『ランゴスタ奥様劇場』9

相変わらず、MH3は遅々として進まず。
少し間があきましたが、「奥様劇場」の最終回です。


『ランゴスタ奥様劇場』
その玖


 「ハァハァハァ……」

 息が荒い。
 体が重い。
 腕がダルい。
足が痛い。

 (フ……お笑いじゃのぅ)
 "人"になって以来、客観的に見ても、自分はそれなりによくやっている、と思っておった。
 狩人である男性の妻として、彼の家を整え、彼のための食事を作り、彼に抱かれまた抱きしめる。
 それだけでよいはずじゃった。

 ──なのに……欲を出した。
 夫が生業としている仕事──狩人までも手伝おうとした。
 なぜか?
 夫が危険な目に遭っている時、家で安穏と待っているのが耐えられないから?
 ……確かにそれも嘘ではあるまい。
 だが、その裏にあるものは、「夫を助けるのは常に自分でありたい」と言う我が儘なエゴではなかったか?
 村人は自分のことを、貞節でよくできた妻じゃと言う。
 まさか!
 妾は──本当の自分は、嫉妬深い、ただの"女"に過ぎぬ。

 それでも……狩人稼業に手を出したからとて、あくまで下位の狩人として、我が君の支援に徹しておるなら、まだよかった。
 調子に乗って、身のほど知らずにも、難度の高い上級のクエストにまで口を挟もうなどと思ぅたのは、ちと増上慢が過ぎたのかのぅ。

 *  *   *

 酒場でのちょっとした酒宴が終わり、"狩魂王"クルガのふたりの"弟子"――マックとカシムはともにその師を自宅に招こうとした。
 とりあえず今夜はマック&ランの家に泊まってもらい、カシムたちの家へは明日訪れるということで話がついたため、クルガはマックたちに案内されて、ふたりの家までやって来たのだ。

 コトッ。
 「お師匠殿、よろしければ、こちらを」
 「お、気が利くな、ラン嬢ちゃんとやら」
 まだまだ飲み足りないといった風情の男性ふたりのために、ランは急いで着替えて台所へ入り、黄金芋酒に簡単なツマミ──塩茹でソウルビーンズとたてがみマグロのブツを添えて持って来た。
 「しかし……はえぇモンだな。あの半人前ふたりが、上位ハンターの資格を得て、そのうえ嫁さんまでもらっているたぁ」
 「先生~、いつまでも半人前はないっスよ~」
 酌み交わしつつ師弟の会話は弾み、最近の仕事ぶりや互いの近況、さらにはマックとランのなれそめにまで話が及ぶ。その間、ランは基本的には聞き役に専念しつつ、酒と肴を給仕し、ごく稀にマックの言葉を補う立場に徹していた。
 「ほほぅ、そうかい。ラン嬢ちゃん、あんた、元ランゴスタなのかい」
 クルガは、興味深げにランの顔を見つめたが、ことの真偽自体を疑う素振りは見せなかった。たぶん、この経験豊富な老狩人は、同様に"人"になった人外の存在と、何人も会ったことがあるのだろう。
 「しかし、まさか半年ちょいであれだけやるとはな」
 何故クルガが彼らの様子を知っていたのか。種を明かせば、彼も丁度今日、火山で鎧龍を狩っていたらしい。とは言え、クルガほどの腕前にとっては気安い仕事で、早々に片づけたところで、ちょうど4人のテオ狩りを目にしたのだ、とのこと。
 しかし、さすがにそのクルガも、ランがハンターを始めてまだ7ヵ月目だと知って、驚いたようだ。
 「そうだよなぁ。ハンター歴5年目にしてようやく上位に上がった俺の立場がないよ」 「いやいや、これもすべて我が君とご友人のご鞭撻の賜物じゃ。ところで……」
 ちょうどよい機会だと、ランは本来は酒場で言うつもりであった質問を夫に投げかける。
 「今日の仕事で、ようやく妾も砦蟹と麒麟を除く対象とひととおり戦ったことになる。そろそろ上位昇級試験を受けてみてもよい頃合いではないかと思うのじゃが……いかがであろう?」
 彼女の言葉どおり、ランク4、つまり上位のハンターとなるために必要な条件は、あとはシェンガオレンの討伐だけだった。
 星3つまでのクエストの中にも、いまだ彼女がこなしていないものはいくつかあるが、それらは昇級試験の条件には含まれていない。
 「うーーーん、俺たちがフォローすれば問題ない…とは思うけど……なぁ」
 さすがにそれはまだ早いと思ったのか、言葉を濁すマック。
 「無論、妾がまだまだ未熟であることは、よぅ心得ておりまする。されど、妾は早く我が君に追いついて手助けをしたいのじゃ」
 「むぅ……」
 そこまで言われると、マックとしても考えざるを得ない。
 「上位の資格を得ても、ひとりで勝手に狩りに出たりしないと約束しまする。必ず、我が君と共に仕事しますゆえ……」
 「……なぁ、嬢ちゃん、何を焦っているんでぇ?」
 ふたりのやりとりを聞いていたクルガが、口を挟んだ。 
 「お師匠殿、焦っているつもりはありませぬ。ただ……」
 「ただ、マックの坊やに置いていかれるのが辛い、か?」
 「……否定はできませぬな」
 自分も狩人の仕事を始めれば夫とともにいられる時間が増える、と思っていた。
 確かにそれは事実だった。しかし、ハンターとしての経験を積めば積むほど、恐くなってきたのだ。
 ――ハンターの仕事が?
 答えはNOであり、同時にYESでもあった。
 ハンターとして自分が戦うことが、ではない。
 自分がまだ参加できない困難な上位ハンターの仕事に出かけていく夫が、自分の知らないところで傷つき、弊れることが、だ。
 クエストを何件も成功させ、何頭もの飛竜や古龍を屠るたびに、その想いは強くなっていった。

 その容姿や物腰から落ち着いた大人の女性に見られがちなランだが、"人間の女性"としての経験はいまだ1年にも満たない。
 そういった類いの"不安"を克服するには、まだまだ精神的な耐性が不足していた。
 「嬢ちゃんの気持ちは、まぁ、わからんでもない。だがな……」
 杯を置いて両腕を組み、虚空を見上げるような姿勢で静かに瞑目したクルガは、次の瞬間、カッと両眼を見開いた。
 「――ハンターを、無礼(ナメ)るな!!」
 「うッ!?」
 それは、相応に肝が据わっているはずのランでさえ、思わず短い悲鳴をあげてしまうような、迫力に満ちた怒声だった。
 「こいつは、儂がまる2年狩人稼業を共にしたハンターだ。師匠面できるような柄じゃねぇが、少なくともハンター稼業で大事なことは全部、別れるころには胸に刻んでいたはずだ。マック!」
 「は、はいっ!」
 不意の呼びかけに、直立不動で気をつけの姿勢をとるマック。
 「ハンター稼業で2番目に大切なことは、何だ?」
 「3度倒れるまえに依頼を完遂することです!」
 「よし。じゃあ一番大事なのは?」
 「それは……」
 チラッとランの方に視線をやる。
 「大事な人のもとに、必ず生きて帰ること、です」
 それこそが、ハンターの不文律。
 ハンターが気絶3回で村に強制送還されるシステムも、本来は彼らの安全保障のためにあるのだ。
 「お師匠殿が言いたいことは、理解できまする。されど!」
 半ば以上、クルガの言うことが正しいと認めつつ、ランは己れの口から迸る想いを止められなかった。
 「それでも、妾は、我が君とともにありたい! どんな些細な危険からでも、我が君の背中を護り、その身に負うたすべての傷を癒してさしあげたいのじゃ!!」
 ランの必死の言葉にマックは感動していたが、その師の方はこっそり歎息していた。
 (やれやれ。こいつぁ、ちょっと荒療治が必要だぁね)
 「そこまで言うなら、いいだろう。儂の出す課題(クエスト)をひとつ達成してみせな。それが無事に出来たなら、儂もこれ以上は口を挟まねぇ。逆にギルドに推薦状を書いてやらぁ」

 クルガが出した課題と言うのは、"火山でバサルモスを討伐する"という単純なものだった。
 バサルモスは別名「岩竜」とも呼ばれ、全身を岩のような質感と硬さの丈夫な鱗に覆われた、火山に住む飛竜だ。鎧竜グラビモスの幼生体であり、生態もよく似ているが、グラビモスに比べればふた回り以上小さく、攻撃力も低い。
 マックのような切断系の武器を主に使うハンターにはその硬さは少々厄介だが、それでも手こずるほどの相手ではない。
 無論、上位の岩竜ではないし、持ち込む品や装備に制限があるわけでもない。それどころか、もっとも簡単と言われる村長から請ける単身用の仕事だ。
 「ただし、そいつは嬢ちゃんひとりでやるんだ」
 実は、ランはいままでこの単身用のクエスト──通称"村クエ"を請けたことがなかった。
 元々、夫の援護のためにガンナーになった経緯を考えると、必ずしも不思議なことではないが、ハンターとしては珍しいことも確かだ。
 とは言え、この"村クエ"の対象となるモンスターが、集会所で請けられる同様のそれより小型で、比較的倒しやすい個体が多いと言うことは、ランも聞き知っていた。
 (しかも、鎧竜ならまだしも、その仔の岩竜なぞ……妾ら射ち手にとっては鴨に過ぎぬわ)
 そう考え、ランもタカをくくっていた。 
 装備は愛用のカンタロスガンと、クシャルシリーズを基本にした防具を選んだ。
 回復薬もグレートを含め持てるだけ持って行く。火山によくいる雑魚モンスター、イーオスが吐く毒唾対策の漢方薬もバッチリだ。

 翌朝早く、意気揚々と狩りに臨んだランであったが……結果は冒頭のように惨澹たるものだった。
 マックやカシムといった優れた前衛と組んで攻撃することに慣れきっていた彼女は、己が身ひとつでバサルモスの前に立ったとき、いままで自分がいかに安全な立場に護られていたのかを思い知ったのだ。
 「ちぃ……適切な間合いがとれぬのぅ」
 間近で敵の注意をひきつけてくれる夫も、驚異的な突進を頼もしく受け止めくれる友人もいない今、防御力に劣るガンナーの身では、守勢に回らざるを得なかった。
 無論、バサルモスの突進を避けたあとなどに、こちらも攻撃を加えたりはしているものの、ひとりでの狩りに不慣れな彼女は、最小限の動作でかわして的確な位置から反撃するという機微がわからない。
 いや、頭では理解しているのだが、身体が、動きがついてこないのだ。
 恐怖心から不必要に大きく距離をとって回避し、また必然的に攻撃の射程も甘くなる。
 これではいけないと思い切って近くまで追撃した際は、逆にバサルモスが体表から噴き出す毒ガスをくらってしまう。
 「し、しもぅた! こやつは、コレがあったのじゃった!!」
 慌てて漢方薬を取り出したものの、それを飲む前に岩竜の突進を受け、あえなくダウン。 1回目の──と言うか、ハンター稼業を始めて以来、初のネコタクによるベースキャンプ送還のお世話となった。

 「どうでぇ、嬢ちゃん。初めてひとりで飛竜と対峙した感想は?」
 ベースキャンプには、村長に無理を言ってマックとクルガが待機していた。
 「……こわい、ですのぅ……」
 4人なら、いや、夫とふたりであってすら、片手間に狩れると思っていた岩竜。それが、ひとりで戦うとなると果てしなく高い壁に思えた。 
 「で、どうする? まだチャンスはあるが、尻尾巻いて逃げ帰るかい?」
 「そうしたいのはヤマヤマですが、それではお師匠殿は、認めてはくださらぬのじゃろう?」
 「ん。ま、そうだぁな」
 「なれば……いま一度参りましょう」
 「ラン、大丈夫なのか?」
 心配そうに覗き込む夫に精一杯の笑顔を見せて、妻は再び火山を上っていった。

 「幸い、いまだペイントボールが効いておるようじゃが……あっ!」
 言い終わらないうちに、岩竜の気配が消える。
 狩りの対象となる大型モンスターにペイント系のアイテムを使っておけば、一定時間、気配によっておおよそどのエリアに相手がいるかわかるのだが、ちょうどその有効時間が切れたようだ。
 「早ぅ捜さねば……」
 ランは脳裏にバサルモスの行動パターンを思い浮かべる。
 今彼女がいるエリアは本来は羽虫が大発生しているのだが、幸いと言うべきか元同族たるランゴスタは彼女を攻撃しに来ることはないので考え事をするのには最適だ。
 (先程までの6番エリアにおったのじゃ。次に現われるのは……)
 「! ここかえ!?」
 思い至る前に、足下がグラグラと不安定に揺れる。
 「クッ、よりにもよって、厄介な!」

 *  *   *

 結局、あれからまた1度、ランはキャンプへ送還されていた。
 とは言え、ようやく相手を追い詰めつつあるという感触もある。
 問題は、あと1度気絶すれば、クエストは問答無用で失敗となること。そして、解毒用の漢方薬のストックが切れたことだった。
 (抜かった。解毒薬も一緒に持ってくるべきであったわ)
 岩竜も弱っているはいるが、残り時間もあとわずかと言うところで、ついに傍らに湧いたイーオスの吐く毒を受けてしまう。
 回復薬も残り1個。これを飲んでも、毒に弱い彼女の体質上、毒が消えるまで体力がもつかは怪しい。
 ──万事休す、なのだろうか?
 (……イヤじゃ! 妾は……妾は絶対こやつを倒す!)
 あとひとつだけポーチに残ったアイテム。それは……。
 意を決して、ランは"それ"に手を伸ばした。

 *  *   *

 「残り時間あと5分を切ったか……」
 師匠の錆びた声が、いまは疎ましく聞こえる。
 (クエストなんて失敗してもいい。ラン、死ぬなよ……)
 マックは、ひたすらに妻の無事を祈った。が、そこで……。
 ポンッ!!
 虚空から、唐突にその妻が姿を見せ、よろけるような足取りで簡易ベッドに倒れ込む。
 「ラン!!」
 「心配無用じゃ、我が君。ただ、少し休ませてたもれ……」
 毒に侵されているらしい彼女だが、ベッドに横たわることでたちまち正常な状態へと復帰する。
 「さて、行かねばな……」
 「ラン、大丈夫、なのか?」
 「ご案じめされるな、我が君。汝の伴侶は……この程度の苦難には屈せぬ!」
 今日、ここに来て以来、初めての自信にあふれた表情を見せると、ランは力強い足取りで洞窟へと消えていった。
 「ヘッ、似た者夫婦だな。おめぇさん同様、いざって時のシブとさはピカイチだぜ」
 クルガもまた、どこか満足そうな笑みをその片頬に浮かべていた。

 *  *   *

 「これで、文句はありませぬな?」
 岩竜から剥ぎ取った素材を夫の師に示しながら、ランは胸を張った。
 その様子は、心なしかいつもより子供っぽく見える。
 「ああ、たいしたもんだ。途中でぜってぇ投げ出すか、そうでなくても3死でリタイアになると思ってたんだがな」
 対するクルガの反応は、少しも悔しそうにも残念そうにも見えない。むしろ、"嬉しそう"と言うほうが正解だろう。
 その様子を見て、マックも、師匠が自分の妻に不器用な実戦指導をしてくれていたのだ、と、ようやく気づいた。
 「それで、何か得られたかい、ラン嬢ちゃん?」
 「はい。それはもうたくさんのことを……」
 試された……いや、教えられた本人も、そのことには気づいたようだ。    

 "夫を背中を守る"と言えば聞こえはよいが、同時にそれは、夫を矢面に立たせて自らが直接対峙することを避けている、とも言える。
 無論、剣士とガンナーではその役割は異なるし、より危険な接近戦を挑むのが剣士の役目であることは変わらないが、それでも自分もまた「ハンターとして竜と対している」ことを、彼女は忘れてはならないのだ。
 上位の狩りに赴けば、これまでと違って仲間がダウンする機会も増えるだろう。とくに、夫とふたりで出かけた場合、夫が倒れれば、彼女はひとりでモンスターと対峙せねばならない。
 そんな時も落ち着いて冷静に対処し、彼が戦場に戻ってくるまでひとりで戦い抜かなければいけないのだ。

 (それに……アレも使えたことじゃしのぅ)
 ランが人の身となる直接の原因となったモドリ玉だが、じつは彼女はいままで何のかんのと言ってその使用を避けてきた。
 理由は、モドリ玉の煙を吸うことで、もしかしたら再び巨大蜂(ランゴスタ)の姿に戻るのでは……と言う危惧を捨てきれなかったからだ。
 今回のクエスト終盤で思い切って自らそれを使うことで、その忌避心は解消できたようだ。

 「無事に課題も達成できたみたいだしな。よし。帰ったら、シェンガオレン討伐の推薦状を書いて……」
 「いいえ、お師匠殿。妾も自分の未熟さがよぅわかり申した。上級試験を受けるのは、下位のクエストをすべてこなしてからに致しまする」
 と、そこでマックに向かって頭を下げる。
 「そういうわけです、我が君。いましばらくお手数をおかけしまするが……」
 「何言ってるんだ、バカ。俺がお前と一緒に仕事することを手数だなんて思うわけねーだろ!」
 夫の温かい言葉に目頭が熱くなる。

 ああ、そうだ。焦ることはない。
 もちろん、いずれは上位に上がりたいと言う想いは変わらない。
 しかし、夫達にオンブダッコで未熟なまま認定を得ても、結局足手まといにしかならないだろう。
 それに、愛する夫の"背中を守る"だけではなく、彼と"肩を並べて戦いたい"と言う欲も出来てしまった。
 (そのためには、もっともっと精進せねばのぅ)
 ハンター稼業を初めて7ヵ月あまりにして、ようやく彼女は、本当の意味での狩人としての第一歩を踏み出したのかもしれない。

 ~とりあえず、ランゴスタ奥様劇場(完)~

以上。奥様劇場っぽくないシリアスなラストになってしまいました。
ただし、「クイーン」シリーズはもちっとだけ続きます。
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Author:KCA(嵐山之鬼子)
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