『要12歳、職業・女子高生』[転の部]

そして「要12歳」の第3部。4部も明け方までに投下予定です。


要12歳、職業・女子高生』[転の部]

その7/モーニングタイム

 ──ピピピピッ、ピピピ……カチッ!

 9月2日の朝7時。
 星河丘学園女子寮「桜丘寮」の一室で、軽快に鳴り始めた目覚まし時計は3秒後に、その部屋の主の手によってアラームを止められることとなった。
 「んーーーもぅ、7時、なんだ……ほわぁ~~あ」
 眠だげな声を漏らしつつ、ベッド中でモゾモゾと身じろぎする少女だったが、程なくパパッと掛け布団を跳ね上げて勢いよくベッドの上に半身を起こす。
 この「少女」の名前は、今年、星河丘学園高等部に入学したばかりの一年生「早川美幸」……というのは仮初の姿で、じつはその従弟の小学生、浅倉要少年であることは、皆さんも既にご存じであろう。
 とある旧家の家宝──「鳥魚相換図」の不思議な力によって、現在本人同士以外の他人の目には、要は美幸に、美幸は要にしか、見えなくなっているのだ。
 もっとも、ピンクのナイティ(無論、本物の美幸の持ち物だ)を着て、眠そうに目をこすっているミユキ(要)の姿は、線が細く未だ第二次性徴が訪れていないこともあいまって、客観的にもショートカットでボーイッシュな女の子にしか見えなかったが。
 昨日の朝は、緊張していたことの反動かグッスリ寝こけてしまい、時間ギリギリになって隣室の奈津実に起こされたのだが、今朝は目ざましをかけた甲斐もあって、ちゃんといつもの時間に起きられたようだ。
 「んしょっ、と」
 眠気を払い飛ばすようにブンブンと頭を振ってから、ミユキはベッドからカーペットの上に降り立つ。
 「ホントならジョギングとかしたいところだけど……」
 少年サッカーFCに所属する要少年は毎朝2キロのジョギングをしているのだが、さすがに、ミユキとしてこの学校にいる以上、いきなりそれはマズいだろう。
 「じゃあ、部屋の中でストレッチと柔軟でもやっておこうかな」
 あまりドタバタするのも周囲に迷惑だろうし、用具もないのでそれくらいしかできなさそうだ。
 サッカーに限らず、身体をスムーズに動かすためには、関節や筋肉の柔軟性は必須事項だ。
 スポーツ少年のハシクレ(まぁ、今は「少女」にしか見えないワケだが)として、ミユキもそういった基礎的なトレーニングの重要性は、一応理解している。
 だから、4年生の頃まで通っていた体操教室でコーチに教わったストレッチと柔軟運動を久々にやってみたのだが……2年間のブランクがあっても身体は覚えているようで、気持ちよく動くことができた。
 ──もっとも、もし他の人間が今のミユキの様子を見たら、「はしたない」と顔をしかめるか、あるいはスケベ心全開で邪な視線を向けたことだろう。
 なにせ、今、ミユキが着ているのは、ダボッとしたロングTシャツのようなナイティ1枚(+ショーツ)なのだ。
 やや幼い体つきとは言え16歳の少女(にしか見えない人物)が、屈伸程度ならともかく、時には大股開きで、床の上でアクロバティックな姿勢を次々披露しているのだ。当然、しばしばナイティがめくれ上がって、パンチラどころかパンモロと言って良い状態だった。
 傍らに同世代の男の子がいたら、正直襲われても文句が言えないだろう。
 無論、小学6年生の少年に、そういう「女の子としての恥じらい」を持てと言うのも無茶な話であろうが。

 ひととおり身体を動かして満足したのか、ミユキは汗を吸ったナイティを脱ぎ棄てると、ユニットトイレ横に備え付けの簡易シャワーで軽く汗を流す。
 「本物」の美幸なら、たぶん寝汗の類もあまり気にせず、平気でそのまま制服に着替えたろうから、このあたりは、きれい好きかつ風呂好きなミユキならではの行動だろう。
 無論、脱いだナイティも、「本物」のように脱ぎ散らかしたりせず、ちゃんとランドリーボックスに入れてある。一昨日からの洗濯物とまとめて、夜にでも寮のランドリールームで洗うつもりだった。
 「ふぅ。やっぱり、汗かいたときはシャワーだよね」
 小ざっぱりした顔でシャワースペースから出て来るミユキ。なにげに女の子っぽく、胸元にタオルを巻いてたりするが、コレは早川家にいた間に母親(本来は伯母)から躾られた御蔭だ。
 ミユキとしても、「女の人の湯上がりは、タオルを巻いて胸元からお尻まで隠す」というイメージがあったので、現状では素直に従っている。

 「えーと、今日の下着は……コレでいっか」
 ミユキは、タンスの引き出しから可愛らしくレースで縁取られたミントグリーンのショーツとブラジャーのセットを取り出して、ベッドの上に並べた。
 胸元のタオルを外し、もう一度身体をよく拭いてから、まずはショーツに足を通す。
 元々要はブリーフ派だったこともあり、女物のパンツを履いてもさして違和感はない。むしろ、薄くて頼りないが、柔らかいシルクの布地が素肌にピタリと貼りつく感触は、口には出さないものの密かに気に入っていたりする。
 女性にはないはずの突起物については、奈津実の意見により、股の下に後ろ向きに寝かせて絆創膏テープで固定することで、外見的な不自然さをなくしてある。
 第二次性徴前ということもあって決して大きいとは言えないミユキのナニも、さすがにそうやって押さえつけると多少は窮屈なのだが、昨日一日でだいぶ慣れた。
 「それに、そうやっておけば、おトイレも座ってしかできないから、便座を上げっぱなしにして怪しまれることがないでしょ」
 と言う奈津実の意見ももっともなので、ミユキとしても頷くしかなかった。
 股間を調整し、キチンとショーツを腰まで上げてから、今度はブラジャーに腕を通す。
 実はミユキは、身体が柔らかいこともあって、一昨日奈津実に教わったような先に前でホックを留めるやり方をしなくても、最初から背中で留める事が楽々可能だったりする。
 ただし、脇腹の肉をかき集めてカップに入れる点だけは踏襲している。ソレさえしておけば、まがりなりにもミユキの胸にも僅かに膨らみがあるように見えるのだ。
 「お姉ちゃんは「貧乳はステータスだ!」とか言ってたけど、流石に限度があるよねぇ」
 胸元を見下ろし、ブラジャーによる補整効果で、ごく僅かに「谷間らしきもの」が出来ているのを見ると、誇らしいような情けないような奇妙な感慨が脳裏に湧き上がって来たが、深く追求するのはコワいので、ミユキはそれ以上考えないことにした。

 「それにしても、たった二日間で、すっかり慣れちゃったなぁ」
 男物とは逆サイドに着いているブラウスのボタンを留めながら、ミユキは苦笑する。
 まぁ、下着(ショーツ)自体は、早川家にいた一週間のウチに既に馴染んでいたし、ブラジャーも想像していたほど窮屈な代物ではなかったのは幸いだった。
 もっとも、胸の大きな女性にとっては逆に、ブラとは「窮屈だがないと困る」モノらしいと、奈津実から聞かされた。幸か不幸か奈津実も平均よりは小さめなので、人づての伝聞らしいが。
 スカートの股下がスースーする感覚には、さすがにまだ慣れないが、夏の暑気が多分に残っている気候のおかげか、むしろズボンより涼しくて快適な感じがする。
 (でも、冬場はこの短さだとさすがに寒そうだなぁ)
 制服のスカートのジッパーを上げながら、ハイソックスとスカートの間で完全に露出している膝小僧を見て、ミユキは呑気にそんなコトを考えていた。
 星河丘の女子制服は、数タイプ用意されたモノから生徒自身が自由に選んで組み合わせるようになっており、そのコト自体、学園の人気につながっている。
 早川美幸が選んだのは、一番スタンダードなブレザータイプのようだ。もっとも、まだ夏服の期間なのでブレザー自体は着ず、半袖の白ブラウスと臙脂色のタータンチェックのプリーツスカート&薄手のサマーベストという組み合わせだが。

 ──コン、コン
 「おっはよーー! ミユキちゃ~ん、起きてますかぁ?」
 ノックの音とともに、奈津実の声が聞こえてくる。
 「おはよう、奈津実さん。今着替えてるところ……あ、鍵開いてるから入ってもらえる?」
 「いいよ~、それじゃあ失礼しまぁす!」
 部屋に入って来た奈津実に、ミユキは恥ずかしそうにリボンタイを渡す。
 「その、まだタイが巧く結べなくって……」
 「あらら……まぁ、慣れてない人には難しいか。今日はやってあげるけど、ミユキちゃんも、ちゃんと覚えてね」
 と、ドレッサーに向かい、後ろから抱きかかえるように腕をまわされ、リボンタイを結んでもらうミユキ。
 普通こんな風に年上の女性と接近・接触したら、純情少年の要なら真っ赤になって照れるトコロだが、この二日間で多少は免疫ができたのか、とくに慌てることもなく、鏡の中の奈津実の指の動きを真剣に注目してる。
 「はい、こんな感じかな。わかった?」
 「う、うん、多分……」
 そう答えつつ、あとでコッソリ練習しようと考えている、真面目なミユキ。
 そのまま鏡に向かい、ブラシを通して髪型を整えてから、ミユキは奈津実と共に1階の食堂へと向かった。

 「おはようございます、長谷部さん、早川さん」
 「あ、ムッちゃん、はよ~ん」
 「おはよう……えっと、西脇さん」
 ふたりに挨拶してきた娘はクラスメイトのひとりだった。ミユキは多少つっかえながらも、かろうじて名前を思い出し、挨拶を返す。
 そのままの流れで、三人は一緒にテーブルに座って朝食を摂る。
 あまり時間に余裕がない朝でも、他愛のない雑談を交わしながら食べてるあたり、いかにも女子寮と言うイメージ通りだ。
 多少はココの雰囲気に慣れてきたのか、ミユキも時々口を挟む程度は出来るようになっていた。
 ……と言うか、それくらいできないと、女子の会話ではかえって浮いてしまうのだ。幼いながらも聡明なミユキは、そういう空気を読める子だった。
 本物の美幸にとっては、そういう普通のガールズトークは「ウザい」だけかもしれないが、「女子高生初心者」なミユキにとっては、色々興味深い話も聞けることだし。
 「それにしても……早川さん、夏前とはちょっと雰囲気が変わりましたね。前より明るくなりました」
 「!」
 だからだろうか。西脇睦美がそんなコトを言って来たのは。
 「にはは、ムッちゃん、夏は女を変える魔性の季節なのだよん」
 一瞬言葉に詰まったミユキを、奈津実が巧みにフォローしてくれる。
 「おや、その割には長谷部さんには何ら変化が見られないようですが……」
 「にゃにぃ! 西脇くん、この5ミリ成長したバストと、小麦色に焼けた肌を見たまえ」
 「でもウエストは1センチ、体重は3キロ程増えたんじゃないですか?」
 「あぅち! どーしてそのコトを!?」
 ふたりがコントモドキを繰り広げるあいだにミユキは考えまとめ、思い切って言葉を紡ぐ。
 「うん……確かに、ちょっと変わったかもね。西脇さん、こんなボ…私はヘンかな?」
 奈津実とのじゃれ合いを中断して、睦美は僅かに真剣な表情になったものの、すぐにニッコリ微笑んだ。
 「──いいえ、むしろ好ましいコトだと思いますわ。
 それと、以前にも言ったような気しますけど、わたくしのことは、よかったら苗字ではなく名前で呼んでくださいな」
 「うん、よろしくね、睦美さん。じゃあ、私のこともミユキでいいよ」
 気がついたら、ミユキは自然にそんな風に返していた。

 こうして、「早川ミユキ」に、この学園に来てふたりめの友達が出来たのだった。

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その8/ハイスクールラプソディ

 奈津実や新しく友人になった睦美とともに朝食を食べ終えたミユキは、食事後、ふたりと雑談を交わしながら寮の洗面スペースに同行した。
 男なら食後にそのままカバン持って登校するのが普通だろうが、女の子の場合はそうもいかない。
 ふたりの友人の見よう見真似で、ミユキも身だしなみを整える──と言っても、歯磨きして軽く口をすすぎ、制服のポケットから取り出した薄い色のリップを引き直し、髪が跳ねていないか確認するくらいのものだが。
 幸いにして、本物の美幸と大差ないショートカットのミユキは、髪に手間をかける労力を大幅に節約できるのがありがたかった。
 2、3度身体を左右に捻って、特におかしいところがないコトを確認してから、自室に戻る。
 学生寮は学園のすぐそばにあるとは言え、それでも5分くらいはかかるから、すでにあまり時間的余裕はない。昨日のうちに用意しておいた学生カバンを手に、ミユキは足早に部屋を出た。
 「お、来たね、みゆみゆ。じゃ、ちょっと急ごうか。ムッちゃんも一緒に行くって、玄関で待ってるはずだから」
 「そうで…そうだね。睦美さんを待たせちゃ悪いし」
 「廊下を走るな」という寮則に違反しない程度に、ふたりは足を速める。

 そんな朝の慌ただしさに紛れて、ミユキも、事情を知っているはずの奈津実も、些細な違和感を見過ごしてしまったのだ。
 どうしてミユキのポケットにリップが入っていたのか──いや、仮に入れたのは本物の美幸だとしても、どうしてそのコトをミユキが当り前のように知っていたのか。
 さらに言うなら、「彼女」が何の違和感もなく平然とソレを使い、唇を彩ったことも奇妙と言えば奇妙なコトだ。
 純情少年な要なら、たとえ従姉とは言え女の人と間接キスするというコトに動揺しないはずがないし、それがなくとも今まで一度もリップクリームなんて塗ったことがないはずなのだから。
 本人が知らない間に微細な部分で「浸食」は始まっているのだが、未だソレに気づく者はいなかった。

 「……で、「初めての高校生活」の感想は?」
 昼休みになって、学食の購買でサンドイッチとジュースを買い、ふたりで中庭のベンチに腰かけて食べながら、奈津実が小声でミユキに聞いてきた。
 「どうって言われても……よくわかんないからノートとるだけで精いっぱいだよ」
 眉をハの字にして、困ったように言うミユキの答えに、「それもそうか」と頷きかけて、奈津実はあるコトを思い出す。
 「ところで、浅倉要くんは学校の勉強は得意なほうなのかにゃ?」
 「うーーーん、そんなに悪くはないけど……でも、クラスで一番とかそういうレベルじゃないよ? あくまで、「平均よりは上」って程度かな」
 「それにしては、数学の時間、先生に当てられても、普通に答えてたじゃん。しかも正解だし」
 「うん、算数は得意なんだ。もう止めちゃったけど、去年まで公●式に通ってたから」
 「Kまでいったよ~」と本人はのんきなコトを言っているが、実はK教材の内容はほぼ中学3年クラスである。●文式では珍しくないケースとは言え、ちょっとした秀才レベルだ。
 「国語は? 小学生には結構難しい漢字もあるんじゃない?」
 「え、そうかなぁ。新聞にないような難しい字とかは出てこなかったと思うけど」
 両親の薫陶の賜物か、この子は12歳にしてふだんから新聞を読んでいるらしい。実家にいた頃はテレビ欄と三面記事くらいしか目を通さなかった奈津実としては、耳が痛い話だ。
 「うわ~、ミユキちゃんに勉強教えてあげようかと思ったけど、必要なかったかな」
 「ううん、そんなコトないよ。国語とかさん…数学はともかく、全然習ってない事柄はサッパリだし」
 確かに、理科や社会などの暗記系科目は絶対的に知識量が足りていないだろう。
 「よし、それじゃあ、一番問題ありそうな英語から、おねーさんが教えて進ぜよう!」
 「Thank you Miss. But,Please teach gently.
(ありがとうございます。でも、お手柔らかにお願いしますね)」
 いくらかたどたどしいものの、十分に英語とわかる言葉がミユキの口から発せられる。
 「……もしかして、それも公●式?」
 「うん。簡単な日常会話くらいだけど」
 「何、このチート小学生、こわい」
 ひょっとして、全教科赤点スレスレの本物の美幸より、いい点取れるんじゃないか……と、心配するのが馬鹿らしくなってきた奈津実だった。

 昼休みが終わり、午後一の5時間目の授業は体育だった。
 もちろんミユキも、体操着を持って奈津実や睦美と一緒に女子更衣室に移動する。
 (キタっ! 男の娘潜入モノのお約束と言えば、「女子更衣室」!! コレでモジモジと恥じらうミユキちゃんが見れるはず!)
 と、密かにワクテカしていた奈津実の妄想は、睦美や周囲の女の子たちと気軽に会話しながら着替えるミユキの姿にアッサリ打ち砕かれた。
 「あれ、どうかした、奈津実さん?」
 更衣室の隅で、orzな姿勢で打ちひしがれる奈津実を見つけて声をかけるミユキ。
 「み、ミユキちゃん、平気、なの?」
 「?? 何が?」
 「なにって、女子のき……」
 「着替え」と言いかけて、奈津実も自分の愚かさに気づく。
 昨日そして一昨日とミユキは自分と一緒に女子寮のお風呂に入っているのだ。無論、たった二日程度では完全に慣れたとは言えないが、それでも女の子の裸に過剰に反応するようなコトはなくなっている。
 そんな状態のミユキが、いまさら「下着姿になる程度の着替え」でオタオタするワケがないではないか。
 「(そりゃそうだにゃ~)う、ううん、何でもないよん」
 こっそりミユキのウブな反応を期待していた奈津実としては残念だが、本人のコトを考えれば不審を抱かれてバレる懸念材料が減ったのだから、喜ばしいコトだろう。
 「??? ヘンな奈津実さん……」
 狐につままれたような顔で首を傾げながら、ミユキはタイをほどいてブラウスを脱ぎ、袖口と襟もとにエンジ色の縁取りが入った半袖の体操服をかぶる。
 周囲を見て学習したのか、スカートのまま紺色のブルマに足を通し、腰まで引き上げてから、スカートを脱ぐ。
 「もしかしたらブルマ姿に恥ずかしがるかも」というアテが外れた奈津実だが、これはミユキ──要が小六だからこそ、平然としているのも無理はないのだ。
 今のご時世、高校は元よりほとんどの小中学校から女子の体操着としてのブルマは消滅しており、この学園で採用されているコト自体、冗談みたいな話だ。
 そのため、ミユキにとってはソレは単に「初めて見る体操着」に過ぎず、また幼い純朴さから「ブルマ」という代物に世の男性が抱く欲望の類いも理解していない。
 形状だけ見れば夏にプールで履く水泳パンツ(ビキニ型)と大差なく、むしろ覆う面積は広いとさえ言えるのだ。
 加えて、普段から半ズボンを愛用しており、「生足、とくに太腿を見せるコト」に女の子のような羞恥心がないのだから、恥じらうほうが、むしろおかしいだろう。
 微妙に期待が外された気分になりつつも、面倒見のいい奈津実は、ミユキのフォローをするべく、柔軟体操の相方を買って出たのだが、そこでもミユキの身体の柔らかさに驚かされることとなった。
 「うわっ、座位前屈であっさり爪先を両手でガッチリ握りしめてる!?」
 「2年前まで、体操教室に通ってたからね」
 苦もなく相撲で言う股割りの姿勢で両脚を広げつつ、身体をペタンと地面に寝かせてみせるミユキ。
 「すごーーーい!」
 男子より身体の柔らかい女子でも、コレが出来る者はそう多くないだろう。
 「エヘヘ、こういうコトもできるよ?」
 感心されて嬉しかったのか、調子に乗ったミユキはさらに色々やって見せる。
 弓なりに身体を後方に逸らし、両手をついてブリッジの姿勢になったのち、シュタッと後方に半回転して立ち上がるミユキを見て、奈津実は本来は本物の美幸に頼むつもりだった、ある懸案事項についての解決方法を思いついた。
 柔軟後はバレーボールの試合となったのだが、そこでもミユキはしなやかに身体を動かして、本来3歳も年上の少女達相手に獅子奮迅の活躍を見せる。
 「体力面でも問題なさそうだし……よし、イケる!」
 「長谷部さん、なんだか悪そうな顔してますわよ?」
 傍らでちょっと引いてる睦美に注意されるまで、奈津実の顔からニヤニヤ笑いが消えることはなかった。

 そして放課後。
 寮に帰る前に、今日は地元の商店街にでも立ち寄ってみようか……と考えていたミユキを、奈津実が呼びとめた。
 「ダメだよ、ミユキちゃん、今日は部活のある日だって」
 はて、本人からは、何かクラブ活動をしているとは聞かされていなかったのだが……。そもそも、あのモノグサな人が真面目に部活に励んでいるとは考えにくいし。
 「一応、この学校は全員部活参加が決まりになってるからね。ま、確かにサボリの常習犯ではあったけどサ」
 幽霊部員というヤツだろうか。
 「うん。でも、どうせだからミユキちゃんも、この学校にいる間だけでも参加してみようよ」
 そう言えば、奈津実さんも同じ部活なんだっけ……と、昨日、富士見くんからチラッと聞いた話を思い出す。
 あまりにも「本来の美幸」と違うコトをするのは問題あるかもしれないが、正直に言えばミユキとしても高校のクラブというものに興味津津だった。
 「同じ部活の奈津実に強引に誘われ、渋々参加する」という体裁をとれば、周囲の人間も不審に思わないだろう。
 ちょっと心を躍らせながら、奈津実の案内でふたりが所属する部活の部室に足を踏み入れたミユキだったが……。
 てっきり漫研や電脳部といった文化系、それもエンタメ系のクラブだとばかり思っていたのだが、奈津実がミユキを引っ張って来た部室は、沢山のロッカーが並ぶ、いかにも体育会系の場所だった。
 「ちょっと意外かも」
 「にゃはは、確かに美幸ちゃんのイメージとは、だいぶ方向性違うかもね。あ、そこの右端が美幸ちゃんのロッカーだよ。中に入ってる練習着に着替えてね」
 「うん、わかった」
 気楽に返事をして「1年/早川」と書かれたロッカーを開けたミユキだったが、中のハンガーにかけられていたモノを手にして硬直する。
 ソレは、薄いピンク色をした長袖のボディスーツ──いわゆるレオタードと呼ばれる代物だったからだ。
 そう、奈津実や美幸の部活とは、新体操部だったのである。

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その9/戸惑いの放課後

 「コレ……着ないといけないんだよね?」
 白に近い桃色の布地で作られたソレは、女性用水着とよく似た形をしていたが、水着との最大の違いは袖があり、肩から腕にかけても包み込む形状になっているコトだろうか。
 かつて体操教室に通っていたミユキは、ソレが一般に「レオタード」と呼ばれる衣裳(コスチューム)であることは知っていた。
 化繊素材でできたその手触りは滑らかで伸縮性も高く、着心地自体は良さそうだし、実際体格自体が「本物」とほぼ同等なミユキにも苦も無く着ることは可能だろう。
 とは言え、体操着のブルマの時とは違い、ソレがどういう局面で使用されるかよく知っているだけに、ミユキとしても少なからず抵抗感があった。
 「──もしかしてココって、体操部なのかな?」
 「ブブーッ、惜しいけどハズレ~。ウチはね、「新体操部」だよん」
 ミユキが思わず口にした疑問にも、奈津実が律儀に答えてくれる。
 「えっと……新体操って、リボン回したり、棍棒投げたりするアレ?」
 あまり詳しくはないものの、一応の知識はあったらしい。むしろ小六の男子としては博識と言ってよいだろう。
 「うん、そんな感じだね。旧来の体操競技と比べると、「女の子のお遊戯」って馬鹿にする人もいるけど、実態は結構ハードで難しいスポーツなんだよ」
 「へぇ~」
 そう聞かされて、実はソレに近い偏見を抱いていたミユキの認識も改まり、少し興味が湧いてきた。
 「練習は火曜と木曜の放課後で、土曜の午前中は自由参加。まぁ、本物のみゆみゆは、入部してから4、5回しか練習に来てくれなかったけど」
 5月に入部したとしても5、6、7の3ヵ月弱でソレはヒドい! と憤慨するミユキ。健全スポーツ少年だけに、サボりとかは許せないタチなのだ。
 「ん~、本当にそう思う?」
 ゆるゆるで能天気な奈津実にしては珍しく、目が「キラン!」と鋭い輝きを発している。
 「じつは、新体操部ってウチの学園にしてはあまり強くないし、人数も少ないんだよね~。二学期の半ばで3年生も引退しちゃうし、そしたら部員もみゆみゆ込みで5人しかいなくなっちゃうし」
 この学園で「部活」として正式に認められるのは5人が最小人数らしい。
 「幸いこの学園には9月の半ばに体育系クラブの「成果発表会」ってのがあるんだ。ほら、文化祭って基本的に文化系クラブの校内発表の場でしょう?
 それに対して、体育会系の部にそういう場がないのは不公平だってコトで、一昨年から新設されたらしいの」
 「え、でも、運動会……体育祭は?」
 「アレって、基本的に陸上競技でしょ? そりゃあ普段からスポーツして鍛えている方が有利ではあるけど、陸上部以外は普段の活動とはかけ離れているしねぇ」
 なるほど確かに、とミユキも頷いた。
 「えっと……何の話してたんだっけ?」
 「9月中旬に「成果発表会」があるって……」
 「あ! そうそう。でね、その場にはもちろんウチの部も出場して、集団模範演技を見せることになってるんだけど……」
 チラッとわざとらしく横目でコッチを見てくる奈津実の視線で、ミユキもおおよその事情を理解できた。
 「もしかして、ソレにボ…ワタシも出ろってこと?」
 「だいせいか~い!」
 ドンドンパフパフ~と自らの口で擬音を入れて囃したてたのち、一転、奈津実は真剣な目つきになる。
 「さっきも言った通り、ウチは人数的に結構ギリギリなんだよね。だから、できたら運動神経良さそうなミユキちゃんには、ぜひ手伝ってほしいの」
 仮初の立場的にはともかく、実際には年上の(しかも色々世話になっている)お姉さんに、すがるような目で頼まれては、「男のコ」としてミユキも断りづらい。
 「──まぁ、いっか。考えようによっては、ボクがこの学園で過ごした記念にもなるだろうし」
 それに、新体操ってのにもちょっと興味があるし……という部分は、口に出さないミユキ。
 「! わ~い、ありがとー! みゆみゆ大好き~」
 嬉しそうに背後からじゃれついてくる奈津実の様子に苦笑しながら、一応釘はさしておく。
 「でも、いくら体操経験があって身体が柔らかいからって、それだけで何とかなるものなの?」
 「あー、うん、それはもちろんいろいろ練習してもらわないといけないかな。
 発表会まであと2週間くらいだから多少スパルタ気味になると思うけど……ミユキちゃんなら、大丈夫だよね? コンジョーありそうだし」
 「う、うん、任せて!」
 サッカー歴わずか1年半足らずで少年サッカークラブのレギュラーを射止めた実績は伊達じゃない。
 無論、要のサッカーセンスや基礎運動能力が高かったのは確かだが、それ以上に、コーチが教えようとすることを素直に学びとる勘の良さと、進んで反復練習する根気があればこそ、だ。
 「うんうん、頼もしいなぁ……ってコトで、みゆっち、早速ソレに着替えてねン♪」
 「はうぅぅッ、やっぱり!?」
 手にしたピンク色のレオタードを、恥ずかしそうな目で見つめるミユキなのだった。

 レオタード用の下着として渡されたインナーショーツは、シンプルな白のコットン製ショーツだが、若干ハイレグ気味なのが、ちょっと気恥しい。
 幸いと言うべきか、オトコノコの部分は股間に絆創膏で固定してあるため、インナーショーツを履いてもモッコリしているようには見えないが、それでも格段に窮屈な感触は否めない。
 サポートブラと呼ばれる、これまた専用のブラジャー(もっともソレで支えるべき乳房は皆無なのだが)を着けたうえで、ミユキは急いでレオタードに脚を通した。
 両の素足の上をナイロン素材のソレが滑っていく感触は、妙にこそばゆく、同時に心地よい。さらに下腹部を布地が覆うと、余計にその感覚は強まる。
 努めてその快感に意識を向けないようにしながら、ミユキはピンク色の布を腹部から胸部にかけて引き上げ、身体をくねらせるようにして腕部にも片方ずつ袖を通す。
 腕や胴に寄っている皺をのばし、ピッチリと身体にフィットさせて……完成だ。
 「どう……かなぁ?」※ミユキのイメージhttp://blog-imgs-53.fc2.com/k/c/r/kcrcm/ts29958445.jpg
 背後を振り向くと、ひと足さきにオレンジ色のレオタードに着替えていた奈津実が、イイ笑顔で「GJ!」と親指をサムズアップして見せる 
 「ぱーへくとよ、ミユキちゃん! むしろ本物以上に似合ってるかも!」
 確かに、ややボーイッシュな少女(にしか見えない少年)が、僅かに頬を染めて恥じらいながら、右腕を(あたかも胸元を隠すような姿勢で)前に回して、伸ばした左腕をつかみ、内股になってモジモジしているのだ。
 まさに「愛らしい」と評するべきその姿には、男女問わず「グッ」とクることは間違いないだろう。
 「お、おだてないでよ~。で、コレからどうすればいいの?」
 より一層顔を赤らめつつ、褒められて満更でもなさそうに見えるのは、気のせいだろうか。
 「とりあえず、体育館での基礎練からだけど……あ、ちょっと待って」
 部室を出ようとしたミユキを呼びとめると、奈津実はミユキの前髪をかき上げ、「パチン!」と何かを、「彼女」の髪に留める。
 「え? コレって……」
 「うん、安物だけど髪留め。運動するときに前髪が邪魔にならないようにね。それに……ホラ!」
 奈津実はミユキの両肩に手を置くと、部室の奥の鏡の前に連れて行く。
 「この方が可愛いじゃない?」
 高さ150センチ足らずの姿見に映るのは──微かに頬を赤らめ、驚いたように自らの姿を見つめる、レオタード姿の可憐な女の子にほかならなかった。
 スラリと華奢な体躯は女性的な円みには乏しいが、逆に未成熟な少女特有の稚い魅力を醸し出している。
 あどけない顔つきながら、花飾りのついた銀色の髪留めで額を出した髪型と、身体の線がくっきりと浮き出る衣裳が、鏡に映る人物が、幼いとは言えレッキとした女の子であることを証明している。
 (なにコレ……可愛い…けど……コレって……ボク…ワタシ、だよね?)
 驚愕。憧憬。戸惑。羞恥……そして歓喜。
 ミユキの頭の中で、様々な感情がグルグルと渦を巻いている。
 「ん~? どうしたの、みゆみゆ? もしかして、自分のあまりの可愛らしさに見とれててた?」
 ボンヤリしているミユキを不審に思ったのか、奈津実が声をかけてくれたので、幸いにしてミユキはその思考のループ状態から抜け出すことができた。
 「な、なんでもない。何でもないよ!!」
 (もしかして、あの絵の効力って……)
 一瞬だけ脳裏に浮かんだ疑念を打ち消すようにミユキは、大声で答えた。
 極力鏡を見ないようにしながら、自分の身体をペタペタ触ってみる。12歳の少年にしては多少華奢だが、間違いなく自分の身体であることを確認して、ため息をつくミユキ。
 その嘆息には、大半を占める「安堵」に混じり、ごく微量ながら「落胆」の色が混じっていたのだが、ミユキ自身はそれに気付かなかった。
 「??? ま、いっか。じゃあ、そろそろ行こ。こっちだよん」
 奈津実に先導されてミユキは、今日の5時間目の授業でもお世話になった旧講堂へと足を踏み入れた。
 「みんな~、ろうほー! 今日からミユキちゃんも練習に復帰してくれるよん!!」
 奈津実の元気な声に続いて、先に来ていた数名の新体操部員に向かって、ミユキは勇気を出してペコリとお辞儀をした。
 「い、今更ですけど、よろしくお願いします」
 それだけで、他の部員達に驚く気配がなんとなく伝わってきて、本物の美幸はどれだけ傍若無人だったんだろうと、内心苦笑するミユキ。
 それでも、部員達は温かくミユキの「復帰」を受け入れてくれたのだった。

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その10/ザ・ガールズライフ

 ──キーン、コーン、カーン、コーン
 「お、じゃあ、今日の授業はココまで。来週は小テストするから、予習はちゃんとしておくようにな」
 6時限目の担当だった数学の日下部教諭が出て行くとともに、クラスの生徒たちもいっせいに放課後モードに突入する。
 板書をノートに無事に写し終えたミユキも、カバンに教科書類をしまい始めた。
 実は本物の美幸は教科書類の大半を学校の机に置きっぱなしにしていたのだが、真面目なミユキは授業を少しでも理解できるよう、きちんと毎日持ち帰って予習復習している。宿題は言わずもがな。
 その甲斐あってか、最近は授業の内容もおおよそはわかるようになってきた。この調子だと、本物が4歳年下の偽物(?)に学力面で追い越される日も遠くないかもしれない。

 「美幸さん、奈津実さん、今日はお二方の部活がない日ですよね。一緒にザ・キャロまで行ってみませかんか?」
 鞄を持った睦美がふたりを、放課後の寄り道(と言うには遠回りだが)に誘ってくる。
 「あ~、いいねぇ。そろそろアソコの特選白玉パフェが恋しかったし。みゆみゆは?」
 一も二もなく賛成する奈津実の言葉にミユキも頷く。
 「うん、私も新作のシナモンアップルクレープが食べたいかな。あ、そのあとで本屋さんに寄ってもいい?」
 「ええ、もちろん。わたくしも、ちょうど買いたい雑誌がありますので……」
 友達ふたりとワイワイしゃべりながら、教室をあとにしつつ、ふとミユキの心の中に奇妙な感慨が浮かぶ。
 自分は、あくまで従姉の代役(?)として一時的にココにいるだけなのだ。さらに言えば、この学校に通うようになって、まだ10日程しか経っていない。
 ──それなのに、どうしてこんなにココにいるコトが自然で心地よいのだろう。
 まるで、ずっと以前からココにいたような……あるいは、このまま「早川美幸」として過ごしていくコトが、ごく当たり前のように感じられる。
 いや、もしかして自分は、そうあるコトを……。
 「どしたの、みゆっち? さっきから何か難しい顔しちゃって。もしかしてお小遣いがピンチ?」
 「何でしたら、お金お貸ししましょうか?」
 「へ?」
 どうやら、いつの間にかファミレス、ザ・キャロッツに到着していたらしい。
 「な、なんでもないよ。ちょっと考え事してただけ」
 慌ててそう言いつくろうと、ふたりともそれ以上は追及してこなかった。
 「ふーん……ま、いっか。あ、わたしはさっき言った通り、特選白玉パフェのドリンクセットね」
 「わたくしは、このスイートポテトパイのセットにします。美幸さんは?」
 「えーっと……新作のシナモンアップルクレープも美味しそうだけど、こっちのメープルマロンワッフルにも惹かれるなぁ。うーん、うーん……」
 しばし悩んだ挙句、睦美の「それじゃあ、ワッフルは皆で三等分してみませんか?」という助け舟に飛び付くミユキ。
 「おいし~! はぁ、しゃーわせ……」
 満面の笑みをたたえてクレープを口にするミユキを、奈津実は呆れ顔で、睦美はニコニコ笑顔で見守っている。
 「ほんっと、みゆみゆは甘い物に目がないね」
 「フフッ、いいじゃないですか。あんな幸せそうな顔されたら、見ているこちらまで楽しくなってきますわ」
 その場を目にした者は、誰も「ありきたりな女子高生3人組の放課後風景」だと信じて疑わない……いや、気にもとめないだろう。
 実際は、3人のうちひとりは実は男子小学生だったりするワケだが、仮に「鳥魚相換図」の力が発動していなかったとしても、バレることはなかったに違いない。それくらい、ミユキは女子高生としての暮らしに、ごく自然に溶け込んでいた。

 「それで、どうなのですか、今度の「成果発表会」は?」
 自身は茶道部であり、成果発表会とは直接関係しない睦美が、新体操部のふたりに尋ねる。
 「うーん……個人個人の演技については、なんとか形になってきた感じかにゃ~」
 パフェのアイスをちょびっとずつ舐めつつ、奈津実がそんな風に答えるのを聞いて、ミユキも昨日の練習のことを思い返してみた。
 クラブにもよるが、新体操部は成果発表会には1、2年生だけが出るのが慣習だ。よって団体演技の規定である5人を満たすためには、ド素人なミユキも出場せざるを得ないのだ。
 とは言え、いくら「この」ミユキの運動神経やスポーツセンスがいいからと言っても、やはり2週間程度の付け焼刃では限界がある。
 そこで、3年の先輩とも相談した結果、ミユキはリボンの扱いのみ専念して覚え、かつ基礎を覚えた段階で発表会に向けた演技だけを繰り返し練習することになった。
 ミユキとしては、どうせなら色々なじみがあるボールを使いたかったのだが、中学からの経験者である奈津実いわく、手具の中でもボールの扱いは比較的難度が高いらしい。
 その点、リボンは動きが派手で目立つし、身体的柔軟性の高いミユキが様々な姿勢で振り回せば見た目も栄えるとのこと。
 その忠告に従い、ミユキは3年の先輩からリボンの使い方の手ほどきを受けることとなった。
 当初はその先輩──元副部長の御門綺羅も、「本物」の美幸の無愛想なイメージがあったのか、あまり気乗りしない様子であった。
 しかし、ミユキが非常に素直で礼儀正しく、かつスポンジが水を吸うように言われた事を貪欲に習得していくにつれて、評価を一変させ、今では「明日の新体操部を背負って立つ逸材」とまで絶賛するようになった。
 最近では、大学の推薦入学が決まったのをいいことに、部活の指導に入り浸り、「私の知るすべてをたたき込んであげます!」と息まいているほどだ。
 ミユキとしては、そこまで過大評価してもらうのは面映ゆい面もあったが、それ以上に誇らしい気分で一杯だった。

 実のところ、浅倉要少年のサッカー選手としての才能や適正は、せいぜい中の上といった程度だったのだ。
 元来の運動能力が高く小器用なので、GKを除くどんなポジションもソツなくこなせるが、同時にそのポジションのトップクラスの人間には概して競り負ける。
 故に、クラブでもレギュラーでありベンチ入りはしているものの、スタメンではない。誰かが疲れたり不調で精彩を欠いたら、すぐさま代打的に投入し、その穴を埋める。試合では、そういう使われ方をしていたのだ。
 その事に彼が引けめやコンプレックスのようなモノを感じなかった、と言えば嘘になるだろう。彼はお人好しではあったが馬鹿ではない。むしろ、歳の割には人一倍聡い子だ。
 しかし、だからこそ、サッカーに心の底からはのめり込めなかったし、逆にそのコトを自覚してもいたので、親友の有沢耕平のように全身全霊で練習に打ち込む「サッカー馬鹿」には敵わないとあきらめていた部分でもあった。
 誰かの代役ではなく、自分が自分として必要とされる舞台(ばしょ)に立ちたい。
 それは、12歳の少年が抱く想いとしてはいささか早熟で、ややもすれば悲しい想いであったが、皮肉なことに、この学園に「早川美幸」として通うことで彼──いや「彼女」はその願いを叶える機会に恵まれたのだ。
 (成果発表会は17日の金曜日──その晩には、ボクはこの学園を出て、「自宅」に戻らないといけないんだよね……)
 つまり、発表会はミユキにとってまさに最初で最後の晴れ舞台、というワケだ。
 正直に言えば、未練はあった。
 仲良くなった奈津実や睦美、あるいはクラスメイトやクラブの仲間達との別れは辛いし、自分でもだいぶ「星河丘学園の女生徒」としての暮らしに馴染んでいるという自覚もある。
 とは言え、ココは本来自分がいるべき場所ではない。ハプニングからとは言え、従姉から一時的に「借りている」だけなのだ。
 (だいじょうぶ。元の暮らしに戻るだけなんだから。きっとうまくいくよ)
 ミユキは懸命に自分にそう言い聞かせていた。

 (それに……耕平たちのことも気になるし)
 「親友」であるはずの少年やその他の友人の状況が気がかりなのも事実だ。
 自分は来て早々に美幸の友人の奈津実に正体を見破られてしまったが、もしかしたらアチラも同様の事が起こっていたりするのではないだろうか?
 もしそうなら、耕平はどんな風に思っているのだろう?
 ──もっとも、現実には他の友人はもとより、耕平や要の両親ですらソコにいるのが偽者の「カナメ」だなんて、まったく疑う気配すらなかったのだが。
 後日そのことを知ったミユキは少なからず衝撃を受けるのだが、この時点ではそんなコトを夢にも思っていなかった。

 ところが。
 学園側が下したとある決定が、ミユキ、そしてカナメの「予定」を狂わせていくコトになるのだった。
 「え? どういうコトなんですか、御門センパイ!?」
 「ですから、成果発表会は19日に延期されると決まったそうですわ」

~つづく~
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