『契約ノ対価』

 かなり前に支援所に投下したファンタジー系作品。本来は、某「FE」並に各地での戦いの様子を入れて長編化するつもりだったネタなのですが、面白みに欠けるかなと思い、短くまとめました。
 ※ちなみに、主人公たちの「最後の夜の交わり」の描写を入れたX指定版を、PIXIVに投下する予定。いつになるかわかりませんけど(笑)。



契約ノ対価

 「くそッ! その身体は俺のものだ! 返せ!」
 己が胸元くらいまである大きな剣を、よろけつつも振りかぶった可憐な金髪少女が、見かけに似つかわしくない乱暴な口ぶりで、目の前の漆黒の化け物に食ってかかる。
 『ゲッゲッゲッ……ヨイノカ? 汝ノ体ハ、我ガ魔力ニヨッテ最適化サレ、スデニ汝ラ「人」トハ似テモ似ツカヌ姿トナッテオルガ……』
 「くっ……悪魔め」
 『心外ダナ。絶対的逆境ヲ引ックリ返ス奥ノ手トシテ、我ヲ呼ンダノハ汝ラデアロウ?
正当ナル契約ノ対価トシテ、汝カラハコノ肉体ヲ、ソチラノ王女カラハ魂ヲ貰イ受ケタノダ。
オマケニ、さーびすデ行キ場ノナイ汝ノ魂ヲ、空ッポノ王女ノ肉体ニ入レテヤッタト言ウノニ……』
 「人型をした黒い竜」とでも呼ぶべき存在は、意外に人間臭く肩を竦める。
 『ソレニ、我ニトッテハ些細ナコトダガ、汝ラニトッテ、ソノ王女ノ存在ハ、今後モ必要ナノデハナイカ?』
 痛い所を突かれて、沈黙する王女(?)。確かに「ソレ」の言う通り、「彼女」達、王党派にとっては、盟主であり旗頭でもあるリアンナ姫の存在は不可欠だ。
 隣国の口車に乗って王位簒奪を企て、王都を占拠した貴族派との戦いは3:7で王党派が劣勢だった。
 その戦力差を埋めるべく、禁断の「喪われた神」の召喚をリアンナ姫は決意し、護衛の騎士たるアイクひとりを伴に、秘密裏に儀式を執り行ったのだから。

 召喚儀式自体は成功し「喪われた神」の一柱、「姿なきグルゲドゥ」が降臨したまではよかったのだが……その後のやりとりがマズかった。
 『──ヨカロウ。ダガ、我ノ協力ニハ対価ガ必要ダ。汝ラニモ協力シテモラウゾ』
 召喚されたグルケドゥが、声とも念波ともつかないもので意志を伝えて来る。
 「えぇ、もちろんです。わたくしは、全身全霊をかけて、貴方に協力致します!」
 「ひ、姫様! そんな……」
 あまりに潔い──潔過ぎるリアンナの言葉を慌ててアイクは咎めるが、彼女は泊らなかった。
 「いいえ、アイク。わかっているでしょう? このままではわたくし達は勝てない。
 ならば、イセリア王朝の血を引く最後のひとりとして、わたくしは自分にできることをこの魂のすべてと引き換えにしても成し遂げねばなりません」
 「姫様……わかりました。未熟者ではありますが、私も姫様同様、正統イセリアの復権にこの身の全て捧げます!」
 自らの主にして憧れの君であるリアンナ姫の言葉に若き騎士は感動する。
 ──あるいは、この時、彼がそんな感情に流されず、冷静に対処していれば、後々の結果もまた違ったのかもしれない。

 『──話ハマトマッタヨウダナ。デハイクゾ……』
 魔法陣の中に浮かぶ漆黒の竜のような姿をしていたグルゲドゥの姿が揺らぎ、黒い霧のようなものが溢れ出したかと思うと……次の瞬間、ふたりはその霧に包まれ意識を喪った。
 そして、次にアイクが意識を取り戻した時、彼は逞しい騎士とは似ても似つかぬたおやかな肢体──リアンナ姫の身体になっていた、というワケだ。

 『アノ時、汝ラハ言ッタデハナイカ。「全身全霊ヲカケル」「コノ身ノ全テヲ捧ゲル」ト』
 「そ、それは……」
 確かに言った。しかし、それは心構え、覚悟というものだ。
 まさか、本当に霊魂や肉体を取られるとは思わなかったのだ!
 『マア、アキラメヨ。イズレニセヨ、我ガ現世デ「力」ヲ振ルウタメニハ「器」ト「燃料」ガイル』
 おそらくはあの霧状の姿がグルゲドゥの本体なのだろう。確かに不定型なままでは不便だろうから、「器」としてアイクの肉体が選ばれたことは、百歩、いや千歩譲れば理解できなくもない。
 しかし……ならば、「燃料」とは?
 『無論、我ガ神通力ノ源トシテ消費サレル、王女ノ魂ダ』
 (そ、それじゃあ、姫様──リアンナ様は、もう……)
 事態を理解した元騎士である「姫」の、言葉にならない慟哭が石造りの部屋に響きわたった。

 * * * 

 ──忍ぶ恋、だった。
 もとより、一介の平騎士と王家の姫君では身分が違い過ぎる。
 それでも、若手一番のホープと目されていたアイクが騎士団長クラスにまで出世し、またその頃まで第三王女のリアンナが嫁がずにいたら……そして、イセリア王家が健在であったなら、あるいは可能性はあったのかもしれない。
 しかし、王家が斃れ、城から落ち延びたリアンナ王女が唯一の王位継承者となったことで状況は一変する。
 数少ない騎士団の生き残りで、かつ王女直属の護衛騎士として、アイクはリアンナと行動を共にする機会が格段に増えたし、時には不安とプレッシャーに押し潰されそうになる想い人を、抱きしめ、口づけして慰めることも多々あった。
 周囲もふたりの仲にそれとなく気づきつつ、それでも王女の心の支えになるなら、と見て見ないフリをしていたのだ。
 だから、「正統イセリアの復権にこの身の全て捧げる」という言葉に嘘はない。その「正統イセリア」が自分の中では「リアンナ王女」と等号で結ばれるものだとしても。
 それなのに……。

 喪われた最愛の女性を悼む涙が枯れ果てた頃、リアンナ姫……の姿をした騎士アイクは、その剣を杖にゆっくりと立ち上がる。
 火事場の馬鹿力なのか先ほどは振り上げられた愛剣が、今はこんなにも重い。
 (──こんなにもか細い、非力な身で、リアンナ様は……)
 数万の王党派軍とイセリアの国民たちの期待の声に応えて、第一線に立ち続けてきたのだ──反逆者共の手から国を取り戻し、再び平和と安寧を故国にもたらすために。
 そのことを思い知らされた「彼女」の瞳からは、悲哀に代わって決意の色が窺えた。
 「改めて訊く。グルゲドゥよ、我らふたりと貴方の間で誓願契約が結ばれた、と見てよいのだな?」
 『然り。すでに対価は得た。よって、我は、汝らの願い事──国外勢力の追放と、正統イセリア王朝の復興の実現に関して、全力を尽そう』

 そう、アイク──「リアンナ」に告げるとともに、黒竜人形態のグルゲドゥの身体から、再び黒い靄のようなものが噴き出したかと思うと、全身を覆い尽くす。
 「え…う、うそ……お、俺!?」
 数秒後、靄が晴れた時、そこには先程までと変わらぬ姿の「王女の近衛騎士アイク」が立っていた。
 いや、まったく変わらないワケではない。輝く白銀の騎士鎧(スーツ)ではなく、どこか生物的な趣きの黒い鱗状鎧(スケイルメイル)を身に着けているし、目付きや表情もどこか皮肉げに歪んでいる……ような気がする。
 「ぐ、グルゲドゥ、なの、か?」
 恐る恐る聞く「リアンナ」に向かって、「アイク」の姿をした男は傲然と頷く。
 「勿論。この姿の方が、お主の傍にいるには都合がよかろう? まぁ幻術の類いだが、そう簡単に人には見破れぬよ」
 「だ、だが、いくら姿を真似ても、オレの口調や行動は……」
 「──これは、異なことを申されますな、姫様。私が、姫様に心の底から忠誠を捧げ、ひとりの女性としての貴女を全霊をかけて愛する騎士アイク以外の何者だとおっしゃられるのですか?」
 多少キザなきらいはあったが、その口調や仕草は騎士として振る舞う際のアイクそのものだった。
 「え!? どうして……」
 「ふん、肉体に残る記憶を読みとったのだ。新米姫君よ、お主も意識すれば同じことができるはずだぞ」
 「!?」
 そう言われて、無意識に「リアンナ」は自らの内に意識を向け……そして、膨大な記憶の波に一瞬にして翻弄される。

 昨夜、この儀式に臨む決意をした時の想い。
 弱気と恐怖を抑え、盟主として味方を鼓舞する時の虚勢。
 城から落ちのびた時のやるせなさと悲しさ。
 在りし日の城で過ごした幸せな日々……。

 「おいっ! こらっ!!」
 ガクガクと身体を揺さぶられて、リアンナ──いや「リアンナ」の姿をしたアイクは、ようやく意識を取り戻した。
 「い、今のは……」
 「記憶の波濤に飲まれたのさ。魔術の素人にはよくあることだ。危なかったな。意識を取り戻さなければ、そのままお主は「リアンナ姫」そのものに同化していただろうさ」
 そこまで言って、ニヤリと笑う「アイク」。
 「いや……あるいはその方が、これから先のことを考えるなら、幸せだったかもしれんがな。自分を見失い、「リアンナ姫」になりきっていた方がな」

 「クッ……」
 男の手から身をもぎ離して少し距離を取り、自らの肩を抱く「リアンナ」。
 「彼女」は意識していないかもしれないが、そこには先程までは見られなかった「女」としての艶めいた仕草が見てとれた。
 確かに、先程の記憶は「彼」だった「彼女」に少なからぬ影響を与えているのだ。
 「そう怖い顔をするな。我は、少なくともお主から求めぬ限り、無理に男女の仲を迫ったりせぬよ。それより……姫様、そろそろ砦に戻られた方がよろしいのではないでしょうか?」
 カッチリとした、下手したらアイク本人より礼にかなった仕草で、「リアンナ」の前で片膝をつき、頭を垂れる「アイク」。
 「! …………そう、ですね。目的を果たした以上、長居は無用です。帰りましょう、「アイク」」
 事情を知るふたりにとってはこの上ない茶番だ。しかし、その茶番が、これからは必要になるのだ。

 * * * 

 王党派軍に戻ったふたりは、意外なことにそれまでと殆ど変りのない態度を周囲に示した。
 すなわち、「リアンナ姫」は王党派の盟主にして旗頭にふさわしい威厳と周囲への心遣いを示し、「アイク」は王女直属の騎士として、王党派軍の戦力の要として活躍したのだ。
 無論、一部の侍女たちなど人間関係に敏感な連中の仲には、ふたりの関係がどこかよそよそしくなったと噂する向きもあったが、少なくとも表面上は「リアンナ」は「騎士アイク」に絶大な信頼を寄せ、「アイク」も「リアンナ王女」に忠誠を尽くしているように見えた。

 ただ、それまでと明確に異なる面がなかったわけでもない。
 「アイク」は、以前と違い王女のそばを離れて、王党派の作戦に積極的に従事することが多くなった。そして、さすがは正体が古えの神だけあって、参加した作戦のほぼすべてを、人間離れした武技と深遠なる智謀で成功に導いた。
 「リアンナ」もまた、白銀の胸甲と白い羽付き兜をまとった戦乙女を模した格好で、自ら戦場に立つようになった。さすがに最前線で斬り込むような真似はしないものの、戦場におけるそのカリスマと指揮能力は王党派の戦意と戦力を大いに高めることとなる。

 程なく、ふたりの活躍によって、かつて3:7で不利だった戦況は、6:4で有利な状況にまで巻き返される。もともと市民を中心に貴族派に不満を抱く層は潜在的に多かったため、戦局は一気に王党派側に傾くことになった。

 そして、「契約」の夜からちょうど1年後。ついに王党派は王宮と王都の奪還に成功し、貴族派の首魁のインゲボルク侯爵を討って、事実上の勝利を収めることとなった。
 いまだ各地に貴族派の残党が潜んでいるものの、「リアンナ」が王位に就いて、それに対処していけば、国内は安定する方向へと向かうことだろう。

 即位式の前夜、リアンナとなった元アイクは、薄い夜着姿のまま自室のバルコニーに出て星空を複雑な表情で眺めていた。
 (とうとう此処まで来た。明日、わたくしが女王の座に即位すれば、イセリアの内乱はひとまず終結し、戦乱の世に終止符を打つことが出来るはず。
 これで、姫様の望んだ「平和」と「イセリア王家の復権」は果たされるでしょう……)
 この一年間ほぼ常時「リアンナ王女」として行動し、また王女の記憶の少なからぬ部分を受け継ぐことになったアイクは、立ち居振る舞いは元より、すでに心の中の呟きまでも、その外見に相応しいものへと変化していた。
 「けれど……あの方は還って来ない……」
 自然と涙があふれてくる。どうもこの体になって以来涙腺が緩くなったようだ。

 十六夜の月を仰ぎながら、静かに涙をこぼす「リアン」の体に、背後からそっとナイトガウンが掛けられる。
 振り向くまでもなく、そこにいるのが誰だか「リアンナ」にはわかっていた。そもそもこんな夜中に、王女の私室に出入りできる者は限られている。
 「アイク……」
 かつての自分の名で彼に呼びかけることにも、既に慣れた。
 振り返ると、やはり王国軍筆頭騎士にして近衛隊長である男が、どこか困ったような気遣うような表情で立ってた。
 「──そんな格好で外にいては体が冷えますよ、王女殿下」
 「ええ、少し浅慮でしたね。気をつけます……何かあったのですか?」
 「いえ、特別に変事があったわけではないのですが……」
 常に自信たっぷりで余裕を崩さないこの男──正確には旧き神──にしては珍しく、奥歯にものがはさまったようなもの言いだった。

 「アイク」は彼女の傍らに並ぶと、夜空を見上げる。
 「──明日、汝はリアンナとして女王の座に就く」
 唐突に「騎士アイク」ではなく、本来の口調で彼は語りかける。
 「これで、1年前の「契約」は大方果たされたと見なしてよいだろう」
 「……はい。貴方には、本当に感謝しております」
 1年前、王女の魂と自分の肉体を奪われた時は激しく恨んだ。
 今でも、そのことを気にしていないと言えば、正直嘘になるだろう。
 けれど、この一年間身近に行動を共にして、「姿なきグルゲドゥ」と呼ばれる彼の、美点や長所、そして人間的な部分についても、かつてアイクであった彼女は十二分に知ってしまった。

 「喪われた神」は決して万能にして無敵の超越者ではない。そもそも、そうであるなら、神官達が奉じる現在の「新しき神」達にその座を追われることもなかったろう。
 彼らは、人間達よりほんの一段階だけ高い階梯にある精神生命体であり、人の真摯な「願い」を契機に、「何か」を代償としてその願いを叶えてくれる──それだけなのだ。
 そしてその「何か」が召喚者の「大事なもの」、とくに肉体や魂に関連することが多いのも、無理はない。
 彼らは現世への干渉力の大半を喪っているし、彼らの元へ届く程の「祈り」は、大きな力を要する事が殆どなのだから。

 忙しい王女としての執務の合い間をぬって古書を読み返し、あるいは本人と会話することで、彼女はその事を理解するようになっていた。
 その意味で、不可能にも近いと思っていた「王女の願い事」を僅か一年で叶えてくれた彼には、いくら感謝してもしきれないだろう。

 「ひとつ聞いてもよいでしょうか。どうして貴方は、蛇竜グルゲドゥとしての神通力を殆どふるわなかったのですか?」
 「アイク」の姿になって以来、今日に至るまで、彼はあくまで「騎士」としての範疇でその力を周囲に示して来た。
 無論、「鬼神の如し」とか「一騎当千」と呼ばれるにふさわしい働きは示していたが、それだって「英雄」とか「勇者」と呼ばれる範疇の代物だ。
 1度だけ、どうしても詰んだ状況を打破するために彼が天候を変えるところを見たから、「アイク」の姿だと神通力が使えないというわけでもないだろう。
 「──その答えは、聡明なお主ならわかっているのではないかな? そして、また、それこそが、王女から魂を、お主から肉体を「代償」に貰い受けたことの答えでもある」
 「……はい」

 仮に彼がグルゲドゥとしての力を全面的に発揮していれば、もっと早く王都奪還を果たすことはできたかもしれない。
 しかし、そうなれば当然、彼らが半ば邪神扱いされている「喪われた神」に頼ったことは明るみに出るだろうし、「人外の力」に頼って敵を打ち倒しても、味方にも少なからぬ恐怖を刻むことになる。
 それでは、王位を取り戻しても禍根が残ることとなるだろう。

 そして、あくまで「人」の範囲で力を振るうには、「王女」の立場では駄目なのだ。
 たとえば、あの時、彼がアイクの魂とリアンナの肉体を「代償」に選んだとしよう。
 「王女」の役柄をグルゲドゥが演じることは十分可能ではあったろうが、立場上、やはり現在の「英雄アイク」ほど積極的に前線に出張ることはできない。
 また、リアンナの魂を押し込めたアイクの体も、その騎士としての剣技を使えるとは言え、本来の主以上の働きをさせることは叶うまい。

 そう考えると──当人達の感情的な部分を度外視すれば──あの時の選択は、最良に近かったことを、今の彼女は理解できた。

 「──契約を果たした以上、我はそろそろ此処を去ろうかと思う」
 「! そう、ですか……」
 彼の言葉に、彼女は少なからずショックを受けた。
 「英雄」が突然姿を消すのはマズいという打算からではない。そんなものは「地方巡視に出た」とか何とかいくらでも誤魔化しは効く。もっと感情的なものだ。
 一年間、自分を支えてくれた「相棒」がいなくなるという寂しさ。
 さらに、もっと言うなら、彼が消えれば、「彼女が本当のリアンナ姫ではない」ことを知る者が、彼女自身以外にいなくなるという恐怖も少なからず存在した。
 今ではリアンナ王女としての立場に自分でもすっかり馴染んだ感のある彼女だが、それでも自分がアイクであったことは忘れていないし、失われた王女のことも覚えている。
 だが、傍らにそれを思い出させる彼がいなくなったら?
 自分は日常に流されて、本来の姿や過去も、本物の姫のことすらも、曖昧に忘れ去ってしまうのではないだろうか?
 そんなことはない、と一笑に付してしまえない面があった。それでは哀し過ぎる。
 しかし、彼を引きとめられないだろうこともまた、わかっていた。

 「それで、その挨拶に来られたのですか? ああ、それとも、もしかして、最後の思い出にわたくしと一夜を過ごそうと?」
 実は、よんどころない事情があって、「リアンナ」は既に2度ほど「アイク」に抱かれている。
 一度目は例の天候変化を起こした時。二度目は彼が致命傷に近い負傷を負った時。
 いずれも倒れた彼に、回復には大量の精気が必要だと言われたのだ。
 無論、適当な侍女などを選んであてがうということもできた(実際彼はそのつもりだった)のだが、何故かそれに強い抵抗感のあった「リアンナ」が自ら申し出たのだ。
 (王党派の英雄が漁色家だと噂がたっては不都合ですしね。それに、万が一、彼の正体がバレたらコトですし……)
 自分の中でやや強引な言い訳をして、彼女は彼の手に身を委ねた。
 あるいは、それは独占欲から来るものだったのかもしれない。
 「アイクの相手はリアンナ姫であってほしい」と言う子どもじみた願望。
 さすがに「初めて」だとは思わなかった(そこまでは記憶を探っていなかったらしい)のか、少なからず驚く彼を制して、痛みを堪えつつ彼女がその純潔を彼に捧げたことで、その願いは──形式的には──果たされることとなった。
 (そう言えば、あの辺りから、何となく彼が優しくなったような気がしますね)
 心の中でクスリと笑う「リアンナ」。
 二度目の時は、彼が今にも死にそうに見えたため、必死で彼に騎乗位で跨るハメになったのだが、それもまたよい思い出だろう。
 
 「そういうワケでは……(いや、待てよ。そうすればもしかして)……気が変わった。
 お主に異論がなければ、そうさせてもらおう」
 「……はい」
 微かに頬を染める彼女の肩を抱き寄せて唇を重ねる。王女の口腔内に忍び込んだ彼の舌が、彼女のそれとクチュクチュと絡みあった。
 やがて、情熱的な口づけの余韻でクタリと力の抜けた王女の身体を、彼は軽々と抱き上げると、部屋に入って寝台の上にソッと下ろす。
 永い一夜の始まりだった。

 * * * 

 翌日。あの戦いを共に生き延びた重臣達、そして「騎士アイク」が見守る中、「リアンナ」はイセリア王国の女王の座に即位した。
 新女王が天台から姿を見せると、王宮前に集った国民達は口々に祝福の声をあげる。
 そんな中で、リアンナはその女王としての最初の布告を不意打ちで行った。王党派逆転の要となった英雄アイクと結婚することを発表したのだ。
 新女王の配偶者に関しては色々思惑があった重臣勢だが、衆人環視の中でこうまで堂々と宣言されてしまっては覆すことは難しい。アイクは平民層にも非常に人気は高いのだ。
 また、家格的にも高いとは言えないが歴とした貴族であり、一応王家との婚姻が不可能と言うほどでもないため、結果的にこの婚儀は実現に向けて動き出すこととなった。

 そして……。
 「まさか、貴方に再び会えるとは思ってませんでしたよ、アイク」
 「ええ、わたくしもです、リアンナ様」
 そう、今アイクの姿をしている人物を動かしているのは、リアンナの魂なのだ。

 あの夜、三度目の交わりが一段落したところで、彼──「姿なきグルゲドゥ」と呼ばれしものは、彼女に、自らの中で未だ「リアンナの魂」が消滅せずに残っていることを告げた。
 そして、自分が「去った」後は、元リアンナだった魂がこの体を動かすことが出来ることも。
 「そ、それは本当ですか!?」
 「ああ。おおっぴらに神通力を使わなかったことが幸いしたな。
 もっとも、残ってるとは言え、本来と比べて随分と小さくなってしまった分、この体の記憶で補わないといけないし、寿命も随分残り少ない。1年2年とは言わないが、数年──おそらく十年はもたないだろう。それでもよいか?」
 「勿論です!」
 かくして、アイクは最愛の姫であるリアンナと──その姿を取り換えてではあるが──再会することができたのだ。
 グルゲドゥの言う通り、リアンナの魂は、だいぶ本来のアイクと混じってしまってはいたが、それを言うならアイクとて半ばリアンナになりきりつつある。
 むしろ今後のことを考えれば、互いに外見にふさわしい振る舞いができる分、好都合だった。

 * * * 

 その後、イセリア王国は強く気高い女王リアンナの統治のもと、再び往時の繁栄を取り戻した。
 女王と王配であり近衛隊長でもあるアイクとの仲は非常に睦まじく、あれぞ比翼の鳥よ、と国内外から称えられることとなる。
 英雄アイク自身も、その武威に見合わぬ穏やかで知的な人柄で数多の人々から慕われたが、不運にも結婚十周年の祝いを目前にして不治の病に斃れて帰らぬ身となり、その早逝を惜しまれた。
 不幸中の幸いと言うべきか、女王との間には一男一女を設けていたため、将来の世継ぎに関する不安はない。
 ちなみに、長男に恩人(恩神?)からとって「グルド」と名付けたのは、お約束と言うべきか……。
 いまだ若くして寡婦となったリアンナは、その後、独身を貫き、長男である王太子の成人を契機に、王位を譲って引退。以後、離宮で悠々自適の暮らしを紡ぐこととなった……と、「イセリア年代記」は伝えている。

-終わり-
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