『堕ちた少年勇者~淫魔姫の罠~』

そう言えば、ココに投下するのを忘れていた最新作。例によって立場交換スレに投下した作品。これまた例によってR指定レベルに変更(それでもエロいかも)してますが、PIXIVには18禁版を掲載してます。
しかし……どこぞにも書きましたが、ホント、悪の女幹部ネタが好きだな、私(笑)。「黒の誘惑と白への回帰」「是ぞまさしく善悪相殺」「気がついたら……悪の女幹部!?」「世界を救う聖女様だってシたい時はあるモン!」、そしてこの「堕ちた少年勇者」と、まぁ同じようなネタを(料理法は変えてるとは言え)これだけ書いたものです。


『堕ちた少年勇者~淫魔姫の罠~』

 ここグラジオン大陸に南西に位置する小国ロザルスの王都クラインは、明日の慶事を控えて華やかな雰囲気に包まれていた。
 此処で言う"慶事"とは、王女オーガストと救国の勇者の結婚式が行われることを指す。

 * * * 

 南のクラムナード大陸ほどではないが、戦乱に明け暮れる西のサイデル大陸に比べれば、本来このグラジオン大陸も──時折国境沿いで小競り合いがあるとは言え──全体的には平和な土地と言えるだろう。
 ただ、辺境に魔界と直接通じるダンジョン"冥宮"をいくつか抱えているロザルス王国は、その地理条件から魔族の侵攻の対象となることがままあるのだ。
 無論、王国側も手をこまねいているわけではないが、これらの冥宮は埋め立てようと封印しようと、数年単位でいつの間にか、再び開通しているのが常だった。
 何より、小国にとって多数の兵士を派遣してそれらを封鎖し続けるのは財政その他に大きな負担がかかる。
 そこで、グラジオン大陸では"冒険者"と呼ばれる職業が半ば公認されている状況を利用し、ロザルスは最低限の監視のための軍人を派遣しつつ、一定レベル以上の信頼に足る冒険者に、それら冥宮の巡回を兼ねた探索を許可するという形で治安を維持していた。
 冥宮探索は冒険者側にも(ハイリスクハイリターンとは言え)相応の利があることだったので、志願者には事欠かなかった。

 その方策は一見巧くいっているように思えたのだが──数年前、突如均衡は破られた。
 冥宮のひとつに入った冒険者たちのパーティーがどれも丸一日以上帰還しないことに危機感を抱いた常駐兵の取りまとめ役が、王都に異変を告げる伝書鷹を飛ばしてから僅か半刻後、冥宮から魔族の軍団が現れたのだ!
 魔族の軍団はロザルスの辺境へと進軍。ロザルスは、たちまち国土のおよそ4分の1近くを彼らに占拠されることとなる。不幸中の幸いは、占拠された地域が比較的人口が少ない地方であったことだろうか。
 結果、ロザルス王国は"魔王軍"を名乗る彼らと戦争状態に突入。3年以上のあいだ一進一退のこう着状態が続いた。当然、国も人民も疲弊する。

 事態を打開すべく、ロザルス王国が採った方策は「少数精鋭による敵軍指導者の殺害」──いわゆる"勇者による魔王の打倒"であった。
 "艱難辛苦を越えて魔王を打ち倒す勇者"と言えば聞こえは良いが、ある意味、これ以上ない程危険な汚れ仕事である。戦線の維持のためにも正規の騎士を動かせるはずもなく、自然とその仕事も冒険者ギルドから人材が募られるはずだったのだが……。
 宮廷付き魔導師にして占星術師でもあるヴォータンが異を唱えた。
 「勇者として魔王討伐に赴くべき人材は、すでに存在する」と。
 他の人間が言えば一笑にふされたであろうこの提言も、これまで30年以上も国を支え導いてきた相談役が言えば重みが異なる。まして、ヴォータンは、かねてから魔族の侵攻を予見し、王国の重鎮に注意を促していたのだから。
 厳粛なる星見の結果見出されたのは、ごく平凡そうな冒険者志願の少年だった。彼には詳しい事情を知らせず「冒険者ギルドが素質を見出したから」と言いくるめて、およそ1ヵ月の間、厳しい訓練が課せられた。
 大の大人はおろか一人前の冒険者でさえ音をあげそうなその特訓に、しかし14歳の少年は耐えた。のみならず、めきめきとその戦いの技量を上げ、僅か1月足らずで剣術魔術とも新米冒険者の域を遥かに越える成長を見せたのだ。
 王国の上層部も、彼が運命に選ばれし勇者──正確にはその「候補」だと認めないわけにはいかなかった。
 あらためて少年は王宮に呼ばれて、魔王討伐の任を授けられる。もとより、正義感の強い彼が冒険者を志したのは、戦時下の混沌とした情勢を憂いての話だったため、少年の方も喜んでその役目を受け入れた。

 彼の旅立ちには、王国からの肝入りで3人の仲間が同行した。
 名高い老剣聖の孫にして門下最強の腕前を誇る、若き女剣士。
 幼き頃より神童の呼び名も高い、博識で人格者な青年僧侶。
 そして幼い頃にヴォータンに拾われ、彼の内弟子として修業してきた魔法使いの少女。
 歳若い人材が多かったのは、才能とのびしろを見込んでのことで、実際勇者自身も含めた彼ら4人は、2年足らずで辺境を支配していた魔王軍の3人の幹部を倒すまでに成長する。
 さらにその余勢を駆って冥宮から逆に魔界へと侵入を果たし、さまざまな苦難の末、ついに"魔王"を自称していた高位の魔族を倒し、1年前、王都クラインへと凱旋したのだ。

 旅立ったときはまだあどけない子供の面影を残す小柄な少年だったが、仲間とともに王都に戻って来た勇者は、2年半にもおよぶ魔王討伐の旅を経てすらりとした美丈夫へと成長していた。
 まるで絵物語から抜け出して来たような立派な"勇者"を人々は歓呼の声をもって出迎える。とくに、一度魔界四天王のひとりに誘拐され、勇者の手で救出された王女などは、自分と同年の勇者に心酔していた。
 勇者は王国から貴族の地位と報償を授かり、仲間達もまた相応の褒美をもって遇された。
 当初は戦いしか知らぬ田舎者かと思われた勇者だったが、意外なほど頭が切れ、また社交性や人間的な魅力にも長けており、気づけば宮廷でも一目置かれる存在となっていた。
 そして、凱旋から1年のあいだ、辺境に残る魔王軍の残党を掃討する作戦を指揮するかたわら、徐々に王女と接近し、いつしか恋仲になり、ついには明日の婚礼にまで漕ぎ着けた……というわけだ。
 将来女王となるであろう姫を射止めたのだから、このうえない逆玉と言えるだろう。
 無論、口さがない王宮雀の間では、ポッと出の勇者の躍進をやっかむ声が皆無と言うわけではないが、国王自身が勇者を気に入っている上、世論の流れもあって、反対派の動きは(少なくとも表面上は)それほど活発なものではなかった。

 * * * 

 「ふふふ……ついに、ここまで来た、か」
 王城で二番目に高いバルコニー(無論、一番は国王夫妻の居室だ)から夜空の満月を見上げながら、不敵に笑う勇者。その様子は、勇者と言うよりむしろ何かの陰謀を企む悪役といった風情だ。
 「おっと、独り言は自重しないと、な」
 自分でもそのことに気付いたのか、顔つきを改め、真面目くさった表情で改めて月を見つめる勇者だが、それでも純白の騎士装束をまとったその背中からは、どこか隠しきれない歓喜──いや、愉悦のようなものが滲んでいた。

 だが……。
 『フン、いい気なものだな』
 「誰だッ!」
 いずこからか聞こえてきたその声に、勇者は素早く警戒体勢をとりつつ、辺りを油断なく見まわす。
 (声の聞こえてきた方角は……)
 「頭上(そこ)かッ!?」
 城の方を振り返るように見上げる勇者の目に、本丸と隣接する尖塔の頂き──王国旗が翻るポールをつかんで急勾配の屋根に立つ人影が映る。
 人影は一見、15、6歳の金髪の少女のように思えた。しかし、全身から漂う"魔"の気配と、左右の耳の上から生えた褐色の角が、「彼女」が決して人ではないことを物語っている。
 「お主、魔族だな。どうやってこの城の結界をすり抜けたッ?」
 『──フッ』
 小馬鹿にしたように魔族の少女は微笑う。バサリ……という羽音とともに、彼女の背中に暗赤色の翼が翻った。
 「その翼……サキュバスか!?」
 サキュバスは、淫魔とも夢魔とも呼ばれる種族だ。魔族の中ではおおよそ中級の下位クラスに位置するとみなされる。一見したところ、人間、それも極めて美しい女性と酷似した姿を持つが、本性を現すと頭に角、背中に蝙蝠のような翼が生じる。
 暗黒系と精神系の魔術を得意とすると同時に、その素早い身ごなしと鋭い爪で格闘戦も決して不得手ではない。ハーピーなどの鳥人族には及ばないものの、巧みに空を飛ぶ事もできるため、なまなかな冒険者では数人がかりでも苦戦することは必至だ。
 ただし、比較的体力が低いことと、魔術・体術・飛行ともそれをもっとも得手とする魔族には及ばない、ある意味器用貧乏であることから、ハイレベルな冒険者なら1対1でも決して倒せぬ相手ではなかった。

 尖塔から翼を広げて空中に躍り出た魔族の少女は、革製の編み上げコルセットとビキニボトム、同じく黒革の長手袋とオーバー二ーブーツという、いかにもサキュバスらしい服装を身に着けている。
 種族の特性から豊満な身体つきの多いサキュバスにしてはスラリとした体型で、乳房の膨らみもやや控えめではあったが、それでもウェストはキュッとくびれ、胸や腰のラインは柔らかい丸みを帯びているため、十二分に魅力的だった。

 しかし──。
 『ハッ! よもや一年足らずで、この顔を見忘れたか?』
 「! き、貴様は!?」
 急降下するサキュバスの両手には、どこから取り出したのか漆黒の短剣が握られている。
 咄嗟に腰に下げた長剣を抜き放ってそれを迎え撃つ勇者。

 ──カン! ギィン! ギリリッ……

 二本の黒刃と一筋の銀光がめまぐるしく交叉する。

 『ハハハハハ! 逢いたかったぞ、我が勝利を盗んだ者よ!』
 「まさか生きていたとは……とっくに魔界の片隅で塵芥にまみれて命を散らしていると思ったよ」
 『死ねるわけがないだろう! すべてをお前に奪われたままで!!』

 * * * 

 魔王を討ち果たした"勇者"が王都に凱旋する、その半年余り前、勇者モーガンとその仲間たちは人間界に侵攻してきた魔王軍の四天王のうち3人までを倒し、そのまま冥宮を潜り抜けて、魔族の本拠地──"魔界"へと足を踏み入れていた。
 一般に魔界は、"瘴気に満ちた禍々しい世界"と誤解されているが、実際に足を踏み入れてみれば、それほど悲惨な土地と言うわけではない。
 ただ、人間界(ちじょう)と異なり太陽が昇らず、その代わりに、地上よりも大きく、また幾分明るめの"月"が、満ち欠けすることなくずっと世界中を照らしている程度のものだ。
 その分植物の生育状況は芳しくないが、それでも相応の生物相は出来あがっている。とは言え、やはり緑豊かとは言い難く、魔族が人間界を侵略する理由の一端は、地上でしか手に入らない一部の資材や太陽の下の領土を欲するから……という部分もあった。
 ちなみに、"魔族"とは魔界生まれで言葉を解し、一定の知性ある存在、"魔物"とはそれ以外の魔の眷属を指す。地上における、"人間"と"動物"にほぼ対応する言葉だと言えるだろう。

 素性を偽り、人間であることを誤魔化しつつ、魔界で旅を続ける勇者一行。ひと口に"魔族"と言ってもその姿形は千差万別で、人間に非常に近い容姿の種族も少なからず存在する。
 適当に角やトンガリ耳をつけ、肌の色を青や赤に塗っておけば、さして怪しまれることなく、点在する魔族の集落で食糧を補給しつつ旅することができた。
 目指すは魔王の首。
 実力主義かつ血の気が多く、人間に比べて統制がとれているとは言いがたい魔王軍は、力をもって君臨する魔王が斃れれば大混乱の内に瓦解するだろう。
 実際、人間界への侵攻軍も、指揮する四天王を倒しただけで散り散りになったのだから。

 だが、魔王城に赴く前に、どうしてもこのワイマール城塞の主──四天王の最後のひとりであり、魔王軍の参謀格とも言える女将フェイを倒しておかねばならない。
 さもなければ、これまでも散々その智謀で彼らを苦しめたフェイのことだ。どんな罠を仕掛けてくるかわからないし、何より最強の敵である魔王と対峙した際に、彼女が魔王を援護すれば明らかに不利になることが目に見えている。
 少数精鋭による頭(トップ)の各個撃破。これが勇者パーティーの基本方針であった。

 ただ、今回ばかりはその方針が裏目に出た。いや、フェイに読まれていた、と言うべきか。
 城塞の各部に仕掛けられたトラップで4人の仲間達は分断され、モーガンはフェイと一対一で戦うことを余儀なくされたのだ。

 あるいは、純粋に剣技や魔術などを総合した「武力」に限れば、モーガンの方が秀でていたかもしれない。
 しかしながら、若く──人間で言えば20歳そこそこに見えても、フェイは100歳近い歳を重ねた女怪だ。心理戦や揺さぶりにかけては一日の長、いや文字通り大人と子供ほどの差があった。
 一進一退の攻防が続く中、僅かな隙を突いて、ついにフェイの「能力」がモーガンを捕捉する。
 左右の手に持つレイピアとマンゴーシュで巧みにモーガンの聖剣を受け流すフェイと鍔迫り合い状態で睨み合いになった……と思った瞬間、モーガンはなぜか一瞬棒立ちになってしまった。
 その隙を逃さず、フェイの右掌が、スピード勝負のために兜を捨てていたモーガンの頬に伸ばされる。
 触れられたのはほんの刹那。しかし……。
 「くっ……力が抜ける……」
 「あはは、ご愁傷さまだねぇ、勇者の坊や」
 サキュバスである彼女の視線による魅了(チャーム)から吸精(エナジードレイン)の洗礼を受けたモーガンは弱体化し、ついに敗北したのだった。

 全身の精気を抜かれ意識を失った少年勇者を、しかし淫魔は殺そうとはしなかった。むしろ優しいとさえ言える手つきで抱き上げると、そのまま城の隠し部屋へと運ぶ。
 やや苦心しつつも武装解除し、丈夫なシャツとズボンだけの格好にしてから、きっちり縛り上げ、部屋の床に描かれた魔方陣の中央に安置する。
 「くくく……いよいよ、私の悲願が叶う!」
 抑えきれない哄笑をもらしたのち、フェイはゆっくりと禍々しい呪文を詠唱し始めるのだった。

 * * * 

 「うっ……ここは……」
 意識を取り戻したとき、モーガンは一瞬自分の状況がわからなかった。
 だが、薄暗い部屋に両手を後ろ手に縛られている──いや、手枷を付けられているらしい状況から、どうやら敵に捕らえられたようだと理解する。
 (落ち着け。殺されていないということは、まだ望みはある。僕を捕らえた者が交渉を持ちかけてくるかもしれないし、仲間が助けに来てくれるかもしれない)
 焦る気持ちを抑えて、極力平静を保とうとするモーガン。

 と、その時。
 「おやおや、囚われのお姫様は、ようやくお目覚めかな」
 芝居がかった物言いとともに、何者かが部屋の入り口に姿を現す。
 暗い部屋の中から逆光になっているので、はっきり姿は見えないが、そのよく響くアルトボイスには聞き覚えがあった。
 「くっ、フェイ……か?」
 モーガンの言葉尻が疑問形になったのは、目の前の人物がいつも──と言っても、実際に顔を合わせたのはこれが3度目だったが──の、いかにも女魔族らしい露出の高い衣装(コスチューム)ではなく、武骨な鎧に身を固めているようだったからだ。
 「ああ、その通りだが……ふむ、こう暗くてはどうにも見づらいな。”光り在れ”!」
 フェイが"灯り(ライト)"の呪文を詠唱したため、部屋の中が一気に明るくなる。
 一瞬その眩しさが瞳に突き刺さるように感じたモーガンだったが、しばし瞼を閉じたのち、恐る恐る開いたところで、己が目を疑うハメになった。

 何故かと言えば。
 いつの間にか彼の前に歩み寄っていたフェイらしき人物は、白銀色に輝く甲冑(プレートメイル)を着込んだうえ、左腰に長剣を佩き、右脇に羽飾りのついた兜を抱えた、いかにも戦士然とした格好をしていたからだ。
 いや、それだけなら奇異に思うことはあっても言葉を失うほどではない。
 フェイの格好は他ならぬモーガン自身の装備をそっくり模していたのだ。
 「お前、何でそんな格好を……。
 ! もしかして、僕に化けて仲間に合流して、内側から葬り去るつもりか!?」
 魔族の中には、擬態能力や変身魔法を心得ている者もいると耳にしたことがある。サキュバスという種族自体、角と翼を消せば容易に人間に化けられるのだし、淫魔の中でも最上位に位置するフェイが変身の術を心得ていてもおかしくない。
 慌てて立ちあがろうとしたモーガンは……しかし、後ろ手の手枷に鎖が繋がれていたせいで果たせず、ガクリと膝まづくハメになった。

 「ふふっ、なかなか鋭いねぇ。でも、40点ってトコロかな」
 ニマニマと嫌な笑顔を浮かべたフェイが、モーガンの前に片膝ついてしゃがみ込む。
 「ほら、よく見てみな。この甲冑と剣に見覚えはないかい?」
 「何を言って……」
 モーガンの言葉が途切れる。
 「そ、そんな……バカな!?」
 目の前の女魔族が装備しているのは、外見を真似た紛い物などではなく、間違いなく"選ばれし勇者"だけが身に着けることができる聖鎧と聖剣──つまりいつも彼が着用しているはずの勇者装備だった。
 「なぜだ? それは勇者である僕以外の誰にも装備できないのに! まして、邪悪な魔族なら触れただけで、多大なる苦痛とダメージを受けるはずだ!!」
 レプリカなどではないことは、そのふたつが発するオーラのようなもので分かる。

 「ほほぅ。それじゃあ、つまり今は私が聖なる"勇者様"なんだろうさ」
 「何を戯言を……」
 「くくく……まだ気付かないのかい? 哀れな捕らわれの"女淫魔"モーガンちゃん?」
 「──は?」
 このサキュバスはいったい何を言っているのだろう?
 「ほら、自分の身体をよく見てみりゃ、わかるさ」
 あざけるようなその言葉に、反射的に視線を落としたモーガンは、再度自分の目を疑う。
 彼の体は、先刻まで眼前の淫魔が着用していたはずの、下着と見まがうほど露出の高いレザーコスチュームに包まれていたからだ。
 「な、何だコレは? さてはお前の仕業だな! 僕を恥ずかしめようという魂胆か!?」
 女装というのもおぞましい格好をさせられ、羞恥と怒りのあまり、拘束された不自由な身体を懸命によじるモーガン。
 もっとも、半年近くも太陽の昇らぬ魔界を旅してきたせいか随分生白くなってしまった肌もあいまって、発育途上の小柄でスラリと引き締まった少年の体躯には、サキュバスの露出過多な衣装も存外マッチしていたのだが。

 「あはははは! よく似合ってるじゃないか、セクシーだよ♪」
 「クッ……」
 視線だけで相手を殺せたらという程の憎悪を込めて睨むモーガンを、フェイはどうどうとなだめる。
 「言っとくけど、私が着替えさせたわけじゃないよ。術の結果、あるべき格好に変わっただけさ──アンタも、私もね」
 至極上機嫌に笑うフェイの姿に、先程までの怒りも忘れて、嫌な予感を覚えるモーガン。
 「? ど、どういうコトだ?」
 「ふふふ……もちろん、説明してあげるよ」
 篭手をはめた手で、グイとモーガンの顎を持ちあげ、顔を覗き込むフェイ。
 「さっき、アンタが気を失ってるあいだにね、私とアンタの間にある禁術をかけたのさ。
 ”因果交換(チャンゲクス)”──対象ふたりの身分や立場その他を入れ換える、失われた儀式魔術をね。そして見事に成功した」
 「え? え?」
 「つまりね、今は私が"精霊の祝福を受けし勇者"で、アンタが"魔王軍四天王の紅一点のサキュバス"なんだよ」

 目の前の女魔族フェイのその言葉は、モーガンには到底信じられなかった。
 確かに服装・装備こそ取り違えてはいるものの、依然として目の前のフェイは(角と翼は仕舞っているようだが)妖艶な若い女性の姿をしていたし、自分も淫魔らしいボンテージ衣装を着せられているとは言え、きちんと人間の男の身体のままなのだ。
 そのことは真紅に染めた革のビスチェで締めつけられたペタンコの胸や、股間にキュッと食い込むビキニショーツの下の窮屈な"息子"の感触からも明らかだ。
 「ハンッ! 何をバカな……」
 もしこれが、たとえばふたりの魂を入れ換えた──つまり、フェイの意識がモーガンの身体に宿り、モーガンの魂が女淫魔の身に移されたとか言う状況なら、彼もまだしも納得しただろう。
 しかし、今は単に衣装を取り替えた着せ替えごっこをしているようにしか見えないのだから。

 「ふふっ、疑ってる──いや、信じてないようだねぇ。でも、よく考えればわかるんじゃないかい? そもそも、私とアンタを比べて見れば、随分と身長体格も違うはずだろう?」
 ちなみに、体格はともかく身長に関してはモーガンの方が頭半分ほどフェイより低い。伸び悩んでいる背丈のことは少年の密かな悩みの種だ。
 「……何が言いたい?」
 「あはは、背が低いコトを気にしてるのかい? でももう心配無用さ。"女淫魔(サキュバス)としては"、そのくらいの方が可愛いよ」
 「戯れ言を……」
 「くくっ、まぁ、聞きなよ。そんな風に身長差があるはずなのに、私がこの勇者の鎧をピッタリ着こなせているのはなぜだと思う?」
 「!!」
 そうだ。本来なら、(遺憾ながら)体格で劣るモーガンの鎧を、女にしては長身かつグラマラスなフェイが着ればパツパツになるはずなのだが……そんな様子はまったく見えない。
 「な……どうして?」
 「無論、私がこの聖鎧の主──"勇者様"だからさ。それと同じ理屈で、アンタもその服がピッタリ身体にあってるだろう?」
 確かに、女淫魔の装束は余ったり余分に締めつけたりすることもなく、モーガンの身体を包み込んでいる。

 「だいたい、さっきアンタも言ってただろう。魔族であるはずの私が聖なる装備を身に着けるなんてコト、普通ならできるはずがないのさ」
 理に適ったフェイの言葉が、少しずつモーガンを追い詰めていく。
 「こ、これは何かの間違いだ! そうだ! お前が何らかの秘術で聖鎧や聖剣の力を無理矢理封じ込めて……」
 「往生際が悪いコだねぇ。じゃあ、コレを見な」
 スラリと腰の聖剣を抜き放つフェイ。
 「ヒッ!!」
 思わず小さく悲鳴をあげてしまうモーガン。
 頼もしい愛剣の刃も、いざ自分に向けられるとなると一転不安をもたらす。
 いや、それだけではない。見慣れたはずのその白銀の聖なる輝きが目に入った途端、なぜかモーガンの胸中に抑えきれない恐怖と不快の念が湧き起こったのだ。
 「あはは、心配しなくとても切りつけたりしないよ。単にアンタの肌に軽く当てるだけさ」
 その言葉通り、剣の腹の部分を剥き出しのモーガンの肩の部分に、ペトリと触れさせるフェイ。
 ──しかし、その反応は劇的なものだった。
 「ギィヤぁぁァーーーーーッ!!!」
 灼熱の焼け火箸を押し付けられたような、圧倒的な熱と痛みがモーガンを襲う。苦悶のあまり、手枷の鎖が許す範囲でのたうち回る少年の姿を、フェイは愉快そうに見守っている。

 「ど、どうして……」
 ようやく苦痛の呻きをかみ殺すことに成功したモーガンに投げられた言葉は非情だった。
 「これでわかったろう? 今のアンタの立場は魔界の片隅を這いずり回る薄汚い淫魔に過ぎないのさ」
 告げられた"事実"をようやく実感したのか、茫然とするモーガンを前に、フェイは積年の想いを吐き出し始めた。

 能力だけなら上級にも手が届くはずのサキュバスという種族が、魔界の階梯で中の下程度に留まっているその理由──すなわち、男の精を摂取せずにはいられない淫蕩な性(さが)のこと。
 サキュバス風情と見下されるのが嫌で、必死に実力をつけ、ついには魔王軍の四天王にまで昇りつめたこと。
 それほどの地位を得ても、口さがない魔族には未だ色眼鏡で見られること。
 旧態然とした魔界への嫌悪と、光に満ちた地上への憧れ。
 そして……。

 「! そうだ。成り立てほやほやの淫魔のアンタに、元先輩としていいことを教えてあげるよ」
 不自然なほど優しい口調で、フェイはモーガンの耳元に囁く。
 「実はね、単に生きてくだけなら、サキュバスも絶対に男の精が必要ってワケじゃないのさ。ただ──サキュバスは精をすする以外に、自力で魔力を回復することができない。それが弱肉強食の魔界でどれだけ致命的なコトか、わかるだろう?」
 「………」
 無論、聡明なモーガンには、その意味は十分理解できた。
 「それとね。サキュバスは、初めてすすった精気の持ち主に絶対服従──と言うか精神的に逆らうことができないのさ。どんなに屈辱的な命令にも、ね」
 「……!」
 さらに明かされた秘密にモーガンは動揺を隠しきれない。その表情をフェイは間近で楽しそうに見守っていた。

 「……たとえ、お前の言った事が事実だとしても、僕の仲間たちが、きっとお前の謀事を見抜いてくれるさ!」
 確信はないが、それでも残った気力をかき集めて虚勢を張るモーガン。
 「ふむふむ。確かに、いくら私が演技達者でも、普通ならそれほど接点のなかったアンタになりすますことは難しいだろうね。
 でも──今の私には、"勇者として王都を立って以来の旅の記憶"がキチンとあるんだよ」
 「え?」
 「当然だろう。今の私は"ロザルス王国の期待の星"たる"勇者"なんだから。
 それはアンタもおんなじことさ。意識を集中すれば、さっき私が語ったような"サキュバス"としての半生の記憶を思い出せるはずさ」
 (もっとも、それをすればする程、勇者だった時の記憶は曖昧に揺らいでいくだろうけどね)
 と、その部分は胸の内で呟くに留めるフェイ。明らかに悪意の確信犯であった。

 「さて、"親愛なる後輩"へのレクチャーも終わったことだし、そろそろ私は行くとするよ。
"城の中ではぐれた仲間"と合流して、魔王を倒しに行かないと」
 「! 僕を殺さない、の?」
 「ああ。安心しな。"四天王の最後のひとり"は、私が倒して消滅したってみんなには言っておくよ。魔族といえど"抵抗する力もない女性"を殺すのは、"勇者"としては、少々いただけないからねぇ」
 ニヤリと笑うフェイだが、無論モーガンとしては感謝する気にはなれない。
 「そうそう。その手枷の鎖もいい加減錆ついてるから、根気良く引っ張ってれば、そのうち千切れるかもしれないよ。まぁ、半日やそこらじゃ無理だろうけど。飢え死にする前に、外れたらいいね。
 それと、魔術を使うのはオススメしないよ。今のアンタの体には精気=魔力がほとんど残ってないから。
 そんな状態で残りの魔力を使い果たしたら……麻薬(クスリ)の切れたジャンキーの如く、男の精をすすることしか考えられない正真正銘の淫乱痴女になっちまうだろうね」

 身を翻し、隠し部屋の扉から出て行きながらフェイは言葉を続ける。
 「ああ、サービスでこの扉は特別に開けたままにしといてあげよう。城のほとんどの者は避難させたけど、下働きの下級魔族くらいはまだ何人か残ってるはずだから、そいつらの誰かが見つけてくれるかもしれないね」
 一見親切に聞こえる申し出だが、無論裏がある。フェイは、助け出されたモーガンが、サキュバスとしての本能に負けて、それらの下級魔族の精を口にすることを期待しているのだ。
 もし衝動に流されてそんなコトをしてしまえば、モーガンは初めて精をもらった者に一生隷属するハメになる。
 かといって、精気吸収(それ)をしなければ、精霊の加護を無くした華奢な少年の剣の腕前程度では、そもそもこの魔界で生き抜くことすら難しかろう。
 汚辱に塗れた性奴として生きるか、痩せ我慢してボロ雑巾のように行き倒れるか。
 どこまでも悪意に満ちたフェイの姦計だった。

 * * * 

 そのあとの事は世間一般に知られている通りだ。
 "勇者フェイ"とその仲間たちは(フェイが魔王の弱点や隠し技なども熟知していたこともあって)、激戦の末に魔王を倒して凱旋し、ロザルス王国を始めとする人間界に「平和」を取り戻した。
 "魔王を討ち倒した勇者"の立場と、魔王軍参謀であった頃の知略を十全に活かして、フェイは巧みにロザルスの宮廷を立ち回り、ついに王女の許婚という地位を手にした。
 明日の婚礼が終われば、間接的にではあるが王位継承権すら手に入るし、そうでなくともオーガスト姫は"勇者様"にメロメロなので、女王として即位した彼女を操ることはたやすいだろう。
 ただし……。
 「まさか生きていたとは……とっくに魔界の片隅で塵芥にまみれて命を散らしていると思ったよ」
 その前にこの過去のしがらみを断ち切る必要があるだろうが。

 『死ねるわけがないだろう! すべてをお前に奪われたままで!!』
 憎悪と憤怒の入り混じった表情に端整な顔を歪めて、フェイに襲いかかるモーガン。
 角と翼を生やしたその姿はまさにサキュバスそのものだ。ややボリュームに欠けるものの、一年前に別れた時と異なり胸元も女らしく膨らみを帯びている。
 もっとも、その点はフェイの方も同様で、この一年のあいだに随分と筋肉質でゴツゴツした身体つきになっているのだが。
 下半身──性器に関しては、元々サキュバスは疑似的男根を生やす術を心得ている(主に女性を相手にする時に使うのだ)ので、"生えた"状態で立場交換したから問題はなかった。
 女体のツボを心得たフェイの性戯で、王女はもちろん、元旅の仲間で現在は王族剣技指南役の地位についている女剣士も骨抜きにしてある。
 さらにはこっそり男色の嗜好を隠し持っていた僧侶(現在は城付きの司祭となっている)も籠絡してあると言うのだから、その悪辣さは、流石元魔軍参謀と言うべきか。
 (唯一、王都に戻って早々に旅に出た女魔法使いだけは落とせなかったんだが……まぁ、貧相な体つきだったから、さして惜しくはないか)
 戦いのさなかに、そこはかとなく失礼なことを考える余裕すら、フェイにはあった。

 ふたりの戦いは一見膠着状態のようにも見えた。
 それは、ある種、1年前の魔界での戦いの再現とも言えた──もっとも、両者が採る戦術そのものはまるっきり逆になってはいたが。
 絶対的な膂力と剣技ではフェイの方に分があり、対してモーガンはその身軽さと飛行状態も含めた3次元的な動きでフェイを翻弄している。
 だが……フェイには勝算があった。
 第一に、戦いが長引けば城の第三者による介入が見込めること、そしてサキュバスは決してスタミナ面で優秀とは言い難いこと。さらに、淫魔が得意とする精神系・暗黒系の魔法に対し、自分は耐性があること、だ。
 あの戦いでフェイが勝てたのは、あくまでモーガンに魅了の視線で一瞬の隙を作って、そこに畳みかけたからだ。当然、自分が同じことをされぬよう十分警戒している。
 だから、その勝利を確実なものとすべく、淫魔化した少年に揺さぶりをかけることにした。

 「ふふふ、それにしても可愛いオッパイだねぇ。まさか、そこまで立派にサキュバスとして成長するとは……」
 嘲るようなフェイの言葉に、モーガンの視線が一層キツくなる。
 「てっきり、キミは淫魔に堕ちるくらいなら死を選ぶと思ってたんだけど。それとも、自害を躊躇っているうちに、城に残された下級魔族達に助けられたのかな?」
 「──黙れ」
 「で、今のキミのマスターはどんな男(オス)なんだい? 年中さかりのついた豚鬼(オーク)かい? それとも、ちっぽけな犬鬼(コボルト)かな? ああ、私が伝令にこき使っていた小鬼(インプ)と言う可能性もあるねぇ」
 ワザと最下級の魔物の名ばかり挙げるフェイ。実際には、もう少し上のオーガやトロール辺りなのかもしれないが、それにしたってこうして淫魔化が進んでいる以上、純真で初心だった元少年勇者が、誰か男の精をすすり、その者に隷属しているコトは確かなのだ。

 しかし、意外なことに少年(今の姿を見るとそう呼んでよいか躊躇われるが)は逆上するでもなく、むしろかえって冷静になったかのように見えた。
 「ああ、そうだな。確かに、我はアレを──男の精を口にした。しかし、我は我だ。たとえこの身が闇の眷属へと堕ちようと、我以外の何者にも従うつもりはない!」
 高らかに宣言するモーガンの言葉に、困惑するフェイ。
 「それは……どういうコト?」
 考えられるケースとしては、マスターとなった男が不慮の事故などで死ねば、その者に隷属していたサキュバスは「一応」自由になれる。
 しかし、一度男の精の味を覚えたサキュバスに、ソレを我慢することなどできようはずもなく、結局は新たな主人を選ぶハメになるのが常だ。

 「あの時は、怒りと恥ずかしさと嫌悪感で狂いそうになったよ。
 ──よもや自分で自分のイチモツを口で慰めるハメになるなんて考えたコトもなかったからな」
 「!!」
 そう、禁断の術でフェイと因果を交換されたモーガンだったが、当時は未だ肉体自体はごく普通の人間の少年のソレだったのだ。
 幸か不幸か誰にも発見されないまま、あの隠し部屋で丸二日近い時間を鎖に繋がれて過ごしたモーガンは、すさまじい渇望と身体の疼きに苛まれながらも、それでもこの窮地を抜けだす方法を考え続けた結果、天啓の如く精気の補給源が身近にあることに気付いたのだ。
 躊躇はほんの一瞬だった。
 後ろ手に繋がれた不自由な姿勢のまま、身体をくの字に折り、M字開脚した自身の下半身に顔を寄せるモーガン。
 熟達した男娼ならあるいは一度くらいは実演させられたことがあるだろう変態的プレイ、いわゆる「セルフフェラチオ」を試みたのだ。
 あの時、否応なしに口にするハメになった、自らの男根と先走り、そして吐き出した白濁液の味を、モーガンは一生忘れることはないだろう。
 涙が出るほど屈辱的で、吐き気がするほど気持ちが悪く──なのに、うっとりするほど甘美だったのだから。

 両目から大粒の涙をこぼしながらも、夢中で自らのソレを舐めすすり──幾度かの絶頂の後、何とかサキュバスとしてまともに活動するに足る精気(=魔力)を摂取したモーガンは、魔術で手枷を壊し、隠し部屋から脱出した。
 本来なら、すぐにでも偽勇者と仲間達の後を追いたかったが、自分のものとは言え精気をすすったせいか、急速にサキュバスとしての"立場"に馴染み始めた少年の身体は、勇者だった頃のような無理が利かなかった。
 焦る気持ちを無理矢理抑えつけ、城塞の私室に残されたフェイの財産──それは、魔道書だったり軍略書だったり、あるいはサキュバス用の武器防具だったりした──を検分する。
 フェイが言い残した通り、意識を集中すれば、「魔王軍四天王のひとりである淫魔の女将軍」の過去を思い出すことができた。もっとも、その行為の裏側に潜む危険性についても、すぐに気付いたので、以後は必要最低限のみ行うようになったのだが。

 モーガンが、ようやく今の自分の身体と闇の魔力の扱い方に慣れた頃、「魔王が勇者に討ち取られた」という噂を耳にすることになる。正確には、城塞に戻って来た元フェイの(そして今はモーガンの)部下である魔族が教えてくれたのだ。
 そして、魔王軍が瓦解し、勇者達が意気揚々と人間界に引き挙げたことも。
 彼らは──当然のことだが──モーガンを「自分達の上司」として扱い、今後の方針を問うてきた。
 「魔王を倒す」という目的を見失い、胸にポッカリ穴が空いたようになったモーガンは、周囲に流されるままに「四天王唯一の生き残り」として魔軍の残党をまとめ、混乱した魔界の治安維持に努めた。
 トップが知将タイプだったせいか、フェイの配下には比較的話のわかる(つまり脳筋ではない)タイプの魔族や魔物が多く、モーガンもさほど苦労することなく、彼らを掌握することができたのは幸運だった。

 こうなっては仕方がない。思うところは多々あるが、「魔王を倒して、人間界を救う」という目的は一応達成されたのだ。冥宮は塞がれたが、幸い人間界からの逆侵攻もないようだし、とり残された自分は魔界(ここ)の平和のために尽力しよう。
 今や「元魔界軍四天王の紅一点」という立場になったモーガンは、そう考え、忙しく行動することで、辛さを忘れようとしたのだ。
 元勇者の身で魔界の平和の為に尽力するというのは色々間違っている気がしないでもなかったが、いざ身近に接するようになると、魔族と言えど決して血も涙もない殺戮マシンではないことを、モーガンは理解するようになっていた。
 そして、立場こそフェイから受け継いだものの、陰謀家でSッ気の強いフェイと比較すると、(多少スレて屈折した部分は生じたにせよ)格段に素直で性格の良いモーガンは、自然と部下達からの人望(魔望?)も篤くなっていった。
 魔王軍崩壊の混乱に乗じたこともあって、わずか半年余りでモーガン配下の勢力は、かつての魔王軍の半分近くに匹敵する勢いにまで成長していた。

 もっとも、モーガンが支配を広げる過程で全てが綺麗事で済んだわけではない。ここは「力こそパワー!」を旨とする魔界なのだ。指揮官と言えど、時には最前線に出て戦う事を強いられることもあった。そして戦うとなると、サキュバスには大量の魔力が必要となるのだ。

 * * * 

 「る、ルビカンテの森の長エルロイが息子、ドンナウ……は、入ります!」
 自軍の総帥(トップ)とも言える人物の寝室に招かれた飛魔(バルログ)族の若者は、カチコチに緊張しているようだった──石のような灰色の肌からは、いまいち表情が読みづらかったが。
 「突然呼び立てして済まぬな、エルロイの次男坊よ。だが、我には汝の助力が必要なのだ」
 先月初陣を迎えたばかりの、人間で言えばまだ少年と呼んでもよいくらいの歳の若者を無駄に委縮されるのは本意ではない。モーガンは、気さくに笑いかけてみせる。
 「い、いえ、夢魔姫様じきじきにお声掛けいただけるとは、光栄であります!」
 上ずったような口調で、しゃんと背筋を伸ばす若者。
 元来それほど相手の表情や心理を読むことに長けているワケではないが、相手が緊張3割、歓喜3割、残りの4割は密かな期待と興奮……といった気持ちを抱いていることは、モーガンにも推察できた。
 おそらくは、誰かに「噂」を聞いたことがあるのだろう──「夢魔姫モーガンは、"初物"を食らうのが好きだ」と。そして、それは(好き嫌いはともかく)客観的に見れば事実でもあった。


 いまの立場──「元・魔軍四天王にして現・魔族統制派(あえて穏健派とは言うまい)の首領である夢魔姫」という立ち位置になってからも、モーガンは普段は吸精行為を行うことを極力避けていた。
 どうしても我慢できない時は、初めての時と同様「セルフサービス」で誤魔化す。
 素人目には「そんなコトしたって差し引き0じゃないの?」思えるかもしれないが、まったく無意味というワケではない。
 中国や日本の仙人・道士が行う「小周天」や「導引術」などと呼ばれる鍛練方法がある。自らの体内の"気"を意識的に動かし、あるいは体外に一度「出して」から再び体内に取り入れることで、"気"の制御や蓄積量、さらに質を鍛えることができるのだ。
 男女が交わりながら行う「房中術」と呼ばれるものも、それをより効率よく行えるように工夫されたものだ。
 モーガンが行っているソレも、純然なる"気"と肉体的エネルギーに転換された"精気"という違いはあれど、結果的には似た効果があり、そのため「彼女」の魔力最大値や質は随分と精錬されつつあった。

 しかし、普段はそれでよいとして、自らも戦場に出るような大きな戦さの前には、「自家発電」だけでは、やはり追いつかない。
 やむなく、自軍の精気に溢れた若者達を「贄」として精気を補給(ブッちゃけるとフェラチオ)するようになっていた。無論、絞り尽くして吸い殺したりはしないが、それでもヤられた相手は数日間寝込むほど衰弱する。
 もっとも、吸われる側からすれば「憧れの姫様」の口に出させてもらえるのだから、むしろご褒美以外の何物でもない。ヤられた相手の大半は、ゲーム風に言うなら「忠誠心アップ」状態になることが多く、それもまたモーガン軍の強さと団結力の秘密だったりする。
 ただ、モーガンが(相手を気遣って)できるだけ恋人や伴侶のいない若い衆を選び、原則的には同じ相手を「贄」にしなかったため、「姫様は初物趣味(チェリーイーター)らしい」という噂も広まりつつあったが……。
(実際、女を知らない童貞の精気は非常に高いポテンシャルを持ってるので、あながち的外れでもない。吸血鬼が処女を好むのと同じ理屈だ)

 そうやって他の牡(おとこ)の精気を飲み下す度に、自分の身体が少しずつサキュバスらしく変貌、いや「成熟」していくことを、モーガンは理屈ではなく本能で理解していた。
 フェイとの一騎打ちから半年あまりが過ぎた頃、両耳の上に小さな角が生え、肩甲骨の上に瘤のような膨らみが生じていることに気付いたとき、モーガンは人間界に戻るという望みを断念した。
 その頃から、(半ば開き直って)精気吸収行為にも積極的になり、口だけでなく後孔も使用(いわゆるアナルセックス)するようになった結果、肉体的な魔族化はより一層進行する。
 いまのモーガンは、仮に「因果交換」の術による周囲の認識の歪曲がなくとも、もはやサキュバス以外の何者にも見えない外見へと変貌していた。

 ……
 …………
 ………………

 「あのぅ、モーガン様?」
 飛魔族の若者におそるおそる声をかけられて、物思いから覚める。
 「──ああ、すまぬ。少々考えごとをしていた。早速で悪いが、こちらへ来て座るがよい」
 勇者としての実力はともかく、素の性格はどちらかと言えば純情内気で性的なことにも奥手だったモーガンだが、さすがに魔軍幹部のサキュバスの立場で半年近く暮らしていれば、良くも悪くも慣れるし、口調も「上の者」的なそれがことさら意識しなくとも出るようになる。
 「は、はい、では、失礼します」
 シュブラ山羊の毛を集めて綿にした布団が敷かれたモーガンのベッドに、若者はぎこちない素振りで腰をオ下ろす。
 すかさずその横に並んで腰かけつつ、若者の体に触れる触れないかの絶妙な距離を保つモーガン。
 「念のため聞いておくが……其方(そなた)、操を立てるべき想い人などはおらぬだろうな?」
 考えようによっては失礼な台詞だが、モーガンは"精"を吸う前に、必ずこの質問を相手に投げかけることにしていた。
 人間からすれば、「魔族が"操"? ワハハ、何の冗談だ?」と笑うかもしれないが、実のところ、多種多彩な魔界の住人の中には、人間と同様かそれ以上に(性的な意味での)貞節を重んじる種族も少なくはないのだ。
 一部の犬狼系獣人や、半数近くの妖精族、あと一部の鬼魔族などがそれに当たる。
 飛魔族は、どちらかと言うと性的禁忌(タブー)は少ない方のはずだが、それでも決して見境無し、というワケでもなかったはずだ。

 「いえッ、オレ…いえ、自分は独り身であり、片思いするような相手もおりません!  強いて言えば……その、モーガンさまが……」
 今度ははっきりわかるくらい灰色の顔に"照れ"の表情を浮かべつつ、もごもごとそんなコトを口走る若者。
 モーガンはクスリ、と微笑った。サキュバスらしい立派な角と翼を備えるようになった「彼女」は、近頃いかにも成熟した年上の女らしい振る舞いが板についてきたのが自分でもわかる──そして、それを見た若い男が憧憬と欲望に胸を焦がすことも。
 「フフフ……嬉しいことを言ってくれるのだな。では、その気持ちに甘えさせてもらおうか」
 モーガンは、若者に寄り添うと右手を彼の服の中にスルリと忍び込ませる。
 「うッ……モーガン様、そこは……」
 「大丈夫、楽にして身を任せなさい」
 かつての「勇者モーガン」であれば、男の下半身……どころか性器を触るのなんて、頼まれてもまっぴら御免だったに違いない。
 が、今のモーガンは「少年勇者」ではなく「艶やかな女淫魔」だ。望んでその立場に立ったわけではないが、最近はこれも存外悪くないと受け入れつつあった。それを「堕落」と呼ぶか「適応」と呼ぶかは、意見が分かれるところだろう。

 そして、サキュバスの立場からすれば、若い男(オス)の性器は、人間が極上の甘い果実を眼前にしたようなものだ。
 うっとりと"匂い"を嗅いで、自然とその"味"を思い浮かべる。堪え性のない並のサキュバスであれば、我を忘れてむしろゃぶりついていてもおかしくない。
 むしろ、未だ冷静さと余裕を(少なくとも表面的には)保っているモーガンの精神力こそ、称賛されるべきであった。

 (──嗚呼、美味しそう……)
 その「彼女」にしても、そんな呟きを心中で漏らしてしまうのは、淫魔という種族の性(さが)からして、致し方ないだろう。
 洋袴(ズボン)の下で、若者のソコが、はち切れんばかりに盛り上がっているのが目でも……指先でも分かった。
 下穿きの中に忍び込んだモーガンの白魚のような繊手が、導かれるようにして、若者のソコを包み込む。
 「く、ぁっ!」
 青年が驚きとも歓喜ともつかない短い叫びを漏らす。
 指先へ触れる、ドクドクと脈打つ彼の"分身"の熱さと固さが、否が応でもモーガンの期待を高めた。
 「フフッ……こんなに固くしよってからに」
 モーガンの指先が、小さな蛇のように這って、若者のソレの形をなぞる。
 「ああッ、モーガン様ッ……お、オレっ!」
 場数を踏んだおかげで、それなりに余裕を装った「彼女」と対照的に、女性経験のない青年魔族は、震えるような声で小さく呻く。
 そして、「悪戯」を仕掛けている側のモーガンにしても、実はそれほど余裕があるワケではなかった。
 (あはっ、そろそろ……味見しちゃってもいいよね♪)
 心の中とは言え、女らしくかつ淫蕩な呟きを漏らしている自分に気づいて密かに苦笑する。
 (男だった頃なら死んでもこんなコトしなかったんだけど……って、今も一応オトコか)
 全体にスレンダーな身体つきとは言え、ウェストがくびれ、ヒップが丸みを帯びた……のみならず、最近はバストも掌ですっぽり包める程度にまで膨らんできている。無論、外形だけでなく、お尻や胸の感度も良好だ(性的な意味で)。
 男根自体は股間に残っているし、排泄孔&性器として機能もしているが、元来サキュバス族にはふたなりの者も多く、そうでなくても疑似男根を生やす術もある。
 そういう周囲の目もあってか、気が付けばごく自然に「女」として振る舞うようになっていた。
 (最近、それも気にならなくなってきたんだよね~)
 自制心が強く意志強固な元来の性格と、楽天的かつ享楽的な夢魔族の傾向が絶妙にブレンドされ、今のモーガンは「聡明で公正な指導者・支配者」としての顔と、「気さくで話のわかる女性」としての貌を自由に切り替えられるようになっていた。
 無論、そんな呑気なコトを言えるのも、「彼女」が実力と美貌を兼ね備えた一軍の統領であり、多くの魔族(もの)から畏敬を受ける立場だからこそ、だ。力無き雌として蹂躙されていれば、さすがにそんな気にはならないだろう。
 その意味では、立場交換された相手が最上級淫魔のフェイであったことは不幸中の幸いと言えた。

 「では、早速だが其方の精気を分けてもらうとしようか」
 立ち上がり、ごく自然な流れで若者を仰向けにベッドに押し倒すと、モーガンは可憐な朱唇を開き、雄々しく屹立してピクピクと震えるソレを──躊躇なく頬張った!
 「うぁっ!」
 頭の上の方から青年の呻き声が聞こえてきたが、あえて無視して、口の中に意識を集中させる。
 (──ああ、美味しいわ。もっと味わいたい……)
 淫魔としての本能に導かれるまま、モーガンは頭を前にずらして、若者の逸物をさらに深く飲み込む。
 「ああッ、モーガン様ぁ!」
 青年の口から漏れる苦悶にも似た快楽の呻きを、今のモーガンは、未熟な弟分を見守る姉のように「微笑ましい」とさえ感じる。
 その一方で、舌先や唇に感じられる逞しい男根の感覚は、「彼女」にとっては、まるで極上の甘味(スイーツ)を口に含んだかのような、心地よい満足感をもたらしていた。

 もっとソレを堪能しようと、モーガンは舌先を動かし、先端からくびれ部分に掛けてを舐めしゃぶる。
 途端に、先程以上に「濃い」精気の感覚が芳醇なチーズのように口の中に広がるのを「彼女」は感じていた。
 さらにその感触を高めようと、わざとピシャピシャ音を立てて咥え込んだ男根に舌を這わせる。それに応えるように男の精気が高まっていくのがわかった。
 チラリと頭上に視線を向けると、そこには生まれて初めて感じる快感の強烈さのあまり、気持ち良さを飛び越えて茫然自失しているような青年の貌があった。

 「くッ……モーガンさま……オレ、も、もう……出ちゃいますぅ」
 男としては少々情けない声を上げる彼を、「ふふっ、かわいらしいコト♪」と慈しむ余裕すら、今のモーガンにはあった。
 「ああ、いいとも。存分に射精(だ)しなさい」
 「年長の女性」としての優越感を存分に感じつつ、そんな青年に射精の許しを与えつつ、頭を激しく動かし、同時に両手を彼の腰へと回してギュッと抱きしめる。
 「うはぁ……で、出るぅーーーーーーーーーッ!」
 悲鳴じみた呻きとともに、若者の陽根が大きく跳ね、モーガンの口中に、どろりとした熱い液体が流れ込んでくる。サキュバスである「彼女」にとって、それは精気(エネルギー)の塊りであり、天上の甘露にも等しい。貪るようにして、次から次へ溢れ出てくる液体を飲み干していった。
 (ふぅ、美味しい……いくら飲んでも飽きないわ……)
 脳裏の呟きを、もはやモーガンは形だけでも否定する気を失っていた。
 ゴキュゴキュと"精"を嚥下する度に、百年寝かせた美酒が五臓六腑に染みわたるような深い満足感が、モーガンの心身を満たしていくのだった。

 「も、申し訳ありません。オレ、いえ自分、このテの事に不慣れで、モーガン様にシてもらうばっかりで……」
 僅かに理性を取り戻したのか、済まなさそうにペコペコ頭を下げる飛魔族の若者。
 「ハハ……気にするでない。我にとっては、其方が出した精液は非常に濃厚で美味であったからな。どうやら言いつけ通り、しばらく禁欲していたようだな」
 「は、はいっ、憧れのモーガンさまにシてもらえると思ったら、オレ、凄く楽しみで……頑張って溜めてました!」
 (クスッ……なんとも嬉しいことを言ってくれる) 
 馬鹿正直な青年の言葉に微笑ましい気分になりつつ、同時に自らの欲望も掻き立てられるモーガン。
 「フム……それでは、まだまだデキるかな? 今度はコチラに「飲ませて」もらおうかと思うのだが」
 今のモーガンは、夢魔族の正装とも言えるピッチリと肢体を覆うボディスーツではなく、桃色の薄絹で作られた扇情的な寝間着(ネグリジェ)を着ている。無論、下着(ショーツ)の類いはつけていない。

 その裾をピラリと持ち上げつつ、上目遣いに若者の顔を覗き込むと、たちまち彼の陽根が先程以上に堅く怒張するのがわかった。
 「ももも、モチロンですッ!!」
 ガバリと起き上がろうとする若者の上半身をいなしつつ、モーガンは巧みに彼を組み敷く。
 「ホホホ……それでは第二ラウンド開始といこうか。何、我慢できなければ、存分に出しても構わぬぞ」
 青年の上にまたがり、屹立するその陽根へと臀部を近づけるモーガン。ピンク色の裳裾(スカート)に隠された後孔が、呼吸でもするかのように、ヒクヒクと蠢いているのが自分でもわかった。
 (嗚呼………欲しい)
 初めて男のモノを受け入れた時の嫌悪と背徳感もどこへやら、すっかり欲望に素直になっている自分の内心の叫びに苦笑しつつも、モーガンは止める気はなかった。
 「もっともっと頂戴。忘れられない初体験にしてあげる……」
 優しく──同時にこの上なく淫らに囁きながら、モーガンは激しく動き始めるのだった。

 * * *

 そんな風に、新たな魔界の実力者として──かつて思い描いていた「幸福」とはまるで異なるとは言え──存外充実した第二の人生を歩み始めたモーガン。そのままであれば、おそらく「彼女」が再びロザルス王国に足を運ぶことはなかっただろう。

 「チッ、そのまま薄暗い魔界の女王を気取っていればよかったものを」
 一騎討ちの合い間にモーガンの身の上話を(無論、艶っぽい部分は抜きで)聞かされたフェイが吐き捨てる。
 「それほどまでに、私に対する憎しみを捨てられなかったのか?」
 問いかけながら、僅かに違和感を感じる。
 (おかしい。そろそろ誰かが戦いの気配に気づいてもよいはずだが)

 「ふむ。そういう気持ちが無かったと言えば嘘になるであろうな。現に、今貴様と顔を合わせた途端、感情の昂りが抑えきれなかったのだから。しかし……」

 ──疾風よ光輝と共に解放されん(ティル・ウェイ)

 モーガンとの会話に気取られていたぶん、その呪文に気づくのが遅れた。
 フェイの背中に白銀に輝く光球が叩きつけられる。
 いかに光属性に強い勇者と言えど、本来は広範囲殲滅呪文である「核撃」の魔術を対個人用に集束してぶつけられては、さすがに軽くないダメージを受ける。
 思わぬ痛みに顔をしかめ、フェイの動きが止まる。
 ふた振りの黒刃を携えたモーガンの前で、それはあまりに大きな隙だった。
 「それ以上に、お前のやろうとしていることが許せなかった」
 淡々と述べるモーガンの左刃が頸動脈を、右の刃が脇腹から心臓にかけてを、ズブリと切り裂く。
 「ガハッ……」
 それだけで、「紛い物の勇者」は呆気なく斃れた。

 「協…力者が……いたのか……」
 かろうじてまだ息はあるようだ。
 「さもなくば、お前が言ったとおり我がこの城に入れるワケがなかろう? ついでに、隠密結界もその者が張ってくれたので、当分誰にも気取られることはないぞ」
 「ったく、勇者を廃業しても、相変わらず人使いが荒いんだから」
 モーガンの背中からひょっこり顔を出したのは、トンガリ帽子に黒ローブという、童話から抜け出して来たような魔女ルック姿の、辺境を放浪しているはずの魔法使いだった。
 「なる…ほど………お主は……私が本物の勇者でないことに……気づいてたのだな」
 「ま~ね。これでも、あたしはコイツがペーペーの冒険者見習だった頃からの知り合いだし」
 そう。他のふたりの仲間と異なり、女魔法使いのジルレインだけは、「勇者になる前のモーガン」を知っているのだ。それ故、彼から"勇者"の立場を奪ったフェイに対する違和感を抱き続けることができた。
 「彼」の変貌の原因が魔界のあの城塞にあると感じた彼女は王都を離れ、少なからぬ苦難の末、別の冥宮から魔界へと渡り、ついには「夢魔姫モーガン」との面会を実現させたのだ。
 その席で、ジルレインは事の真相を知り、対してモーガンは(ジルレインの推測ではあるが)フェイの野心を知る。
 「彼」が本気で王女を愛しているなら、まだいい。だが、王国を私物化したいだけなら……。
 しばし悩んだ後、モーガンはジルレインに再び王都に戻って、改めて情報収集してくれるよう依頼した。
 やがて、数ヵ月にわたる丹念な調査の結果の報告書が、モーガンのもとにもたらされ──その結果が、今宵の襲撃というワケだ。

 「ははっ……ぬかったわ。我ながら、ぶざま、ね。しかし……私が…このまま死ねば……因果交換の術は……解け、な……」
 最期の捨て台詞を言い終える前に、フェイの命が尽きる。
 肉体の構成要素が物質より精気(エネルギー)に偏っているサキュバスは、通常、命を落とすとそのまま身体が溶けるように崩れ去るのだが、フェイの亡き骸はキチンと残った。
 即ちそれは、「彼」がすでに「人間」という立場に完全に固定されていることを意味する。

 ──つまり、同様の事柄はモーガンの方にも当てはまるワケで……。
 「……わかっている。覚悟の上さ」
 ポツリと呟くと、モーガンは背の黒翼を広げて飛び立った。

 満月に照らされて夜空に舞い上がりながら、淫魔族の戦装束に包まれた肢体、その下半身が急速に変化しつつあるのを「彼女」は感じていた。
 腰の奥に子を孕むための器官が生まれ、下腹部にそれに連なる空洞──膣が生じる。小さめの睾丸の付け根と後孔の間にもうひとつ襞に埋もれた"孔"が開き、胎内の洞と合流する。
 今、モーガンは真の意味で両性具有の"夢魔の姫君(サキュバスプリンセス)"となったのだ。

 「わわっ、ちょっと待ちなさいよ!」
 慌てて手にした魔法の杖にまたがって、飛び去る彼女を追いかけるジルレイン。
 ふたつの黒影はそのまま闇夜の中へと消えて行った。

  * * * 

 大陸暦982年七の月朔日、ロザルス国王女の婚約者である勇者フェイは、婚礼の朝、変死体として自室のバルコニーで発見される。
 彼の者の死は、魔王を殺された魔族の報復だったとも、平民出身の彼の台頭を疎む国内勢力の暗殺によるものであったとも言われるが、真偽のほどは定かではない。
 傷心のオーガスト姫はそのまま修道院に出家し、王位は5歳違いの彼女の異母弟であるワイール王子が継ぐこととなった。

 そしてそれからおよそ10年近い歳月が流れた大陸暦991年、魔界を統一した美しき"女王"から、国交樹立を申し出る親書が若き新王のもとに届くことになるのだが……それは、また別の話である。

-劇終-
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No title

理想郷は直りましたがいつもの夏の名物とゼロ魔板でアンチとヘイトが解らない困ったちゃんが暴れてますね^^;;
支援所は静かな感じですかね^^;たぶん夏コミとかでの疲労が回復できてないのかも(自分3日間参加で2回吐いた)www。

Re: No title

返事が遅れて申し訳ないです。
理想郷の騒動は……まだちょっと続いてますね。落ち着くことを望みます。
3日間フルとは……おそれいります。私は2日目の昼、ちょいと覗きに行ったくらいです。

> 理想郷は直りましたがいつもの夏の名物とゼロ魔板でアンチとヘイトが解らない困ったちゃんが暴れてますね> 支援所は静かな感じですかね^^;たぶん夏コミとかでの疲労が回復できてないのかも(自分3日間参加で2回吐いた)www。

No title

あ、こっちにもあがったー、と思っててそのままでしたが、
改めて読んだらあれ...?
元スレの見比べてみたらかなり増えてるよ! Σ とびっくり。

立場交換スレのもそうでしたが、こちらのもワクワクしながら一気読みしてしまいました。

元スレの方ではチョイ役に見えて気になっていた女魔法使い、やっぱり1年の間にいろいろ動いていたんですね。
最後にモーガンの後を追っかけていった彼女との関係がどんなものだったのか、そして、その後どうなったのか、少々気になりました。(今回加筆分で特に、かもしれない)


# 立場交換から離れていってしまう話も含んでいる気がしたので、向こうで感想が書くかどうか迷って、実際書かなかったのは内緒(ゴメンナサイ)

Re: No title

2ちゃんから追いかけていただいている方の存在は大変ありがたいです。

> 元スレの見比べてみたらかなり増えてるよ! Σ とびっくり。
PIXIV版が説明補足&エロ増量で、それを元にHをマイルドにしたものを(全年齢向けに)ココに載せてます──まぁ、実質R指定ですが。

> 最後にモーガンの後を追っかけていった彼女との関係がどんなものだったのか、そして、その後どうなったのか、少々気になりました。(今回加筆分で特に、かもしれない)
それは失礼しました。PIX版には以下の後書きを付けています。

 さて、「その後のお話」ですが……。偽勇者粛清の後、モーガンは「モーガン・フェレース」と名乗って、戦国時代さながらの魔界を幾多の同盟者を得ながら平らげ、魔界初の「女王」となります(これまでの魔王はすべて男性)。その後も、魔界の政治機構と法制度の整備に尽力し、人間界との長期的休戦条約(実質的平和条約)の締結も実現。細々とではありますが、国交らしきものも生まれます。彼女の最大の功績は、魔王の地位を世襲にしなかったこと。後に「十七選帝家」と呼ばれる魔界の有力氏族の合議による指名制とし、以後、長きにわたって魔界はこのモーガン王朝の治めるところとなります。
 また、彼女に憧れて一念発起し、将軍の地位を得るまでに成長したとあるバルログの男性を夫に迎えて、三人の娘(ちなみにサキュバスの産む子は常に女)にも恵まれ、家庭的にもなかなか充実した生涯を送ったようです。なお、長女がフェレース本家を継ぎ、次女と三女は分家を立てました。
 ──ちなみに、某魔女との間にも「夫」として一男一女を設けています。モーガンさん、甲斐性パネェっす! 息子のマーリンは母の師匠のもとに預けられて優秀な賢者として成長。娘のディアドラは、母の跡を継いで冥宮の近くに住む「辺境の魔女」として代々血を繋ぎ、共に人間界と魔界の間に立つ仲介者として重要な役割を担うことになりました。

No title

pixiv版には「その後のお話」がついてましたかー。
ありがとうございます。

作者ツッコミに笑ってしまいましたが、確かにモーガン凄ぇ。
それぞれの子供が活躍しているのも凄いですね(^^;
プロフィール

KCA(嵐山之鬼子)

Author:KCA(嵐山之鬼子)
Pixiv、なろう、カクヨムなど色々書いてます。感想などもらえると大変うれしいです。
mail:kcrcm@tkm.att.ne.jp

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