『とある吸血鬼による“鬼ごっこ”の話』

 某立場交換スレでネタフリしたアイデアを、掌編にまとめてみました(あっちは容量が限界っぽいので……)。
 おなじみの異世界アールハインのサイデル大陸を舞台にしたお話。
 なお、この世界の聖職者は、プロテスタントの牧師さんの如く普通に家庭を持てます。


『とある吸血鬼による“鬼ごっこ”の話』

 サイデル大陸北西部に位置するヘールスィーム大法王国を構成する4国、シルヴァン、トライア、ツェルプス、スカーレンス。そのうち、もっとも領土面積の大きなシルヴァン公国南部の大都市ストルクブラムでは、庶民の間で近ごろ不穏な噂が流れていた。
 月夜にひとりで外出していると魔物に襲われ、瀕死になるまで血を吸い取られるというのだ。
 そして──大法王国の国教であるカルシング教(大陸で一般的な七曜神ではなく“聖者”カルシングの教えを報じる宗教)の教会のストルクブラム支部は、噂が事実であり、現在この街のどこかに、最低でも貴士(ノーブル)級、下手したら真祖(ロイヤル)級の吸血鬼(バンパイア)が潜んでいるであろうことを確信していた。
 対象はコードネーム“V”と呼ばれ最優先警戒対象に指定された。
 不幸中の幸いは、十数名の被害者が、いずれも貧血+精気喪失によって極度に消耗しているものの、かろうじてひとりも死者が出ていないことだが、その“がっつかない”態度も、下級(レッサー)や庶並級(コモン)ではない大物であることを物語っている。
 被害者の事件当時の記憶も奪われており、僅かに数人から「犯人は若い女の姿をしていた……と思う」という証言が得られたのみ。
 そのため、教会では対魔闘士(エクソシスト)による夜の巡回を実施していたが、なにせ上位吸血鬼に勝てるほど腕の良いエクソシストは数が少ない。
 腕利きは単独ないしペアで、中級程度のエクソシストは5、6人組ませたグループで巡回させているのだが、ストルクブラムがかなり広いこともあって、完全には全域をカバーできておらず、後手に回っているというのが実情だった。

 さて、そんな状況のもと。
 真相を知らされていない一般人でさえ月夜の外出は控えるというのに、一応(新米とは言え)教会の対魔闘士のハシクレであるひとりの少年が、宵の口に満月に照らされた夜道を歩いていたのは……。
 「ちぇっ、何だよ。札遊戯(カードゲーム)に負けたから酒買って来いって」
 どうやら同僚や先輩との札遊戯で負けた罰ゲームらしい。
 もっとも、少年も(教会内でも難関である)対魔闘士としての教育と試験をくぐり抜けてきた身だ。
 できるだけまだ人通りがチラホラある表通りを選んで歩き、また、いつでも聖印と聖別された武具(少年の得物はコンパクトに丸められた鞭だ)を懐から取り出せるよう、気を張っている。
 そうして、ちょうど同僚たちの待つ教会の寮まであと半分というところまで戻って来たところで……。

 ──コン

 足元に当たった“何か”の感触に、少年はふと足を止める。
 「ん? これは……人形、いやぬいぐるみか?」
 繁華街の外れで街頭魔灯(がいとう)もほとんどないが、幸い今日は満月なので、夜目を鍛えた少年には足元に転がる物体の形状がはっきり確認できた。
 「──それ、わたしのだから、返して」
 何とはなしにトカゲ(あるいは竜)をデフォルメしたようなぬいぐるみを拾い上げたところで、背後から聞こえるか細い少女の声に、ハッと振り向く少年。
 そこには、15歳の少年よりもさらに2、3歳年下と思しき金髪の少女がうつむきがちに立っていた。
 たとえば、相手が自分よりも年上の妖艶な美女で、いかにも吸血鬼ちっくな黒いドレスや深紅のマントなどを着用していたなら、さすがにこののんきな少年も警戒しただろう。
 しかし、目の前にいたのが、上品な白のフリル付きブラウスとハイウェストの黒いフレアスカートという、いかにも“いいとこのお嬢さん”らしい格好の小柄な女の子だったものだから、あっさり危機管理とか警戒心といったモノを手放してしまった。
 「! ああ、コレを探してたんだね」
 こんな遅い時間に外にいたのも、探し物をしていたからだろうと勝手に納得してしまったのだ。
 少年は、駆け出しとは言え一応教会に所属する聖職者(対魔闘士も身分的には僧侶に分類される)であったし、どちらかと言えば善良かつお人好しな部類だ。
 「はい、どうぞ。それと、こんな遅くに夜歩きしてると危ないよ。送っていこうか?」
 ゆえに紳士的配慮としてそう申し出たのだ──まぁ、そこにあわよくば可愛い子とお近づきになりたいという下心が1%もなかったワケではないが。
 「──きゅふっ、ありがとう。お兄さん、イイヒトね」
 やや表情に乏しかった少女の顔が僅かに緩み、唇が笑みを形作る。
 「──それじゃあ、お願いするわ」
 その年齢(とし)に似合わぬやや小悪魔めいた微笑ではあったが、同時にそれは、ただでさえ整った少女の容貌をより魅力的に引き立てていた。
 ほんの一瞬、ポカンと見惚れてしまった少年だが、すぐに気をとり直す。
 「あ、あぁ、うん。それで、キミのお家はどちらかな?」
 「こっち」
 少女は、この地区では比較的大きめの屋敷が立ち並ぶ区画の方へ向って身を翻し、少年もそれを追うような形で歩き出したのだが……。
 しかし、少女に導かれて少年がたどり着いたのは、お屋敷街の北のはずれ。
 かつてはそれなりに立派であったろうと推察できるが、今では見る影もなく薄汚れ、蔦に覆われ、朽ちかけたようにさえ見える古びた館だった。
 「こ、ここがキミの家なのかい?」
 さすがに警戒心が混じった少年の声に、少女は振り返りニタリと嘲笑(わら)う。
 「ええ、この街にいる間、ここに、滞在しているの」
 その瞳に真紅の魔光が宿っていることを見てとった瞬間、少年対魔闘士はとっさに少女から距離を取り、懐から己れの武器──聖別された茨を編んで作られた鞭を取り出そうとしたのだが……残念ながら、ひと呼吸遅かった。
 いや、これが剣や短刀などの類いならそれでも間に合ったのだろうが、鞭のような振り回す系の武器を使うには圧倒的に間合いが足りない。
 少女がその小さな歩幅で一歩距離を詰めるだけで、少年の鞭は容易に無効化され……。
 その事実に焦る少年の懐にするりと入り込んだ少女は、今度は心底うれしそうに満面の笑みを浮かべて、彼の目を覗き込んだ。
 「チェックメイト。ごめんね、お人好しのお兄さん」
 (! これは、魔眼による金縛りッ!! それじゃあ、この娘が……“V”!?)
 「じゃあ、いただきまぁす」
 カプリと首筋に少女が噛みつき、軽い痛みとともに己れの血──そして“なにか”が彼女に吸い取られるのを感じつつ、少年は意識を失うのだった。

 * * * 

 どれくらいの時間が過ぎたのか。
 少年が意識を取り戻すと、そこは魔石仕様のランプひとつの僅かな明かりで照らされた、石壁の密室に置かれた簡素な寝台の上だった。
 3メートル四方ほどの広さで天井も低く息苦しい。窓も見当たらないところから見て、どうやら地下室か何かのようだ。
 「えっ、と……」
 一瞬状況が理解できず慌てるが、すぐに自分が少女の姿をした魔族(推定:噂の吸血鬼)と交戦し──そして敗北したことを思い出す。
 「くっ……捕えられたってことか」
 あの聖別武器を見れば、自分が教会の対魔闘士(エクソシスト)であることはすぐにわかるのだから、天敵ともいえる吸血鬼に殺されなかっただけ運がいい方だろう。
 血を吸われたせいか、妙に体、そして頭が重く、巧く思考が回らないが、何とかうつ伏せの体勢から身を起こそう……として、少年は違和感に気付いた。
 対魔闘士は、特に討伐任務中などでない限り、通常の仕事中は、他の教会の聖職者と同様に長袖で裾の長い詰襟の司祭服(カソック)を着ている。
 ただ、今日は休日であったし、司祭服姿のまま酒と肴の買い出しに行くのもはばかられたので、白い半袖チュニックと濃灰色の膝丈ズボンというくだけた格好をしていたはずなのだが……。
 身を起こすためにマットについた手、正確には腕の手首までが白い袖に覆われている。視線を胸元に落とせば、どうやら深紅と薄桃色のレースで飾られたホワイトシルクのブラウスを着せられているようだ。
 さらにボトムの感触も明らかにズボンとは異なる。開放的というか布一枚巻きつけただけのような頼りない感覚。
 おおよそ想像はついたが──その想像が外れてくれていることを期待して寝返りをうち、石畳の床に仰向けになってから、脱力感に悩まされつつ何とか上半身を起こすと……。
 「ちょ、何でこんなモンを……」
 やはりというべきか、少年は黒いスカートを履かされていた。それも、膝上5センチくらいのフレアミニだ。
 スカートの中にはフリルてんこ盛りのパニエがあり、脚は太腿の半ばまでの黒い長靴下(サイハイソックス)に包まれ、さらに足先はヒールが高めのロングブーツで覆われている。
 スカート丈がかなり短めであることを除けば、それほど位の高くない貴族かそれなりに裕福な商家の出のローティーンの女の子の普段着としては、ストルクブラムでは比較的ポピュラーな服装である。
 しかしながら(同世代の平均よりやや背が低めとは言え)、15歳の男がしていい格好では断じてない。
 あるいは、こういう羞恥遊戯(はずかしめ)を加えたいがために、あの吸血鬼は少年を殺さず活かして捕らえたのだろうか?
 と、そこまで考えたところで、少し離れた魔石ランプの下に、何か紙が折り畳んで敷いてあることに少年は気付いた。
 「これは……手紙?」
 警戒しつつも少年は立ち上がってその手紙を手に取り、広げて読み始める。

 ──おそらく異様な環境で動転していたのだろうが、もし少年がもう少し思慮深く落ち着いていれば気付いたろう。
 窓もなく月明りさえ射さない真っ暗な地下室内のたかだか小さな魔石ランプひとつしかない環境で、なぜか自分が苦も無く手紙の文字を目で読み取れているという奇妙な事実に。
 あるいは、俯いた拍子にバサリと垂れて来た長い髪を無意識に手櫛でかきあげ、背中の方に流した自分の行動に──少なくとも、あの少女吸血鬼と対峙した時まで、自分の髪は聖職者らしく短めに切り揃えられていたはずなのに。
 しかし、手紙に綴られていた文章があまりに荒唐無稽かつ少年にとって受け入れ難い内容だったため、それらの“些事”に、その時の少年は気づかなかった。

『前略、お人好しな新米対魔闘士のお兄さんへ
 さすがにもう気づいているだろうけど、私が街で噂の吸血鬼Vです。
 もちろん本名は別にある──あったんだけど、まぁ、もう意味がないからいいかな。
 で……ジャーン、しょうげきのじじつぅ~、実は私も元は普通の人間でした。十数年前にとある吸血鬼に襲われ、血を吸われたことで、吸血鬼になっちゃったんだ。
 と言っても、一部の真祖(ロイヤル)級吸血鬼が持つ“眷属化”──劣化(レッサー)吸血鬼を作る能力のせいじゃないよ?
 その吸血鬼は特殊な能力というか呪詛(のろい)みたいなモノを抱えてたんだ。
 「満月の夜にピタリと波長の合う人間の血を吸うことでその“立場”を奪う──正確には交換できる」という力をね。
 その結果、アイツは私の立場を奪って人間になり、私が吸血鬼という立場を押し付けられたってワケ。
 ──ここまできたら想像がつくかな?
 うん、今度は私がキミに吸血鬼としての立場を押し付けちゃいました♪
 今のキミは「ストルクブラムの街で噂されている(そして教会に追われている)女吸血鬼V」の立場になっているから気をつけてね。
 代わりにキミの「新米対魔闘士の人間の少年」という立場は、私がもらっちゃったので、あとの事は心配ご無用。
 男の子の立場になるってのはちょっと複雑だけど、十数年間捜して私と波長が合う人間を見るのはキミが初めてだから仕方ないかな。いい加減、お日様の下を大手を振って歩ける真っ当な身分(たちば)が欲しいし……。
 あ、もしかして、ちょっと信じられない?
 まぁ、無理もないけど、自分の身体を調べれば、牙とか目とか肌の色とかから、少なくとも吸血鬼になってることは理解できると思う。
 時間帯が昼間なら陽光の下に出て行く気になれないし、万が一出たら大惨事確定だから(たぶん数分で気力が尽きて身体が灰になっちゃう)気を付けてね。
 そうそう、その“女吸血鬼の立場”は“格”的には貴士(ノーブル)級だから、一応、人の血液以外の食べ物も摂ることもできるよ。と言っても、血以外は何を食べてもあんまり美味しく感じられないけど。
 それと“先輩”からひとつアドバイス。
 私がV“だった”頃に、すでにだいぶ教会の捜査網が縮まってたから、できるだけ早くこの街を立ち去ったほうがいいと思うな。
 貴士級吸血鬼としての各種能力は、その立場に馴染めば自然と理解して使えるようになるだろうけど、今のキミには圧倒的に戦闘経験が足りてないし……。
 もし人間に戻りたいなら、私やアイツみたく自分と波長の合う人間を捜すといいよ──ちなみに、私とは一度交換して耐性ができてるからムダなので、あしからず』

 * * * 

 手紙を読み終えたあと、しばし少年──いや、元・少年あるいは新たな“V”と呼ぶべきか──は呆然としていたが、気を取り直してしばし試行錯誤した末、あの手紙に書いてあることが、どうやら事実らしいことを理解させられてしまった。
 地下室の一角に置かれた姿見(この世界の吸血鬼は不死者ではなく魔族の一種なので普通に鏡にも映るのだ)を覗き込めば、そこには、昨晩遭遇した少女吸血鬼とまったく同じ服装をした今の自分の姿が映っている。
 顔だち自体はほぼ変わっていないのだが、髪が腰まで伸びているのに加えて、口を大きく開けると犬歯と言うには鋭すぎる牙が上下に4本生えているのが見てとれた。肌の色も、一度も陽の光を浴びたことがないように生白い。
 対照的に唇は口紅を差したかのように紅く、鏡の中から見つめ返す瞳にも赤い光が宿っている(後者は意識すれば消せるようだが)。
 それらの要因(せい)で、かつての対魔闘士(エクソシスト)の少年とは、ガラリと印象が異なっていた。髪型や服装による補整があるにせよ、それなりに“可愛い”と言ってもよいルックスだ。同世代の男の子たち10人に見せれば、半数くらいは異性として興味を示すのではないだろうか。
 (……って、そんなコト考えてる場合じゃないっ!)
 フルフルと頭を振って、横道に逸れた思考を軌道修正する。
 家具などとの対比から判断すると、体格そのものは変わっていないようだし、胸に膨らみはなく、逆に股間のブツは健在だ。要するに身体的には元の“男”のままなのだ。それなのに、少年より頭半分背が低かったはずの少女の服が、ピッタリになって着れているという時点で、「立場を交換した」というあの手紙の情報もまんざら嘘ではないのだろう。
 (ボクが女吸血鬼“V”なら、こういうカッコをしていても当然ってことか……)
 そう言えば、意識を取り戻した当初は今の服装に大きな違和感を感じていたはずなのに、あれから一時間も経たない内に、すでにあまり気にならなくなっているような気がする。コレが“立場に馴染む”ということなのだろうか?
 自分が自分でないナニカに変貌していくようで薄ら寒い気持ちに襲われるが、同時に、“今の自分が持つ吸血鬼としての能力”をキチンと把握して使いこなさなければ生き延びられないだろうことも、元少年──“V”は直感的に悟っていた。
 ためらいを振り切って部屋の隅の寝台に腰かけて瞑想状態に入り、女吸血鬼“V”がどのような“力”や弱点を持っているのか、“思い出そう”と試みる。
 (貴士級吸血鬼にしては運動能力は低め……と言ってもレベル20くらいの武人と一対一なら素手でも十分対応できるんだから、並の人間とは格が違うなぁ。
 対して魔法能力が非常に高くて、闇属性と地属性が特に得意だけど、光属性以外の魔術は中級までほぼ満遍なく使える。しかも、低級魔術は無詠唱か単文節詠唱で発動可能って……さすがは魔族と言うべきなのかな。
 減少した魔力は吸血で補える──けど、逆に魔力を使い過ぎると猛烈な飢餓感に襲われて吸血衝動に抗い難くなる、と。うん、注意しよう。
 特殊能力としては……魔眼による“金縛り”や“魅了”か。過信はできないけど、使いどころによっては効果的かも。“気配擬装”ってのは、雰囲気を人間に見せかけることかな。人の間に紛れて生きていくには不可欠だよね。
 弱点は……日光や聖水、聖別された武器。うん、このあたりはオーソドックスだね。と言っても、夜明けや夕暮れ時の薄暗い時間帯なら耐えられるし、直射日光を浴びても数分なら消耗するけどセーフ。聖水も熱いお湯かけられたみたいにヒリヒリしてダメージを受けるものの、よっぽど大量でなければ致命傷ってワケじゃない──ってのはスゴいなぁ。貴士級は伊達じゃないってことか)
 脳内で次々に女吸血鬼としての特徴を把握するとともに、ある程度実演もしておく(といっても、いくつかの魔法や魔眼を軽く発動させてみる程度だが)。
 おかげで、よほど大人数相手でない限り特級対魔闘士を相手にしても、逃げに徹すれば何とかしのげる程度の自信はついた。
 もっとも、色々“思い出した”ことの副作用で幾らか“浸食”が進み、平素の立ち居振る舞いが随分と女らしく淑やかなモノに変わってしまったのだが、本人は未だ気づいていない。
 「あとは夜まで待ち、かなぁ」
 試しに地下室の地上へと繋がる扉を開け、外に出ようとしてみたのだが、扉から差し込む陽の光を目にしただけで、身体が強張って動けなくなったのだ。
 改めて、自分が“お日様の下で生きられない吸血鬼(バケモノ)”になってしまったことの悲哀をかみしめつつ、寝台に横になって仮眠をとり、陽が沈むのを待つ。
 数時間後、太陽が9割方沈み、夕焼けの淡い残照に照らされた街に、白い日傘を差して歩く少女(と他人の目からは見える)“V”の姿があった。
 陽の落ちたこの時間帯に日傘を差すというのは実用的ではないだろうが、日傘は日除けだけでなくファッションとしての役割もあるので、周囲の人からもそれほど奇異な目では見られていない。
 “気配擬装”も使用しているので、よほどの腕利きでもない限り、吸血鬼だと見破られる可能性は低いはずだ。
 とは言え、まだ陽が完全に沈みきってはいないせいか、身体がすさまじくだるい。今の“V”は吸血鬼の超性能どころか、少年対魔闘士だった頃にも劣る、それこそ見かけ通り“良家のか弱いお嬢さん”並の身体能力しか発揮できないだろう。
 荒事・厄介事は絶対に避けるべき状況だが……“V”となった元少年は、どうしても確認したことがあった。
 「この時間帯ならば……」
 つい昨夜まで自分が所属していた教会の、下級聖職者用の寮へと慎重に近づく。
 教会本体ではないというのに、それだけでもズキズキと頭が痛み、胃のあたりに吐き気が襲ってくる。
 不快感を懸命にこらえつつ、遠目に寮の庭を様子をうかがうと、そこには神学校で同期だった男女の友人と……まぎれもなく昨夜、少年を襲った吸血鬼の少女が談笑していた。
 とは言え、“少女”の見かけは大きく様変わりしており、髪を短かめに刈り込んだうえ、濃い灰色の司祭服(カソック)を着ている──そう、昨日までの少年と同じように。
 耳を凝らして3人の会話を盗み聞く(吸血鬼は聴力も人間離れしているようだ)限りでは、元吸血鬼であった少女は“少年”の立場になりきって振る舞い、他のふたりもそれに何ら違和感を感じていないらしい。
 (本当、だったんだ……)
 あの手紙が自分を騙しているのかもしれないという一縷の望みを抱いて此処まで見に来てみたものの、少なくとも立場交換に関しては嘘ではなかったらしい。
 悲しいし恨めしいし腹立たしいことだが、同時にこれで踏ん切りもついた。
 「この街を──出よう」
 他の教会関係者に見つからぬよう足早に寮の前から離れつつ、“V”となった元少年は、先達(?)の忠告に従い、ストルクブラムを離れることを決意していた。
 無論、目的は教会の追及から逃れつつ、今の厄介な(女吸血鬼という)立場を何とかする手段を見つけるためだ。
 もともと休日に同僚や先輩と飲酒や賭け事をするような、聖職者にしては比較的フリーダムな性質(タチ)ではあったのだ。
 善か悪かのいずれかに分類するなら善人の部類ではあったが、同時に聖人君子と言うには程遠い俗っぽさも多分に持ち合わせている。
 そんな人物だから、一応、立場交換(それ)以外の方法も模索してみる気はあったが、いざという時には、この“不幸のバトン”を次の走者(いけにえ)に手渡すことも視野に入れて行動するつもりだ。

 尾行などがついていないことを魔法で確認してから、人目を忍んであの廃屋敷へととって返す。
 地下室の一角には、必要最小限の身の回り品などを整理して詰め込んだ丈夫そうな旅行鞄が、すでに置かれていた。間違いなく、あの“先達”が用意しておいてくれたのだろう。
 クローゼットいくつか残されていた武具や魔道具の類いは、今の立場になってから使えるようになった魔法のひとつ【歪空収納(ストレージ)】を用いて、ソコに放り込んでおく。
 旅行鞄を手に持ち、暗褐色の旅装用マントを羽織ると、“V”は廃屋敷を出て、十六夜の月の光のもと街から出るため足を速めるのだった。

 * * * 

 シルヴァン公国南部の都市ストルクブラムで“V”の消息が途絶えてから、10年近い時が流れた。
 10年の月日は、恐ろしい“吸血鬼”の噂も風化させ、人々の記憶から忘れさせるには十分な時間であった。あったのだが……。
 歴史は繰り返す、というのだろうか。半月ほど前から再び高位吸血鬼の仕業と思しき事件が頻発し始めたのだ。
 当然、領主配下の軍部や教会の対魔組織は警戒を強め、夜間の見回り等を強化するようになった。
 そして……。

 「やっと見つけた! 貴女がここ最近の失血事件を起こしていた吸血鬼ですね? 神の御名において成敗します!」
 単独で見回りをしていた聖騎士(司祭としての資格と騎士としての籍を合わせ持つエリート)の少女が、一連の事件の犯人──今はヴライドと名乗っている“V”を発見する。
 奇しくも今夜は満月。そして……。
 (そう、この子が私の……なら、殺さないように巧く無力化しないといけないわね)
 歳月を経てすっかり女として(そして吸血鬼として)のライフスタイルが板につき、いつしか魔性の美女としての風格を得ていた“彼女”は、挑発的な視線を女聖騎士へと投げかける。
 「ふふっ、貴女にできるかしら? 私は“V”──数百年に及ぶ血の歴史と因果を受け継ぐ者よ?」

エピローグ
 ストルクブラムにおける十年ぶりの連続吸血鬼事件は、巡回警備中の聖騎士が犯人とおぼしき女吸血鬼を発見、単身戦いを挑み、痛み分けに終わったことで幕を閉じる。
 聖騎士は自らも負傷しつつ吸血鬼に多大なダメージを与え、深手を負った吸血鬼はストルクブラムから逃亡。街を出てすぐの場所で足取りが途絶えているが、少なくとも当面はこの街に戻ってくる公算は低いと見られている。
 当の聖騎士──ストルクブラム領主・ウェルスング伯爵の姪であるヴァネッサ・ヴィーラ嬢は、未だ16歳ながら文武に秀でた麒麟児であり、かつ非常に勝気な性格で知られていたが、吸血鬼に勝ちきれなかったことで自らの未熟を悟り、騎士籍を返上する。
 “まるで人が変わったように”穏やかで落ち着きのある性格となったヴァネッサ嬢は、貴族階級の出身でありながら、巡回司祭としてストルクブラム周辺地域の村々を回り、時に無医村の病人を癒し、時に悪霊を鎮め祓い、時に村人の相談に真摯に応じて、いつしか地域の人々の尊敬と感謝の念を集めるようになった。
 “勇敢なる聖女”としてストルクブラム近辺で名を知られるようになった“彼女”は、20歳になった時、叔父であるウェルスング伯の紹介で、彼の寄子である領主騎士のひとりと見合いし、その後まもなく騎士のもとに嫁ぐ。
 片田舎のひなびた農村を領有する夫とともに、その領地へと赴いたヴァネッサは、領主の妻としても司祭資格を持つ尼僧としても有能かつ慈悲深く、村人たちには強く慕われたという。
 夫との仲も良好で、最終的に一男二女に恵まれ、3人の子供たちを母親として厳しくも愛情深く育て上げた……とされている。

 ──一方、ストルクブラムから逃げた女吸血鬼のその後の行方は杳として知れない。一説によると、魔族排斥の傾向が強いサイデル大陸を出て、別の大陸へ渡ったとも言われているが……真相は歴史の闇の中である。

-おしまい-
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ちなみに、別大陸に渡った吸血鬼の500年後の姿が、『紅血の呪縛』に登場した彼女ですね。
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No title

元少年がすんなりヴァネッサとして女の幸せを享受したあたり、女吸血鬼として10年過ごすあいだに
「普通の人間として生活したい」から「普通の女の子として幸せをつかみたい」と願望が変化していったんですかね
そんな過程も想像すると楽しいです GJでした!

Re: No title

コメントありがとうございます。たぶん両方が混じり合って混然とした感じではないでしょうか。


> 元少年がすんなりヴァネッサとして女の幸せを享受したあたり、女吸血鬼として10年過ごすあいだに
> 「普通の人間として生活したい」から「普通の女の子として幸せをつかみたい」と願望が変化していったんですかね
> そんな過程も想像すると楽しいです GJでした!
プロフィール

KCA(嵐山之鬼子)

Author:KCA(嵐山之鬼子)
Pixiv、なろう、カクヨムなど色々書いてます。感想などもらえると大変うれしいです。
mail:kcrcm@tkm.att.ne.jp

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