『つくしんぼ通信~彼女はキキーモラ~』

 かなり前に2ちゃんの人外娘スレに投下した、、ソーシャルゲーム『聖戦ケルベロス』のUNカード“ピュアメイディ”をイメージした娘をヒロインにしたSSを微修正してこちらにも掲載。
 その他の人外娘カテゴリに掲載している『どうしようもないオレに天から妖精が舞い降りた』とも、ちょっぴり繋がっています。なお、当初、ピュティアはゲームのカード同様、騎士ジェイムズの背中を護るメイド剣士に成長する予定だったのですが、キキーモラという設定に馴染まないので、変更しました。
 ※18禁版はピクシヴに掲載しています

つくしんぼ通信~彼女はキキーモラ~

00.

 『えっと、今日から私がご主人様のお世話をさせていただくことになりました。頑張ってご奉仕しますね!』
 そう言って目の前の女の子が、ホニャッとした表情で微笑む。
 『えっと……こ、こちらこそよろしく。それと、「ご主人様」ってのは止めてくれないかなぁ』
 貴族でも富裕な商人の出でもない、それどころか1年くらいまでは、爪に火を灯すような暮らしをしていた身としては、そういう呼ばれ方は正直非常に居心地が悪い。
 『では、何とお呼びすればよろしいですか?』
 ちょっと困ったような顔で尋ねてくる彼女に、確か何と答えたんだっけなぁ……。

 ……
 …………
 ………………

 「…さま、朝ですよ? そろそろ起きてくださーい! 旦那様!!」
 聞き慣れた声に呼ばれて、布団の中に縮こまっていた青年はゆっくりと目を開ける。
 「うぅっ、ねむい、だるい、あたまいたい……」
 ブツクサ言いながらも、渋々身を起こすその上半身は裸だったが、その姿を目にしても彼を起こしに来た女性──と言うより「少女」と言う方が似合う年頃の銀髪の娘はまったく動じない。
 「お酒に弱いくせに、あんなに酔っぱらうからですよ。朝食の用意は出来ておりますから、さっさと着替えて、ご飯が冷める前に召し上がってくださいね」
 「なんでしたらお召替えも手伝いましょうか?」と聞かれた青年は、フルフルと首を横に振る。
 実は以前茶目っけを起こして「じゃあ手伝ってもらおうかな」とやってもらったものの、相手は顔色ひとつ変えず、かえって自分の方が羞恥心に身悶えするハメになったのだ。

 ──バタン

 優雅に一礼して主の寝室を出て行くエプロンドレス姿の少女をベッドの上からボヘ~っと見送った青年は、扉が閉まると、まだ覚醒しきらない心身に喝を入れつつ、寝台から降りた。
 「う~、ったく。今日はたまの休みなんだから、朝寝坊くらいさせてくれてもいいのになぁ」
 勤勉な(もしくは勤勉過ぎる)自らのメイドに愚痴をこぼす青年の姿は、意外に幼く見えた。その長身と浅黒く日焼けした肌、がっしりした体つきのせいでやや年かさに見えるが、存外先程のメイド少女と大差ない年頃なのかもしれない。
 また、何だかんだ言いつつ、少女がせっかく作ってくれた朝食を無駄にせぬよう、手早く着替えるあたりが、彼の人の良さを物語っている。
 麻の袖なし肌着の上に深い藍色に染められた丈夫なコットン製の胴着(ダブレット)と同色のキュロットパンツを着用し、黒灰色のソフトレザーブーツを履いて、腰に短剣を提げたその姿は、盗賊か非番の兵士かといった趣きだ。
 実際、青年は後者に該当していた。

 「おはよ~」
 先程のやりとりの際にも朝の挨拶を交わしていなかったことに思い至った彼が、そう言いながらダイニングに姿を見せると、メイド娘はニッコリと輝くような笑みを浮かべた。
 「はいっ、おはようございます、旦那様♪」
 その爽やかで愛らしい表情に、不覚にも一瞬見惚れかけたのを誤魔化すように、青年は目を伏せてやや乱暴にテーブルにつく。
 「ン、んっ! 今朝のメニューは……あれ、オートミールのお粥?」
 「はい。二日酔いの旦那様には胃に優しいものの方がよろしいかと思いまして。
 ──もしお嫌なら、すぐ作り直しますが」
 と、そこでほんの少し上目遣いになって此方を窺う仕草は、正直「ズルい!」と思う青年。
 (そんな表情されたら、文句なんて言えるわけないじゃないか!)
 「……いや、確かにあんまり食欲はないから、コレで十分だよ」
 とは言え、そのまま素直に認めるのはシャクだったので、一言付け足す。
 「ピュティアの作る料理は何でも美味しいから問題ないだろうし、ね」
 「な……!?」
 思いがけない称賛の言葉を聞いて、耳まで赤面するメイド娘。
 「──旦那様も随分お人が悪くなられましたね」
 平静を装ってはいるが、並みの人間よりいくぶん尖った耳朶がピクピク動いているので、感情の動きが丸分かりだ。
 「なに、ピュティアの家事の技量の進歩具合には及ばないと思うよ」
 「!!」
 何食わぬ顔でお粥をスプーンでかき回しつつ、追い打ちをかける青年なのだった。


01.

 出会って数年経った今でこそ、こうして傍から見ていると、のんきな若旦那とそれに仕えるよく出来たメイド然とした関係に落ち着いているふたりだが、初めて会った時は、お互いまさかこんな関係を構築するとは夢にも思っていなかった。

 当時、青年──ジェイムズの方は、とある辺境の村の「警備隊」(というよりは自警団に近い組織)に所属して、都から来た隊長にビシバシしごかれていた16歳の少年だった。
 流行り病で両親を無くし、オンボロ一軒家と猫の額ほどの土地しか親から受け継がなかったジェイムズは、畑仕事だけで食べていくのは厳しいため、なけなしの畑は隣家に貸出し、代わりに村に割り当てられた兵役を担当することで糊口を凌ぐことにしたのだ。
 運がいいのか悪いのか、彼が警備隊に入ったその年から新任の隊長が赴任して来たのだが、その隊長が意外に職務熱心なタチで、警備のかたわらジェイムズ他数名の「なんちゃって兵隊」達を容赦なくビシバシ鍛え上げた。
 まだ若い(おそらくは20代初めだろうか)隊長の訓練は、しかしながらなかなか巧みで、各人の個性に応じた武器の取り扱いをキチンと指導してくれた。
 当初は「こんなド田舎でそんなに気負わなくても」とブツクサ言っていた隊員達も、戦いに関する技術が目に見えて向上し、以前は大きな街の冒険者や国の討伐隊に任せるしかなかったモンスターや野盗に自分達で対処できるとなると、評価やムードが一変する。
 ジェームズの場合はとくにそれが顕著で、自分でも意外に思えるほど剣の力量が上達し、1年後には隊長から4本に1本は取れる程にまでなっていた。
 ……もっとも、隊長の本来の得物は槍で、長剣の扱いはほんのたしなみ程度だと後で知って愕然とするのだが。

 それは、新隊長が赴任して2年目の夏が終わり、秋の訪れとともに森の木の葉が少しずつ色づき始めた季節。
 警備隊の通常任務である村の周辺の見回りに出かけたジェームズは、何も異状がないことを確認して、そろそろ村に戻ろうとしたところ、村の入り口付近に倒れている少女を発見したのだ。

 「え? あ、あれ!?」
 少女は、年頃の娘としてはいささかはしたなく、両手両足をだらしなく投げだした姿勢で、道端にうつ伏せにぐんにゃりとのびていた。コバルトブルーの半袖ワンピースを着て、陽光に煌めく銀色の長い髪をしたその姿は否応なく目立つはずなのだが……。
 場所柄それなりに人通りはあるはずなのに、奇妙なことに誰もその少女の存在を気にしていないようだった。
 この村は格別よそ者に冷たいというわけでもないし、むしろどちらかと言うとお人好しが多いので、生きているにせよ死んでるにせよ、若い娘が行き倒れていたら誰かが即座に集会所にでも運び込みそうなものなのだが……。

 「おーい、そこの君、生きてますかー?」
 一応、「村の治安維持を守る」役目を背負う警備隊に所属している以上、見過ごすわけにもいかず、恐る恐る近寄ってその安否を確かめると、少女はノロノロと顔を上げた。どうやら、まだ命はあるようだ。
 「お……」
 「お?」
 「お腹、空いた、です……」
 か細い声で一言言い残して、そのままガクリと意識を失うその姿に慌てるジェイムズ。
 「お、おい、ちょっとォ!?」
 こうなっては是非もない。
 なるべくヘンな所に触らないよう注意しつつ、少女の身体を抱きかかえると、ジェイムズは急いで警備隊の詰め所へと向かったのだった。

 運が良いことに詰所では、少年が信頼する隊長が食後のお茶(ちょうど昼飯時だった)を飲みつつ何がしかの書類に目を通していた。
 「ん? どうした、ジェイムズ……って、変わったお客さん連れてるな。お前さんのコレか?」
 いわゆる「お姫様抱っこ」の体勢で少女を運んで来た部下を、おもしろそうな表情で眺める隊長。
 「ち、違いますよ! 村の入り口で倒れてたんです。どうも空腹で目が回ってるんじゃないかと思うんですけど……」
 少女を詰所の長椅子にそっと横たえつつ、慌ててジェイムズは弁解する。
 「なるほどな。ちょっと待ってろ。ウチに行って何か食べる物もらって来てやる。いや、女手がある方がいいかもしれんし、この際、ゲルダもいっしょに連れて来るかな。お前さんは、ここでその子を見ていてやれ」
 気軽に立ち上がった隊長は、詰所を出ると、すぐ裏手にある自宅の方へと早足で歩き出す。

 程なく、隊長は蓋の隙間から湯気の漏れ出る鍋を手に、いくつかパンの入ったバスケットを提げた女性と共に戻って来た。
 「どうだ、お嬢さんの様子は?」
 「あ、いえ、特に変わりは……」
 少女は意識を失ったままだが、緩やかに胸が上下しているので息があることは確かだ。
 「ふむ……で、どうだ、ゲルダ? やっぱりその娘はアレか?」
 鍋を簡素な木製のテーブルに置いてから、傍らの蒼髪の女性の方に振り返る隊長。
 「ええ、ケインの予想通りよ。その子は間違いなく妖精ね」
 「ゲルダ」と呼ばれた若い女性──隊長の妻はトンデモないことを言いだした。

 普通なら失笑するところだが、ジェイムズは、自分と大差ない年頃の美少女に見えるこの女性が、実は隊長よりふたつ年上の姉さん女房で、かつ優れた氷雪系魔法の使い手だと知っている。
 同時に、モンスターや亜人などに関する知識が豊富なことも。
 「へ!? 冗談……じゃないんですよね、ゲルダさん?」
 とは言え、妖精に関する通俗的なイメージ(羽の生えた小人)と知識しか持っていないジェイムズは、思わず聞き返してしまう。
 「もちろん。ジェイムズくんには、一見人間と変わりない姿に見えてるのかもしれないけど、そういう種族の妖精も少なくないわ。
 その証拠に、キミが見つけるまで村の誰もこの子に気づかなかったんじゃない?」
 確かに彼女の言う通りだった。
 「だったら何で僕には……」
 彼女が見えたのかと尋ねようとしたところで、ケイン隊長がその答えをくれた。
 「ジェイムズ、お前さん、どうやら自分では気づいてなかったようだが、妖眼(グラムサイト)を持ってるみたいだな」


02.

 「やっぱ信じられないよなぁ……」
 「妖精」を拾った日の午後、辺境警備隊に所属する少年ジェイムズは隊長の指令を受けて村の北側の森の見回りに出かけていた。
 本来この時間の巡回はケインの当番なのだが、例の妖精娘への対応その他で慌ただしかったので、ジェイムズが自ら申し出て担当を代わったのだ。
 「百歩譲って、あの子が妖精だってのは、まぁいいよ。村の入り口で放置されてたことや、僕が抱きかかえてるのに誰も気にも留めなかったことから、納得できないでもないし」
 手慣れた動作で森の木々のあいだを抜けながら、僅かに踏み固められた獣道を少年は周囲に気を配りつつゆっくりと歩く。
 「でも、この僕にそんな特殊な能力があるって言われてもねぇ」

 ──ジェイムズ、お前さん、どうやら自分では気づいてなかったようだが、妖眼(グラムサイト)を持ってるみたいだな

 ケイン隊長に言われた言葉が脳裏に甦る。

 「妖眼」、あるいは「妖精眼」と呼ばれるそれは、数万人にひとりの割合で人が持つ異能のひとつだ。
 その名の通り、普通の人間には不可視なはずの妖精や亡霊の類いが見えることに始まり、十全に使いこなせる人間ともなると魔力の痕跡や残留思念なども「視る」ことができ、戦闘その他でも何かと重宝する能力──らしい。
 実は隊長自身も妖眼持ちで、かつて傭兵だった頃はいろいろとその力に助けられたのだと言う。

 「とは言え、基本的には「見える」だけだからな。それ単体で出来ることは限られてる。活かすも殺すも自分次第ってワケだ」
 「はぁ、なるほど……」
 隊長の説明を何とか理解しようと努めるジェイムズだったが、その場にいたもうひとりの人物──隊長の妻であるゲルダがさらに説明を付け加える。
 「グラムサイト自体の力はそんなところだけどね。妖眼持ちの人間は、えてして精霊同調率が高いのよ」
 「精霊同調率、ですか?」
 「簡単に言うと「魔力を持つ存在に干渉されやすく、自分も干渉しやすい」ってところかしら」
 全然簡単ではなかった。
 「戦いに関して言えば、要するに普通の人間や獣じゃない魔物や幽霊の類いにも、お前さんの攻撃が素直に効くってこった」
 言われてみれば、確かに思い当たるフシはあった。
 ケイン隊長が赴任して以来何度か実施された討伐任務で遭遇した魔物に、武器扱いの技量が同程度のはずの同僚と比べて、彼の方が大きなダメージを与えていた気がする。
 「ただし、同時にお前さんの気配も、そういう奴らに察知されやすいがな」
 「それって、メリットよりデメリットの方が大きい気がするんですけど!?」
 「まぁ、そう言うな。敵襲(それ)を視認するための妖眼じゃねぇか」
 卵が先か鶏が先かの不毛な議論な気がした。

 自分がそういう異能を持っているのは事実らしいから、これは仕方ない。それを踏まえたうえで、この力とどうつきあっていくかを考えるべきなのだろう。
 (隊長が妖眼持ちの先輩として色々教えてくれるって言うのは幸いだったけど……)
 もし、隊長やゲルダのようなそれに対する理解と知識がある人間がいなければ、自分は潰れてしまっていたかもしれない。それを考えれば、彼らがいる時に判明したのは、むしろ幸運だったと言えるだろう。

 何事もなく巡回ルートを一周し、村の入り口に帰って来る頃には、ジェイムズもひとまず気持ちの整理がつき、落ち着きを取り戻していた。
 (だいじょーぶ、たとえそんな力があったって、僕の毎日が変わるわけじゃないさ!)
 彼は、そう思っていたのだが……。

 「え……」
 「あ……」

 任務終了の報告しようと詰め所の扉を開けたところで、なぜかワンピースを脱いで半裸になっている行き倒れ娘と鉢合わせするハメになり、仮初の平常心なぞ吹き飛ぶハメになるのだった。

 ──陳腐な形容ながら、本当に雪のように白い肌をした背中。
 ──あまり大きくはないものの、確かに女性らしい曲線を描いている胸元。
 ──そして、視線をそのまま下げると……。

 「ご、ごめんなさい、見てません!」
 「バタンッ!」と凄い勢いで詰所のドアを閉めるジェイムズ。
 「…………お、男の人に見られちゃいましたぁ! ふみゅ~~~ん!!」
 一拍遅れて、中から少女の泣き声が聞こえて来たのは、まぁ御愛嬌といったところか。


03.

 「まぁ、いつまでもウジウジしてても仕方なかろうよ、ラッキースケベ君」
 あのあと、何事かと騒ぎを聞きつけた隊長夫妻が駆けつけてくれたおかげで、とりあえずその場は何とか無事に納まった。
 「ら、らっきーすけべ、って……故意じゃないんです、事故なんですよ!」
 「当たり前だ。いいか、ジェイムズ、男なら下心やスケベ心のひとつやふたつは持ってて当然だ。時には、覗きに走るのもよかろう。しかし、紳士たる者、それを発揮するにもTPOというヤツを考えてだな……」
 ボカッ! 「なにバカなコト吹き込んでるのよ、ケイン」
 いきなり隊長が頭を押さえてしゃがみ込んだかと思うと、背後に鬼(オーガ)のような形相をしたゲルダが、なぜか片手に棍棒程もある太く大きな氷柱を握って立っていた。
 「い、今のは痛かったぞ、ゲルダ」
 涙目になりながら立ち上がる隊長。
 (もしかして、隊長、アレで殴られたの!?)
 その細腕で軽々と氷のクラブを振り回すゲルダと言い、そんなもので後頭部を思い切りドツかれてもさしてダメージを受けた様子のないケイン隊長と言い、夫婦喧嘩(痴話げんか?)の過激さに、色んな意味で戦慄するジェイムズ。
 「当たり前でしょ、痛いように叩いたんだから。それより、あの娘が落ち着いたから、入ってちょうだい。それとジェイムズくん、何をするべきか、わかってるわよね?」
 蒼髪の女性の怒りの矛先が自分に向いたことで、ジェイムズは思わず跳び上がって直立不動の姿勢をとる
 「は、はいッ! 誠心誠意、謝罪するであります!!」
 「うん、よろしい。さ、入った入った」

 ……と、色んな意味で隊長夫妻の“介入”があったおかげで、ジェイムズと妖精娘の3度目の邂逅は──双方微妙な距離感を残しつつも──何とか無事に実現したのだ。

 「私、家憑き妖精(キキーモラ)のピュティアって言います」
 土埃に汚れたワンピースを、ゲルダから貸与された部屋着に着替えた少女は、自らのことをそう名乗った。
 「へぇ、お嬢ちゃん、キキーモラだったのか。その格好からして、てっきりシルキーかと……いや、確かに着てた服はコットンだったな」
 妻の影響でそれなりに妖精族に関する知識のあるケイン隊長は、ちょっと驚いているようだったが、生憎ジェイムズには「ききーもら? しるきー?」とチンプンカンプンだ。

 「絹服娘(シルキー)って言うのはね、森妖(エルフ)と並んで……いえ、下手したらエルフ以上に人間に近い容姿をしている女系の妖精のことよ。絹製(シルク)の服を好んで着て、しずしずと歩くところから付けられた名前ね。
 大きなお屋敷にいつの間にか居着いて、周囲に気づかれることなく、何食わぬ顔で屋敷の使用人に混じって働いてることが多いの。
 雇い主も「はて、あんなメイド雇ったかな?」と不審に思いつつも、真面目で家事万能だから「まぁ、いいか」と流してしまうケースが結構あるみたいね。
 その有能さから、メイド長の後任に任命されて、何食わぬ顔でその屋敷の采配をふるってた……なんて笑い話みたいな事例もあるらしいわ」
 ジェイムズのはてな顔を見かねたゲルダが説明してくれる。
 「対してキキーモラも同じく家に住み着く妖精ね。シルキーと違うのは、さほど豪邸でなくてもいい代わりに必ず暖炉のある家を選ぶこと。それと、主に夜行性で、家事の中でもお掃除と機織りをしてくれるけど、それ以外は個人差が大きいってこと。
 ……こんな感じで良かったかしら、ピュティアちゃん?」
 「あ、ハイ、そんな感じなのです」
 コクコクと素直に首を振る様が、小動物のようで愛らしい。見ている3人は、ちょっと和んだ。

 「ん? でも、それだったらなんで……」
 疑問を口にしかけたところでふと気付いて、ジェイムズは立ち上がり、ピュティアに向かって深々と頭を下げる。
 「さっきは、ごめん! その…わざとじゃないんだけど、女の子に恥ずかしい思いさせちゃって申し訳ないっ!」
 唐突に謝罪されて目を白黒させるピュティア。
 「えっと……も、もういいのです。偶発的な事故であることは了解しているのです」
 先程の事を思い出したのか、ほんのり頬を赤らめアタフタしつつも、ピュティアは快く少年の謝罪を受け入れた。
 「それより、あの、お名前を聞かせてもらえませんか? ケインさんとゲルダさんは先程簡単に名乗られたのですが、お兄さんの名前は、まだお聞きしていないのです」
 「あ、うん。僕の名前はジェイムズ。そこのケイン隊長の部下で、この村で辺境警備隊に所属してるんだ。よろしく、ピュティアさん」
 「こちらこそ、よろしくです、ジェイムズさん」

 向かい合ってペコペコ頭を下げている、そんな初々しい少年少女(まぁ、ピュティアは妖精なので年齢不詳だが)のやりとりを、少し離れて見守っている隊長夫妻。
 「アナスン隊長が、俺らのことよくからかってた気持ちがわかるなぁ」
 「そうね、あの隊長さんもこんな気分だったのかしらね」
 ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべてはいるものの、その目の光はどこか優しかった。

 「それで、ジェイムズ、さっきは何を聞きかけてたんだ?」
 隊長に促されて少年兵士は再度質問を口にした。
 「あ、はい……えーと、ピュティアさん達キキーモラは夜行性なのに、なんで朝っぱらから外を歩いてたのかなと思ったんですけど」
 「それは……うぅ、ちょっと言いにくいコトなのですけれどぉ……」
 僅かに躊躇いつつ、チラと3人の顔を見回して、覚悟を決めたのか、妖精娘は自分の「事情」を話しだした。

 結論から言うと、ピュティアが以前住んでいた家が、村人がこぞって移住したことで廃村になり、行くところがなくなったのが原因らしい。
 キキーモラに限らず、そういう民家に憑くタイプの妖精がその住みかを無くすことは、頻繁にあることではないが無論起こりうる事態でもある。
 そういう時、当然妖精たちは別の家に(大概はそこの住人に内緒で)「引っ越す」のだが……。
 「なにしろ突然のことで、私もロクに準備もしてなくて、アテもないまま次のおうちを探していたのですけど……」
 「この村まで辿りついてお腹が空いて倒れちゃったってワケね」
 「はいです……」
 シュンと俯くピュティアの頭を、ゲルダがよしよしと撫でてやっている様は、まるで姉妹のようだ(もっとも、見かけと実年齢が逆転している可能性も高いが)。

 「ま、この辺りの村で、竈(かまど)はともかく暖炉があるような家は、少ないだろうしなぁ」
 ケインの言う通りで、この地方の気候は熱くもなく寒くもなく、強いて言うならやや涼しめといったところだが、囲炉裏ならともかく「暖炉を作る」と言う習慣自体にあまり馴染みがないのだ。
 町のほうまで行けば、それなりに富裕な商人の家などに暖炉が設けられている可能性も少なくないのだが、一番近い町までも馬に乗って半日ちょっと掛かる距離だ。
 「はぅ~、そんなぁ……」
 ガックリと肩を落とす妖精娘の様子を見て、ゲルダが夫の耳に何事かを囁く。
 ケインの方も妻の言葉に「うんうん」と頷いているのを見て、なぜかジェイムズは微妙に背筋の毛が逆立つような感覚を覚えた。
 (あ……なんかイヤなよかん……)

 「よっし、ジェイムズ。お前さんの家、確かボロいけど暖炉あったよな? 独り暮らしで、妻恋人愛人その他もいないんだから、しばらく、このお嬢ちゃんを泊めてやれ」
 「ちょ、なんでですかーーッ!?」
 嫌な予感が的中したことに慌てるジェイムズだが、ケインは冷静に部下に反論する。
 「嫁入り前の乙女の珠の肌見たことへの慰謝料代わりだ。ああ、もちろん、そのまま責任とってお嬢さんを嫁にするってのもアリだな」
 「な……いや、そりゃ悪い事したとは思ってますけど……いくら何でも、見ず知らずの男の家に来るなんて、ピュティアさんも嫌ですよね?」
 「ふぇ? いえ、ジェイムズさんいい人みたいですし、私は構いませんけど」
 本人の意志を論拠にしようとしたジェイムズの目論見は、アッサリ裏切られる。
 「──と言うか、あつかましいお願いですけれど、できればご厄介になれると、とてもありがたいのですよ~」
 警戒心がなさすぎと言うなかれ。そもそも彼女の姿は本来「人」には見えないので、キキーモラ的には、大家族だろうが男やもめだろうが斟酌する習慣がなかったのだ。
 (外見的には)同世代の可愛らしい少女に、期待に輝くキラキラした目で見つめられると、女慣れしてないジェイムズとしては無下に断るのは難しい。

 「いや、でも……そうだ! 隊長の家とかはどうなんですか? ゲルダさんもピュティアさんのこと気に入ってるみたいですし」
 「ウチは肝心の暖炉がない。それにそもそも、俺自身が妖精憑きの身で、別の妖精を家に迎えるのは仁義に反するだろ」
 苦し紛れの提案は、アッサリ一蹴された。
 「え!? 隊長の家にも妖精がいるんですか?」
 「?? ああ、そうか……お前にはまだ言ってなかったっけか」
 チラと傍らに視線を向けると、委細心得たかのように彼の伴侶が進み出る。
 「ウチの嫁さん──ゲルダも、雪妖精(スノウフェアリー)の出身なんだ」
 ケインのその言葉とともに、ゲルダの背中に4枚の紫色をした半透明な翼が現れる。
 「「うっそォーーーん!?」」
 間抜けな驚きの言葉を異口同音に発してしまうジェイムズとピュティア。
 「……いや、ジェイムズはともかく、お嬢ちゃんが驚くのはどうかと思うぞ?」
 「気づいてなかったのか?」と呆れた目をするケインに、ピュティアは慌てて言い訳する。
 「だ、だって、ゲルダさん、羽根しまってたら見かけはまるっきり人間なのですよ! こうして意識を集中させたら、確かに気配が少し人間と違うことはわかりますけど……」
 「あはは、ケインとケッコンしてるわたしは、確かにちょっと特殊だからねー」
 羽根を緩やかに羽ばたかせて宙にふよふよ浮かびあがりながら、ゲルダは苦笑する。

 「ま、そんなワケでお嬢ちゃんをウチで預かるわけにはいかねぇんだ。なに、心配するな。お嬢ちゃんもジェイムズの家で無駄飯食らいをするつもりはなかろう?」
 「あ、はい、住ませていただくせめてものお礼に、お家のお掃除と繕い物はお任せください。あんまり得意ではないですけど、ご飯の用意も頑張りますよ~!」 
 次々に退路を断たれてしまったジェイムズは、もはや首を縦に振るしか道はなかった。

 * * * 

 (で、あのあと、遅れて家に来たピュティアの挨拶がアレだったんだよな)
 食後のお茶を飲みながら、往時──といってもほんの数年前の話だが──の回想から醒めたジェイムズは、クックッと喉の奥で笑いをかみ殺した。
 「どうされたんですか、旦那様? 人の顔見て笑うなんて、ちょっと失礼ですよ」
 香茶をポットから注ぎ足しつつ、ピュティアがいぶかしげに問う。
 「いや、昨夜は、僕らが初めて会った時のことを夢に見たんだ。それで、ちょっと懐かしくなって、ね」

 * * * 

 なし崩し的にジェイムズの家にピュティアが下宿(彼としてはそういう感覚だった)することになった後、先に家に戻って同居人を受け入れる簡単な用意を彼がしていたところで、「トントン」と軽く入口のドアがノックされた。

 「はーい、どなたですか?」
 おそらくは彼女だと思いつつも、村のご近所さんが訪ねて来た可能性も皆無ではないので、そう問いかけながら、ドアを開ける。

 ドア開けた向こうに立っていたのは、やはりピュティアだった。
 ただし、その服装が先程までとは大幅に異なる。
 朝見た半袖ワンピースの上からフリルで縁どられた白いエプロンを着け、髪を後ろで結ってポニーテイルにしたうえで、頭頂部を白いヘッドドレスで飾っている。
 「え、えっと……今日から私がメイドとしてご主人様のお世話をさせていただくことになりました。頑張ってご奉仕しますね!」

 * * * 

 「あれって、やっぱ隊長達の入れ知恵?」
 「正確にはゲルダさんの、ですけどね」

 ともあれ、そんな経緯で辺境警備隊に所属する一兵卒に過ぎない16歳の少年が、メイドさんと暮らすことになったわけだ。


04.

 辺境警備隊に所属するジェイムズの家で、キキーモラのピュティアがメイドとして住み込みで働くようになって、およそ半年の時が流れた。

 キキーモラの少女は、当初は自分でも認めていたとおり、掃除と裁縫を除く家事はあまり巧くなかった──というか、むしろ下手な部類に入った。
 しかし、その生真面目な性格から日々精進を繰り返すことと、主婦業ン年のゲルダに色々教わることで、少しずつ上達していき、数ヵ月も経つ頃には家事全般を預かる者として遜色ない技量に成長することができた。
 家主であるジェイムズも、文句も言わず(いや、不味い料理は「不味い」と正直に告げたが)、彼女が家事を行う様子を寛大に見守り、今では安心してすっかり家の中のことを任せきりにしている。

 その彼自身も真面目な性格が幸いしてか、ケイン隊長に剣技その他の稽古を熱心につけてもらった成果が上がり、警備隊の中でもメキメキ腕前を上げていた。
 もともと、ケインが隊長として着任した地方の警備隊は、彼のシゴキと指揮のおかげでそれまでとは段違いに強くなるのが常だったが、その例に照らし合わせても、ジェイムズの伸びっぷりは頭2つ、3つ飛びぬけている。

 (たぶん、無意識に妖精眼を使いこなしてるんだろうなぁ)
 打ち込んでくるジェイムズの剣を、木剣でいなしつつ、そんなコトを考えるケイン。
 「っおりゃあっ!」
 気合いとともに放たれた高速の縦切りを半身をズラしただけでかわし、そのまま軽く足払いをかけるケイン。
 たまらず、ジェイムズはすっ転び、手から武器を落としてしまった。
 「ほい、チェックメイト。最後の唐竹割り以外はなかなかよかったぞ」
 「あっつつ……うーん、イケると思ったんですけどねぇ」
 「阿呆。決めの攻撃の時に大声あげたら、「今から行きます!」って相手に教えてるようなモンだろうが。それに剣筋が素直なのはいいが、素直過ぎて逆に読みやすい」
 反省点を指摘しつつも、ケインはジェイムズの動きそのものには舌を巻いていた。身体を無理なく自然に動かすことで最高の力を引き出す、というのは言うのは簡単だが実際に実現するとなると、かなり難しいのだ。
 「まぁ、初級基本編は卒業して、これからは中級応用編にお前さんも進まないといけないってことだ」
 師匠っぽくエラそうにアドバイスするケインだが、彼の言う「中級編」に進めた者は、これまでに指導した100人近い教え子の中でもわずか数人なのだから、それだけでもジェイムズの優秀さはわかるというものだ。

 「で、そっちはいいとして、あの子達の仲の進展具合はどうなのよ?」
 顔全体に「ワクワク」という擬音を貼り付けたような表情で、夕食の席で妻のゲルダに問われ、ケインは苦笑する。
 「ヲイヲイ。そのテの噂話に詳しいのは主婦の特権だろうが。むしろ俺の方が聞きたいぞ」
 「まー、そりゃ、そーなんだけどねー」
 苦虫を半匹くらい噛みかけたような微妙な顔つきになるゲルダ。
 「微笑ましいというか、カマトトってゆーか……」

 ひとつ屋根の下に、互いにそれなりに好感を抱いている男女ふたりが数ヵ月共に暮らしていれば、いわゆる「男女の仲」になっても別段おかしくはない。
 ないのだが……最初の出会いが出会いだったせいか、ジェイムズとピュティアは、半年経った今も、非常に遠慮勝ちな距離を保っていた。
 無論、一緒に暮らしている以上、「着替え中にドアを開けて慌てて謝罪」、「ベッドに起こしに来たら、男の生理現象がニョッキリ」、「水仕事で濡れた服が透けてドッキリ」といったハプニングはあるにはあったが、そこから先に進まないのだ。
 初心で微笑ましいと言えないコトもないが……。

 「すみません、旦那さま、お疲れのところを買い物につきあっていただきまして」
 「なんの、力仕事は男の領分さ。それに、ピュティアさんにはいつも家のコトをやってもらってるから、買い物くらいは自分でしないと」
 隊商(キャラバン)によって村の広場で開かれている市場に、ふたりは連れ立って(と言ってもピュティアの姿は他人には見えないが)来ていた。
 辺境にほど近い村ではあるが、それでも半年に一度くらいのペースで、このような十数人単位の小規模な隊商が訪れ、この辺りでは手に入らない物品を購入する機会があるのだ。
 警備隊は安月給だが一応固定の現金が支払われる上、ここ数年はジェイムズが人に貸している畑も豊作でキチンと地代が入っているので、慎ましい暮らしながらそれなりに蓄えはできている。
 「そんな! 私こそ、お世話になりっぱなしで……」
 紙袋を抱えたまま、申し訳なさそうに頭を下げかけたピュティアが、“路面の一部が濡れていた”せいか、つるりと足を滑らせる。
 「あっ!」
 「おっと!」
 素早く手にした荷物を置き、彼女の身体を抱きとめるジェイムズ。さすがに慌てていたせいか、力の加減ができず、彼女の身体を自らの腕の中にすっぽり抱きかかえるような姿勢になっていたが……。

 「よしよし、そこでブチュッといきなさい、ブチュッと!」
 「いや、デバガメみたいなコトはやめようぜ、ゲルダ」
 物陰から、部下にして弟子でもある少年達の様子を、隊長夫妻がうかがっている。
 「ああっ、何でそこで手を離すのよ! ピュティも、もっと積極的に!」
 「無責任に煽るなって。そもそも、あそこに氷張ったのお前の仕業だろ。アイツが助けるのが間に合ったからいいものの、転んで頭でも打ったら危ないじゃないか」
 「妖精──それも“地”に属するキキーモラが、転んで頭ブツケたくらいでどうにかなるモンですか! あ~、もぅじれったいわねぇ」
 (お前は、知り合いにやたらと見合い話を斡旋するオバちゃんか)
 溜め息をつきながら、そんな感想を抱いたものの、さすがに口には出せない。
 女性に年齢を感じさせる単語、とくに「オバちゃん」なんて言葉は禁句なのだ。さすがに夫婦生活が長い(とある事情から、このふたり、見かけより10年近くは長く生きてるのだ)ので、そのくらいは彼も理解している。
 「あの年頃の少年少女って言ったら、逢う度にキスだのハグだのを繰り返して、そこから先の一線をいかに越えるか、互いに色々悶々と模索してるモンでしょーが!」
 「いや、まぁ、確かにそれはそうだけどな」
 妻のエキサイトっぷりを「どうどう」とケインはなだめる。
 「ま、あのふたりは、なまじ一緒に暮らしているぶん、「家族」って気持ちが強いのかもな。こういうコトは自然に任せるのが一番いいと思うんだが」
 「そりゃね、わたしだって、あのふたりが人間同士、あるいは妖精同士なら、こんなに気を揉まないわよ。でも……」
 妻の言いたいことは、ケインにもわかった。
 おそらく、ふたりの姿に、在りし日の自分達の不器用な恋愛を重ねているのだろう。
 「はぁ……仕方ない。ちょうどいい機会だから、俺の方からも、ちょいと爆弾投下してみるか」
 王都から届いたある手紙の文面を思い出して、ケインは久々にかつての上司の手を借りることを決意するのだった。


05.

 土を踏み固められた10ヤード四方くらいの小さな広場──警備隊の訓練場で、ジェイムズは、久々に隊長のケインとの「真剣勝負」を取り組んでいた。
 これは文字通り、木製などの練習用ではなく、本物の武器で打ち合う形式の試合を指す。無論、殺し合いではなく寸止めするルールだが、普通の練習に比べて格段に危険性は高い。
 もっとも、警備隊付き修道女のシビラとケインの妻ゲルダも立ち会っているので、仮に負傷しても魔法ですぐに癒すことは可能だが。
 「どうした? 来ないのか?」
 しかも、ケインに至っては、本来の得物である長槍を手にしているという気合いの入りようだ。
 最近では、彼から3本に1本程度はとれるようになったとは言え、それらはすべて剣対剣での話だ。ただでさえ、剣対槍では後者が有利だと言うのに、一体隊長は何を考えているのだろう?
 そう思いつつ、ジェイムズもここは引く気はない。
 「本当に隊長から3本中1本でも取れたら、給料上げてくれるんでしょうね?」
 ──まぁ、そういうコトだ。
 「うむ。男に二言は無い。ま……」
 ニヤリと笑った次の瞬間、あり得ない踏み込みの早さでケインの槍が、正眼に構えたジェイムズの剣を下から叩いて、少年の腕ごと大きく上に跳ねあげていた。
 「流石に槍を手にした状態でヒヨッコに負ける気はないがね──コレでまずは1本だ」
 完全に無防備になった少年の頬を、冷たい槍の穂先がピタピタと撫でる。

 「くっ……!」
 温厚とは言えジェイムズも、警備隊所属の兵士である以上、武人のハシクレ……という自負がある。遅まきながら、少年らしい負けん気に火が点いたようだ。
 すぐさま跳び退って再び剣を構える。
 その姿からは、先程までは感じられなかった殺気にも似た気合いが立ち昇っているのがわかった。
 そこからのジェイムズの動きは目を見張るようだった。
 上段からの打ちおろし、左から右の横薙ぎに続いて右斜めに袈裟掛け、その真逆に下からの切り上げ、さらには連続の三段突き……と剣術の教科書に載せたいくらい見事な動きで、ケインを防戦一方に追い詰める。
 ──いや、そう思えたのだが。
 「前に教えただろ。理に適った動きは強力だけど、その分読みやすいって」
 わずか半呼吸の隙を突かれて(いや、おそらくは最初からそれを狙っていたのだ)、あっさり逆転される。
 「ふむ……見込み違いか。どうやら、まだ応用編をものにできていなかったかな?」
 クルリと回した槍で、トントンと自分の肩を叩いている隊長を見て、少年兵は唇を噛んだ。
 最初から敵わないだろうことは正直理解していた。
 けれど、このまま一矢も報いないで終わるのは、目をかけてくれた隊長本人に対しても、自分自身のなけなしのプライドに対しても──そして、こっそりゲルダさんの背後から見学しているピュティアへの見栄の面からも、我慢ならない。
 彼女の心配そうな姿を目にした瞬間、脳内のどこかでがカチリと何かがズレたような気がした。
 スーッと深呼吸をすると、パチリと剣を腰の鞘に納める。
 「ん、どうした? 降参か?」
 「はは、まさか……僕なりに奇策を弄してみようかと思いまして」
 そのまま左手で鞘ごと腰から外し、右手を剣の柄にかける。
 相応の知識がある者が見れば、それは東方の剣技で言う「居合」の型と似ていることがわかったろう。無論、ケインにもその知識はある。
 「ほぅ……おもしろい。だが、付け焼刃でそれができるかな?」
 ニィと男臭い笑みを口元に浮かべたケインが、それでも先程よりも慎重に槍を構える。
 できるはずがないとは思う反面、この若者ならやらかしてくれるんじゃないか、と期待する部分があった。
 「勝負ッ!」
 鋭い呼気とともに裂ぱくの気合いをもってそのまま踏み込むジェイムズと、それを迎え撃つケイン。
 そこにいる誰もが、その姿を予想したが……。
 「……え?」
 少年は、踏み込みかけた姿勢のまま、強引に足を止めていた。
 優れた武人は、相手の次の動きを自然と予測し、それに対応し、凌駕するべく動く。
 ケインも当然、その「優れた武人」の範疇に入る存在だ。まして、彼もまた「妖精眼(グラムサイト)」持ちであり、人の気の流れなど手に取るようにわかる。
 しかし、この場合、それが裏目に出た。
 いや、正確には少年が足を止めようとした瞬間それを察知し、すぐさまソレに対応しようとしたのだが……。
 槍の間合いの半歩外から放たれたジェイムズの「居合」もどきが、予想外の結果をもたらしたのだ。
 居合とは、刀を鞘で滑らせることによって本来の抜刀速度以上のスピードで放たれる抜き打ちの斬撃だ。西方の剣技しか知らない者からすれば、特に初見だと魔法か手品のように見えるが、原理的には神速の抜刀術、それに尽きる。
 とは言え、確かに長剣や大剣の大ぶりな動きに慣れた者からすれば、そのスピードは脅威だ。
 しかし、ケインは本物の東方剣士と撃ち合った経験もあり、その速度への対応も十分に可能だと自負していたのだが……。

 Q.片刃で緩く反りのあるカタナでも難しい居合を、両刃で肉厚の長剣で実行できるものか?
 A.無理。

 そう、ジェイムズは、神速の抜刀術を仕掛けようとしていたのではない。
 そう見せかけて、そのまま剣を振り抜き、鞘を飛ばして来たのだ。思わずそれを槍で弾いて隙ができたケインの懐に入り込む。
 剣に対する槍の優位の7割は、その間合いの広さにある。強引に近づくことで、その差を少年は埋めようとしたのだ。
 その試みは半ば成功したかに思えたが……。
 「ふぅ~、あっぶねぇ」
 咄嗟に槍から利き手を離したケインが腰から抜いた短剣で、ジェイムズの渾身の一撃は受け止められていた。
 「くうっ! これでも届きませんか」
 「生憎、これでも前大戦経験者でね。生き汚いのが身上だからな。とは言え、70点ってところか。ギリギリ合格だな。
 ──辺境第23警備隊隊員、ジェイムズ・ウォレス!」
 「は、はいっ!」
 姿勢を正したジェイムズに、ケインは思いがけない言葉を告げた。
 「貴殿を王国軍第八戦士団の正隊員推薦する──来月から、いっぺん王都まで行って来い」
 「……へ?」


06.

 東方では、「据え膳食わぬは男の恥」なんて格言があるらしい。
 ケイン隊長にそんな言葉を聞いたことがあるジェイムズだったが、まさか自分がその格言が適用されるべきシチュエーションに陥るとは、夢にも思っていなかった。

 (あぁ……なんか、気持ちいいな)
 身体の上に何か暖かくて柔らかいものが乗っているような、安らかな感触。まるで、ラルフ婆さんの家にいる猫達を大きくしたような……って、アレ?
 不審に思い目を開けたジェイムズの上には、ひとりの少女が覆いかぶさっていた。
 「!」
 窓から差し込む月明かりが照らす薄暗い部屋の中、それでも妖精眼持ちのジェイクには、彼女──ピュティアの顔の赤さまではっきりと確認できた。
 「うぉっ!? ぴゅ、ピュティア……な、なんで?」
 この状況下で何とも間抜けな質問をジェイムズが投げるが、彼女はジェイムズの上に覆いかぶさったまま答えない。
 よく見れば、ピュティアは日中の普段着にしているエプロンドレスでも、寝間着代わりの簡素な木綿のワンピースでもなく、白いシミーズ一枚しか身にまとっていないようだ。
 十六夜の月光の下でさえ、薄衣越しに少女のやや小ぶりだが形の良い乳房や、ツンと尖ったその先端部をハッキリ確認できる己れの常識外の視力を、ジェイムズは初めて恨んだ。
 掛け布団をはがされて密着するパジャマから、ピュティアの体温が伝わってくる。
 「旦那さま……」
 うるんだ目で少女がジェイムズに何かを訴えかけている。
 いくらソチラ方面は奥手とは言え、ジェイムズも健全な若い男だ。彼女が何を言いたいのかは見当がつく。
 (えっと……まさかとは思うけど、もしかしてこの娘……俺のことを?)
 傍から見ていれば「まさか」も「もしかして」もない。少女が少年に好意を抱いている(そしてその逆も然り)ことなぞバレバレなのだが、いまひとつ自分に対する評価が低めのジェイムズは、ことココに及んでも、彼女の気持ちを確信できないようだ。
 無論、嫌われているとまでは思っていない。ふたりの関係は、表向きは、「家主と居候」「主と女中」といった言葉でくくれるのだろうが、半年以上一緒に暮らしてきた現在では、むしろ「家族」という言葉の方がしっくりくる。
 しかし、今、彼の顔を至近距離から覗き込むピュティアの顔には、初めて会った頃の遠慮勝ちな恥じらいとも、彼女が作った食事をジェイムズが食べているときのうれしそうな様子とも、まるで異なる表情が浮かんでいる。
 「お慕いしております、 旦那さま……」
 熱っぽくて力強く、脇目もふらない一途な思いが、ピュティアの瞳からは感じられた。

 * * * 

 辺境警備隊所属の少年隊員ジェイムズが、彼の家でメイドさんをやってる家付き妖精(キキーモラ)の少女に逆夜這いされるに至る経緯は、その日の午後、彼が隊長との真剣勝負に僅差で負け、それなのになぜか王都の戦士団へと推薦を受けた直後にまで遡る。

 部外者ながら、隊長の妻であるゲルダ(ちなみに彼女には警備隊の特別魔法顧問という肩書が付いている)の肝入りで、彼らの勝負をこっそり観戦していたピュティアは、ふたり(特に自らの主)が、たいしたケガもせずに決着がついたコトにホッとしていた。
 ジェイムズが負けたことは残念と言えば残念だが、それでもケイン隊長も彼のことを認めてくれたようで、めでたしめでたし……とピュティアは思っていたのだが。
 彼女を自宅に招いたゲルダが、告げたのだ。「このままでは、貴方達は離ればなれになる」と。

 驚いたピュティアだが、よく考えると、確かにジェイムズが王都に行き、そのまま戦士団の正隊員になれば、今の家から離れざるを得なくなる。
 では、彼女も彼について行けばいいのかと言えば……。
 「無理ね。貴女もわかっているでしょう?」
 そう。キキーモラである彼女は、(暖炉のある)家を離れて長くは暮らしていけない。そもそも、彼女がこの村に来た時行き倒れていたのは、空腹のせいもあるが、生活の拠点となる“家”を喪って衰弱していたことも原因なのだから。
 ここから王都までは、馬車に乗って極力急いだとしても優に半月はかかる。対して、家を離れたピュティアの体調は10日ともつまい。
 仮に無理して王都に辿り着いたからと言って、ジェイムズが即座に暖炉のある家を購入できるかは、はなはなだ疑問だ。
 「──しかた、ないです。私はこちらのお家で、ジェイムズ様のお帰りを待ちます」
 「けど、それも今のままでは無理よ」
 キキーモラはあくまで「人の住む家に付く妖精」なのだ。空き家では意味がない。
 「次善の策としては、ジェイムズくんが王都にいる間、お家を貸しに出して、誰かに住んでもらうことかしら。ちょうどスコットさん家の次男が独立したがってるし」
 「それは……」
 嫌だった。
 キキーモラは、人の家に住ませてもらう代わりに、その家の家事を手伝うことを存在意義とする妖精だ。言い換えれば、快適な住処さえ保証されれれば、その家の住人がよほど非道な存在でもない限り、働くことは厭わない。
 けれど、ピュティアは知ってしまった──家に住む返礼として働くのではなく、特定個人のため、その人の笑顔のために尽くすこと、頑張ることの喜びを。
 今の彼女は、ジェイムズ以外を主と仰ぐことなど考えられなかった。

 「ゲルダさん、なんとかならないでしょうか?」
 物知りな年長の女性に、ピュティアは助けを求める。
 「うーーん……そうなると、ここは、ちょっと裏技を使うしかないわね」
 腕を組んで思案するフリをした(内心では、しめしめとほくそ笑んでいる)ゲルダの言葉に、純真な家付き妖精の少女は、たちまち跳びつく。
 「教えてください! 私にできるコトなら、何でもします!!」
 「(なんでも、ね♪)そう。ならば教えてあげる。でも、あらかじめ言っておくけど、並ならぬ心構えが必要よ」
 「はい、覚悟はできています」
 神妙に頷くピュティアに、元雪妖精の女性は、「結魂」と呼ばれる、ある儀式に関する知識を伝授するのだった。

 * * *

 「駄目だよ、ピュティア。もっと自分を大切にしないと」
 頬が触れ合うほどの至近距離で顔を合わせつつ、ジェイムズは彼女を押しとどめる。
 おそらく、もっとも親しい「家族」とも言える自分が村からいなくなることに、彼女は不安になって情緒不安定になっているのだろう。
 「君には僕なんかより、もっといい男性(ひと)が……」
 そう口にしながらも、胸の奥がキリキリ痛むのを、ジェイムズは感じていた。
 種族が違うのだから、家族なのだから、と見ないフリをしてきた自分の感情と、今彼は初めてまともに向き合っているのだ。
 言うまでもなく、少女のことは憎からず──いや、誰よりも愛しく思っている。
 しかし、彼は田舎に住むただの人間の兵士だ。無学で、地位も財産もなく、身寄りもない。
 そんな男が、この先、人の何倍も生きるであろう美しい妖精の少女を、己のちっぽけな欲望のために縛り付けてよいはずがない。
 そう思ったからこそ、これまで男女の仲になることを避けてきたのだ。

 けれど……。
 「──どうして、そんなことを言うんですか? 私は、旦那さまが、ジェイムズさんが好きなんですよ?」
 いつになく、彼女は強情だった。
 「だから、それは……」
 「勘違いでも気の迷いでも感傷でもありません!!」
 彼の胸にすがりついてジェイムズを離そうとしないピュティア。めったに見せない激情のせいか、彼女の顔も体も少なからず火照っているように見えた。
 やむをえない。こうなったら、心を鬼にして無理やり引き剥がすか──そう決意して少女の体を押しのけようとしたとき、一滴の雫がジェイムズの顔に落ちた。

 「? ……あ」
 それが涙だと理解するまでに数瞬を要した。その間にも、小さな水滴がぽとり、ぽとりとジェイムズの顔にしたたり落ちる。
 「いやです……もう私、独りは……うぅ……」
 「ピュティ、ア?」
 必死に嗚咽をこらえて、彼女は言葉を続けてくる。
 「わ、私……ジェイムズさん……のこと、大好きです。離れたくない。あなたでないとダメなんです! だから、お願い、私のことも……受け入れて……」
 控えめな少女の悲痛な叫びは、まぎれもなくそれが彼女の真情であることを物語っていた。
 妖精少女に何と言ってやればいいのか思いつかず、ジェイムズはただ呆然とピュティアの泣き顔を見上げて沈黙してしまっていた。
 「うぅ……ひっく……うぇぇん……」
 薄い闇の中、ピュティアはひとりですすり泣いている。

 どれだけそうしていただろうか。ジェイムズは、そっと手を伸ばして、ようやく泣き続けるピュティアの頬に触れた。
 「悪かった、ピュティア。ごめん……君の気持ちに気づいてやれなくて」
 そのまま少女のか細い体をギュッと抱きしめる。
 「──ふぇ?」
 「正直に言えば、僕だって君と離れたくなんてないさ」
 「(グスンッ)ほんとう?」
 あどけない幼子のような問いかけに、苦笑しつつ言葉を返す。
 「ああ、本当だ。君がそう思ってるなら……恋人にでも何でもなる。だから、ピュティア……君はどうしたい?」
 ジェイムズが尋ねると、彼女はジェイムズの体を抱き返して涙声で答えた。
 「うぅうぅぅぅ……じぇ、ジェイムズさぁん……!」
 ふたりは堅く抱き合って、お互いの身体の温かみを確かめ合っていた。

 「じゃ、じゃあ、あの……不束者ですが、よろしくお願いしますです」
 しばしの抱擁ののち、気恥ずかしさを堪えつつ、ふたりは、「初めての夜」を仕切り直すことにした。
 すでに、妖精少女の口から、今夜の「契り」の意味は、少年兵に説明されている。
 「結魂」──結婚と似て非なるそれは、文字通り被術者ふたりの魂を繋ぎ、不可分のものとする儀式だ。
 この儀式を執り行ったふたりには魂レベルでの深い繋がりが出来、結婚式の誓いの言葉よろしく「死がふたりを分かつまで」、いや肉体的な死さえ超えて、共にあり続けることになるのだ。

 「あ、ああ。こちらこそ、よろしく」
 互いに深々と頭を下げたのち、ベッドに、今度は少女が下になる形で横たわる。
 緊張による震えを隠したジェイムズの手が、シミーズに包まれたピュティアの身体に伸び、ゆっくりとその胸に触れる。
 「あン……!」
 あまり大きくはないが華奢な体つきとの対比でそれなりの大きさに見える乳房を触られ、ピュティアは可愛い声をあげた。
 興奮する気持ちを抑え、少年は優しく丹念に少女の胸を揉み始める。
 「んんっ……あ、あぁ……」
 彼女がその刺激に慣れてきた頃合で夜着を脱がせ、一糸まとわぬ生まれたままの姿にする。
 「は、恥ずかしい、ので、あままりまじまじ見ないでくださいぃ」
 「あ……ごめん。つい」
 そう言いつつ、ジェイムズはピュティアの乳房にそっと舌を這わせた。
 「ひゃん……!」
 生暖かい彼の舌の感触に少女の体がびくりと震える。
 他人に愛撫され、のみならず舐められるなんて無論初めての体験だったが、ピュティアに嫌悪感はなかった。むしろ身体の芯が熱くなってくる。
 言葉を飾らずにソレを呼ぶとすれば、それは「欲情」と名付けられるべき感情だった。
 どうやら彼女の体は自分が思っていた以上に敏感らしく、ジェイムズが白い肌を舐めたり乳首を吸ったりするたび、ピュティアは声を漏らして体をよじった。
 「ピュティア、気持ちいいか?」
 「はぅぅ、き、聞かないでください……」
 熱い吐息を漏らしながら、恥ずかしげに視線を逸らす彼女の様子を見れば、いちいち聞かずとも、ピュティアが感じているのは明白だった。
 その確信を得て、ジェイムズの両掌の動きが速くなる。
 「きゃっ……も、もう、ジェイムズさんのいぢわるぅ!」
 色っぽく喘ぐピュティアの様子に、ジェイムズの中の想いと欲望は一層加熱し、さらなる行為を求めて、少女の身体に覆いかぶさるのだった。。


 ……
 …………
 ………………


 「ピュ、ティ……僕、そろそろ……」
 限界を迎えつつある彼の“欲望”が、膨張する。
 「いい、です、よ……その、まま……はああぁぁあんっ !!」
 相手かの許可を得たことで、ジェイムズの中で何かが弾け、奔流となって噴き出す。
 「くぅぅっ……ぴゅてぃあっ」
 「んっ、あッ……じぇいむずさぁんっっっ!!
 ああ、イッたな………と他人事のように思いながら、ジェイムズは、未体験の倦怠感に身を任せて、そのまま愛しい少女の上に崩れ落ち、意識を失ったのだった。


07.

 「昨日はお楽しみでしたね」
 「(ブフッ!)な、ななな……」
 ジェイムズがピュティアを抱いて“結魂”してしまったことは、翌朝、警備隊詰め所で、ほかならぬケイン隊長の口からバラされることとなった。
 「なぁに、今更照れることはないって。どの道、お前さんも村を出る前に“嫁さん”の披露くらいしていくべきだろうしな」
 「え? で、でも……」
 自分とケイン夫妻以外に見えない娘を「嫁です」と周囲に紹介するのは、少なからぬ頭の気の毒な人と思われるのではないだろうか?
 「ああ、気付いてないのか。あのお嬢ちゃんも、お前さんと結魂したことで、半分人に近くなったから、ごく普通の人の目にも見えるようになってるぞ」
 「げっ!?」

 ──バタン!

 「ふみゅ~ん、旦那さまぁ!」
 どうやら本人も気づいていなかったのか、いつも通り、人目に触れないつもりで村を出歩いてたところ、いろいろな人から話しかけられてパニックになったらしい。
 おかげで、村の皆に冷やかされるのが嫌で、できればこのまま彼女を連れて王都に行こうと思っていたジェイムズの意図は、アッサリ覆されることになった。

 「奥手だと思ってたジェイ坊に、こんな可愛い彼女がいたとはねぇ」
 「くそっ、お前だけは我らチェリーボーイ同盟の味方だと信用してたのに、モゲロ!」
 などと、村の衆から暖かい励まし──というよりからかいを受けつつも、皆の好意で、集会所で仮祝言の儀式を開いてもらったピュティアは嬉しそうだった。
 本音を言うなら、ジェイムズだって、決して悪い気はしない。

 「では、行ってきます」
 「おー、嫁さん泣かせるなよ」
 数日後、ケイン夫妻を始めとする警備隊の面々や、近所の人たちに見送られて、王都に旅立つジェイムズとピュティア。
 道中、大したトラブルもなく王都に到着し、恐る恐る城を訪ねたところ、ケインの推薦状が功を奏したのか、無事に元ケインの上司であるアナスン第八戦士団長と面会することができた。

 「ほほぅ、お主があの……」
 あらかじめケインからの手紙でジェイムズのことは把握していたのか、値踏みするようなアナスンの視線が痛い。
 (ま、まぁ、これで、お眼鏡に敵わなくても、僕の責任じゃない、よな?)
 そうなったら、盛大に送り出してくれた村のみんなには悪いが、官費で王都見物ができて儲けものだとでも思っておこう。

 ところが、アナスンは形式的な質問をいくつかしただけで、「それでは、明日からお主は城の宿舎に入ってもらう」と、あっさり入団を許可したのだ。
 「え? あの、僕……いえ、自分の剣の技量とか試さなくていいんですか?」
 てっきりその種の「試験」があると思い、彼なりに精いっぱい正装──この場合は戦士としての武装を意味する──をして来たのだが。
 「構わんよ。ケインの奴が認めた人間なら、第八戦士団(ウチ)に入るだけの最低限の基準は満たしてるだろう」
 どうやら、あのスチャラカ風味な隊長殿は、よほど目の前の団長様に信頼されてるらしい。

 「なに、どの道、ウチに入れば嫌でも先輩からの修練(しごき)は受けることになるからな」
 ニヤリと人の悪い笑みを浮かべるアナスン。その表情を見ると、ケインと師弟であるということが、非常に納得できた。
 しかし、ジェイムズとしては戦士団の宿舎に入る前に確認しておかねばならないことがあった。
 「あ、あのぅ……自分は独り身じゃなくて、連れがいるのですが」
 「なに、その年で嫁さん持ちか? いや、田舎なら珍しくはないのかもしれんが」
 「いえ、その、まだ、仮祝言しかしてないので、正式には「許嫁」と言うべきなんでしょうけど……」
 さらに言えば、その「相手」が家憑き妖精(キキーモラ)であることも、説明しておかねばならぬだろう。

 「ふむ。妖精がパートナーというのは、別段構わん……というか、我らとしては、むしろソレがあるからこそ、お主を迎え入れたのだから、その点は問題ないのだが……」
 戦士団側としては、近い将来的に、妖精眼を持つジェイムズに、「妖精憑きの騎士(パジェスタ)」と呼ばれる存在になって欲しかったらしい。
 しかし、まさか、アナスン団長も、ジェイムズ少年がパートナーの妖精と既に「ねんごろな仲」になっているとは思わなかったのだとか。

 「流石は、あの馬鹿(ケイン)の直弟子と言うべきか」
 聞けば、ケインも今のジェイムズ同様、かつて雪妖精の少女(現在の妻ゲルダのことだ)と情を通じて、色々団で揉めたらしい──主に風紀的な面で。
 「あのバカップル共にアテられて、当時の団員からは苦情が連日舞い込んで来たからな」
 「あ……ははは……」
 確かに、あの夫妻のはっちゃけぶりからすれば、十分想像できるのがコワい。

 「そういうわけで、現在、第八戦士団の宿舎では、男女同棲禁止という規則が決まっておる。おるのだが……本音を言えば、お前さん、可愛い嫁さんと離ればなれにはなりたくないだろう?」
 「──はい」
 その点は、しっかり首を縦に振るジェイムズ。
 「かと言って、王都でいきなり家を借りれるほどの金はないだろうし、訓練その他の都合で、ヒラの、それも新人が宿舎以外で暮らすのも、色々不都合があるな……。
 む。そう言えば、お主のパートナーは、確かキキーモラであったな。念のため聞くが、家事は得意か?」
 「え? ええ、まぁ、ケイン隊長の奥さんには劣りますけど、あの方の直伝ですし……」
 団長の問いに、戸惑いながらも素直に答える。
 「ならば問題ないな。よし、ちょうど第八戦士団(ウチ)の宿舎の管理人の女将(おかみ)が、人手不足をこぼしていたところだ。その子には、宿舎付きの使用人として住み込みで働いてもらうことにしよう。ああ、無論、宿舎には暖炉もある。
 それならば、お前さんもひとつ屋根の下にいれて安心だろう?」

 その場は、「一応、本人の意思を確認してみます」と答えて、ピュティアの待つ宿に戻ったジェイムズだったが、話してみると「私なんかでお役に立てるなら」と本人も乗り気だったため、トントン拍子に事が決まった。
 そして、諸々の準備や支度に翌日を費やしたのち、翌々日からジェイムズは晴れて「王国軍第八戦士団の新人団員」に、ピュティアは「第八戦士団独身宿舎の使用人」として、暮らすことになった、というわけだ。

 * * * 

 王都に来てから丸2年の歳月が流れた。
 幸いにして、ケインの見立て通り、ジェイムズにはパジェスタとしての才能があったらしく、最近では第八戦士団の若手の中では五指に入る腕利きとして王都では知られるようになっていた。
 また、ピュティアの方も──当初は、多くの人に自分の姿が「見える」という事実に落ち着かず、多少のドジもあったらしいが──一月もする頃には、宿舎を快適に整える使用人(メイド)として、多くの団員から好意的に受け入れられるようになっていた。

 そして、つい先月、ジェイムズが小隊長に昇格したの機に、ふたりは宿舎の近くの一軒家を借りて、晴れて夫婦として暮らすことになったのだ。
 無論、王都の教会で正式な婚儀の式典も挙げた。式には、同僚たちはもちろん、上司であるアナスン団長、さらには辺境からわざわざケイン夫妻も駆けつけて、ふたりの前途を祝福してくれた。
 もっとも、子供ができるまでは、ピュティアは通いで宿舎の女将の手伝いを続けことになってはいたが……。

 そんなワケで、このふたり、先週からこの家で新婚(まぁ、すでに2年間の蜜月も経験してるわけだが)生活を送っているのだが、生真面目なピュティアはどうもメイドさん気質が未だ抜けきらないらしく、平日の日中は「旦那様とメイド」というスタンスで接することが多い。
 村にいたころの習慣に加えて、この2年間も人目がある場所では、そういう風に振る舞うことが多かったのだから、ある意味仕方ないのかもしれない。

 「──でも、さすがに子供ができたら、もうちょっとこなれた感じになった方がいいんじゃないかな、「奥さん(マイハニー)」?」
 カップの中の紅茶を飲み干しながら、青年へと成長したジェイムズは「新妻」をからかう。
 「はぅ!? そ、そうなったら、善処します、旦那様(マイロード)……じゃなくて貴方(ダーリン)」
 そう口にしながらも、顔を真っ赤にしてはにかむピュティアだったが、じつは半年と経たずに「そうすべき事態」になる──とは、ふたりともこの時は思ってもみなかったのだった。

 -おしまい
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 人間×妖精ってどんな立ち位置なんだ? と言うしょうもない疑問が浮かびました・

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>山口多聞さん
妖精と人のハーフはわりとメジャーな存在ですよ? ゲーム『ティルナノーグ』の主人公で有名な英雄妖精とか。オルフェウスなどのギリシャ神話の古代英雄もかなりの割合が、母親がニンフ(妖精)ですし。
プロフィール

KCA(嵐山之鬼子)

Author:KCA(嵐山之鬼子)
Pixiv、なろう、カクヨムなど色々書いてます。感想などもらえると大変うれしいです。
mail:kcrcm@tkm.att.ne.jp

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