『なんでか知らないけどアイドル!?』

某立場交換スレに投下した短編。私のお得意(?)の「二次創作に見えるかもしれないけど、あくまでパラレルなお話だぜ」的作品。今回は、ア●マスもどきです。

・高梨ことり
 :芸能事務所8765プロダクションの筆頭事務員(25歳)。元アイドルで現在は所属タレントたちのお姉さん的存在。しっかり者の美人だが妄想癖が玉に瑕。
・天野ハルカ
 :8765プロ所属のアイドル(17歳)。Aランク目前の人気で事務所の稼ぎ頭。明るく礼儀正しいが、やや天然ドジっ子でよく転ぶ。
・その他の事務所の人々
 ⇒プロデューサー、高城社長、萩月リツコ、二見由美&留美、神無月チハヤ

……ということをご理解のうえ、お読みください。



なんでか知らないけどアイドル!?


序.いつもより早起きした朝は

 その日、彼女は普段より1時間以上早い午前6時半過ぎに目が覚めた。
 彼女の名前は"高梨ことり"。つい先日、25歳の誕生日を迎えたばかりの、まだ若い女性である。
 いつもよりのんびりと出社までの時間を過ごせる──と思ったものの、元々朝食は帰宅途中にコンビニで買ったおにぎり1個で済ませるし、普段の習慣からか、ついテキパキと出社の支度をしてしまい、結局職場についたのも、いつもより1時間近く早い時間だった。
 ちなみに、彼女の職業は、とある中堅芸能プロダクションの筆頭事務員である。
 この時間では、他の社員もタレントたちも顔を見せていない。
 せっかくだから、制服に着替える前に掃除でもしておこうかと、事務所内を見回したことりは、応接ソファの前のテーブルに、何やら一対の赤いものが置かれているのを発見する。
 「あ……これ、ハルカちゃんのリボン?」
 確かにそれは、この事務所に所属するアイドル、天野ハルカが愛用しているリボンだった。
 一年程前にデビューして以来、ハルカは順調にキャリアと人気を積み重ね、もうちょっとで「トップアイドル」と呼べそうな域にまで達している、この事務所の出世頭だった。
 「珍しいわね、ハルカちゃんがリボンを外すなんて……」
 何気なく赤いリボンを手に取ったことりの中に、ふと悪戯心が湧く。
 「──誰も見てないわよ、ね?」
 キョロキョロと辺りを見回してから、事務所の一角に置いてある姿見の前に足を運ぶと、ことりは、鏡を見ながらハルカの赤いリボンで自分の髪を結ぶ。
 「おお~、結構似てる、かしら? こうして見ると、わたしもまだまだ……」
 実は、ことり自身、十代の頃、一度はアイドルとしてデビューした経験がある。もっとも、同期のアイドルに個性的な美人が多すぎて、いまいちブレイクせず、そのまま2年程で引退したのだが。
 当時の経験を活かして後輩たちを支えてあげたいと言う思いから、現在この8765プロで、事務員兼「みんなのお姉さん」として働いているのだ。
 とは言え、ことり自身もまだまだ20代半ば。若い子たちのいない所では、たまにはハッチャケてみたい時もある。
 胸の前で両手を組み、首を軽く斜めに傾けた──あざとい萌えポーズを取って、鏡に映る自分に向かって、ニッコリ笑いかける。
 「(コホン!)『天野ハルカ、17歳ですっ! よろしくお願いします』」
 いつものハルカの挨拶を声色まで真似て演じてみせる。
 すぐに「なんちゃってー」と自分でセルフツッコミを入れるつもりだったのだが……。

 ──ガチャリ!

 いきなり事務所のドアが開き、見慣れた男性──まさにハルカのプロデューサーを務める青年が入って来た。
 思いがけない事態に硬直することりだったが……。
 「おお、ハルカ、来てたのか。ちょうど良かった。今日のミューズスタシオン、局からリハを早められないかって連絡が来てな」
 青年から平然と話しかけられて、ようやくことりの硬直が解ける。
 「わわっ、ぷ、プロデューサーさん……えと、これは違うんです!」
 慌てて先程の自分の言動を弁解しようとすることりだったが……。
 「ん? どうしたんだハルカ。そんなに慌てて。まぁいい。すぐに出発するぞ!」
 強引に手を取られ、事務所から連れ出される。
 (い、いったいどうなってるの?)
 訳もわからないまま、事務所に置いてあるハルカの仕事用ショルダーバッグとともに、彼が運転するクルマの後部席に乗せられてしまった。

 「いやー、ホント、朝からせわしなくてすまん!」
 危なげなくクルマを運転しながら、プロデューサーの青年は、ことりに話しかける。
 「いえ、いいんです。お仕事ですから」
 と、優等生的な答えを返しながらも、ことりの頭の中は疑問で一杯だった。
 (もしかして……プロデューサーさん、本当にわたしのこと、ハルカちゃんだと思ってる!?)
 確かにことりとハルカは、背格好は同じようなものだし、ふたりとも髪型は襟にかかる程度のボブカット。やや垂れ目気味で、明るくのんきそうな雰囲気も似てると言えば似てるだろう。
 しかし、遠目やあまりよく知らない他人ならともかく、この一年間、もっともハルカと行動を共にしてきた時間が長いであろう、彼が、果たして間違えるものだろうか?
 「ぷ、プロデューサーさん、視力はおいくつなんですか?」
 「ん? 前に言ったことなかったか。両目とも裸眼で1.2だよ」
 ──どうやら、ド近眼でコンタクトを忘れてる……という線はないらしい。

 (えーと……恥ずかしいけど、やっぱり、ここは正直に……)
 ようやくパニックから立ち直りつつあることりが、「正体」をバラそうとした矢先に、クルマはテレビ局の駐車場に到着し、そのまま連れだされてしまった。
 「今日の番組のディレクターとは初対面だからな。挨拶はキチッとしておかないと」
 せきたてられ、仕方なくハルカのバッグを持ったことりは、そのまま女性タレント用の控室に押し込まれる。
 「すまんが、急いで衣装に着替えくれ!」

 ──バタン!

 無情にも控室の扉が閉まり、ことりはハルカのバッグとともに取り残されてしまった。

 「い、行っちゃった……」
 ここまで来たら、覚悟を決めるしかなさそうだ。幸い、今日はリハーサルとのことなので、自分が代役を務めても、バレさえしなければ大きな問題はないだろう。
 
 「と、とりあえず着替えるしかないのかしら」
 手にした大きめのカバンから、アイドルとしての「天野ハルカ」のコスチュームを取り出す。
 「えっと……これがハルカちゃんの今日の衣装ね」
 白いビキニトップの上にピンクのノースリーブジャケットを羽織り、膝上30センチ近い空色のフレアミニスカートと白のオーバー二ーソックスを履く。
 体格が似ているせいか、それらハルカの衣装を、幸いにしてことりも着ることができた。少々ウェストがきついが、我慢できない程ではない。
 「ぅぅ……プライベートじゃ絶対にしない格好だわ……」
 オヘソ丸出しで肩や太ももの露出も大きい。
 (はぅ~、十代の頃ならともかく、22を過ぎてこんな格好、恥ずかしいですよぉ。
 お、お腹もちょっと苦しいし……こんなことならダイエットしとけばよかったかしら)

 ──コンコン!
 「おーい、ハルカ、準備できたか?」
 ドア越しにプロデューサーの声が聞こえる。
 (ぅぅ……仕方ない!)
 「はーい、今、行きまーす!」


破.インカムやリボンが本体という風潮

 さて、プロデューサーにハルカと間違われたことりが、あわあわしながらクルマに乗ってテレビ局へ向かっていた頃。
 「おはようございまーす! ……あれ、まだ誰もいない?)
 彼らと入れ替わりに、本物の天野ハルカが、事務所に顔を出していた。何の偶然か、彼女も今朝は早く目が覚めたらしい。
 「ちょっと早過ぎたかなぁ。プロデューサーさんはともかく、ことりさんも来てないなんて」
 事務所を見回し、ちょっとだけションボリしたハルカの視線がソレに止まる。
 「これ……ことりさんのインカム?」
 とあるイベントの司会をことりが引き受けた際に、高城社長が彼女に贈ったもので、社長の知人のバクタとかいう発明家が作ったオリジナル品らしい。
 以来、ことりは仕事中はずっとコレを愛用している。電話や無線にハンズフリーで応対できるほか、嘘か本当か簡易AIとデータベース的機能もついているのだとか。
 「そう言えば、ことりさんがコレを取ってるところ、めったに見た事ないなぁ」
 手にとったインカムを見ているうちに、ハルカの中に、珍しく悪戯心が湧いてきた。
 「──誰もいないよね」
 数分前のとある女性とそっくりの仕草で、誰もいない部屋の中を見回した後、ハルカは姿見の前に移動して、インカムを付ける。
 「うわぁ、こうしてインカムを付けてると、なんだか本物のことりさんみたい……そうだ!」
 メインルームと隣接して設置された狭い更衣スペースに入り、ことりのロッカーを開けると、予想通りそこには8765プロの事務員用制服が置かれていた。
 「ことりさん、ちょっとだけ借りちゃいますねー……『うん、いいわよ~、ハルカちゃん』」
 一人二役でそんな問答をしたのち、ハルカは手早く事務服を身に着ける。
 白い長袖ブラウスに黒いタイトミニスカート。胸元に黄色いリボンを結び、緑を基調にしたベストを羽織る。黒い二ーストッキング……は、ことり自身の趣味だろうが、スカートとの間に絶妙な絶対領域を形成しているのがミソだ。
 インカムや足元の事務用サンダルも含めて、普段のことりとまったく同じ格好になったハルカは、再び姿見の前に移動して、自分の姿を満足そうに眺める。
 「おはようございます、8765プロダクションの高梨ことりです。さて、今日のみんなのお仕事は……」
 いかにも、ことりが言いそうな朝の台詞を口にしたのは、ハルカなりの茶目っけだったのだが、次の瞬間、彼女の脳裏に「8765プロ所属の10人以上のタレントたちの本日のスケジュール」のデータが流れ込んできた。
 「え、ウソ!?」
 どうやら、"データベース機能が付いている"というのはホラではなかったらしい。
 「じゃあ、もしかして……事務所で一番いいお茶の置いてある場所は?」
 小声でそう口にしただけで、瞬く間にキッチンスペースの一角の棚が脳裡に図示される。
 「すごーい!」
 目を丸くして感心しているハルカだったが……。

 ──ガチャリ
 「お、高梨くん、もう来ていてくれたのか。ちょうど良かった」
 突然、事務所のドアが開き、背後から声をかけられて、文字通り飛び上がる。
 「しゃ、しゃしゃ……社長!?」
 「ああ、驚かせてしまったか。すまない。だが、時間がないので手短に言うぞ。これから、黒岩プロの社長と、今度の合同フェスのことで打ち合わせがあるのだが、それに君も同行してくれたまえ」
 「え……あのぅ」
 どうやら、高城社長はハルカのことをことりと勘違いしているようだ。実際、ハルカが自分で見ても似ていると思うのだから、無理もないのかもしれない。
 「あのですね……」
 「ああ、事務処理のことなら心配いらんよ。今日は乃木坂小町がオフだから、萩月くんに昼まで代わりを頼んである。もうじき彼女も来るだろう。さぁ、下にタクシーを待たせてあるんだ。急いでくれ」
 「は、はぁ……」
 普段アイドルたちに接しているのとは多少異なる、敏腕経営者としての態度で社長に命じられ、事務服姿のまま(さすがにサンダルだけはことりの机の下にあったローファーに履き替えさせてもらったが)強引に連れ出されるハルカ。
 せきたてられるようにタクシーに乗り、社長の隣りに座って黒岩プロへ向かう途中で、ようやく事態を飲み込んだハルカだったが……さすがに此処に至って自分が本当はことりではないとは言い出しにくい。
 幸い、今日のハルカの仕事で外せないテレビ局のリハーサルは、午後からの予定なので、午後までに事務所に戻れば問題はない……だろう、たぶん。
 そうなると、今度は社長やほかの人にバレないように、巧く「高梨ことり」を演じなければならない。
 (うーん、口調とか性格とかは元々割と似てるし……知識面はこのインカムがあれば何とかなりそうだし……あとはノリでなんとかするしか!)
 ──本人は、案外楽しそうだが。

 (私はことり……8765プロの筆頭事務員の高梨ことり……)
 何度も自己暗示をかけたのとインカムのフォローのおかげか、大過なくライバル会社との会談(と言ってもメインは社長同士の話し合いだが)を"ことり(ハルカ)"は乗り切り、社長にお昼を御馳走になったのち、1時前に事務所に帰ってくることができた。
 しかし、いざ事務所に帰ると、すでに他のアイドルたちが5、6人来ており、また、本来休みのところを社長に頼まれて出社していた萩月リツコ(元アイドルで現在は主にプロデューサーとして活躍中)に事務の引き継ぎをされてしまう。
 そのため、根がお人好しで流されやすいハルカとしては、「実は私、ことりさんじゃなくてハルカちゃんでーす!」と言い出せなくなってしまった。
 幸いにして、インカムの助けを借りれば、ことりの事務作業の大半は、ハルカでも問題なく処理することができる。
 「ひよちゃーーん」「ひよすけ~」
 「「おやつ頂戴、おやつ!」」
 「はいはい、ちょっと待ってね。今、みんなのぶんもお茶を入れるから」
 ダンスのレッスンから戻って来た双子のローティーンアイドル・由美と留美に急かされ、ちょうど午後3時過ぎということもあって、事務所にいる皆の分のお茶を淹れる。その仕草も、すっかり「いつものことり」そのものだ。

 (それにしても……案外みんな気付かないものね)
 お茶を飲んで一段落したせいか、ふと我に返る"ことり"──いや、ハルカ。
 実際、皆があまりに自然に「高梨ことり」として接してくるため、本人も何だか自分が本当に「ことり」であるかのような気になっていたのだ。
 一応、それなり以上の人気を持つアイドルとしては、正直気付かれないのはどうかと思わないでもないが、同時に、しばらくはこのまま8765プロの事務所特有のアットホームな空気に浸っていたいという気もする。
 ここ最近は、アイドル活動に忙しく、事務所のみんなとゆっくり話す機会がめっきり減っていたからだ。
 加えて、いつもとは違う「みんなのお姉さん・高梨ことり」という立場から、皆に接するのは、なかなかおもしろい経験でもあった。
 (あの、あずみさんまでが私に敬語で話すんだものね)
 それに応じて、自分もまた「20代半ばの大人の女性」を演じて応対してみせ、親愛と敬意の情を向けられるのが、たまらなく心地いい。
 (みんな、私のこと「高梨ことり」だって思ってるんだ……)
 スタジオや舞台の上のお芝居などとは段違いの「観る者を騙す快楽」に、ハルカは目覚めつつあった。

 (でも……本物のことりさんはどうしたのかしら? それにプロデューサーさんも……)
 そこにハルカが思い至ったちょうどその時、事務所の扉が開く。
 「ただいまー」
 「ただいま戻りました」

 (! え!? ウソ、私)
 プロデューサーとともにそこに立っていたのは、紛れもなく普段の「自分」──「天野ハルカ」だった。
 (どうして……じゃあ、此処にいる私はいったい……)
 グニャリと視界が歪んだような気がする。

 「私は……誰?」
 誰にも聞こえない程の小さな呟きを、しかし特製インカムは拾い上げ、「答え」を示す。
『氏名:高梨ことり
 生年月日:1987年9月9日生まれ(25歳)
 出身:東京都
 職業:8765プロダクション正社員(事務職)
 身長:159cm/体重:49kg
 血液型:AB型 スリーサイズ:84・59・83
 …………』
 次々に脳裏に注ぎ込まれる「高梨ことり」のデータの波に、彼女は翻弄されていく。

 * * * 

 「? 大丈夫ですか、ことりさん?」
 ふと我に返ると、見覚えのある男性が心配げに顔を覗き込んでいた。
 (この人は……)
 「だ、大丈夫ですよ、プロデューサーさん」
 ──そう、この人は私の1年後にこの事務所に入った後輩で、天野ハルカほか何人かを手掛けているプロデューサー……。
 「ちょっと考え事してただけですから」
 ニッコリと「いつもの」笑顔を浮かべてみせる。
 「それならいいんですが……」
 「ほらほら、私なんかの事より、ハルカちゃんやみんなの事をもっと気にかけてあげてくださいよ」
 まだ、不安げな彼に、多少の空元気を張ってみせる。
 「はぁ……ことりさんがそう言われるなら」
 不承不承戻って行く彼から視線を外して、パソコンのモニターに目をやる。
 (うーん……この調子なら、今日は早めに帰れそうね。がんばらないと)

 そこにいるのは、「まるっきりいつもと変わらぬ」、8765プロが誇る敏腕(ただし妄想癖あり)事務員の「高梨ことり」そのものだった。


急.流されてI and You

 きゃる~~ん☆ わたし、天野ハルカ、17歳の女子高生。今、8765プロダクション所属の人気急上昇中のアイドルとして、忙しいけど楽しい毎日を送ってまーす♪

 ──嘘です。ごめんなさい。
 本当は、高梨ことり、8765プロの事務員です。ちょっとお肌の曲がり角とお腹のぷにぷにが気になる25歳。ルックスは、まぁこの年頃にしてはそれなりにイケてるんじゃないかって自負はありますけど、さすがに現役のアイドルと比べたら、ねぇ?

 いえ、そのはずだったんですが……。
 「どーしてこーなった?」
 茫然として小声で呟くわたしに、ディレクターの声がかけられます。
 「それじゃあ、つぎはハルカちゃんの出番だよ。このハルカちゃんはこの番組初登場だから、元気でフレッシュな感じを強調してみようか?」
 「ハーイ、がんばりまーす♪」
 反射的に、ニッコリ笑って明るく返事をするわたし。
 ──そう、今、わたしは「人気アイドル・天野ハルカ」として音楽番組『ミューズスタシオン』のリハーサルに臨んでいるのです。
 もちろん、"天野ハルカ"の新曲用衣裳に身を包み、彼女のトレードマークとも言える赤いリボンで髪型もバッチリ決めて。
 (あ~、ホント、どうしてこんなコトになったんでしょうね)

 事の起こりは、今朝、たまたま朝早く事務所についてわたしが、机に置き忘れられていたハルカちゃんのリボンを髪に着けてみたことでした。
 わたしとハルカちゃんは、背格好や髪型はよく似ています。それで、ちょっとした悪戯心で鏡の前に立ち、ハルカちゃんのリボンを着けて「天野ハルカでーす」って、やってたら……。
 なんと、その場面をハルカちゃんを担当するプロデューサーさんに見られてしまいました。
 その場でテンパるわたしでしたが、どうやらプロデューサーさんは、わたしのことを本物のハルカちゃんと間違えたらしく、そのままテレビ局の仕事に連れ出されてしまいました。
 わたしは、真相を打ち明けることもできず、控室でハルカちゃんの舞台衣装に着替え、しぶしぶプロデューサーさんに連れられて、番組関係者に挨拶に行ったのですが……。
 恐ろしいことに、誰ひとり、わたしが「天野ハルカ」じゃないことに気付かないんです! アンタらの目は節穴かぁ!!
 そりゃね、わたしだって、遠目に見たらハルカちゃんと似てるだろうことは理解してますよ。でも、そもそもプロデューサーさんは、ハルカちゃんをデビュー以来ずっと見て来たんだし、わたしとだって昨日今日のつきあいじゃないはずなのに……。

 とは言え、ここまで来たらヤケです。今日一日、見事「天野ハルカ」役を務めてみせようじゃないですか!
 その後、リハーサルを完璧にこなし、大型CD店で開かれたファンとの握手会も無事に終え、2時間のボイストレーニングまでキチンとこなしたうえで、今日のお仕事は終了。ようやく、事務所に返ることになりました。
 (はぁ……それにしても、ファンの人も誰もわたしが本物でないことに気づかないのね)
 ボイストレーナーの方からは、「うんうん、いつも以上に声の伸びも音程の取り方もいいね!」と、むしろ褒められちゃったくらいですし。
 正直に言えば、久しぶりのアイドル体験(わたしも十代の頃はアイドルやってました)が、ちょっと楽しかったのは事実です。
 でも、シンデレラタイムもそろそろお終い。事務所に帰れば、きっとおかんむりのハルカちゃんと、今日一日分溜まった事務員としての仕事が待ち受けているはず。
 彼女にはちゃんと謝らないとね。プロデューサーさんは……いっか。自業自得というか、むしろ彼の勘違いが著悪の根源だし。
 そう思っていたのですが……。

 「ただいまー」
 「ただいま戻りました」
 事務所のドアを開けて、応接スペースへと足を踏み入れると。
 (え! わ、わたし!?)
 みんな──同じ8765プロの仲間がたむろしているそこに立っていたのは、紛れもなく普段の「わたし」──「高梨ことり」でした。
 (そんな!? じゃ、じゃあ、今ここにいる"わたし"はいったい……)

 ──冷静に考えれば、そこにいるはずの本物の天野ハルカが見当たらず、代わりに、いるはずのない"高梨ことり"がいたのですから、"彼女"は天野ハルカだと判断するのが妥当でしょう。
 もしかしたら、わたしと同じく、高城社長あたりに「ことり」と間違えられて、つい真相を言えなくなってしまったのかも……。

 けれど、"本人"の目から見ても、そこにいるのは完全に「8765プロダクションの筆頭事務員・高梨ことり」にしか見えないのです。
 一応、他人の目を気にしつつ、目配せなどを送ってはみたのですが、こちらの合図に気付いた素振りはありませんし、まるっきり、いつもの"高梨ことり"と同じような態度で"天野ハルカ"に接してくるのです。
 これは一体どういうことなのでしょうか?

 結局、真相を問いただすこともできず、事態の推移を見守る中、そろそろ「天野ハルカ」が家に帰るべき時間になってしまいました。
 ハルカちゃんは、事務所の近くにある女子寮暮らしで、わたしも場所と部屋番号は知ってますけど……。
 「ハルカ、今日は仕事もないんだから、そろそろ帰ったほうがいい」
 プロデューサーさんにも言い聞かされ、わたしは不承不承、事務所を出ることにしました。ただし、そのまま"部屋"には帰らず、こっそり"ことりさん"──あの「高梨ことり」がひとりになるのを待って、声をかけることにしたのです。
 ただ、誤算だったのは、プロデューサーさんもずっと事務所に残ったこと。ビル内2階の入り口近くのトイレに隠れていたのですが、結局、終電1時間前くらいに、ふたりは連れ立って事務所から出てきました。
 「ことりさんは、いつもこんな時間なんですか?」
 「うーん、いつもは……もうちょっと遅めですね。終電ギリギリくらいかしら?」
 雑談しながら歩くふたりに見つからないよう身をひそめたわたしですが、不意に、あちらの「高梨ことり」が、事務員の制服から「今朝、わたしが自宅から着てきた服」に着替えていることに気付きました。
 「え?」
 慌てて、自分の服に視線を落とすと……いかにも「天野ハルカ」が着そうな、白いジャケットにピンクのTシャツとデニムのミディスカートという、17歳のアイドルの私服としてはちょっと地味な格好をしている自分の姿が目に入りました。
 「ええっ!?」
 いったいいつの間に着替えたのでしょう。
 いえ、思い返してみると、ボイスレッスンや握手会の時は、すでにこの服を着ていた気がします。
 となると……テレビ局で舞台衣装から私服に着替える時?
 (どうして、あの時、気付かなかったの!?)
 でも、あの時は、別段不審に思いませんでした。
 『だって、普段からよく着ているお気に入りだし、今朝もわざわざ自分でタンスから選んだ……』
 ……あれ?
 うーーん、何かが変な気がするのですが。
 私が葛藤しているうちに、気が付くとプロデューサーさんと「ことりさん」は、駅の方に消えていました。
 仕方なく、私も部屋に──8765女子寮の「天野ハルカ」の部屋に帰ることにしました。

 ──どうしてでしょう。
 わたし、この部屋には初めて入ったはずなのに、なんでか知らないのに、すごく落ち着く気がします。
 ドアの鍵を開けて、一歩足を踏み入れた時、部屋の空気から漂うフローラルな香りを、なぜか「嗅ぎ慣れた」もののように感じますし、それが「本棚に置かれたポプリ」の匂いだとちゃんと理解しています。
 薄暗い中でも、殆ど迷わず電気のスイッチの位置がわかりましたし、それどころか、冷蔵庫に取っておいたチーズケーキのことも、お気に入りの紅茶の置き場所も、ちゃんと「知っていて」、慣れた手つきで用意できました。
 お茶を飲みながらも、明日の月曜日の「天野ハルカ」の学校とお仕事のスケジュールを「思い出し」、今日は早めに寝ようと考えています。
 お風呂に入ってから、「いつもの」ピンク色のコットンのパジャマに着替え、洗面台でお化粧を落とし、簡単なフェイスケアをした後、わたしはベッドに入りました。
 (わたし……どうしちゃったんだろう)
 なんだが自分が自分でない──半分、夢うつつのような気分が、あの「高梨ことり」を見た時から続いています。
 でも、それ以上考えるのはどうにも億劫で……ベッドに入って1分も経たずに、わたしは眠りに落ちていました。


幕.Win-Winとはこういうことか

 目覚めは、いつになく、爽快な気分だった。
 「いつになく」? いや、自分は特に低血圧でも夜更かしでもないし、普段から比較的寝起きはよいはずだが……。いったいどうしてそんなことを思ったのだろう。
 彼女は、軽く首を傾げながら、ベッドの脇でパジャマ姿のまま日課の柔軟体操をする。 「あ、あれ? わたし、こんなに身体硬かったっけ?」
 立位体前屈で地面にぺったり掌を付ける程度はできたはずなのだが、「まるでいきなり10年近く老化した」みたいに、身体がなんだかギシギシ言っている。
 どうやら少々体調不良なのかもしれない。

 一瞬悩んだものの、体操で思わぬ苦戦をしたため、ちょっと汗をかいてしまったので、着替えを用意してから、軽くシャワーを浴びて汗を流す。
 「あ~、朝シャワーっていいわね」
 (……? あれ、わたし、ほとんど毎朝シャワー浴びてる、よね?)
 それなのにどうしてこんなに気持ち良いと感じるのだろう。
 再び首を傾げつつ、彼女は用意した着替え──高校の制服(オーソドックスな白のセーラー服だ)へと着替える。

 (アイドルのお仕事はもちろん大好きだけど、学校は学校で楽しいんだよね~)
 フンフンフンと鼻歌を歌いつつプリーツスカートのホックを留めようとした手に、不意に力がこもった。
 「うぐっ! ちょっとウェスト、キツい……やだ、太っちゃったのかしら」
 昨夜も夜遅くにケーキを食べたりしたからかもしれない。やはり、寝る前の甘いものは女の子の大敵だ。
 「うぅ、アイドルとしても女子高生としても、対処しないとなぁ」
 それでも、何とか制服を着こなし、キチンと髪を梳いてから、トレードマークの赤いリボンを結ぶ。
 「よし、と」
 とりあえず今朝の朝食はホットミルクとクラッカー1枚で済ませ、鞄を手に彼女は寮の自室を出た。
 「おはよー、チハヤちゃん」
 「あ、おはよう、ハルカ」
 寮の前の玄関で、同じく8765プロ所属で、学校と学年が同じ(さすがにクラスは違うが)友人でもある神無月チハヤと会ったので、一緒におしゃべりしながら、学校へと向かう。
 何気ない、いつも通りの朝。
 そのはずなのに……とても懐かしく、輝いているように思えるのはなぜなのだろう?
 「どうかしたの、ハルカ?」
 会話の受け答えでぼんやりしていたせいか、チハヤが心配そうに覗き込む。
 「あ……う、ううん。なんでもないよ、チハヤちゃん」
 自分でもよくわからないモヤモヤを振り切って、彼女──「天野ハルカ」と呼ばれる「少女」は、にっこり笑って見せた。

 * * * 

 かくして、この後、「天野ハルカ」は、その17歳らしからぬ(当り前なのだが)色っぽさが評判になる。
 同じく8765プロ所属の「未完のビジュアルクイーン」こと星奈ミキに匹敵するほど、グラビアやモデルの仕事で引っ張りだこになり、これまでの「どじで天然」なイメージとはひと味気違った魅力を開花させていく。
 また、「以前」より格段に上達した歌唱力のおかけで、CDの売れ行きも右肩上がりに良くなり、名実ともにトップアイドルの一角に食い込むようになっていく。

 一方、8765プロの事務員の「高梨ことり」は、以前にもまして、その年齢の割に無垢(ピュア)であぶなっかしい所にプロデューサーがほだされ、ふたりは付き合うようになる。
 交際開始から半年後、婚約に漕ぎ着けることになり、娘の「売れ残り」を心配していた高梨言えの両親を大いに喜ばせることになった。
 片や芸能界での成功をつかみ、片や女の幸せを手に入れた。果たして彼女たちのどちらがより幸福だったのか──それらは、余人が判断するべき事柄ではないだろう。

-おしまい-
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あれえ!?

 実はこんな話を読んだことがありまして……

 http://otachann.doorblog.jp/archives/24817599.html#more

 偶然でしょうが、リボン恐るべし!

 

Re: あれえ!?

あ、それ私も知ってます。
正確には、↓これを読んで、いいなぁと思い、
 http://456p.doorblog.jp/archives/23055012.html
次に↓コレを見て、話の大筋を決めて、
 http://blog.livedoor.jp/ikaros73-sss/archives/53734294.html 
山口さん指摘のSSを見て、導入部を参考にさせてもらいました。
2番目のSSで、両人とも幸せにできれば、と考えて生まれたのが本作だったり。


>  実はこんな話を読んだことがありまして……
>
>  http://otachann.doorblog.jp/archives/24817599.html#more
>
>  偶然でしょうが、リボン恐るべし!
>
>  
プロフィール

KCA(嵐山之鬼子)

Author:KCA(嵐山之鬼子)
Pixiv、なろう、カクヨムなど色々書いてます。感想などもらえると大変うれしいです。
mail:kcrcm@tkm.att.ne.jp

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