『ポニーテールは伊達じゃない!』(中)

やや短め。次でキチンとまとまるかは微妙かもしれません。

※6/4付けで微修正&06章追加



ポニーテールは伊達じゃない!

-04-

 僕らの住む河崎市から、急行で7駅ほど離れた場所に、避暑地にして温泉街でもある「猪狩沢(いかりさわ)」と呼ばれるリゾート地域がある。
 今時の避暑地として見ればやや垢抜けないし、温泉保養地としても泉質が微妙という中途半端な場所なんだけど、それでも夏冬の長期休みの時期にはそれなり以上の客が来るらしく、臨時の人手が欲しいみたい。
 で、そこにある旅館のひとつを経営してるのが、長津田さんの妹さんの親友のお父さん、ってことらしい。
 「──ダウト。朝日奈恭子は私のことを「雪さん」と呼ぶ」
 「そうね、あたしのことも「晴海さん」だし……アンタも“恭子”してる間は、そう呼ぶのよ!」
 「わ、わかったよ、ねぇ…じゃなくて、晴海サン」
 猪狩沢へ行く途中の電車の中で、他のふたりとそんな風な会話を交わす。
 え? 「本物の」朝日奈さん?
 うん、さっき駅で別れて、本来僕が行くはずだった夏季講習合宿に行ってもらった。
 それにしても、さすがに中一用の講習は高一にとっては退屈なんじゃないかなぁ。
 「まぁ、主目的はソッチじゃなくて、「男子中学生の日常に触れる」ことだからね。それと、恭子の一人称は“わたし”よ」
 そ、それはちょっとさすがに恥ずかしい気が……。
 「──それほど無茶な話ではない。そもそも、僕や俺という一人称が公的に許されるのは学生の間だけ。社会に出れば、男女問わず“私”を使うのが日本では一般的」
 う……言われてみれば、確かに。
 「そーゆーこと。じゃ、ソレを踏まえて、元気に自己紹介いってみよー!」
 晴海姉ちゃん、ノリノリだね。仕方ないなぁ。
 「わ、ワタシの名前は朝日奈恭子、恒聖高校の一年生です。えっと、趣味は、ポプリ作りとハーブティーを集めること?」
 「なんでソコで疑問形になんのよ。まぁ、いいわ、続けなさい」
 え~、まだやんの? うーん。
 「今回は、お友達の晴海サンと雪さんと一緒に、こちらで働かせてもらうことになりました。短い期間ですが、よろしくお願いします」
 そう言って、(想像上の雇い主に向かって)ペコリと頭を下げてみせる。
 「ふーむ、雪、どう思う?」
 「──75点。お辞儀をする際は背筋を伸ばしたまま、腰を折る方が綺麗。それと、両手を身体の横にピンと伸ばすより腰の前で揃える方が女性的に見える」
 「まぁ、合格点ギリギリってトコね。精進しなさい、“恭子”」
 き、キビシぃー!
 ちなみに、こんな風に騒いでいても平気なのは、ね…晴海サンが「人に注目されなくなる術」を使ってくれてるからだったりする。
 いくつか知ってはいたけど、魔女の技術って、ほんと便利だなぁ。僕も女なら、いろいろ教えてもらえてたのに。その点は、ちょっとだけ残念かも。

 * * *

 猪狩沢でのバイト先とのファーストコンタクト(?)は、あっけないほどスムーズに済んだ。
 「貴女たちが、オーナーの紹介で来てくれたアルバイトの子たちかしら?」
 目指す旅館の受付で来意を告げると、すぐさま30代半ばくらいの優しそうな女性──この旅館、“喜多楼(きたろう)”の女将さんである新海(にいみ)さんが、来てくれた。
 新海さんに連れられて応接室に入った僕らは、簡単な質疑応答の末、無事にココの短期バイトとして採用してもらうことができたんだ。
 いくらコネとは言え、さすがに向こうも非常識な人材はノーセンキューだったらしい。その点では、一応最低限のラインは越えていると判断されたみたいだ。
 「貴女たち、高一ってことは15歳くらいかしら。みんな随分しっかりしてるのね」
 まぁ、雪さんはいつ見ても年齢不相応に落ち着いてるし、晴海ね…サンも、こういう場面で猫かぶるのは巧い。
 本来中一の僕も、さっきの電車の中で予行演習しておいたおかげで、それなり礼儀正しく自己紹介とかできたと思う。
 「服装の乱れもないし、気立ても良さそうだし……鷺澤オーナー、いい子たちを紹介してくれたわ♪」
 新海さんの柔らかな視線がくすぐったい。
 でも、朝日奈さんの部屋で着替えたワンピースの上にサマーボレロを羽織り、あまりヒールの高くないクリーム色のエナメルシューズを履いた僕や、膝丈の白いサマードレスと上品なパンプスを着用した雪さんはともかく……。
 ミントブルーのノースリーブ&デニムのホットパンツ、足元も素足にストラップサンダルという晴海サンの格好は、はたして“ちゃんとした服装”なのだろうか。
 「……なによ?」
 「い、いえ、何も」
 「うふふ、夏場ですもの。鶴橋さんくらいの服装でも全然問題ないわ。でも、お仕事中は和服に着替えてもうから、動きにくさや暑さは覚悟しておいてちょうだい。
 それじゃあ、明日から2週間、よろしく頼むわね。多岐江さん、この娘たちに、今日のうちにいろいろ教えといてくださる?」
 新海さんは、傍らに控えた、いかにもベテランといった風な40歳前後の仲居さんに声をかけた。
 「畏まりました」
 「多岐江さん」と呼ばれたベテラン仲居さんに連れられ、僕ら3人は神妙な顔で従業員控室のひとつに入っていく。
 そこで僕らは、改めてアルバイト向けの従業員規則を聞かされ、業務に関する説明を受けた。
 と言っても、所詮はバイト。簡単に言えば、
 1)お客さんに出す朝昼夜の食事の配膳と片付けの手伝い
 2)廊下や裏口など、室内以外の場所の掃除
 3)お客さんから預かった汚れ物の洗濯
 ──の3つが主な仕事で、あとは買出しなど臨機応変に仕事がフられるらしい。
 もちろんお客さんに対する言葉遣いなども指導された。もっとも、こちらも無理に謙譲語や古風な言い回しなどを使おうとせず、普通の丁寧語ベースでもいいと言われたので助かるかも。
 (ずいぶん要求水準が低いなぁ)
 いや、ひょっとして以前雇った学生バイトが、それすら満足にできないほどヒドかったのかもしれない。

 そこまでは、まぁ、よかったんだけど……。
 「では、次に、仲居としての制服である着物の着付けについて説明します」
 それこそ旅館の浴衣以外に和服なんて着た経験のない男に、いきなりハードルが高いですよ!? いや、相手からしてみれば、僕は“高校一年生の女の子”なんだろうけどさ。
 (そう言えば、本気で誰も、僕のこと男だなんて疑わないんだなぁ)
 つくづく姉ちゃんの暗示はスゴいな──「僕が元から女顔過ぎるから女装してたら女の子にしか見えない」という可能性はあえてスルーする方向で。

 幸いにして、この喜多楼の仲居さんの制服は、キチンとした紬の着物とかじゃなく、上下に分かれた、簡易着物とか二部式着物とか言われるタイプだった。
 とりあえず荷物を奥の長机に置いてから、僕たち3人は多岐江さんに促されて、服を脱いで長襦袢に着替えることになった。
 うん、正直、鶴橋香吾としては、いくらそのうちのひとりは姉とは言え、年上の女性3人と一緒に着替えるなんて、メチャクチャ恥ずかしいんだけど、此処で拒否するわけにもいかないしね。
 白い長襦袢自体は、それこそ旅館の浴衣かバスローブみたく、腰紐でとめればいいから、それほど着るのが難しい代物じゃない。ブラとかショーツとかの下着類も、着けたままでいいって言われたし。
 けど、そこからがひと苦労。ボトムは巻きスカートみたく、巻き付けてマジックテープをとめるだけで楽ちん(もっとも、僕の場合、スカートそのものに慣れてないんだけど、それは今更だ)なんだけど、上衣がねぇ。
 結局、何事も要領のいい、ね…晴海サン以外、つまり雪さんと僕──おっと、そろそろ気をつけて“ワタシ”って言うことにしよっと──ワタシは、着物の上を3回ほど脱いだり着たりするハメになった。
 「ふむ……着崩れもししてませんし、帯の形も整ってますね。いいでしょう、合格です」
 ようやく多岐江さんから合格と認めてもらってから、ワタシたち3人は、今日からしばらくお世話になる従業員用の部屋へと案内されたんだ。

 連れて行かれたのは北向きだけど、窓が大きく風通しが良さそうな、四畳半くらいの和室だった。決して新しくはないけど、手入れはいき届いてるみたいだし、今は夏だから日当たりが悪い方がむしろ居心地よさそうだ。
 でも……。
 「え、3人一緒なの!?」
 「当然でしょ、あたし達はお客じゃなくて従業員なのよ。泊めてもらえるだけでも、好待遇ってモンよ!」
 そりゃそうかもしれないけどさ。
 晴海サン──姉ちゃんは、まぁいいよ、家族だし。でも、雪さんは嫌がるんじゃない?
 「──問題ない。この事態は想定済み。私は、貴方の事を信頼している」
 高校からの友人の(本物の)朝日奈恭子さんと違って、雪さんは中学に入った直後に晴海姉ちゃんと知りあって、一ヵ月も経たないうちにマブダチになってた。だから、ウチ──鶴橋家にもよく遊びに来るし、本人的には僕のことを弟みたいなものと見てるのかもしれない。
 確かに、僕だって、雪さんのことはもうひとりの姉みたいに思ってる部分もあるけど……。ちょっとフクザツな気分。
 「まぁ、アンタに、フラチな真似するような度胸も甲斐性もないとは思うけど、念のために、ホラ」
 差し出された姉ちゃんの掌を反射的に覗き込んだ僕は、そこから漂う刺激臭に思わず鼻を押さえて涙目になった。
 「ぶわっ!! な、何、コレ」
 「海綿体充血反応抑制効果のある香水よ。ん~、端的に言うとね……あたしが中和する薬作るまで、アンタのち●ちん、勃たないわね」
 へっ!?
 「安心しなさい。一生そのままってワケじゃないわ。家に帰ったら、キチンと中和する薬作ったげるから」
 オーマイガー! 神様、僕って、そんな過酷な十字架(うんめい)背負わされるほど、悪い事した記憶はないんですけど。トホホホ……。

 ──そんなこんなで、とにもかくにも、僕…もといワタシ達のアルバイトライフは幕を開けることになったんだ。


-05(another view)-

 見桜駅で晴海さんたちと別れたわたしは、特急で5駅離れた場所にある葦柄駅まで来ていました。
 高校生にもなって、お恥ずかしい話なんですけど、実を言うと、うちのパパとママがかなり過保護なせいもあって、ひとりでこんな遠出をしたのは初めての経験です。
 ちょっと心細いという気持ちもないわけではありませんが、どちらかと言うとワクワクしている部分の方が大きいですね♪
 小学校高学年の頃からずっと伸ばしてきた長い髪を切ってサッパリ身軽になり、香吾くんが着ていた、いかにも中学生の男の子らしい服装をしているので、ちょっとした変装してる気分。

 ──いえ、そうじゃありませんね。
 少なくとも、ここでの夏期講習合宿に参加しているあいだは、ほかならぬわたし……じゃなくて、“ボク”自身が「中学一年生の少年・鶴橋香吾」なんですから。そのコトを忘れないようにしないと。
 幸い、晴海ちゃんのかけてくれた“おまじない”(専門的には魔女の技術だとか暗示だとか言ってましたけど)のおかげか、いつもみたいな弱気の虫は、どこかに行ってくれてるみたい。
 “ボク”は、肩にかけたスポーツバッグをゆすりあげると、心待ち意識して大股になりながら、駅から出て、夏期講習パンフのマップを見ながら合宿所を目指して歩き始めました。

 葦柄駅は、ハイキングコースやキャンプ地として有名な葦柄山のふもとにある駅で、合宿所も山の中腹にあるみたいです。
 普段の運動が苦手なわたしなら途中でヘバってしまったかもしれませんが、“中学1年生の男子”に意識してなりきっているせいか、それとも物珍しい環境で浮かれているせいか、上り坂を歩くのが全然苦になりません。
 ふと、視線を上げると、二股に分かれた道の途中で、“ボク”と同年代くらいの男女が何やら言い争っているようです。
 「だーかーら、このまま、上まで登ってから、山ン中を突っ切った方が、絶対近道だって!」
 「やめておくほうがいい。地図上でどんなに近く見えても、慣れない山の中を突っ切るのは自殺行為だよ」
 どうやら、進む道のことで口論してるみたいですね。うーん、もしかして、“ボク”と同じく夏期講習に来た人でしょうか。
 いつものわたしなら、見知らぬ人に声をかけるなんて恥ずかしくてできません。でも、今の“ボク”なら……。
 「あのぅ、すみません。もしかして、駿河塾のサマースクールに参加する人ですか?」

 * * *

 道端のふたりに話かけたところ、やはり“ボク”と同じ受講生だったらしく、簡単な自己紹介ののち、合宿所まで一緒に行動することになりました。

 「ふぅ~、やっと着いたぜ」
 背が高いけどヒョロッと痩せてる男の子──谷川流太郎くんが、ボストンバッグを地面に下ろして、汗を拭いています。ミリタリー風って言うんでしょうか。カモフラージュパターンのベストを着て、それっぽい帽子をかぶってる割に、案外体力はないみたいです。

 「ここが合宿所、なのかな」
 もっとも、“ボク”もけっこう汗をかいてるので、他人のことは言えませんけど。

 「おそらく、ね」
 男子ふたり(“ボク”も含めて)とは対照的に、セミロングの髪をなびかせた活発そうな女の子──佐崎みちるさんは、涼しい顔でバンガロー風の建物を見上げています。

 ちなみに、コースに関しては、話に加わった“ボク”が地図に従うことを勧めたため、曲がりくねった山道(といってもキチンと踏み固められていましたけど)を進むことになりました。
 それにしても、谷川くん、こんな体力ないのに山に入ろうなんて、さすがに無謀じゃないですか?
 「うん、そうなんだ。流太郎は、跡先考えずに本能で行動して、後悔することが多いんだよねぇ」
 「にゃにを~!?」

 道々聞いた話だと、おふたりは幼稚園の頃からの幼馴染(佐崎さんいわく「腐れ縁」)だそうで、いつもこんな風にきやすい口げんかしているみたい。
 子供の頃から引っ越しが多くて、中三の2学期になってから、ようやく今の地元に落ち着いた“わたし”にとっては、羨ましい話です。
 ──おっと、今の“ボク”は、“朝日奈恭子”じゃなく“鶴橋香吾”でした。ボロが出ないように、ちゃんと意識しておかないと。

 「あの、いつまでも外にいるのもなんだし、中に入りませんか? 冷房も効いてるだろうし……」
 軽い言葉のジャブの応酬をしてるふたりに、声をかけます。
 「お! そうだな。こんな口先だけは達者なじゃじゃ馬女の相手してるより、さっさとクーラーの入った室内で涼もうぜ!!」
 明らかに口ゲンカで劣勢になっていた谷川くんは、これ幸いと建物の入り口へと歩き出します。
 「まったく……すまないね、鶴橋くん、気を使わせたようで」
 佐崎さんは、見た目はとても女の子らしく、美少女と言っても差し支えない外見なのですが、しゃべり方はちょっと変わっていて、男性的な印象を受けます。
 もっとも、声自体は澄んだソプラノで、とても優しい感じの声音なので、男性と間違える人はいないでしょうけど。
 「いえ、そんな、たいしたことじゃないです。さ、行きましょう、佐崎さん」
 エスコート……というほど大層なものではありませんが、昔、少女漫画とかで読んだシーンをちょっと意識して“ボク”は佐崎さんの手を取り、歩き出します。
 (あ……)
 手を引かれた佐崎さんが、僅かに頬を染めていたことに、その時の“ボク”は気付いていませんでした。

 * * *

 バンガロー風(あくまで「風」で、中身はきちんとしてます)のその建物には、100人近い中学生が受講者として集められていて、大食堂で簡単なオリエンテーションを受けさせられました。
 そのまま昼食を摂り、そのあと各自の泊る部屋の表を渡されて当面は解散です。

 泊る部屋はふたり部屋なのですが、僕の同室の少年は、偶然にもさっき仲良くなった谷川くんでした。知り合ったばかりとは言え、それなりに気が合いそうな人だったのはラッキーです。
 「おっ、鶴橋、相方はお前さんか。これから2週間、よろしくな!」
 「こちらこそ、よろしくお願いします、谷川くん」
 「おいおい、同い年(タメ)なんだし、短期間とは言えしばらくルームメイトになるんだから、他人行儀なのはナシにしようぜ」
 「はい……じゃなくて、うん。じゃあ、ボクも、できるだけフランクにいかせてもらうね、谷川」
 実を言うと、男子中学生の普段のしゃべり方なんてよくわからなかったんですけど、とりあえず、マンガとかで見た「少し丁寧口調の男子学生」のつもりで、会話することにしました。

 その後、14時から早速、英語の講義が始まります。
 「なんだよ、ちょっとくらい休ませろよな」とブーブー言う谷川くん……谷川をなだめつつ、講義室に入ると、ちょうど佐崎さんの隣りが空いていたので、ボクらはそこに腰を下ろしました。
 「おや、珍しいね。流太郎が遅刻もせず、真面目に講義を受けるなんて」
 「あー、コイツに引っ張られて、な」
 きまり悪げに頭をかく谷川の顔を見て、ニヤリと佐崎さんは笑いました。
 「ほぅ……すまない、鶴橋くん。面倒をかけて」
 「ううん、別段たいした手間でもないから、平気だよ、佐崎さん」
 「──なんで、みちるが俺の保護者ぶってるんだよ?」
 谷川の抗議にも、佐崎さんは動じない。
 「フッ、自分は、おばさんから、「息子の監視をよろしく」と頼まれているからね」
 「にゃにぃ!?」
 授業(講義)中なのに、始まりかけた口論を、慌てて遮る。
 「ふ、ふたりとも、シーーッ!」
 というワケで、こんな風に、悩む暇もなくボクの“男子中学生”ライフは、今日から始まったのでした。


-06-

 猪狩沢にある旅館“喜多楼”の北棟に設けられた従業員部屋の一室に、布団が仲良く3つ川の字に並べられ、少女達が眠りについていた。
 枕元に置かれた目ざまし時計が6時10分前を指し、セットされたアラームが鳴り響く……直前に、布団のひとつから伸びた手がボタンを押してそれを阻止する。

 ──って他人事みたく言ってるけど、ソレをやったのは、ほかならぬ自分なんだけどね。
 「ふぁ……もう、こんな時間ですか」
 まだ少し眠い目をしばたたきながら布団から出て、傍らのふたりを揺さぶりながら声をかける。
 「晴海さん、雪さん、6時ですよ、そろそろ起きてください!」
 「──了解した」
 雪さんは、さっきまで寝てたのが嘘みたいに、シレッとした顔で起きてくれるのだけど……。
 「んん~、あと3ぷぅん……」
 昨夜、3人で布団に入ってからも何かゴソゴソやってた、ねぇ…晴海、さんは、どうもまだおねむらしい。頭から布団をかぶってイモ虫になってる。
 そう言えば、平日はともかく休みの日には、ベッドで惰眠を貪る人だったなぁ……と、弟としての知識をチラと思い出す。
 もっとも、だからこそ、こんな時の晴海さんの扱いは心得てるわけで。
 「別に構いませんけど……朝ごはん、食べる暇なくなっちゃいますよ?」
 「!」
 途端にガバッと飛び起きる晴海さん。まったく、どんだけ食い意地が張ってるんだか。

 ともあれ、“友人”にして現在のバイト仲間であるふたりと、互いに「おはよう」と朝の挨拶を交わしてから、急いで身支度を整える。
 とりあえずこの長い髪をなんとかしないといけない。“朝日奈恭子”の髪質はやや猫っ毛気味だけど、そのぶんブラシが素直に通るのは有難い。鏡台の前で、雪さんに教わった方法でブラッシングしてから、リボンでポニーテールにまとめる。
 「うーん、こんなもの、かなぁ」
 どうもイマイチ決まってない気がするんだけど……まぁ、見苦しくなくて、仕事の邪魔にならなければ当面はOKかな。
 「──大丈夫。ココをこうすれば……完成」
 と、横から現れた雪さんが、いったんリボンを解いたのち、再び結わえてくれた。
 「わ、すごい!」
 やってる事はたいして変わらないはずなのに、自分でやったのより数段可愛く見える気がする。
 「──問題ない。ちょっとしたコツと、あとは慣れ」
 ニコッと微笑みかけてから、雪さんが身支度を始めたので、慌ててワタシも着替えに取りかかった。

 七分丈の白いパジャマの上を脱ぐと、裸の上半身に枕元に置いてあったクリーム色のブラジャーを着けてホックをとめたのち、脇の肉を無理くり集めてカップに押し込む。
 胸にささやかながら膨らみらしきものが出来たのを確認してから、ロングドロワーズタイプのパジャマの下も脱ぎ、着物を着る前にまず白い足袋を履く。
 そのあとで、縁側に移動させたちゃぶ台に畳んで置いててあるこの旅館の制服──仲居さん用の萌黄色の着物を広げて、身につけた。
 最後に、着物の上から白い前掛(エプロン)を腰に巻けば、“喜多楼”の見習仲居さんの出来あがりだ。
 いくら晴海さんの“術”の助けがあるとは言え、最初の頃はやはり戸惑ったんだけど、4日目ともなるとそれなりに慣れて、かなり手際よく着替えられるようになっていた──制服だけじゃなくて、下着その他も、ね。

 これは、一緒にいるふたり──晴海さんと雪さんが、ワタシをほぼ完全に“同級生の友人・朝日奈恭子”として扱ってくれる点も大きいんだろうな。無論、その他の旅館の人達は言わずもがなだし。
 一応2日目くらいまでは着替えの時は多少はコッチを気遣っててくれたみたいなんだけど、昨日辺りからは完全に自然体になって、ごく普通に談笑しながら着替えてるし。

 そもそも、晴海さんがかけてくれた術は、本人よりその人を見た他者に影響を及ぼすものらしい。しかも、現状を見る限り、術のことを知ってる雪さんや術者である晴海さん本人にも、ある程度効果があるみたい。
 そうなると、自分ひとりがアタフタしてるのはバカらしいし、挙動不審で怪しまれるのも避けたいから、“僕”もワタシとしての立場に身を委ねるようにしてたら……一週間も経たないうちに、すっかり馴染んじゃったみたい。
 そして、それをごく当り前のことと受け止めている自分がいるのも確かで、ふとした拍子に我に返ると、微妙にフクザツな気分にならないでもないんだけどね。
 ──まぁ、今は気にしたら負けだよね、うん。

 着替えのあと、従業員棟の洗面所で洗顔と歯磨きを済ませたのち、部屋で化粧水とジェルで簡単なスキンケア(こちらは晴海さんに教わった)してから、まずは厨房脇の控室に顔を出す。
 そこには小さめのおにぎりふたつにお新香を添えた小皿が3つ置いてあった。これがワタシたちの朝食代わり。ちなみにお茶はセルフサービスだ。
 「フンフンフ~ン、今朝の具は、なにかなっ♪」
 晴海さんは上機嫌で早速手を出している。
 「もうっ! 晴海さん、お行儀悪いですよ。「いただきます」くらい言いましょうよ」
 「──いただきます。貴方も早く食べたほうがいい」
 雪さんに促されて、時計を見ると……6時18分!? ヤバい、急がないと。
 慌てて、ワタシもおにぎりを手に取り、食べ終ったのが6時25分。簡単に口をゆすいで、厨房に顔を出したのが6時28分。
 (ふぇえ~、ギリギリだぁ)
 やっぱりあと5分早めに起きたほうがいいかもしれない。
 仲居頭の多岐江さんから、今朝の仕事──食堂代わりの座敷への配膳の指示を受けながら、ワタシはちょっぴり反省するのだった。

 * * * 

 6時半から9時まで配膳と片付け作業、9時からは厨房でお皿洗い(と言っても、食器洗いマシンがあるから、わりと楽だけど)……と、立て続けに仕事をしたのち、10時過ぎにようやく一段落。
 もっとも、11時過ぎからはお昼の配膳があるし、正社員(って言うのかな、この場合も)の仲居さんたちは、この時間もお部屋の掃除とかで忙しく働いてるんだけど、ワタシたちバイトは、いったん小休止となり控室でお茶くらいは飲める。
 「それにしても、団体客がいると、やっぱり忙しいわね」
 「──しかし、だからこそ、私たちがヘルプとして雇われたのでは?」
 「それは、まぁ、そうですよねぇ」
 他愛もない雑談をしながら、お昼は14時ごろまで食べられないので、それまでの“繋ぎ”に、控室に置かれたお煎餅やクッキーに手を出すワタシたち。
 初日とかは多少遠慮してたんだけど、けっこうハードなこのバイトで、ハラペコのまま仕事するのは辛いということが身に染みたので、ここは有難く頂くようになっていた。

 11時ごろになって、板前さんたちがお昼の料理を仕上げていくと、ワタシたちも仕事を再開。朝と同様に、座敷のテーブルに料理を配膳していくことになる。
 もっとも、朝に比べると、この旅館で昼食を摂るお客さんは少ないから、多少楽だけど。
 で、そのあと片づけとお皿洗いがあるのも朝と同じ。
 それが終わる2時過ぎに、遅めの賄いご飯を控室でいただく。
 「へぇ、今日は豆腐とナスと鶏つくねの味噌田楽かぁ。美味しそー♪」
 「──ワカメとサヤエンドウの和風スープも、大変いいお味」
 長身でスポーツウーマンな見かけどおり(というと本人は怒るだろうけど)食いしん坊な晴海さんと同じくらい、小柄な雪さんも実は健啖家だったりする。
 (この3人の中で一番小食なのが、本当は男のワタシってのも、なんだかなぁ)
 え? 「そんなんだから、背が伸びない」? 大きなお世話ですよーだ!

 15時から18時までは、廊下や庭園、裏口なんかの掃除、あるいは近所のお店へのお使いなどの雑用を言いつけられる。
 最初の頃は、簡易タイプとは言え、着物で作業するのはちょっとやりづらかったし、この格好のまま外出するのはちょっと照れくさかったけど、人間、何事にも慣れるモンなんだね~。
 今じゃあ、内股気味にしずしず歩くことや、裾さばき袂さばきもずいぶん巧くなったし、仲居姿のまま買い物に出かけて、お店の人と雑談交わすことにもなんら抵抗がなくなってる。
 昨日も、仲居頭の多岐江さんから、「恭子ちゃんは和服での立居振舞が随分達者ね」と褒められたし。まぁ、これは一緒にいるふたりとの比較の問題かもしれないけどさ。
 晴海さんはあの性格だから、着物姿でも随分豪快に動く(転びもせずにそれができるのは流石だけど)し、雪さんは逆に着物に“拘束”されたような感じでどうにも動きがぎこちない。
 多岐江さんいわく、「だから、旅館の仲居としては恭子ちゃんみたいなのが一番映える」んだってさ。

 で、午後の雑用に引き続いての夕食の配膳作業が終わると、バイト組のお仕事は無事終了となる(なんでも、高校生をあまり遅くまで働かせたくないらしい)。板前さんたちが作ってくれた賄いを食べたあと、部屋に戻って私服に着替え、あとは自由時間。
 もっとも、「外に出てもいいですが、22時ごろまでには帰って来てくださいね(ニッコリ)」と、仲居頭の多岐江さんから釘は刺されてるけど。
 それでも、好奇心と遊び心のカタマリみたいな晴海さんが大人しくしてるワケがなく、雪さんとワタシは彼女に色々引っ張り回されることになるのが常だ。

 「あ! 見て見て、雪、恭子、ここのボーリングセンター、プールバーもあるみたいよ」
 「──私は、ダーツに興味がある」
 「え、えっと……こんな時間に高校生が行っても大丈夫なんでしょうか?」
 “朝日奈恭子”は、この三人娘の中では「常識人のストッパー」的役割を担ってるみたいなので、一応牽制の言葉は口にしておく。
 まぁ、いざとなれば、晴海さんの“暗示”でいくらでも誤魔化しようはあるんだけろうけどさ。
 ちなみに、今のワタシの服装は、ノースリーブの白いブラウスに赤いチェックのネクタイを締め、ボトムは膝上10センチの黒いティアードスカート、足元は素足に心持ちヒールのあるグラディエーターサンダルといった格好。
 髪型は、赤地に金のラメの入った少し派手めのリボンで、トレードマークになりつつあるポニテにまとめている。
 このバイトを始める前なら、こんな格好恥ずかしくて仕方なかっただろうけど、いまさらだし、晴海さんの暗示の助けもあってか、開き直ったら気にならなくなった──というか、鏡を見て、実は自分でもちょっと可愛いと思ってしまったのは内緒♪
 ついでに言うと、晴海さんはちょっと襟ぐり深めな淡い若草色のミニワンピ、雪さんはピンクのベアトップに小豆色のビスチェを合わせ、同色同素材のかなりタイトなホットパンツを履いている。
 (ふたりとも、スタイルがいいから、こういう服装してると、女子大生くらいにも見えるなぁ……)
 なんとなく自分のペタンコの胸元を見下ろして溜め息をつきたくなったのは、きっと気のせいだよね、ウン。

 ともあれ、ワタシ自身も含めて、普通ならこういう格好の女の子3人が避暑地の商店街をこんな時間にうろついていたら、ナンパやよからぬ誘いの標的になるんだろうけど、そこはそれ、晴海さんの“ナンパ避けの香”におかげで、スルーされてるのは有難いなぁ。
 だから、そんな状況下でワタシが「彼」に出会ったのは、後になって考えればとんでもない幸運か……あるいは運命の導きだったのかもしれない。

-つづく-
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Author:KCA(嵐山之鬼子)
Pixiv、なろう、カクヨムなど色々書いてます。感想などもらえると大変うれしいです。
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