『悪魔は狡猾(?)』

 艦これSSが、ちょっとスランプ気味。おおよその筋立ては決まっているのに、「島風」さんが巧く動いてくれません。まぁ、これは原作ゲームの島風ではなく、なんちゃって「島風」で、性格も(現時点では)かけ離れているというのもあるのでしょうが。
 ちなみに、艦むす中、私の一番お気に入りは翔鶴さん。駆逐艦に中では、時雨&夕立のワンこ娘コンビが好きですね。
 閑話休題。
 思い切って長年の懸案『悪魔は狡猾』をリライトしてみました。と言っても手を入れた部分はそれほど多くありませんが。珍しくKCA-β世界線の話なので、よろしければ目を通してみてください。



悪魔は狡猾(?)

-01-

 ──うん、確かに、「契約内容」としては間違っていないね。
 事前に予想していたのとは大幅に異なる結果になったとは言え、遺憾ながら、その事実だけは認めざるを得なかった。
 それは、即ち──この「契約」は有効ということだ。

 * * * 

 死後の魂を代償とした3つの願い事。何百年も前から悪魔との取り引き方法としてはポピュラーなものだ。
 とは言え、大半の人間は、そんなの物語の中の絵空事だと思っているだろう。俺もそうだった。
 しかしながら、親友(悪友かもしれないが)とも言える腐れ縁の友人・香月貴与彦(こうづき・きよひこ)が、校舎裏で”悪魔”と取り引きしている現場を偶然目にしたことで、その伝承が嘘ではないと理解することとなったんだ。
 ……もっとも、友人の3つめの願いは「魂を代償にすることをチャラにする」ことだったらしく、取り引き相手の悪魔(メイド風のロリっ娘)は泣いてたが。
 さすが“鬼”与彦、悪魔も泣いてすがる悪辣さ! そこにシビレ……たり、憧れたりはしないけど。
 
 そのままスルーしてれば問題なかったんだろうけど……妙な仏心と好奇心を出してしまったのが、俺の運のツキ(あるいは一大転機)だった。
 肩を落としてトボトボ歩いて帰ろうとする(こういう場合、普通ワープとかするんじゃないのか!?)、その悪魔っ子につい声をかけてしまったのだ。
 ロリっぽい外見でもさすがは悪魔と言うべきか、とくに用事もなかったはずなのに、巧みな話術でアレよアレよと言う間に、なぜだか俺はファムカと名乗るその悪魔っ子(実は、「彼女」じゃなく「彼」、つまり男の娘だった)と契約を交わすハメになってしまっていた。
 ただ、ファムカ曰く、最初のひとつ目の願い事は言わば「お試し期間」でクーリングオフが効くのだとか。で、ふたつ目の願い事をした瞬間に魂の契約が正式に成立するらしい。
 ……なんか、下手な悪徳商法より良心的じゃないか?

 そこで俺は考えたんだ。
 たったひとつで、生涯満足できるような願い事をする方法はないものか、と。
 「なぁ、ファムカさんや」
 「はいはい、願い事が決まりましたですの?」
 「これから、このレポート用紙の片面に、俺が「なりたい人物像」を書くんで、俺自身をそういう人間に恒久的に変身させることって、できる?」
 ──そう、『ウ●ングマン』のドリ●ムノート方式だ!
 「えーと、不可能ではないですけど……ファムカの経験上、あまりたくさん条件をつけると、ロクなことにならないと、忠告させていただくですの」
 たとえば、互いに矛盾したり、片方が片方を阻害するような条件をつけると、思うような結果にならないことが多いらしい。
 「それと、”不老不死”とか”神の如き万能”とかいうのは、申し訳ないですけど、さすがに無理ですの」
 なるほど。それにしても意外に親切丁寧だな。
 「あたりまえですの! そもそもファムカたちは、“悪”魔と呼ばれることが多いですけど、何も積極的に世の中に悪徳に染めようとか別に思ってませんの!」
 そ、そうなのか?
 「はいですの。ただ、願い事をされる方が、圧倒的に私利私欲に走られる事が多いため、結果的にファカたちが悪いように見られるですの、プンプン!」
 そういや、どこぞのゲームも「この世に悪があるとすれば、それは人の心だ」とか言ってたしなぁ。
 そんな会話をしつつ、俺は自分の「なりたい自分」について簡潔にレポート用紙にまとめた。
 「念のために聞いておきたいんだけど、たとえば「美形になりたい」と書いたはいいが、ナメクジ型宇宙人の基準での美形になる……とか言うことはないよな?」
 「大丈夫ですの。そういう主観的な要素が混じる願いは、願った本人の基準で判断されますの。あっ、だから、逆に「想像を絶するパワー」とかいう願い事は、止めておくほうが無難ですの」
 つまり、俺の想像力が事実上の限界を決めるってことか。まぁ、当然といやぁ当然だな。
 ──書き、書き、書き、と。
 「よし。こんな感じでどうだ?」
 「えーーと……はい、大丈夫ですの。とくにコンフリクトする条件もないみたいですの」
 「じゃあ、ヤっちゃってくれ」
 「はいはい、イキますの~~!」


-02-

 ……という問答を交わしたのが、かれこれ300年ほど前の話。

 私は、身だしなみを整えるべく、寝室の姿見の前に立ちました。
 全体に細身ではありますが、要所要所は“女らしく”発達したプロポーションは、それなりに自信があります。
 肌はコーカソイドとモンゴロイドの中間くらいの白さを持ち、それほどスキンケアに気を遣っているわけでもないのに、奇跡的に小皺ひとつないのは有難い限りです。
 容貌自体は……そうですね、300年前の自分が街で見かければ間違いなく「美人」と断言しているでしょう。今となっては、目つきや印象がキツい感じなのが少々気になりますが。
 足首近くまでの波打つ翡翠色の髪とピンと尖った耳朶は、染色や整形手術などを行わなければ、普通の人間にはまず見られない特徴でしょうね。
 いろいろ確認したところ、どうやら古代ギリシアにおいて山野の下級女神とされたニンフ──RPGやファンタジー小説でおなじみのエルフのモデルになった種族に近い身体になったみたいです。
 身長は175センチ、体重とスリーサイズは……「禁則事項です☆」。まぁ、気にするほど太ってはいないつもりですけど、そこはやはりレディの嗜みってことで。一応、胸のサイズがEってことだけは公表しておきますネ♪

 「男女問わず道行く人が思わず振り返り、見とれるような印象的な美形で」、
 「身体能力は各分野のトップアスリート並に高く」、
 「普通の人間の100倍近い寿命を持ち、それに伴い老化も遅く」、
 「しかし、病気にはなりづらく、ケガしても常人の10倍以上の速度で治り」、
 「IQ300の知能と同時に、優れた写真記憶と自由で独創的な発想、あくなき好奇心を併せ持ち」、
 「人格は今の自分をベースとしつつ、一国の元首となりうるくらいのカリスマと運」がある。
 ──それが、契約時に私の出した条件でした。

 あのファムカという悪魔っ子は、キチンと上の6つの条件を叶えてくれたのです。
 ……まぁ、性別が女性に変わってしまったのは予想の範囲外でしたが、3、4年も女として暮らしていれば、自然と慣れました。
 そして、もうひとつ計算外だったのは、「知識」そのものをインストールしておいてもらわなかったことですね。いくら記憶力その他がよくても、その時点での知識はごく一般的な大学生のそれだったため、様々な知識を自分で貯える必要がありました。

 しかし、結果的にそれが良かったのでしょう。私は、すぐに「学ぶ」こと、そしてそれを基に「考える」ことの虜となり、10年もたたないウチに国内外に名前を知られる超一流の研究者となっていました。
 スペースコロニー、惑星間航行船、テラフォーミングといった宇宙開発関連の技術。アーマ●ドコアのような戦闘用マシンから人間の少女とほぼ見分けのつかないメイドロボまで多彩なメカ製作を可能とするロボット工学。食糧難を解決するための様々な動植物を作り出すバイオテクノロジーなどが、私の得意分野ですね。もっとも、それ以外にもいろいろ特許は持ってますが。

 科学的な研究ばかりしてたわけではありません。人間心理の勉強を兼ねて、舞台や映画にも出演したこともあります。一応、これでもアカデミー主演女優賞を1回、助演女優賞を2回もらってるんですよ? と言っても、もう100年以上前の話ですけど……。
 時には政治の道に身を投じることもありました。生まれた国の国会議員を合計7期ほどやったり、国連の事務総長に就任したこともあります……20年ほどで、やりたいことがなくなったんで辞任しましたけどね。

 まぁ、いろいろあって、現在は、太陽系統合政府が出資するこの半官半民の研究所(ちなみに、“民”の部分は、私のポケットマネーです)の所長としてのんびりやらせてもらってます。
 研究所とは言いながら、付属の大学&大学院もあり、一般には「テラ・アカデメイア」と呼ばれることの方が多いのですけれどね。
 ここでの私は、今まであまり本腰入れてこなかった超心理学とかオカルト関連の研究を主に行っています。
 え? うさん臭いですか? そうバカにしたものでもありませんよ。すでに、精神波の強い人間を訓練することによる能力の発現──いわゆる超能力者の養成は、実用段階に入りつつありますし。オカルトに関しては言わずもがな、今の私の姿が、悪魔や魔術の実在を証明してますしね。


-03-

 「おーかーあーさーまー、大変ですのーーー」
 鏡の前で、ちょっと物想いにふけっていたところに、騒々しい闖入者が現われました。
 この子は現在の私の秘書で……“娘”でもあるファミィ。ただし、お腹を痛めて産んだわけではなく、「作った」という意味において、ですけれど。
 正式な型番はAM-66Fと言います。もっとも、全身の87パーセントが生体パーツで、その生体部の培養元には私の卵子を利用してますから、遺伝的にも「娘」と言って差し支えはないかもしれませんけどね。

 「こらこら、そんなに慌てていると転びますよ?」
 「ぷぅ、大丈夫ですの! ……あっ」 コケッ!
 ほら、言わんことじゃない。
 段差に躓いたファミィは、けれど見事な前転(というよりは前受け身ですね)を見せてシュタッと両手を広げて床の上に立っています。
 まぁ、ケガがなかったのは何よりなんですけど……。
 「ファミィ、貴女も、そろそろお年頃なんですから、少しは落ち着きなさい、ね?」
 「はーい、すみませんですの、お母さま」

 勘のいい方は、お気づきになられたかもしれませんね。そう、この子は、あの日「俺」が契約を交わした悪魔ファムカの生まれ変わりです。
 いえ、「生まれ変わり」と言っては語弊があるかもしれませんね。
 何でも、ファムカ達と敵対する勢力──いわゆる「天使」と呼ばれる存在との抗争で、ファムカの属する集団は散り散りになり、彼も瀕死の状態で人間界に落ちのびて来たのだそうです。
 その時、たまたまアストラル回路(平たく言うと魔法陣です)の実験を私が行っていたのは、運がよかったのか悪かったのか……。
 空間の歪みに引き寄せられてきたボロボロの彼を保護した私は、何とか彼を救おうと試みた(なにせ今の私が在るのは彼のお蔭ですからね)のですが、さすがに悪魔の治療までは専門外です。
 仕方なく、当時はまだ実験段階だった「コアボックス」という“魂の入れ物”に彼の魂を移し、肉体のほうは凍結保存。手元にあった試作品のメイドロボ擬体を突貫で改造してコアボックスを組み込み、”我が子”として面倒をみることにしたんです。
 もともと割合子供っぽいタチだったファムカは、すぐに「私の娘のファミィ」という立場に馴染みました。悪魔は両性具有の存在も多く、それほどジェンダーが明確に区別されてない事が多いのも、違和感なく受け入れたられた一因でしょうね。
 最初の擬体AM-66αは、外見年齢12歳で、全身の90%以上がいわゆる「機械の身体」でしたが、それから10年近く改良を重ね、現在のF型は外見年齢17歳で、理論上人間の男性との性交はもちろん、妊娠・出産も可能な代物です。最近では、人造生命体(この子の場合は厳密には違うんですけど)に関する法整備もキチンとしてますから、ひとりの女性として社会的に自立したり、結婚することもちゃんとできます。
 もっとも、この子は母親(私の事です)ベッタリで、この分では孫の顔が見られるのはいつになるやら……と心配していたのですが、ようやく最近気になる殿方ができたようで、ひと安心かしら。

 あ、私自身は280年ほど前に家庭を持って、出産や子育てはひととおり体験してますよ? キチンと夫(実はファムカを召喚したあの親友です)の死を見取り、子供どころか曽孫玄孫、さらにその子孫までいる身なんですからね。
 もっとも、最後の孫が死んで以来、一族と連絡はとっていません。向こうとしても、「太陽系開拓の母」(ちょっと気恥ずかしいですね)の血族と判明すれば、メリット以上に不自由も多く生じるでしょうし、ましてその「母」が存命中とあってはなおさらです。

 ともあれ、今の私は、「キャリオ・スレー」という偽名(と言っても、戸籍もキチンと存在しますが)で、気ままな一介の研究所所長暮らしです。
 ですから、今の私にとってはファミィが一番身近な“家族”であり、それだけに甘やかしてしまうという面も多々あるのですけれど。

 「それでファミィ、何が大変なのですか?」
 「は、はい。それが…そのぅ……」
 いつも早合点やウッカリの多いファミィですが、この時の話は、確かに一大事でした。
 ファムカが“かつて”所属していた(この子は、現在の自分は私の娘であるという立場を明確に主張してくれてます)「悪魔」のグループのトップ……俗に「魔王」とも言われる存在が、私とのコンタクトを求めてきたらしいのです。
 私は熟考の末、その申し出に応じることにしました。

 「お待たせしました。当研究所の所長、キャリオ・スレーです」
 「うむ、多忙な中、時間を割いていただき、誠に済まない」
 目の前の時代がかったインバネスを纏った壮年の紳士は、会釈程度とは言え、頭を下げます。
 あら、魔王と言うからには、もっと尊大でいけすかない性格を想像してたのですけれど、意外に紳士……いえ、ファムカの例もありますからも、先入観で判断するのはいけませんね。
 「我のことは……そうだな、“マルコ”と呼んでもらいたい」
 「マルコ、ですか。もしや、地獄の大侯爵マルコキアス?」
 「ふ、ノーコメント、とさせてくれ」
 それはそうですね。自分から真名を名乗ることは、悪魔との契約で悪魔側がもっとも不利となる条件のひとつなんですから。
 でも、真名を明かすに等しいこの偽名を名乗ったということは、向こうがそれなりの誠意を見せたということ。こちらも、本気で会見に臨むべきでしょう。
 それに……マルコキアスは召喚者に誠実な、誇り高い武人気質の悪魔だという伝承もあります。彼の配下に属していたファムカが、あれだけ良心的(悪魔を形容するのには奇妙な言葉ですが)だったことも、それなら頷けます。

 「それで、ソロモンの魔神72柱の一体たる大立者が、私のような人間の研究者風情に、いったいどんなご用件なんですか?」
 「謙遜することはあるまい。現在の人間の版図がこの太陽系全土に広がっているのは、貴殿の功績と言ってもよかろう?」
 一応、今の私は「キャリオ・スレー」であり、「太陽系開拓の母」香月双葉(こうづき・ふたば)とは別人ということになってるのですけれど……。
 まぁ、統合政府高官や、財界のトップなどは知ってますから、目の前の魔界の侯爵様が知っていても不思議ではないのでしょう。
 でも、その程度のことでワザワザ? 貴方がた魔王クラスの大物であれば、その気になれば別の惑星系、あるいは過去・未来にも移動可能と聞いていますが。
 「それだけではなかろう。半世紀ほど前に、ライカンスロープ族の体質の改善法を生み出し、また17年前には吸血鬼族の治療薬および代替食料の開発も、貴殿が中心になって行ったはず」
 ああ、アレですか。

 前者は、狼男などのいわゆる獣人の治療ですね。満月期に凶暴化し、その状態で他者に噛みつく、性交するなどの粘膜接触行為を行うことで、相手も同族にしてしまうというライカンスロープの厄介な体質。常用することでこの習性をほぼ完全に抑制できる薬を、とある知人からの依頼で作成することになりました。
 その結果、これまで長きにわたり人類の歴史の闇に潜んでいたライカンスロープの一族が、表に出ることができました。
 実際、ライカンスロープは、その卓越した体力や、頑丈な体、しぶとい再生能力などを見る限りにおいては、平均的な人間を遥かに上回る逸材ですしね。……そのぶん、平均的な知能はやや劣る脳筋傾向にあり、また食欲と睡眠欲、性欲の三大欲求も常人の数倍なんですけど。
 ちょうど惑星開拓がさかんになっていた時期で、頑健な働き手は各開発企業ともいくらでも欲していましたから、ライカンスロープ族は一気に社会的に認知されるようになりました。
 現在は彼らに関する法整備も進み、定期的な抑制薬投与を守る限りに於いては、普通の市民となんら変わりのない権利を有するに至っています。

 その良好な経過を見たためか、20年ほど前にとあるヴァンパイア氏族(クラン)の大物が私に秘密裏に接触してきました。
 彼ら吸血鬼族も獣人族とよく似た、しかし深刻な悩みを抱えていたからです。
 原則的に、吸血鬼の食料は血液です。それ以外にも、たとえばバラの花のような植物から生気を吸い取る方法もないではないのですが、これは人間に例えればブドウ糖の点滴を受けるようなもの。なんとも味気なく、また不完全でもあるとのこと。
 しかし、血への欲求に任せて人間の首筋にガブりと噛みつくと、「レッサー」、「子」と言われる下位の吸血鬼まがいを作り出してしまうことになります。
 そこで私が、「人間の血液に代わる、できれば安価な代替食料」と「万一、吸血鬼に“感染”した場合の治療方法」の開発を依頼されたのです。
 実は、ライカンスロープである程度のノウハウを確立してあったため、こちらは1年ほどで実用段階に漕ぎつけることができました。満を持して、その2年後、数多の実用例とともに公表したのですが、すでに獣人族である程度社会に素地ができていたせいか、それほど大きな混乱もなく、社会に受け入れられることができました。
 え? 「吸血鬼になりたいって人は多いのじゃないか?」
 うーん、確かに、吸血鬼は事実上の不老不死(正確には、少しずつですが年はとります)、かつ強力な身体能力も兼ね備えてはいます。ですが、その分、デメリットも大きいのですよ。
 (ちなみに、「コウモリになる」とか「魔眼で人を魅了する」とかは、生来のものではなく、魔術的な修行の結果得るものだそうです)
 まず、食生活。主食が「人の生き血」というのは、人間から吸血鬼化した人にはかなり厳しいみたいです。吸血鬼化しても、味覚的な嗜好まで変わるわけではありませんからね。「体にいいから」と青汁飲んでるような気分だとか。ま、10年も続けてれば慣れるそうですけど。
 一応、普通の食事を口にすることもできるのですが……ニンニクを始め、ニラ、ネギ、セロリ、ミツバなどの匂いの強いものは全部アウト、食べても吐いちゃいます。また、野菜や穀物といった植物性の食品は食べても味がしませんし、栄養にもなりません。当然、ほとんどのお酒の味もわかりません。
 (逆に化学的な合成酒なら酔えるとは、何という皮肉!)
 一応、動物性の食品なら味はわかりますし、生に近ければ多少は栄養補給にもなるらしいのですが……焼き肉に行ってひたすら肉だけレアで焼いて食べるような生活を、毎日続けたいと思いますか?
 つぎに、直射日光による体組織の崩壊。これは、都会のライフスタイルなら、昼間外に出歩かなくても、実はそれほど支障はありません。「夜行性」という部分も、ある程度訓練で矯正することは可能みたいです。
 流水への不適応。これは地味に不便です。河川を渡れないだけでなく、水道やシャワーの水をかぶっただけで、力が抜けてヘニョヘニョになってしまうのですから。浴槽にお湯を溜めておくタイプのお風呂なら大丈夫なんですけどね。
 あ、ちなみに、よく言われる「十字架が弱点」というのは嘘八百ですので悪しからず。アレはキリスト教徒から吸血鬼に転じた人の、一種の自己暗示です。
 そして、最大の弱点が……頭脳の経年劣化、簡単にいえばボケです。某三つ目少女のマンガでもありましたが、だいたい300~400年も生きてると、脳の記憶容量がいっぱいになって、いろいろ不具合が起こるみたいですね。
 (これは私にとっても他人事ではありません。一応、対策は講じてますが)

 ──話がだいぶ脱線しましたね。
 で、私が開発した人工血液は、アンプルを一日一本飲むだけで吸血鬼が最低限の健康を維持でき、お値段も洒落たレストランのランチ程度とリーズナブル。また、吸血鬼に噛まれても、24時間以内なら98%、48時間以内でも75%の確率で人間に戻せる薬も作り上げました。
 後者は、生来の吸血鬼が少量常用することで、日光への耐性が多少つき(雨や曇天の日なら、傘をさせば昼でも外に出られる程度)、同時に万が一人間に噛みついても、吸血鬼化させにくくなるという効果も望めます。
(そのぶん、吸血鬼の反則じみた再生能力などは幾らかセーブされちゃうんですけど、日常ではそうそう必要な能力でもありませんしね)

 この二大亜人種族(もっとも、現在では「亜人」という表現は差別的だとして敬遠される傾向にあります)の顕在化を皮切りに、天狗族や人魚族といった比較的人間に友好的な種族のいくつかが、その存在を世間にカミングアウトするようになりました。
 人は、「よくわからないもの」そして「自分より圧倒的に強いもの」を恐れます。
 けれど、中世以前ならいざ知らず、現在の人間の文明は、彼ら人外の存在の詳細を解明し、また武力的に制圧できるだけの力を十二分に持ち合わせているのです。
 現在、人外種族に関する法案の整備は急ピッチで進められているところです。
 多数派による力の横暴と言われれば、それを否定することは確かにできませんが、それでも少なくとも社会的に人間と人外がともに手を携えて生きられるようになった現状は、それほど悪くないのではないか……と、私は思っています。

 そして、彼らを引き合いに出すということは……。
 「まさか、悪魔の存在を公にされるおつもりですか?」
 「うむ、理解が早くて助かる。無論、一足飛びというわけにはいかないだろうが……」
 当たり前です。
 獣人や吸血鬼などは、なんだかんだ言って人間の亜種のようなものだと、私は考えています。両者とも、何らかの手段で通常の人間を同種に変異させる力を持ちますし、また人間との交雑も普通に可能です。
 天狗や人魚、雪女などは、その点、いわゆる妖精などに近いのですが、一応、人間とのあいだに子を成せますし、その住処からしてこの現実世界の住人です(一部、「隠れ里」と呼ばれる位相をズラした亜空間もあるみたいですが)。

 しかし、「悪魔」は大きく異なります。あれから、ファミィの話を聞いたり、吸血鬼族らの協力を得て私なりに色々調べてみたのですが、悪魔──魔族と呼ばれる種族は、本来的には別の世界に住む精神生命体であり、この世界で活動する時に仮初の肉体を作っているだけなのです。
 つまり、本質的な意味で完全に「異邦人」なワケです。ゆえに、悪魔の肉体を破壊したからといっても、それだけでは根本的に「殺した」ことにはなりません。
 もっとも、この「受肉」と呼ばれる現象は、魔力をバカ食いします。魔王やその側近クラスならともかく、ファミィのような下っ端は簡単に作ったり消したりできないとのこと。その意味では、下級な悪魔は「いったん殺せば、100年単位で生き返って来ない」とも言えます。

 ──ちょっと物騒な話になってしまいましたね。もう少し穏当な話題について説明しましょうか。
 悪魔が人間(亜人含む)の「魂」を求めるのは、実は彼らのエネルギー源、つまり「食料」が魂だからです。もっとも、人間から得た魂をそのまま「食べて」いるわけではなく、彼らの住む「地獄」とも「魔界」とも呼ぶべき世界では、これらの「天然物(?)の魂」を母体にした「養殖物の魂」を量産してるのだとか。
 悪魔の現存数がどれだけいるのかは知りませんが、悪魔と契約する人間の数なんてたかが知れてるでしょう。それなのに、全悪魔に行きわたるほどの「天然物」を確保するのは、確かに無理があるでしょうね。
 では、なぜ悪魔が人間から魂を「殺してでも奪い取る!」をしないかと言えば、そこで「天使」の存在がかかわってくるわけです。全宇宙……というか全次元的な摂理に基づき、天使は悪魔が必要以上に人の魂を採りすぎないよう監視する役目を負っているのだとか。
 ──「21世紀の捕鯨業者と漁獲量を監視・制限する水産庁の役人みたいね」とファミィに冗談で言ったら、「お母さま、ナイスな例えですぅ」と肯定されてしまいました。ちょっとショック。
(あ、ちなみに現在の地球の海では、21世紀の3倍近いクジラがいます。もっとも、その半数近くは、私がバイオテクノロジーで開発した小型の柴鯨ですけど)
 つまり悪魔との契約と言うのは「人間が死後自分の魂を差し出す代わりに、生前3つの願いを聞いてもらう」というギブ&テイクのまさに正当な取引契約なのだとか。無理やりではなく、本人の意思で結ぶというのがポイントだそうです。

 もっとも、人間と同様、悪魔や天使にも派閥があります。たとえばマルコ氏一派のごとく「できるだけクリーンに契約を遂行しよう」とする派もあれば、詐欺まがいに魂を強奪する集団もあるようです。天使側も最低限の監視のみしている、あまりやる気のない派閥もある一方、積極的に悪魔を「間引き」しようとする過激派も存在するのだとか。
 マルコ氏の説明によれば、ファムカが重傷を負った一件は、どうやら悪魔側の過激派の策謀で、天使側の過激派に故意に情報を流されたのが原因らしいとのことです。
 「あの戦いで、我らの一派は大きく数を減じることとなった。配下の精鋭や、ファムカくんのような有為な人材を多数失うこととなったのは、遺憾の極みよ」
 「あの……ファムカが有為、ですか?」
 ファミィとなってからは、私が娘としてそれなりにしつけたおかげで何とか人様の前に出しても恥ずかしくない(それでも時々ドジっ子ですし、あわて者ですけど)程度には成長してますけど、魂移植当初のこの子ときたら……。
 もしかして、魔界って深刻な人材不足なのかしら?
 いえ、「人間の娘」としてはともかく、「悪魔」としてはそれなりに有能だったのでしょう、きっと……たぶん……もしかしたら。

 ──閑話休題(それはさておき)。
 「察するに、悪魔内の勢力争いにおける一発逆転の大博打としての策が、今回の“悪魔”の存在の公然化ですか。しかし、単に、その存在を明らかにしただけでは、さすがにライカンスロープやヴァンパイアと異なり、大衆に受け入れられるのは難しいと思いますわ」
 もっとも、そう言いながらも私には、マルコ氏が何を求めているのかおおよそのところは想像できています。
 私の内心を見透かしたように(一応、人間レベルのテレパシストの思考探査は遮断するサイコスクリーンを発動させているけど、魔王相手では気休めでしょう)、ニヤリと笑うマルコ氏。
 「キャリオ女史も人が悪い。無論、そのために必要な方策は考えておるし、女史には、それに関する手伝いを依頼したいのだ」
 「私が考え付くことなんて、「悪魔用のエネルギー源の増産」と「悪魔の実体化用人造ボディの提供」くらいですけれど」
 「ほぅ、我の望むことを的確に予測しておるとは、さすがは“宇宙世紀のノア”よ」
 「ちょ……あの、その呼び方はご容赦いただけません?」
 「太陽系開拓の母」ですら気恥ずかしいのに、そんな中二病めいたふたつ名はお断りです。
 「む? しかし、貴殿がおらずば、人類がこれほど早く宇宙開発に本格的に乗り出し、成功することはなかったであろう? 或いは、21世紀中にも滅んでいたやもしれぬ」
 マルコ氏は「解せぬ」といった顔で首を捻っておられます。こういう微妙な感覚が悪魔と人間の違いなのかしら。あるいは、男と女の差異? 
 だとしたら、私も今や完全に身も心も女の側に属しているということなのでしょう。まぁ、それこそ今更なのかもしれませんが……。

 「人造擬体については、ファミィを見ればおわかりのとおり、とうに実用レベルに達していますわ。エネルギー源については、多少の腹案はありますけど、今後の研究次第ということになりますわね」
 「おお、素晴らしい!」
 「ですが……それに対する報酬は? 別にお金その他に不自由はしておりませんが、同時に、この研究を進めるメリットが私にないような気がするのですけれど」
 反対に、もし本格的に始めたら、天使や悪魔の過激派の襲撃が予測されるなど、デメリットは大きいですし。
 ほかの研究を進められなくなることについては、私自身にとっても興味深い研究課題ですから、差し引きゼロでも構いませんが。
 「案ずるな。我の一派は取引と契約の公正を重んずる。もし、貴殿が引き受けてくれるなら、3つのことを約束しよう」
 あらあら、ここでも“3つの願い”ですか? もっとも、内容はすでに決まっているみたいですが。
 「ひとつ目は、我ら悪魔側の貴殿の魂に関する専有権の放棄」
 「? 私、まだひとつしか願い事は言ってないんですけど……」
 「さよう。しかし、逆に考えればすでにひとつ願ってリーチがかかった状態とも言えよう」
 リーチって……妙に俗な表現ですね。魔王も麻雀を嗜むのかしら。
 「その取引に関するこちらの負担分を0にしよう。ああ、無論、今の貴殿の変貌が時を遡ってなかったことになる、などと言った姑息な真似はせぬよ」
 歴史に対する影響が大きすぎるし、そもそも我らは現在の貴殿、キャリオ・スレー殿に用があるわけだからな、と続けるマルコ氏。
 「うーーん、確かに理屈の上では、それで私には新たな「契約ひとつ目のお試し権」が生じるわけですが……」
 正直、現在の自分に満足してますからね。何かやりたいことがあれば自分の力で実現に向けて努力するでしょうし、300年も生きてれば、それなりの不幸も乗り越えてきてますし。
 「はは、貴殿は無欲よの。だが、ふたつ目の条件は、おそらく貴殿にも納得してもらえると思う。すなわち……」
 マルコ氏は、私の背後に控えるファミィにチラと視線を走らせます。ビクン! と身体をこわばらせるファミィ。
 人間に例えれば、一介の新入社員の自宅に財閥オーナーが訪ねてきたようなものですし、無理も……あぁ、成程。
 「ふたつ目は、ファミィ──ファムカの職務放棄に対する叱責その他の免除、ですか?」
 「惜しいな。悪魔ファムカに関する我々側の一切の権利の放棄、だよ」
 ! それは……確かに、私にとっては重要ですね。
 一応、この部屋のガードシステムと私自身の個人武装は待機状態にしてありますけど、正直、地獄の公爵マルコキアスに十全に対抗しうるかは大いに疑問ですし。
 もし彼が前述の理由でファミィを、私の娘を連れ去ろうとしたら精一杯の抵抗はするつもりですが、成功する可能性はよくて1割、それも私もファミィもボロボロになることが予測されます。
 ですが、もし、協力すればマルコ氏は、今後一切彼女に手を出さないと言っているのです。悪魔の誓約だけに、逆に信憑性があります。
 「了解しました。明日からでも研究を始めますわ」
 「む、3つ目の条件は聞かずともよいのかね?」
 「ふたつ目だけで、全財産と引き換えにしてもお釣りがくるほどですから」
 「お、お母さま……」
 感激したファミィが、うるうると涙ぐんでいます。
 ふふ、いいのですよ。もう貴女は私にとって何より大切な娘なのですから。母親にとって、我が子と引き換えにして惜しいものなど、そうそうありません。
 「うむうむ。お主の元にファムカを預けておいたのは間違いではなかったようだな」
 マルコ氏の目に優しい光が宿ってます。なんとなく予測はしてましたが、どうやら部下思いのよい上司のようです。
 「おや、聞いておらぬのかね?」
 ? 何をでしょう?
 「その娘──ファミィ嬢の“中の人”である悪魔ファムカは、我が107番目の息子にあたるのだが」
 え……ええぇぇぇぇーーーーっ!?


-04-

 あまりにショックなマルコ氏の話は無論、嘘ではありませんでした。
 なぜ、そのことを言わなかったのかと、ファミィに聞いたところ、「だって、ファミィは、もうマルコ様の息子のファムカじゃなくて、キャリオお母さまの娘ですの!」と答えられました。
 いえ、そう言ってくれるのはとても嬉しいのですけどね。せめて、事情くらいは説明しておいて欲しかったわ。
 ちなみに、マルコ氏が出した3つ目の条件は、「研究完成までの私とファミィおよび研究所の警護」でした。しかも、常時ではないにせよ、原則的にマルコ氏が滞在して自らニラみをきかせてくださると言うのですから、恐ろしい程の好条件です。
 無論、それだけこちらの研究に期待されていた、ということなのでしょうけれど。

 そして……。

 「「「所長、ご結婚おめでとうございます!」」」
 「あ、ありがとう、皆さん」
 かつて一度経験があるとは言え、さすがにこの歳になってウェディングドレス姿で知人の前に出るというのはいささか気恥ずかしいものですね♪
 (え? 「ババア、いい歳して照れてもキモいからやめれ」? ウフフフ……改造、しちゃいますよ?)

 「お母さま、おめでとうですの。今日からお父さまが、またほんとのお父さまになってくれて、ファミィも嬉しいです!」
 えーーーと……まぁ、お聞きのとおり、今私と腕を組みながらニコヤカに招待客に挨拶している夫は、誰あろうあのマルコ氏です。
 警護役として研究所に滞在する彼との交流が深まるにつれて、私は誠実で男らしい(悪魔として、それでいいのでしょうか?)マルコ氏のありかたに惹かれていきました。
 幸いと言うべきか、マルコ氏も私に興味、そして恋慕の情を抱いてくださってたようで、3年経って例の研究が一応の完成をみた日に交際を申し込まれました。
 とっくに実質恋人と言ってよい間柄(デートも……その、セックスも何度もしてましたし)であったのに、なぜ今更と聞いたところ、「早く研究を完成させるために、貴女を籠絡したように思われるのは不本意だから」というお答え。
 ふふ、本当に融通がきかない人ですねぇ……そこがイイわけですけど♪
 そして正式な交際開始から半年後、プロポーズされて現在の華燭の宴に至る、というわけです。

 「ヤッホ~~! キャル、ご結婚おめでと~」
 この一見清楚で知的な「お嬢様学校のお姉様」風なのに、口を開くと果てしなくカルい美少女は、私の親友のジブリー。実は、彼女も正体は人間ではなく、「天使」側の穏健派代表だったりします。
 例の研究の完成によって、マルコ(もう自分の旦那様なんだから、呼び捨てにしてもいいですよね)の率いる派閥は悪魔側の最大勢力となりました。
 元々、魔界には娯楽が少なく、人間界に来ることは最上級の気晴らしだったとか。しかし、人間界への「渡航」には天使との条約により制限がありましたし、そもそも実体化すること自体、相応の実力がないと不可能らしいです。
(その意味では、ファムカもあれで相応の力を持っていたと言えるのでしょう)
 それを一族郎党ごと人間界に移住して拠点を築き、あまつさえこちらでの活動用の”肉体”を提供してもらえるとあっては、中下級の悪魔を中心にマルコのシンパが増えるのも無理ないことでしょう。
 そして、それに呼応するように、天使側の穏健派……いえ、今となっては「融和派」と呼ぶべきかもしれませんね、そちらからの接触がありました。
 その交渉人として現れたのが、今目の前で大口開けて生ハムメロンを頬張っている、この俗物天使ことジブリー、一般には四大天使の一体「ガブリエル」として知られてる御仁でした。
 私はもちろん、当時同席していたマルコもさすがに腰を抜かしそうになりました。
 マルコの場合は、元「息子」であったファミィを通して面会を申し込んで来ましたし、侯爵級の魔王とはいえ、その上にはまだ公爵級や宰相級の大物もいます。
 しかし、ガブリエルといえば大天使長ミカエルに次ぐ、天使軍の最上位統括者のひとりでしょう? 少なくとも私達はそう認識してましたし……。

 しかし、彼女は私の予想の斜め上をいきました。
 ちなみに、悪魔が下級なものほど両性具有が多いのとは逆に、天使は下級な者は性別が分化していて、格が高い者は中性というか無性になるそうです。その意味では、厳密にはガブリエルを「彼女」と呼ぶのは誤りなんですけど、顔立ちといい言葉づかいといい、どう見ても「女性」としか思えないため、私は「彼女」を一貫して女性として扱うようにしています。
 その彼女ですが、なんと私がブログで公開しているメアドあてに、メールを出してきたんです。それも顔文字とかがいっぱい入った女子高生かと思うような文面で……。
 正直、極秘機密に触れた内容について言及されてなければ、悪戯だと思って読み飛ばしていたところですよ。
 で、1週間後、正式にお付き合いを始めたばかりのマルコと、娘のファミィを同席させたうえで、私は彼女の来訪を受けました。
 ──いきなり、部屋の真ん中のテーブル上に、花びらの舞うつむじ風とともにワープしてくるという出現方法には、正直かなりヒきましたけど。

 とはいえ、そういう風に少々悪ふざけが過ぎる(本人いわく、ちょっとしたお茶目な)点を除けば、彼女は気さくで話のわかる、そして信頼するに足る人格の持ち主でした。
 まずは当面のマルコを主導者とする「魔族(悪魔という呼び方はちょっと体裁悪いですからね)の人間界移住計画」について、話せる範囲でよいからと詳細を聞かれ、差支えのない部分を話すと、しばし考え込んだのちに彼女からも相談があったのです。
 それが、「一部天使の人間界常駐&実体化計画」です。
 天使は、ほとんどの場合、悪魔…もとい魔族と異なり、人間界でも受肉して実体を持つことはありません。そのほうが、対魔族戦闘という観点からは有利だからなのですが……同時に、その状態では人間界の「楽しみ」を知ることもほとんどできなくなっています。幽霊みたいなもので、物体に触れられず、他人にも見えませんからねぇ。
 ファンダメンタルなストイシズム溢れる古典派の天使達は「それでよし。人間界の楽しみなど、百害あって一利なし」と切り捨てているようなのですが、やはり天使も人の子……ってのも妙な表現ですが、要は「お役目のために生まれ、お役目のために死す」というどこぞの忍者漫画のようなノリの者ばかりじゃないってことです。
 その筆頭が、今ビールを手酌でグラスに注いでいる、この不良大天使なわけでして……。
 「人間界に悪魔が移住するなら、それを監視する天使側の勢力も必要」という理屈のものとに、彼女も配下の一団とともに、人間界側に拠点を設けた……という次第。
 その際、「任務遂行のため」という建前のもと、人数分の擬体の製作を依頼されました。報酬はオリハルコン1トン分。
 人間側の科学技術の最先端のひとりであると自負している私のラボでさえ、1グラムのオリハルコン合成に、貴金属数トンを要しているのが現状ですから、喜んで依頼を受けましたとも。
 それに、彼女達がいることで、逆に魔族が社会に受け入れられやすくなるというメリットもありますしね。
(見知らぬ荒くれ者が集団で引っ越してくれば警戒する人も多いでしょうけど、すぐそばに警察署もできたと知れば、多少は安心するでしょう?)
 加えて、ガブリエルは、仕事抜きでプライベートの“同性”の友人としては、非常に気が合う得難い相手でしたしね。出会ってまもなく、互いに「キャル」「ジブリー」と愛称を呼び合う仲になりました。

 「でも、ホント、よく食べますね~。年頃の淑女として少し慎んだほうがよいのでは?」
 「いやぁ、キャルの作ってくれたこの身体、すごく調子いいんだけどお腹がすくのよね~」
 ちなみにジブリーが今入っている擬体は、私が自ら手掛けたカスタムモデルです。ちゃんと18歳の人間女性をモデルにして、豊かな乳房も女性器(含む子宮)も存在してますから、現在のジブリーはまごうことなく「彼女」と呼んで差し支えないでしょう。
 娘のファミィが使っているAM-66F+(さらにバージョンアップしました)と同じくらい、お金と手間暇がかかっているため、常人はおろか他の擬体天使と比べても段違いに高性能ですけど。
 (その分、エネルギーコストが悪いため、ジブリーが腹ペコ王状態なのでしょう……たぶん。本人の食い意地が張ってるだけという説も否定できませんけど)
 具体的には、人狼族のベテラン戦士と素手でガチの殴り合いができ、使える魔法の出力は吸血鬼族の長老格とタメを張れるくらい。それでも、ジブリー本来の力の100分の1にも満たないって言うんですから、四大天使の本気の実力っていったい……ほとんどドラゴ●ボールですね。
 「でも、視聴覚に関しては神通力を使わない素の状態とほとんど遜色ないし、
味覚や嗅覚って本来の天使にはないものだから、毎食がとても新鮮よ~」
 ユーザーに喜んでいただけるのは、製作者冥利に尽きますけどね。
 でもせめて、毎「食」じゃなくて毎日と言ってほしかったです。

 「──それでね、ユリエちゃんからの情報どおり、やっぱり来るみたい」
 不意に声をひそめて囁くジブリー。
 そうですか。魔界にいるマルコの友人からも同様の知らせが入ってますし……どうやら、過激派同士が呉越同舟で手を組んだという噂は、やはり真実のようですね。
 「……まぁ、いざとなったら貴女の手をわずらわせるかもしれませんけど、ある程度の害虫駆除(ムシヨケ)は、こちらで何とか致しますので」
 「オッケー、期待してまーす」
 満面の笑顔でヒラヒラ手を振るジブリーの席を離れ、披露宴の新郎新婦席に私が夫と戻った時に、それは起こりました。

 招待客のひとりが立ち上がり、懐から何か通信機のようなものを取り出して掲げます。アレは……確か、神学ゼミのゲオルグくんだったかしら。
 24世紀の現代となっては珍しい敬虔なクリスチャンで、その頭脳を買われてウチの大学部に留学(一応、ウチのアカデメイアは、地球圏最高学府のひとつと言われてますから)してきた子ですね。
 リベラル(というよりワリと無茶苦茶)なウチの学風に、あまりなじめなかったみたい。所長兼学長として、よそさまから預かった留学生だからそれなりに気を使ってたつもりなんですけど……裏目に出たのかもしれません。
 多分、あれが発信機となって座標を特定し、テロリスト陣をこの会場に呼び込むという手筈なんでしょうね。
 人間外に関してはチェックが厳しかったので、人間を手駒に使ったのでしょうけど……ナメてもらっては困ります。

 「!? どうして、天使様が突入して来ないんだ?」
 困惑するゲオルグ青年。
 「あらあら、あなたがお探しの方々はこちら?」
 イヤリングに偽装した脳波式コントローラーから会場内のスクリーンを操作し、外──この式典用豪華宇宙客船"銀影殿"の周囲の光景を映し出します。
 そこには、百近い戦闘機や機動ロボと交戦し、追い立てられつつある天使達の一群の姿がありました。
 フッフッフ、いかに通常は不可視の天使といえど、両陣営からの協力を得た私なら、それを探知するレーダーシステムを構築することなど造作もありません。
 精神生命体である天使にダメージを与えるための武器も同様です。
 「ば……バカな!? やめろ、学長! 神聖なる天使様に歯向かうつもりか?」
 「ええ、もちろんです。そもそも先に攻めて来たのはアチラからですよ? 私は、自分と自分の大切な人々を害する相手とあらば、たとえ神そのものであっても容赦するつもりはありませんから」
 「なっ……背教者め!」
 「おや、それでは貴君はこの鼠どもには、覚えがないと?」
 夫が顔だけはニコやかに空中にもうひとつの映像を映し出します。
 そこには、警備システムの死角(じつは、わざと残してあったのですが)から、この会場を強襲しようと潜り込んだ悪魔の一群が、吸血鬼と獣人の混成部隊に捕獲されている光景がありました。

 「……」
 必死に目を逸らして沈黙を守っているゲオルグ青年ですが、その表情からド素人でも貴方の心中は理解できますよ?
 「貴君の信じる宗教では、悪魔と手を結ぶことを戒めていたのではなかったかな?」
 「──た、大義のためだ」
 「へ~、大義ですか。そのために、この会場に集まった人々を傷つけ、死に至らしめると? 私も夫も確かに清廉潔白な身の上だとは言いませんけど、この会場に集う人々の大半は、死なないといけないほどの罪は犯してないと思いますけど」
 「……」
 堅く口を閉ざした青年に、さらに一言言ってやろうとしたところで、タイミングよく連絡が入りました。
 「こちら、テラ・アカデメイア所属3番艦艦長ワトソン、敵対勢力はその数を15パーセントに減らしたうえで逃走。引き続き索敵を続けます」
 「こちら、傭兵部隊V&W第5分隊隊長コンラッド。姐さん、ドブネズミの掃除もあらかた終わりやしたぜ」
 「おふたりとも御苦労さま、申し訳ないけど、そのまま警戒と残存敵兵力の捜索を続けてちょうだい」
 「了解致しました。学長、我々のことはお気づかいなく」
 「合点でさぁ。キャリオ姐御は、心置きなく女の晴れ舞台をキバって務めておくんなせぇ」
 実直な提督と剛毅な人狼の傭兵が、笑顔で通信を切ります。

 「……くっ、悪魔め……」
 おや、その台詞を吐かれたからには、こう答えるのがお約束ですわね。
 「悪魔で結構。では、悪魔らしいやり方で、あなたからお話を聞かせていただくことにしますわ、ゲオルグ・G・ユーフォミアくん」
 「ぼ、ボクを拷問にでもかけるつもりか? ボクはこれでもジバン財閥の後継者候補だぞ!?」
 ジバン……ああ、あの。
 私は、わざわざ会場の係員に旧式の電話を持って来させて、サウンドオンリーでとある場所に回線をつなぎました。
 「あ、会長さんですか? ええ、私、キャリオです。どうも御無沙汰しておりますわね……」
 それからの1分あまりは、ゲオルグ青年には悪夢のような時間だったでしょうね。
 ジバンは現在の地球の欧州地域ではそこそこ大きな財閥ではありますが、惑星間コングロマリットなどとは比べるべくもありません。
 こういうことを言うのは大人げないのですが……私の場合、昔の「香月双葉」ではなく今の「キャリオ・スレー」の名前を出すだけで、どこのコングロマリットのトップも、即アポをとって下にもおかない扱いをしてくださるでしょう。
 実際この披露宴にも、個人的に付き合いのあるそういった大財閥から、重役が何人か出席されてますし。
 さらに、ジバンが基幹としている産業のいくつかは、私の研究成果のパテントに依存しています。
 つまり……。
 「ええ、それでは、ジバン財閥としては、ゲオルグ・G・ユーフォミアという人物のことはまったく知らない、一族の名を騙る詐欺師であるとの見解でよろしいのですね?
 はい、それでは当該人物の処分は、こちらに一任させていただきます。おくつろぎのところ、お騒がせいたしました。それでは、また」

 ──チン!
 「ば……ばかな! そんなことが……」
 あら可哀想に。ゲオルグくん、おじい様から切り捨てられちゃったみたいですよ?
 ここに至って、ようやく青年は自分がケンカを売った相手がどういう人間か、正確に理解したようです。
 まぁ、アカデメイアの学長、あるいは研究室での研究者としての姿しか見てないと、確かに誤解しがちなのでしょうけれどね。
 「ふむ。ところで、青年、いくら熱心なクリスチャンだからと言って、どうしてこんな大それたテロに加担したのだ? この場には、青年が神聖視する天使も何人か参加しているのだぞ?」
 意地の悪い目つきで彼を見る私をなだめつつ、夫がとりなすように尋ねます。
 「……さんが」
 「ん?」
 「ファミィさんが、悪魔なんかの義娘になることが、我慢ならなかったんだ!」
 「ふぇっ!? ファミィ、ですか?」
 あらあら、どうやらこの青年、ファミィに片思いというか横恋慕していたみたいですね。
 まぁ、確かに、ファミィはその美貌と優しく穏やかな性格、さらに天然なところも含めて、研究室に出入りする若い男性陣からはアイドルみたいな扱いをされてますけど。
 「ファミイさんは、こんな僕にもやさしくしてくれたんだ!」
 あ、自己陶酔的語りに入った。

 いわく、この世に降りた最後の天使。
 いわく、絶滅寸前の大和撫子の系譜を引くお嬢様。
 いわく、あらゆる人に分け隔てなくその笑顔と優しさを振り撒く聖女。
 ……なんというか、母親の目から見ても150%美化された「理想のお嬢様」像が、青年の心の中で構築されているようです。
 親の欲目を除いても、十分いい子だとは思いますけど、さすがにそこまで完璧超人じゃありませんよ?
 結局、想い人が「悪魔の娘」になることが嫌だったというのが、(建前はともかく)ゲオルグ青年が今回のテロに加担した動機のようです。
 短絡的かつ愚かですね~。
 過激派の目的は示威行動、及びこの場にいる人間側の重要人物達(あわよくば私)を亡き者にして、上手くいきかけている悪魔と天使の人間界在住に水を差すつもりだったのでしょう。
 この場には、さまざまな種族が集ってますが、肉体的にはやはり人間が一番脆いですしね。
 そういう状況に陥った時、青年自身は無事に済むとでも思っていたのでしょうか?(人間には手を出さないから、と騙されていた可能性も多々ありますが)

 それにしても……。
 「青年よ、その思考には、一番最初の部分で問題があるぞ」
 「──知ってるさ。ファミィさんは、人造人間だって言いたいんだろ? でも現在では、たとえ人の手で生まれた者だってキチンと”人”と認められてるんだッ!」
 いえ、それは確かにそうなのですが、そうじゃなくて……。
 「えっと、ゲオルグさん、ですか? ファミィは、ファミィの魂(こころ)は、悪魔なんですけど?」
 「…………は?」
 キギーーーッと錆びたブリキの玩具のような音を立てて、ゲオルグ青年が、製作者である私のほうに視線を向けます。
 「ええ、娘自身が言うとおり、ファミィの中にはファムカと呼ばれていた悪魔の魂が宿ってます。さらに言うと……」
 一瞬のタメを作ります。ああ、青年が絶望に満ちた表情でイヤイヤと顔を左右に振っています。うふふふ……ダ~メ、ちゃあんとお聞きなさい。
 「ファムカ自身の性別は、男の子ですよ?」
 「うーーーーーーーわーーーーーーーぁーーーーーーーーーーん!!!」
 あはは、真っ白に燃え尽きたみたいですね。
 そもそも、多少なりともファミィと親しい人には、彼女が自分で素性を打ち明けますから、このゲオルグ某は、その域にすら達していない単なるストーカーだったのでしょう。
 廃人と化した青年を拘束して控室に片づけた後、披露宴はつつがなく進行、終了したのでした、まる。

 「うーむ、我が奥方は、ある意味我ら悪魔よりも数段狡猾だな」
 「キャルを怒らせるのだけは、やめたほうが無難そうねー」
 魔族、天使の大立者が、失礼極まりないことをボソボソ話しています。
 失敬な! 私は正当防衛やそれに類する行動でしか、自分の力を使いませんよ?


-05-

 ちなみに、くだんのゲオルグ青年なのですが、ちょっと驚いたのですが、アカデメイアには正式に退学届が出されており、また太陽系統合政府の戸籍台帳からも、「ゲオルグ・G・ユーフォミア」の名前は消えてました。
 どうやらちょっと脅しが利きすぎたようで、ジバン財閥が早速手を回したようですね。うむ、見事なトカゲのしっぽ切り。いえ、ジバン自体は何も悪いことはしてなかったのですから、自業自得というべきなのでしょうけど。
 つまり、ここにいるゲオルグと名乗る青年は見事なまでに身元不明の犯罪者なわけで、このイカレポンチの処分は、自治権を盾に私たちアカデメイア(と言うか、学長たる私)が行いました。それは……。

 「うれしいでしょう、ジーナ。こうして憧れのファミィのそばにいられるのですから」
 「──はい、奥様。(うっ、うっ、うっ……)」

 やや旧式な少女型(大体12、3歳相当)メイドロボにその魂を移して、ウチの自宅の家事手伝いをしてもらってます。
 このメイドロボは、量産型ですのでそれほど高性能というわけではありません。せいぜい見かけどおりの運動能力しか持ちませんし、身体強度もほぼ同年齢の人間の少女に準じます。
 また、旧式ですので、ファミィやジブリーの擬体と違って月経・受胎など一部の機能は、まだ備わっていません。
 (まぁ、12、3歳で妊娠というのもさすがに早すぎますし、必要ないでしょう)
 食事については、原則的には専用の流動食と少量の水・お茶を飲める程度で、あとは手首関節から睡眠中にバッテリー充電。もっとも、調理作業のための味見くらいはできるようにしてありますが。
 加えて、あらかじめ頭脳部にメイドとしての基礎知識と基本動作は入れてありますから、家事全般について困ることはないはずです。細かい部分の補正と調整は、これからこの家で働くことで自然となされていくはずですしね。
 そうですねぇ……この格好で10年ばかり真面目に働いてくだされば、元の体に戻してさしあげてもよろしいですわ♪

 「お母さま……ちょっとこあいですの」
 「うむむ、やはり我が奥方は、ある意味我ら悪魔よりも数段残酷だ」
 ──ファミィ、あなた、聞こえてましてよ(#)

 -おわり-
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Pixiv、なろう、カクヨムなど色々書いてます。感想などもらえると大変うれしいです。
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