『ボクがバスガイドになったワケ』(中編)

 今回は5~最新の8を収録。9・10・エピローグで後編を形成して〆る予定です。後日、Hシーン追加版を、いつも通りピクシヴに上げるかもしれませんが。
 ちなみに、バレバレでしょうが、本作の登場人物たちの名前は重巡娘つながり。大半は名前のもじりだけですが、愛子化孝雄をはじめ一部は外見も近しいものをイメージしてます。
※17/2/15 章タイトルほか一部修正


ボクがバスガイドになったワケ』(中編)

-4-

 屋上に続く非常階段の踊り場から5階に降りたところで、“愛子(本来の孝雄)”は、“孝雄(の立場になった愛子)”と別れ、バスガイドたち4人が宿泊するための部屋へと「帰って」来た。
 愛子のポーチから取り出した鍵で扉を開けて、再び足を踏み入れる。
 同じ旅館内なので、部屋構造自体は学生組のものと大差ないのだが、壁にかけられたバスガイドの制服や小洒落たカバン、脱ぎっ放しのストッキングなどが、年頃の女性が宿泊していることを主張している。
 (そろそろ10時半だし、みんながお風呂から戻ってくる頃合いだけど……)
 四角い机の前に(無意識に)横座りで座り、手持ち無沙汰なので急須で入れたお茶を飲みながらも、“愛子”は落ち着かなげに視線をキョロキョロさせる。
 いくら“きょうと観光に勤めるバスガイドの呉多愛子”としての知識が備わったとは言え、2-Bを担当していたバスガイドの根府川利香以外は、実質初対面だ。
 その利香にしたって、あくまで仕事(ガイド)として客である2-Bの生徒たちにニコやかに接してきただけだろうから、到底“親しい”とは言えないだろう。
 いや、そのはずだったのだが……。

  * * *  

 部屋に“戻って”3分ぐらいした頃だろうか。
 「はぁ、いいお湯でしたー」
 「うむ、やはり広い風呂はよいのぅ」
 摩美子先輩と利香先輩、それにポーラの3人が浴衣姿で部屋に帰って来た。
 「これで~、おフロでニホン=シュをイッパイできればサイコーだったんですけどね~」
 プライベートでは無類の酒好きのポーラの言葉に、思わずツッコんでしまう。
 「露天の温泉じゃあるまいし、さすがにソレは無理でしょ!」
 「あぁ~、アイコぉ。用があるって先に上がったけど、そのヨージはすんだの~?」
 もしかして(本物ではないと)バレるのでは……と密かに心配していたオレの懸念は杞憂だったようで、愛子とそれなりに親しい友人であるはずのポーラは、ニヘラ~といういつもの緩い笑顔を向けてくる。
 ちなみに、入社は同期ではあるけど、彼女は3歳年上なので法律上飲酒しても問題ない年頃だ。
 19歳の頃、イタリアから交換留学生として京都に来たものの、すっかりこの街に魅せられて、帰国せずにこちらで就職したというなかなかにユニークな経歴の女性だったりする。
 (というか、こんな情報(こと)まで頭に浮かんでくるんだから、スゴいな、おまじないのお札!)
 「ええ、ちょっと知り合いに会ってただけだから」
 無論、詳細を説明するわけにもいかないので、曖昧に言葉を濁したところ、何か「ピン!」ときたのか、利香先輩がニヤリと笑った。
 「おや、ひょっとして恋人かえ?」
 「違います! ただの従弟ですから」
 そう答えつつも、何となくモヤモヤしたものが心の奥底にわだかまるような気がした。
 「そう言えば呉多さん、今回のお客様の高校名に聞き覚えがあるって言ってましたけど、もしかして?」
 「はい、従弟の通っている高校でした。お客様の中にその従弟がいましたので、軽く挨拶というか雑談をしてたんです」
 本来はガイドがお客様と個人的に会ったりするのはあまり好ましくないのだが、一応今は勤務時間外だし、親戚(みうち)相手なので、優等生な摩美子先輩も「ほどほどにね」と軽く釘を刺すだけで済ませてくれた。

 それからも3人の“同僚”と何気ない素振りで雑談を続けながらも、オレは内心ひどく戸惑っていた。
 (い、違和感が……ない!?)
 誠に遺憾ながら恋人いない歴=年齢だし、この年代の女性と親しく喋る機会なんて、それこそ愛子ねーちゃんとくらいだったはずなのに、特に意識しなくても初対面の年上の女性たちと、普通に会話できてるのだ。
 150センチ弱の小柄で華奢な体型にツインテールにした髪型もあいまって、下手すると女子高生にも見える(でも実は一番年長の)根府川利香先輩。
 対照的に長身でグラビアモデルばりにスタイルも良く、黒髪ロングストレートの典型的和風美人な筑紫摩美子先輩。
 酔った時の酒癖こそ悪いものの、シラフの時は銀髪・童顔・巨乳の3萌え要素の揃った快活なイタリアン美女のポーラ・コンティネント。
 そんな本来ならお近づきになる機会なんておよそ無さそうな女性たちと、こんな近くで会話するなんて、普段の須賀孝雄(オレ)なら、キョドるかせいぜい無難な相槌を打つのが関の山だろう。
 それなのに、“風呂上がりで浴衣を着たそれなり以上の美人3人”を相手に、いくら“愛子”としての知識があるからって、どうして平然と対応できているのだろう。

 この時初めてワタシは、この立場交換によって、単に愛子(イトコ)の立場や知識を与えられた──というだけではないことを、漠然と自覚し始めたのでした。


-5-

 女三人集まれば何とやら。“愛子”も含めると4人のうら若い(いや、さすがに中高生には負けるが)女性が、ひとつ部屋に泊まるとなれば──さらに職場の同僚でそれなりに仲が良いこともあって──なかなかおしゃべりが止まらないのも道理だろう。
 とは言え、時計の短針が1時を指す頃合いになると、さすがにそれもクールダウンしてくる。
 「ふわぁ……ちょっとはしゃぎ過ぎたかしらね。そろそろ寝ましょうか?」
 4人の中で二番目に年かさ(そして一番のしっかり者)である摩美子が、生アクビを漏らしたのを契機に、茶飲み話もお開きとなった。
 「うむ、そうじゃな。明日の仕事もなかなかハード故、休養はしっかりとっておくべきであろう」
 最年長(推定25歳前後)のはずなのに、小柄で童顔なせいで中高生に混じっていても違和感のなさそうな利香が、もっともらしく頷き、「吾輩は歯を磨いてこよう!」と、入口横の洗面所に消える。
 「う~ん、寝る前にホントは軽くイッパイいきたいところですけど~、明日もお仕事ですから、ポーラ、ガマンします~」
 ショルダーバッグから取り出したスキットル(たぶんなんらかの酒が入っているのだろう)を未練がましく見つめていたポーラも、明日の仕事と秤にかけてあきらめたのか、それをバッグに戻し、布団を敷くために机を片付け始める。
 ポーラを手伝って机を隅に寄せた後、“愛子”は押入れから布団を出……そうとしたのだが。
 (う……お、重い)
 身長168センチ・体重55キロと、同級生に比べれば心持ち痩せぎすではあるが、運動が得意な孝雄であれば、布団をまとめて2組運ぶくらいは本来余裕だったろう。
 しかし18歳の女性の立場になっている影響か、今の“愛子”には、掛け敷き1組だけでもひと苦労だった。
 「おっと! 大丈夫、呉多さん?」
 フラついたところを、ほぼ同身長の摩美子に支えられる。
 「アイコ~、酔ってもいないのに、フラフラ~」
 ケタケタ笑いながらも、ポーラが上に載った掛け布団を運んでくれたおかげで、いくぶん楽になった。
 「愛子は背が高い割に力がないのぅ。運動不足ではないかえ?」
 洗面所から戻って来た利香にまで笑われる始末だ。
 小柄な利香だが、純粋な筋力はともかく運動神経や持久力(スタミナ)ならこの4人の中ではピカイチなので、“愛子”としても反論できない。
 本来の呉多愛子はインドア派で、学生時代は家や図書館で本を読むことを好むような女性だ。
 その立場になっている以上、仕方ないのかもしれないが、スポーツ万能とまではいかなくとも、どちらかと言えばアウトドア派で、体力的にもそこそこ自信のあった“愛子”には、今の己れの非力さが恨めしかった。
 「ぅぅ……ジョギングとかジムに通うとかしたほうがいいかもしれませんね」
 確か自宅(ウチ)の近くにも最近スポーツジムが出来っていうチラシが入っていたはずだし──と考える“愛子”。
 無論、この場合の自宅とは京都市内の一画にある呉多家のことだ。どうやら自分がナチュラルに呉多家(ソコ)を“自分の家”だと認識していることには気づいていないらしい。
 加えて言うなら、明後日の夜には、元の立場に戻る予定だということも(少なくともこの瞬間は)完全に失念しているようだ。

 4人で手分けして布団を敷いた後、“愛子”も私服から寝るために旅館の浴衣に着替えることにした。
 薄手のブラウスとミニスカートを脱ぎ、ほとんど(と言うか現状まったく)必要はないが“成人女性のたしなみ”として着けているブラジャーも外してから、浴衣を羽織り、合わせや襟の位置を調整して帯を締める。
 女物特有の左前ボタンの扱いやスカートの着脱、あるいはブラジャーの外し方など、普通の男なら苦戦しそうな諸々についても、なんら戸惑うことなく──むしろ慣れた手つきで済ませられるのは立場交換の恩恵だろうか。
 単なる知識面だけでなく、日常的無意識な動作というべき面まで、完全に“年頃の女性”になっているのだ。
 そもそも本来の孝雄であれば、ちょっと年上の美人3人と同じ部屋で寝たり、彼女たちの前で(しかも女装状態で)着替えたりすることに対して、羞恥や戸惑い、抵抗感を感じたはずだ。
 なのに今の“愛子”はそういった類いの感情と無縁で、それどころか、寝る前のスキンケアをしたり、肩にかかるくらいに伸びた金髪を緩い三つ編みにまとめたりといった“女の身だしなみ”をごく自然にこなしているのだ。
 未だ完全にはその“立場”に馴染みきっていないのか、頭の中で自分の言動をどこか不思議な目で見ている部分も無いではないが、少なくとも他の人間が見る限りでは、まったく“いつもの呉多愛子”そのものだった。
 「じゃあ、電気消しますね──あ、常夜灯は点けておきますから」
 「うむ。明日は6時半起床じゃ。まぁ、万が一寝坊しても吾輩が起こしてやるから、心配は無用じゃぞ」
 摩美子と利香のそんな言葉を耳にしつつ、精神的にも身体的にも色々あってやはり疲れていたのか、“愛子”は布団に入って目を閉じるのとほぼ同時にまどろみの世界へ落ちていくのだった。


-6-

 ゆめ……夢を見ていた。
 幼い頃、まだ須賀家が京都市内の呉多家のすぐそば──子供の足でも歩いて10分弱の場所に住んでいたころの夢。
 2歳違いのイトコ同士で、お互いひとりっ子だった孝雄と愛子は、帰る家こそ離れていたものの、姉弟と幼馴染の中間のような関係だったと言っていいだろう。
 愛子はお姉さんぶって孝雄の世話を焼き、孝雄も面倒見がよく優しい愛子を姉のように頼りにしていた。
 けれど、幼子もやがては大人になる──少なくとも、その階段を上り始める。
 小学校に上がった愛子は、孝雄より学校の友人たちと過ごす時間が多くなり、それを寂しく思っていた孝雄も、2年後には同じく“いとこのあいこねーちゃん”よりクラスメイトと遊ぶようになる。
 それでも、休日や長期休みなどに会う機会はまだまだ多かったのだが、やがて須賀家が職場の都合で東京に引っ越したことで、ふたりがともに過ごす時間は劇的に減ることになった。
 引っ越しがあったのは孝雄が小学4年生、愛子が6年生になった年の秋口で、ちょうどその頃あたりから、ふたりの関係も緩やかに変化を始める。
 姉貴分弟分という関係は保ちつつも、そこに微妙に異性に対する感情も入り混じってきたのだ。
 その年の暮れに、東京と神奈川の境い目付近にある須賀家の新居に遊びに来た愛子は、夏までと異なり孝雄と一緒に風呂に入ることはなかったし、孝雄も同じ部屋で寝ることを嫌がったので、彼女には客間が提供された。
 依然として“姉のような女性”、“弟みたいな男の子”ではあったが、ふたりは無自覚に互いに異性を意識していた──もっと言うなら互いを好ましい異性として捉えていたと言ってよいだろう。
 そして普段は離れていながらも、夏と冬に定期的に会うという関係は、なおさらその想いを強くする。
 とは言え、“姉・弟”でいた期間が長すぎたふたりにとっては、“仲のいい従姉弟同士”という今の安定した関係を壊すには、なにがしかのキッカケが必要だろう。

 (──あぁ、だから、ワタシ/私は、あんなうさん臭いお札に手を出したのか)
 そう考えたのは、果たして元々の愛子か、それとも“愛子”の立場になっている孝雄か……。

  * * *  

 「そろそろ起床時間じゃぞ、愛子」
 聞き覚えのある女性の声とともに軽く布団越しに揺すられて、“彼女”はゆっくりと目を開いた。
 「ふわぁ~~……いま、何時ですか、利香先輩?」
 「7時15分前じゃ。白守高校の生徒たちの朝食時間が7時半からじゃから、吾輩たちは、それまでに身支度と朝食を済ませておかねばならぬ」
 ティーンエイジャーみたいな幼げな外見と裏腹に、プライベートでは婆言葉というのか独特の古風なしゃべり方をする利香だが、この4人で一番年かさなこともあって、仕事に関してはキッチリ把握している。
 「そうでしたね……起きますおきます……あふ」
 生あくびをかみ殺しつつ、“彼女”は思い切って布団から出る。
 はだけた浴衣の襟を直しつつ、眠い目を傍らに向けると、もうひとりの先輩である摩美子が、同僚のポーラを揺さぶって起こそうとしていた。
 (あー、ポーラ低血圧だからなぁ。あれだけお酒が好きなのに低血圧って、イタリア人ってどういう体質してるんだろ?)
 他のイタリア人が聞いたら「一緒にするな」と怒りそうなことを考えながら部屋付属の洗面所に入り、洗顔&クレンジングを済ませる。
 歯磨きと本格的な化粧は朝食後に済ませることにして、とりあえず化粧水を付け、寝乱れた髪は三つ編みをほどいて軽くブロウし、首の後ろで束ねておいた。
 まだ寝ぼけ顔でフラフラしている同僚の手を引きつつ、ふたりの先輩のあとについて旅館の食堂へ向かい、ご飯・味噌汁・焼鮭・海苔・卵・お漬物といういかにも“日本の朝ご飯”という感じの朝食をいただく。
 食べ終わった時点で7時15分。あまり時間の余裕はないので、お茶のお替りは断念して、急いで部屋にとって返した。
 他の3人とは朝食中に話し合って、先に利香と摩美子が洗面所でメイクし、その間にポーラと“彼女”が部屋で着替える手はずになっていた。
 旅館備え付けの丹前と浴衣を脱ぎ、アイボリーホワイトのシルクのフルカップブラジャーを「哀しいほどに真っ平らなバスト」に装着する。こっそり小さめのヌーブラを入れるのは、ささやかな抵抗として大目に見てほしい。
 旅行鞄から新しいブラウスとストッキングを取り出して着替え、壁にかかったハンガーのひとつから紺色のタイトスカートを外して履く。
 すでに今の観光会社に入ってから3ヵ月以上経つはずなのに、“なぜか”微妙に歩きにくさを感じつつ、ポーチからブラシと朝用の化粧品ひと揃えを取り出した。
 「利香先輩、摩美子先輩、そろそろ交代できます?」
 「うむ。問題ないぞ」
 「わたしはもう少しですね」
 利香と入れ替わりに洗面所に入り、摩美子と並んで鏡の前に立った“彼女”だったが──そこに映った自分の顔を見て、激しい違和感に襲われた。
 (え! だ、誰!?)
 僅かにウェーブした肩までたなびく蜂蜜色の髪。
 UVファンデと入念なケアのおかげか、屋外にいることの多い仕事の割には、あまり日焼けしていない白い肌。
 細く剃られた眉。ムダ毛の一本もないつるつるの肌。

 ──コレハダレダ……

 くらりと目まいがするような感覚とともに“彼女”、いや彼は自分の置かれている状況を“思い出した”。
 (そうだ、ボクは、愛子ねーちゃんと昨日立場が入れ替わったんだった)
 魔法だか霊力だか奇跡だか知らないが、どう考えてもうさん臭いはずの“おまじないのお札”が効力を発揮して、現在、孝雄は“呉多愛子”だと他人からは認識されるようになっているのだ。
 無論、その代わりに本物の愛子が今は“須賀孝雄”の立場になっている。
 立場交換に伴って、髪の長さや各自の服のサイズなども現在の立場にふさわしいものへと変化しているようだった。

 ──それは、まぁ、いい。いや、本当はあまりよくないが、とりあえず戻る方法もあるということで、一応納得はしている。
 問題は、“自分が今、呉多愛子の立場になっていることに何ら違和感を抱かなかった”ことだ。というより、完全にそのコトを忘れていたと言う方が正しい。
 確かに昨日、本物の愛子とふたりで“現在の立場に必要な知識はひととおり備わっている”ことは確認している。
 しているが……その時は何と言うかコンピューターにたとえると「データベースにアクセスして必要なデータを読み込んでくる」的な、ワンクッションある感じではなかっただろうか?
 それがひと晩寝たら、今度は“自分が本当は須賀孝雄であること”の方をむしろ忘れがちで、ごく自然に“呉多愛子”として(ことさら意識せずとも)振る舞っているような気がする。

 (はたして、このままでいいの?)
 どこか恐いモノを感じて思考の海に沈みかけた“愛子”だったが……。
 「は~い、アイコ~、顔色悪いけど、大丈夫ぅ?」
 「あ、うん、平気へいき」
 いつの間にか摩美子と交代していた陽気な同僚の、珍しくどこか気遣うような言葉に、反射的に平静を装って返事をしてまう。
 「えっと、ちょっと肌が荒れてパウダーの乗りが悪いかなぁ、って気になっただけだから」
 「どれどれ? ふぅむ……問題ないと思いますよぉ。いつも通りモルト・カリーナ(とても可愛い)で~す」
 「あはは、お世辞でも嬉しいわ」
 そんな風にポーラと“いつも通りのやりとり”を交わしながら、“愛子”は先ほど抱いた危惧を心の奥に棚上げすることにした。
 (どの道、明日の夜までは戻れないんだもん。だったら、ヘンに意識してギクシャクするより、ごく自然に振る舞える方がいいんだろうし、ね)
 コーラルピンクの口紅を軽く引いてメイクを終えると、“彼女”は洗面所から出て、ハンガーに残った藍色の上着を取って羽織り、キチンとボタンを留めていく。
 キャビンアテンダント風の少しタイトな制服を着ると、身も心も引き締まるような気がした。
 最後に制服と同じ色のベレー帽をかぶり、部屋の入り口でパンプスを履けば、そこにいるのは──4月からの新米ではあるが──立派な“きょうと観光”のバスガイド・呉多愛子そのものだった。

 「皆、準備はよいな? よし、それでは、今日もお客様方の旅を楽しいものにすべく、吾輩たちバスガイド一同、微力を尽くすのだ!」
 「「「はいっ!」」」


-7;タカオside-

 「それでは皆さま、右手に見えますのが本日最初の見学場所となる清水寺、北法相宗大本山である清水寺です。まもなくバスが停車しますので、バスを降りたら出席番号順に2列になってお並びください」

 “僕”たちのクラスである2年B組のバスの担当ガイドを務める根府川さん──利香先輩が、落ち着いた流暢な口調で、目の前の観光スポットについて解説しつつ、次の行動に関する指示を出したはる。
 プライベート……というか身内のあいだでは、古風というか風変わりな「のじゃロリ」言葉でしゃべる人なんやけど、こういう風にお客さんの前でキチンと標準語の丁寧語で会話しているのを見ると、なんや新鮮に感じるなぁ。
 “僕”になっている私は、元々京都の地元民で、バスガイドになった際の研修でこの清水寺にも来たことがあるんで、とりたてて物珍しさとかは感じてないんやけど……。
 「おおっ、これがかの有名な“清水の舞台”かぁ」
 「よし。青葉、アンタ、度胸試しに飛び降りてみなさい」
 「加古川、無茶ぶりすんな! むしろお前がやれ!!」
 「ゆ、ゆかちゃん、危ないよぉ」
 やれやれ、ウチの班は大騒ぎやなぁ。ちょっと釘刺しとこか。
 「笠井さんの言う通りやで。加古川さん、もし落ちたらこの高さやと無事では済まんから、冗談でもそういうコト言うたらいかん。青葉君もや」
 冗談抜きに命に関わることやから、ピシッと言うとかんとな。
 「あ、うん、ごめんなさい、須賀くん」
 「わりぃ、ちょっと調子のってた」
 比較的偏差値の高い私学で、育ちのよい子が多いせいか、白守高校(うち)の生徒は、高校生にしては素直な子が多い気がするなぁ。
 なんせ、4月からのこのひと月間で、私も10校ほどは修学旅行生を案内したんやけど、こっちの言うことなんてロクに聞かん悪ガキの、まぁ、多いこと多いこと。
 それに比べたら白高の生徒のヤンチャなんて可愛いもんやわ。
 「すまんな、須賀。本来は、班長たる俺が注意せねばならぬのに」
 「あー、まぁ、古田くんはしゃあないわ。バスの車酔いでまだ本調子ちゃうんやろ。 大丈夫か?」
 「ああ。だいぶ落ち着いた」
 班長の古田くんとそんな会話をしつつ、遠目に見えるC組のガイドをしている“女性”の方に、チラッと視線を向ける。
 ブレザーのような紺色の上着とタイトミニスカートを着て、同じ色のベレー帽をかぶった“彼女”。
 本物のタカくん──須賀孝雄であるはずの少年は、けれど僕(わたし)自身の目から見ても、きょうと観光の新人バスガイドの女性にしか見えなかった。
 子供の頃は嫌がっていた金髪を長く──高校時代の私と同じくらいに伸ばし、ちょっと薄めやけどキチンとメイクもしてる。もともと優しげな顔つきであることもあいまって、それなり以上のルックスに仕上がってた。
 外見だけやのぅて、歩き方も、初めて“女装”(しかもタイトスカートにヒールが高めのパンプスていう組み合わせやのに!)したとは思えんほど自然なものや。
 女の私でさえ──元々、ああいうフェミニンな格好は着慣れてなかったということもあるけど──初めて出社した時は、何度か転びそうになったっていうのに。

 「──有名な“清水の舞台”のある本堂以外にも、仁王門や西門、三重塔なども重要文化財であり、また隣接する地主神社も元は……」
 微かに漏れ聞こえてくるスポットの解説も、なかなか堂に入ったモンで、誰も“彼女”がにわかガイドやなんて疑わへんのとちゃうやろか。

 「お、アレが噂の孝雄の従姉のねーちゃんか?」
 「どういう噂よ。でも……へぇ、なかなか美人さんじゃない」
 青葉くんと加古川さんが、僕の視線の先をたどって“呉多愛子”に気付いたみたい。
 「須賀くん、声をかけなくていいんですか?」
 「ん? ああ、別にええよ。コッチが自由行動中でも、アッチは今まさに仕事中やし。とりたてて話したいことがあるワケでもないしな」
 気を利かせてくれたのだろう笠井さんに、ニッと笑いかけてみせて、僕は他の班員とともに清水寺見学に戻るのだった。

<つづく>
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