしてしまうのだった。


-9-

 「しまった……寝過ごしちゃった」
 5月半ばの朝6時といえば、現代日本では十分に「早朝」と言って差し支えない時間帯だが、6時半過ぎに目を覚ました“彼女”は、すっかり明るくなった窓の外や壁に掛けられた時計を見て茫然としていた。
 部屋の中には、“彼女”以外にも3人若い女性がいるのだが、その3人とも見目麗しい乙女というには、かなりはしたない(←婉曲な表現)格好で布団の上にひっくりかえっている。
 ひとりは、浴衣を完全に肌蹴たほとんど裸の状態で大の字になって大いびきをかき、もうひとりはその女性の片足を枕にして何やら桃色な夢でも見ているのか、鼻息を荒げつつ体をくねらせている。
 残るひとりは──「銘酒・美中年」とラベルにかかれた一升瓶を抱えて布団の上で丸くなりつつ、よだれを垂らしながらだらしない笑みを浮かべて白河夜船。完全に酔っ払いオヤジの所業だ。
 (なんでこんなコトに……)
 ズキズキと痛む頭を堪えつつ、“彼女”は昨夜のことを思い出そうとした。

 * * * 

 白守高校修学旅行3日目、そして孝雄(オレ)が愛子(ワタシ)の立場になってバスガイドするようになってから2日目のスケジュールも、万事滞りなく進行していた。
 今日のバスは大阪市内に向かい、そこで大阪城や法善寺、住吉大社などを巡ることになっている。
 元地元の京都と異なり、こっちの方の土地勘は孝雄(オレ)にはそんなにないはずなんだけど……“本物”から受け継いだ知識のおかげか、ワタシはすこぶる順調にガイド稼業をこなせている。
 それに、勉強の方はイマイチだけど、口八丁かつ人見知りしないことには多少自信があるんで、こういう多数の御客(にんげん)相手にペラ回すような職業(しょうばい)は、存外ワタシの気性に合ってるみたいだ。

 「ガイドさーん、このお店でオススメのお土産はなんですか?」
 「呉多さん、午後の自由行動で梅田の方に行くつもりなんだけど、ランチのオススメとかあるかな?」
 年齢も近いせいか、こんな風に白高生(おもにC組の女子)から気軽に声をかけられるようにもなったし。
 「オススメをひとつに絞るのは難しいですけど、そちらのお煎餅とおかきはこの売店でしか買えないものですね。
 梅田周辺のランチは少々お高い店が多いですけど、1000円ちょっと出せるならいくつか候補がありますから、行ってみてはどうですか」
 その子(たしか如月さんと中川さん、だったと思う)たちにアドバイスしつつ、今日最初の観光スポットである某劇場の売店スペースの前で、受け持ちの学生たちをさりげなく見回る。
 (バスガイドって、バス内で適当にウンチクこいてれば務まるワケじゃないんだなぁ)
 そのヘンは観光会社にもよるみたいだけど、呉多愛子(ワタシ)の勤めている「きょうと観光」では、観光スポット内に入るまでの誘導や、スポット前での解説などの業務も含まれてる。
 加えて、半自由行動中のお客さん(売店にいる今の2-Cの生徒たちもそうだ)から質問されて、それに答えることもお仕事の一部ってワケ。
 それに、お客さんが朝乗る前、乗った後の夜にバス内を掃除するのもガイドの仕事だし、仕事時間外にもガイドとしての観光知識を詰め込んだり、マナー講習を受けたりと、想像以上に忙しい仕事だったりするのだ。
 (でも、やり甲斐はあるよねぇ)
 少なくとも、何に使うのかわからない数式やら理科・社会の用語やらを暗記するよりは、勉強する内容も納得がいくし、地理や歴史、古典なんかで学んだことの一部も地味に役立つもん。
 そういう「地に足がついた仕事」に就いた“本物”のことがちょっと羨ましいかな。

 「──呉多さん、そろそろ移動の時間よ」
 摩美子先輩がこっそり注意してくれたので、ワタシから監督の先生にそのことを告げて、2-Cの生徒たちが集まるのを待ち、バスへと誘導する。
 カツカツカツ……と、アスファルトに軽快なハイヒールの音を鳴らして歩くのもすっかり慣れたなぁ。昨日の朝は、ちょっとだけおっかなびっくりだったのに。
 (──そう言えば、昨日初めてこのバスガイドの制服を着た時はちょっぴり窮屈に感じたけど、今では我ながらごく自然に着こなしてるし、オシャレだし、むしろ背筋がピンと伸びる感じがして、結構気に入ってるんだよねー)
 頭の片隅でチラッとそんなことを考えつつも、言葉や表情は至って真面目にバスガイドとしてのお仕事を遂行しているワタシ。
 (もしワタシ……いや、“オレ”が女の子だったら、愛子ねーちゃんと同じく、きょうと観光のバスガイドになるのを目指すのもアリだったかな)
 ふと、そんな事も一瞬思い浮かんだものの、その後は特に意識することもなく、そのまま“ガイドのお仕事”に没頭していった。

 で、そのまま市内観光のガイドをして夕方になり、本日の引率(ガイド)は無事終了。
 明日は、朝イチで空中庭園展望台のある梅田スカイビルに生徒たちを我社(ウチ)のバスで送り届けたら、ワタシたちバスガイドの仕事はそれでお仕舞なんで、実質的にはほぼ終わったようなものだ。
 今回のお仕事──白守高校修学旅行のガイドを最終日前夜まで大きなトラブルもなく乗り切ったということで、その夜はガイド4人で、ちょっと早いけど“お疲れ様会”を部屋でやることになった。
 とは言え、ワタシの場合、元に戻るためにタカちゃん──本物の“愛子ねーちゃん”と会う必要があったから、適当なところで抜け出すつもりだったんだけど……(メールして24時ごろに会う約束もしてたし)。
 でも、ほんの1時間程度のはずが、ポーラが酒を持ち出し、それに利香先輩が便乗して、真面目な摩美子先輩もついハメを外し……流れでそのままワタシも飲まされちゃったんだよね。
 (ぅぅ~、ワタシ、まだ20歳になってないのにぃ)
 いや、雰囲気に流されて強く拒否しなかったワタシも悪いんだけどさ。
 で、初めて飲むアルコールと意識してなかったけど結構疲れが溜まってたののダブルパンチで、そのままあっさり眠りに落ちて……気が付いたら、朝になってたってワケ。
 スマホを見たら、タカちゃんからのメールが何通も来てる。当然、“彼”は激オコですよ、ええ。
 謝罪と釈明のメールは入れたんで、何とか理解はしてくれたけど──でもこのままだと、今からもう一度立場交換とかしてる暇はなさそう。
 だって、ガイドであるワタシたちの方は、すぐさまシャワー浴びて、着替えて、7時までに身だしなみを整えないといけない。白高生の方だってそろそろ起き出す時間だしね。
 いくらワタシたちがイトコだからって、これから短時間とは言え“密会”するのは、不可能じゃないけど色々勘繰られるリスクも大きいだろうし。

 ──え? その割に焦ってないみたいだって?
 うん、まぁね。
 確かにこれが赤の他人と立場交換してるんだったら、この機を逃したら元に戻るチャンスがあるかわからないから焦りもするんだろうけど、ワタシたちの場合、よく見知った従姉弟同士だもん。
 お互いの家や家族のこともわかってるし、その気になれば家を訪ねることもできる。今の立場における学校や会社関係の知識があることもすでに判明してるワケだし、しばらくこのままでも大丈夫でしょ。
 (どのみち、夏休みになったら、タカちゃん、京都の家(ウチ)に遊びに来るやろうしなぁ)
 最悪、元に戻るのはその時でもいいかなー、なんて。

 で、そのヘンの対応策(コト)を──多少は不可抗力だというニュアンスをにじませつつ──メールでタカちゃんに投げたところ、“彼”も賛同してくれた。
 いかにも「仕方ないなぁ」という文面だったけど、その割にレスポンスが早かったし、“彼”の方も内心、神奈川での男子学生生活に興味があったのかもね。

 とにかく、そういうワケで、ワタシはこのまましばらく19歳の女性・呉多愛子として京都でバスガイドライフを続けることになったんだ♪


-10-

 「それでは白守高校の皆さま、お疲れ様でした。バスはまもなく新大阪駅に到着します。今回の京都・大阪の旅は如何でしたでしょうか? 少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。またこちらにいらしたときは、よろしければわたくしども「きょうと観光」をご利用ください」
 ワタシはニッコリ笑いながらバスのマイク越しに2-Cの生徒たちに向かって、そうアナウンスする。
 無論、7割くらいはセールストークだけど、3割くらいは本音。やっぱり、よそから来た人に故郷の土地を気に入ってもらえた方が嬉しいしね♪

 やがてバスが駅前に停まり、ドアが開いたところで、まずは先に降りて、生徒さんを誘導する。
 ちょっとした広場になっている場所に、他のバスも含めた白守高校の生徒さんたちがざっくりクラス別に整列した後、やがてA組から順に新幹線の改札へと移動し始めた。
 ワタシたち4人のバスガイドは、まずは並んで皆さんに向かって深くお辞儀をし、そのあとは姿勢を戻し、顔の位置まであげた手をヒラヒラと振る。
 これは、「ずっとお辞儀したままじゃと顔が見えぬから、むしろ失礼ではないかのぅ?」という利香先輩の意見で始めた“お見送り”時の“儀式”。実際、こっちのほうがお客様の評判いいのよね~。

 2-Bが移動を始めたとき、列の真ん中くらいに並んでたタカちゃんが、ちらっとこっちを見た……ような気がしたので、軽く頷いておく。
 (次に会えるのは8月のお盆の頃だろうけど、あとでメール入れておくね)
 その一瞬だけ、ワタシは自分が“孝雄(オレ)”であることを思い出したものの、今はまだ勤務時間中だから、すぐに“お仕事モード”に戻って、笑顔で手を振り続ける。

 そして、お客様──神奈川県から来た私立白守高校の皆さんの姿が駅の構内に消えたところで、口々に互いの労をねぎらう。
 「お疲れさまー」「うむ、お疲れじゃ」「オツカレサマドスエー」
 あとはバスに乗って会社の駐車場へ移動し、担当バスの中をひと通り掃除して会社の机で報告書を書いたら、本日の業務は無事終了だ。
 4人で1号車に乗り込み、会社までのしばしの道中を雑談しながら過ごす。
 「アイコ、帰り際にKARAOKE、行きませんか?」
 「あ、いいわね。利香先輩と摩美子先輩もどうです?」
 「ふぅむ、では久しぶりに吾輩の美声を披露してやろう」
 「ふふっ、でも3人とも、その前に業務報告書はキチンと仕上げてくださいね」

 (色々大変なこともあるけど……ワタシ、この仕事、好きだなぁ)
 同僚達ととりとめもないおしゃべりをしながら、ワタシは、何となくそんなコトを考えていた。


-エピローグ-

 以上のような経緯で、従姉弟同士のふたり──須賀孝雄(神奈川在住・男子高校生・16歳)と呉多愛子(京都在住・バスガイド・18歳)は、その立場を交換して、しばらく暮らすことになったのである。

 立場交換のキッカケとなったのは愛子の持って来た“おまじないのお札”であるが、修学旅行中に戻れなかったのは、孝雄が寝過ごして待ち合わせに来なかったことが原因だ。
 双方にそれなりの負い目があるため、ふたりは現在の状況をもたらしたことで互いを責めるようなことはしなかった。
 もっとも、ふたりとも今の立場に何ら問題なく適応し、それなりに充実した毎日を送っていたので、文句が出ようはずもなかったのだが。
 愛子の立場となった孝雄は、受験に向けて徐々にピリピリと緊張感のある空気になっていく高校から抜け出し、ひと足早く社会人として(しかも郷里である京都で)働けることを、ちょっとした幸運だと受け止めていた。
 対して孝雄の立場になった愛子の方は、もともと真面目な優等生志向の人物であり、レベルの高い私立進学校の真面目な雰囲気の中で充実したスクールライフを送れることを内心非常に喜んでいたのである。
 学校・職場以外の家庭環境についても、もともと親しく行き来していた伯母/叔母の家であり、子供の頃から見知った相手なので、気楽に暮らすことができた。
 ただし、以前よりふたりがメールやLINE、電話などで連絡を取る機会が増えたのも確かだった。

 そんな風に日々を過ごすうちに、ふたりとも「もうずっとこのままでもいいんじゃないかな」と思わないでもなかったのだが……。
 なんだかんだ言って愛子、そして孝雄も根が善人で誠実なタイプであり、「いや、でも約束したんだから」と夏休みに再会した時、(多少の未練は感じつつも)元に戻ることにはしっかり合意していたのだ。

 そして、その年の8月12日。“孝雄(本来の愛子)”が京都の呉多家へとやってくる。
 「タカちゃん、久しぶり」
 「うん、お久しぶり、愛子さん」
 呉多家の居間で再会したふたりは、互いの雰囲気が以前とは随分違ったものになっていることに気が付いた。
 本来の須賀孝雄は、よく言えば陽気で楽天的、悪く言えば能天気なお調子者だったが、今の(愛子であった)孝雄は「知的で落ち着いたハンサムボーイ」といった印象だ。
 逆に呉多愛子は「真面目な努力家だが融通が利かず内向的」な女性だったのだが、(孝雄がその立場になっている)愛子は“以前”よりずっと社交的で人当たりがよく、ややもすれば“本物”以上に女らしい感じさえする。
 いや、5月の立場交換当初もその兆候はあったのだが、あの時は互いが互いの立場に馴染むので手一杯で、そこまで落ち着いて確認できていなかった。
 しかし、こうして改めて立場交換したお互いの姿を自分の目で確かめた結果、“姉貴分”“弟分”として見ていた相手が“気になる魅力的な異性”であることを、ふたりに明確につきつけることとなったのだ。

 それでも、再会した日にふたりは早速例のお札を使って“元”の立場に戻り、そのまま数日間を過ごしたのだが……。
 「なぁ、タカくん。ちょっと相談があるんやけど」
 「愛子ねーちゃん、実はオレもなんだ」
 以心伝心と言うか、ふたりとも相手が何を言いたいのか、お互いの顔を見ただけで理解できた──当然だ。それは自分の願望でもあるのだから。
 明日になれば孝雄が東京に帰るという日の夜、ふたりは例のお札を使って三度目の立場交換を実行する。
 この数日間、本来の須賀孝雄、呉多愛子の立場に戻ったにも関わらず、どうにも物足りない、しっくりこない感覚を味わっていたからだ。
 「うん、これこれ。やっぱスカートの方が落ち着くわぁ」
 「そう? 僕はなんだか恥ずかしくて大変やったよ」
 それぞれ“今の立場”に相応しい服装になって、ホッとひと息つくふたり。
 結局、彼と彼女の立場交換は、次に会う予定の12月まで延長されることとなったのだ。

 しかしながら、その年の年末は前述の通り“愛子”の仕事のスケジュールが巧く合わず、神奈川の須賀家への訪問は中止となった。
 電話でそのことを話し、謝る“愛子”に対して、「別にええよ」と寛大な態度を見せる“孝雄”。
 「今年の年末年始は予備校の冬期講習入れたから、あんまり愛子さんと一緒に出掛けたりはできないだろうし。それにこの勉強缶詰状態に戻るのも嫌やろ?」
 「あ~、確かにそうかも。いや、受験のこと考えたら、そろそろ本腰は入れないといけないんだろうけどね」
 そんな会話を電話で交わした後、“須賀孝雄”は予備校の冬期講習に熱心に通い詰めるが、同時に正月には学校の友人達と神社にお参りに出かけたりと、適度な息抜きも忘れない程度の要領の良さは発揮していた。
 このヘンは実質僅か一ヵ月足らずとは言え、愛子として社会人経験を積んだことが影響しているのかもしれない。

 一方、“呉多愛子”の方は、12月30日までガイドに入る予定があったため、その仕事はキッチリこなしつつ、休みに入った大晦日は、母の妙子にお尻を叩かれて渋々家と自室の大掃除に励むこととなった。
 年が明けた三が日は、ずっと家でゴロゴロしているつもりだったのだが、これまた妙子に「何やの、ええ歳した女の子がだらしない!」と怒られたため、やむなく会社の同僚を誘って初詣に出かけることにした。
 その際、“愛子”は美容室で振袖をレンタルしてみた。ひとつには母の強いススメがあったからだが、“愛子”自身も振袖を着るという稀有な体験に興味があったからだ。
 せっかくなので日本文化大好きイタリア娘のポーラと一緒に、同じ美容室で着付けをしてもらう。
 「マ・ケ・ベッラ! アイコ、とってもキレイですぅ」
 「ありがと。ポーラもよく似合ってるよ」
 「グラッツィエ……ン~、でも、ちょっと胸がキツいで~す」
 「──くっ」
 まぁ、ちょっとした葛藤なんかもあったようだが、それでも仲良く北野天満宮にお参りして帰った(ちなみに詣で先が天神様なのは受験生である孝雄のことを慮ったからだ)。

 そうして、冬が過ぎ、春が来て、再び白高修学旅行生(孝雄の1学年後輩たちだ)のガイドを勤め、さらに時が過ぎて、今は夏真っ盛り。あの三度目の立場交換からちょうど一年が経過した計算となる。

 “愛子”は、“彼”に会ったらぜひとも言いたいことがふたつあった。
 “彼女”は知らないが、新幹線に乗っている“孝雄”もまたそれと同様のことを考えており……。

 「──本当に、いいの?」
 「うん、もちろん。それと……」
 「! うれしい、タカちゃん、大好き!!」

~end~
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非公開コメント

さいきんの中では、立場交換しちゃう吸血鬼の話がイチ押しです。

Re: タイトルなし

コメントどうもです。
アレは自分でもなかなか気に入っております。が! 同時にだからこそ「もうちょっと長くなってもよかったかなぁ」とも思っていたり。

> さいきんの中では、立場交換しちゃう吸血鬼の話がイチ押しです。
プロフィール

KCA(嵐山之鬼子)

Author:KCA(嵐山之鬼子)
Pixiv、なろう、カクヨムなど色々書いてます。感想などもらえると大変うれしいです。
mail:kcrcm@tkm.att.ne.jp

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