『カミのもたらす幸福 ~魔法のカツラ~』

 エイミィさん2部の前に、ちょっち箸休め的に、昔、初代支援所に書いたTS掌編を掲載します。


カミのもたらす幸福 ~魔法のカツラ~

 ──バタンッ!!

 「父さん! 姉さんが馬から落ちて、重傷ってホント!?」
 「落ち着け、ツァーリ、ドアが壊れる。なにぶんこの屋敷は古いからな」
 「そんなコト、どうだって……」
 「ならば、ドアの修理代は来月のお前の小遣いから差し引くとしよう」
 「……うん、父祖伝来の我が家は大事にしないとね」

 僕の家は、10代続く男爵位を持った由緒正しい貴族の家系である。あるんだけど……恐ろしく貧乏だ。
 どれくらい貧乏貴族かと言えば、築200年を超える館の改装もままならず、自分達でちまちま修理しつつ騙し騙し使ってるくらい。大工仕事が得意な貴族の長男って、どうなの!?
 住み込みの使用人も、中年のメイド長と村娘から雇ったメイド見習いがひとり。父(男爵)-メイド長-メイド(見習い)という、棒のようにシンプルな縦社会だ。

 ちなみに、長年我が家に仕えてくれていた執事のセバスは、持病の痛風から現在半ば引退状態にあり、その後釜さえ見つかっていない有り様。
 さすがにそれだけでは手が足りないので、通いで馬丁と園丁を各ひとり村から雇ってはいるのだけど、どう考えても王都のちょっと富裕な商人のほうが、贅沢な暮らしをしていると思う。
 我がヴォルフィード男爵家の領地の広さ自体は爵位相応なんだけど、辺境なのはまだしも、特産品とかが何もないのが痛い。
 おまけに、領主は代々お人好しが多く、「自分たちは多少苦労してでも、そのぶん領地と領民の幸福を考える、温厚な平和主義者」という、ある意味領主の鑑のようなご先祖様ばかりなため、ロクに金が貯まらないんだ。

 若い頃は父さんも、そんな家風に反発して家を飛び出し、一攫千金を夢見て冒険者なんてやってたらしいけど、結局10年かけても中堅どころにしかなれなかったため、おとなしく実家に帰って来たというていたらく。
 さらに十年間の冒険者稼業ですっかり性格が丸くなり(こういう場合、普通はその日暮らしの危険な生活から荒むものじゃないの?)、「やっぱり、日々是平穏無事がいちばんだよなぁ」と、すっかり我が男爵家の家風に違和感がなくなったらしい。

 その後、爵位を継いで勧められるままに幼馴染(隣接する子爵家の三女)と結婚し、姉さんと僕が生まれたってわけ。残念ながら、母さんは3年前に流行り病で亡くなったんだけどね。
 母さんは、子供の僕らから見ても驚くほどの美人だったけど、その反面、体が弱かったから仕方ない。

 まぁ、そのへんはさておき。そんな母さんに似たラフィーリア姉さんもまた、こんな辺境の田舎貴族の娘にしておくのが惜しいほどの美少女だ。
 主に財政的な理由から、中央の社交界とかにはそれほど頻繁に顔を出してるわけじゃないんだけど、それでも「白金の髪長姫(ラプンツェル)」と呼ばれて噂になるくらい。

 その姉さんが落馬したと聞いて、館の書斎で本に埋もれていた僕も、飛んできたってワケ。
 え? ずいぶんと姉思いな弟だって?
 うーん、確かに姉弟仲は悪くないと思うけど、それだけが理由じゃない。
 「今日」と言うタイミングが問題だったんだ。

 *  *  * 

 「それで、姉さんの具合は?」
 「安心しろ。ヨルムンの見立てでは、かすり傷程度らしい。ただ、頭を打ってるせいか、意識が戻らんのだ」
 と、男爵の言葉を受けて、背後にいたローブを着た小柄な人物も口を開く。
 「──はい。念のため、頭蓋骨や脳その他も透視しましたが、とくに損傷は見当たらないのですが……」

 この人物は、ヴォルフィード男爵家のかかりつけの医師であり、男爵の相談役であり、一応顧問魔術師でもあるヨルムン。
 冒険者時代の男爵のパーティーメンバーで、彼が引退する際に酔狂にもついてきて村の外れに住み着いた学者(スカラー)だ。
 男爵の仲間だけあって、純粋に冒険者として見ればせいぜい中堅クラスだが、見識豊富で、攻撃・防御・補助・回復と全系統の魔法が低位ながらひととおり使える「学者」という職業は、この領地のような辺境では非常に重宝する。
 ある時は村の医者として、ある時はモンスター討伐時の後衛として、ある時は政治関連のご意見番として、万年人手不足のヴォルフィード家にはなくてはならない人材だった。
 実際、つい数年前まで、ツァーリ少年やラフィーリア嬢もこの人に勉強を教わっていた、つまり彼らとっても恩師にあたるのだ。

 「──おそらく、一時的なショックによる症状かと。ただ……それだけにハッキリとした回復の時期が読めませぬ」
 ヨルムンいわく、ラフィーリアが目を覚ますのは明日かもしれないし、1週間後かもしれない。下手したら1ヶ月後ということもありうるのだとか。
 「──さすがに1年後ということはないと思われますが……」
 「う、うーーむむむむ……」
 男爵父子は、困り果てていた。
 明日は、ヴォルフィード家にとっての一世一代の大イベントが待っているのだ。明日の朝までに彼女が意識を取り戻してくれないと、せっかくのその機会が台無しになってしまう公算が高い。

 無論、そのことは師も十分承知している。
 「──そこで、私より、ひとつ提案があるのですが……」

 故に、ヨルムンの切り出した「提案」に、彼らは驚き、苦悩しつつも乗るしかなかったのだった。

 * * * 

 鏡の中には、藍色のドレスをまとった可憐な美少女がしかめっ面をして立っていた。
 年のころは、15、6歳といったところか。瑠璃色の大きな瞳、小作りな鼻梁、愛らしい薄桃色の唇といった顔のパーツの秀麗さもかなりのものだが、何より人目を引くのは、結いあげられた見事な白金色の髪だ。金とプラチナのちょうど中間とも呼ぶべき美しい色彩と輝きを放つその髪は、男女問わず見るものに感嘆のため息をつかせる。
 体つきに関しては、まだ若年のせいか、未だ女としての成熟とはほど遠いが、そのスラリとした華奢な肢体は、男性にとって保護欲を掻きたてられずにはいられないだろう。
 僕だって、そのことを認めるのはやぶさかではない。
 ──その鏡に映っているのが、自分自身でなければ、だけど。

 「うぅ……父さん、頭が重いよぉ。それに肩とかスースーして頼りないし」
 「すまんが、我慢してくれ、ツァーリ。だいたい文句はお前の姉に言いなさい。まったく、見合いの前日に遠乗りで落馬して意識不明とは……ラフィーリアのお転婆にも困ったものだ」
 「とか言っちゃって、命に別状がないと知るまで父さんも大慌てだったって、ヨルムン師に聞いたよ?
 でも、だからって、勝手に姉さんの髪を切ってカツラにしちゃって良かったのかな」
 「仕方なかろう。あの子は、性格のじゃじゃ馬ぶりはともかく、その長く美しい白金色の髪が社交界の噂の的なんだから。コーウェル伯爵様も、それを聞きつけて見合いを申し込んで来られたのだ。しがない貧乏貴族の我が家としては、この好機を逃すわけにはいかん」
 そう、僕が姉さんの髪から作ったカツラまでかぶって女装しているのは、その大事なお見合いの代役を務めるためなんだ。
 「何、心配するな。そのカツラはヨルムンが魔法遣いとしての粋を凝らして作ったという逸品。いったん装着すれば、徐々に頭皮と同化して、その髪は自分のものとなるそうだ。もともと弟のお前はラフィーリアに顔もソックリだし、背格好も似てる。そうそうバレんよ」
 「うぅ、絶世の美少女と言われる姉さんに似てるって、男としてフクザツかも」
 そりゃ、僕は母親似の女顔だし、日頃から本の虫だから下手したら活動的な姉さんより色白で華奢だけどね。
 「でも、姉さんが目を覚ましたとき、髪の毛を切られたと知ったら、さすがにショック受けるんじゃない?」
 そうなったら、首謀者の父はもちろん、従犯の僕も姉さんの怒りのとばっちりを受けるに決まってる!
 「な~に、その時は、お前の髪を切って再度魔法のカツラを作り、ラフィーリアに被せればいいのさ」
 「あ、そーか。父さん、あったまいいー!」

 ──と、まぁ、そんなワケがあって、僕は「ヴォルフィード男爵令嬢ラフィーリア」として、コーウェル伯爵とのお見合いに臨んだんだ。
 コーウェル伯爵は、「女たらし」という巷の風評に反して、じかに会うと、誠実で落ち着いた性格の20代半ばの青年貴族に見えた。
 容貌自体は、こういう言い方するとなんだけど「そこそこの美形」、つまり絶世の美男子というほどではなく、あくまでそれなりレベル。ただ、言葉の端々にエスプリを効かせた知性が滲み出ていて、会話するのがすごく楽しいんだ。
 (まぁ、逆にそのあたりの機微がわからない人にとっては、ただのキザな皮肉屋に見えるかもしれないけど)
 もし、僕が本当に女の子だったら、正直たちまち目がハートマークになってたに違いない。こういう男性を義兄と呼べるのは大歓迎だ。
 幸い、伯爵のほうも僕──が化けた「ラフィーリア」を気に入ってくださったみたいで、「ぜひとも近々、またお会いしましょう。今度は、我が屋敷に招待します」と言ってくださった。

 「ふう~~、とりあえず、コレでひと安心、かな」
 「うむ、よくやってくれたな、ツァーリ。あとはラフィーリアの意識が戻るのを待つばかりだな」
 しかし、この時、僕ら父子は知らなかったんだ。
 ラフィーリア姉さんの意識が、いっこうに戻らず、その後もしばらく僕が姉の身代わりを務めるハメになることに。
 そして……魔法のカツラは単に頭皮と同化するに留まらないと言うことに。

 * * * 

 「それでは、お父様、そろそろ出かけてまいりますね」
 「うむ、気をつけて行っておいで。伯爵様には粗相のないようにな」
 「ええ、心得ておりますわ」
 ニッコリ微笑む「彼女」の仕草や言葉遣いは、非常に淑やかで女らしく、世間一般が思い描く、いい意味での「貴族の令嬢」と呼ぶにふさわしかった。

 「──しかし、お前もかなりその言葉づかいに馴染んだな、”ラフィーリア”」
 「言わないで下さい! 我に返ると恥ずかしくてたまらないんですから」
 と、真っ赤になって恥じらう様ですら、愛らしい年頃の少女以外の何者でもない。

 伯爵とのお見合いから1カ月近くが過ぎた現在も、偽ラフィーリアことツァーリは姉の替え玉として毎日を過ごしていた。
 未だに姉が目覚めず、またすでにカツラが癒着して彼自身の髪となっているため、簡単にツァーリに戻るわけにはいかなかったのだ。
 そのため、男爵家にいる時も、周囲の目をはばかって(事情を知るのは、本人と男爵とヨルムン以外には、化粧や着替えなどで世話になっているメイド長だけなのだ)、「ラフィーリア」として振る舞っている。

 もっとも、いくら姿形がそっくりな姉弟とは言え、細かい仕草や言動などはやはり異なる。
 だが、最近は慣れたおかげか(実は別の理由があったのだが)姉の声色を出すことも、ごく自然になってきたし、むしろお転婆だった姉と比して「最近のラフィーリア様は、随分お淑やかになられた」と領民に噂されてるくらいだ。
 幸いにしてその変化も、「お嬢様も恋をして女らしくなられたのだろう」と好意的に受け止められている。

 コーウェル伯爵との交際も順調に進展しており、最近では3日とあけず彼の屋敷へとお呼ばれする仲になっていた。
 伯爵の家族や使用人にも好意的に迎えられている。とくに伯爵の年の離れた11歳の妹には懐かれており、早くも「ラフィーリアお義姉様」と呼ばれているくらいだ。

 そして、伯爵本人も、「彼女」のことを好ましい異性として受け入れてくれているようだ。「ラフィーリア」自身、時折自分が偽者であることを忘れかけ、彼との逢瀬に胸を弾ませていることが多々あるのだから。
 我に返るたびに自分は「姉の身代わり」だと言い聞かせるのだが、心のどこかで、姉の回復が一日でも遅くなれば……と願っている自分に気づき、姉と伯爵の両方に罪悪感を覚えることも、しばしばだった。

 しかし、その日、そんな微妙な均衡を一気に覆す「事件」が起こった。
 伯爵家での晩餐に招待され、彼の家族と楽しいひとときを過ごした後、「ラフィーリア」は伯爵とふたり、テラスのベンチに並んで腰かけ、慎ましくも楽しい語らいの時間を過ごしていた。
 だが、これまでずっと紳士的な態度を崩さなかったコーウェル伯爵が、ふと「彼女」の目をのぞきこみ、肩に手をかけたかと思うと、彼の広い胸の中にグイッと抱きしめたのだ!

 「ああぁっ、伯爵さま……そんないきなり……」
 口ではそう言いながらも、「ラフィーリア」は彼の腕を振りほどくことができない──いや、そうする気にすらならない。
 「おお、ラフィーリア……どうか、私のことはそんな他人行儀に呼ばないでおくれ」
 切なげな伯爵の言葉に促され、「彼女」はおそるおそる彼の愛称を口にする。
 「えっと……それでは、エディとお呼びしても?」
 「無論構わないとも。私たちは許婚者どうしじゃないか。お互いそろそろ一歩踏み出してもよいと思うんだ」
 「は、はい……そう、ですね」
 心のどこかで警鐘が鳴っているにも関わらず、「彼女」は魅入られたかのように、伯爵の熱っぽい瞳から視線を外せない。
 「! んんっ……はぁっ……」
 そのまま伯爵に唇を奪われても、「彼女」はウットリと目を閉じ、その身を預けることしかできなかった。
 帰りの馬車の中で、自らの唇を指先でそっとなぞるラフィーリア。
 「キス…されちゃった……」
 ほのかに頬を染めて恥じらう様子は、どこからどう見ても「恋する乙女」そのものだ。
 しかし……「彼女」は姉の身代わりでしかない。そのことを自覚すると、一気に心が沈んだ。
 せめて「妹」であれば、伯爵に事情を打ち明けて、改めて交際を申し込むこともできただろう。しかし、自分は「女」ですらない。
 (どうして僕……いえ、わたくしは、女に生れなかったのでしょう)

 その晩、「ラフィーリア」はなかなか寝付けず、辛く哀しい想いにひとり枕を濡らしたのだが……翌朝、奇跡が起こった!
 「う、嘘……ない! アレがなくなってる!?」
 そう、「彼女」の局部から、一夜にして男性の徴が消えていたのだ!!

 実のところ、魔法のカツラによる皮膚の融合侵食は、この一月間、徐々に進行しており、顔、首、肩、背中、胸、腰……と、徐々に姉のそれに置き換わっていた。
 ただ、ラフィーリアがバストサイズA以下の貧乳なため、胸が変化してからも迂闊にもツァーリ達は気づいていなかったというのが真相だ。
 より敏感になったはずの乳首も姉の下着で保護されていたし、腰のくびれは毎日コルセットで締め上げているせいだと考えていた。元から男とは思えぬほど肌はきれいだったし、より肌理細やかになったのも化粧品によるケアのおかげと思いこんでいたのだ。

 しかし、昨晩寝ているあいだに、なぜだか急激に浸食が股間にまで進み、男性の逸物が消えてしまったことで、ようやく事態が判明することとなった。
 勿論、男爵やヨルムンは慌てたが、既に下肢を除く全身の大半が「ラフィーリア」となったツァーリにとっては、それは「神の奇跡」もしくは「祝福」に他ならなかった。
 「お父様、ヨルムン先生、わたくし、このまま伯爵様の元へ嫁ごうと思います!」
 確かに、現状、この縁談を破談にするわけにもいかず、ふたりは経過を見守るしかない。

 そして、さらに半年が経過し、ようやく本物のラフィーリアが目を覚ましたものの、その時には完全に全身が女性化した彼女の元弟は、コーウェル伯爵と互いに熱愛状態にあり、すでに肉体関係さえ持つようになっていた。
 正式な婚約も交わしており、婚儀は2ヶ月後に迫っている。

 この状態で、もしや元に戻れというのでは……と戦々恐々とする男爵達だったが、しかし、ラフィーリア(真)は、笑顔でポンとラフィーリア(偽)の肩を叩く。
 「でかした、ツァーリ……いや、「姉さん」! 伯爵と末永くお幸せにね。ヴォルフィード男爵家のことは、ボクが継ぐから、心配はいらないよ」
 外見はともかく気性は男勝りな姉は、これ幸いと男装し、「ツァーリ」として男爵家を継ごうと言うのだ。実際、その才覚は、弟より余程領主に向いているだろう。

 ──こうして、元ツァーリであった少年は男爵令嬢ラフィーリアとしてそのままコーウェル伯爵と結婚し、ほどなく良妻賢母として幸せな家庭を築くことになる。
 そしてその一方、その優れた知性を活かし、後年宰相となった夫の知恵袋の役割も果たしている。

 対して男爵家のほうは、伯爵家の援助で多少は財政も潤い、その見返りというわけではないが、「ツァーリ」が甥──伯爵と「姉」の間に生まれた次男を、のちに養子として迎え入れている。
 男爵家の当主となった「ツァーリ」本人は生涯独身だったものの、見習いだったメイド娘を愛人にしたり、幾人かの百合っ気のある女性と浮名を流したりと、それなりに楽しくやりっていたようだ。

 ともあれ、ラフィーリア・ド・ヴォルフィード・コーウェルの名前は、グリモア王国史上有数の美女にして賢者たる「白金色の幻想華(プラチナム・ファンタズム)」として讃えられ、長らく語り継がれることになるのであった。

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以上。ちなみに、ラフィーリアのビジュアルイメージは、『絶対迷宮グリム』のラプンツェル嬢です。
 ※参考画像は⇒こちら
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KCA(嵐山之鬼子)

Author:KCA(嵐山之鬼子)
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