『姉への手紙 』

こちらも「星河丘学園」シリーズ。読めばわかると思いますが、本作の主人公(ヒロイン?)、斉藤菜月は、「女子高生・渡良瀬和己」の天野かすみの部活の後輩に当たります。


姉への手紙


<4月某日>

 「ふぅ……今日の練習は珍しく早めに終わったな。夕飯までちょっと時間があるし、仮眠でもとるか」
 と、ベッドにダイブしかけた少年は、しかし、自室の机に置いてある手紙に気づく。
 「ん? ああ、そう言えば、今朝、ヨーコちゃんが「エアメール来てるヨ」って渡してくれたんだっけ」
 ステイ先の家の娘さんから受け取ったことを思い出す。
 「どれどれ……あ、やっぱり、明彦だ」

 * * * 

『前略、お姉ちゃんへ。

 情けないって言われるかもしれないけど……やっぱりボクに、お姉ちゃんの身代わりで全寮制名門高で生活するなんて無理だよ~。
 入学前にお姉ちゃんの特訓で、この学校の女子制服とか私服(フリフリで可愛らしいの。普段のお姉ちゃんなら絶対着ないようなヤツ)とか散々着せられて、言葉使いや仕草も色々矯正されて、これならボクも大丈夫かと思ってたんだけど……この学校の体操服がブルマだなんて聞いてないよ!?
 あぅぅ、恥ずかしい。なんだか他の娘より男子の目がボクに集中してるような気がするし……。ボク、どこかヘンなの?
 はぁ~、こんなんでボク、やっていけるのかなぁ。』

 * * * 

 「うぷぷぷ……」
 今は本来の自分の体に入っている弟の様子を想像して、その弟の姿をした姉・菜月は笑いを堪える。
 おそらく、クラスメイトの男子達は、普通の女子以上に恥じらう弟の姿についつい目を引き付けられてしまうのだろう。
 「まぁ、確かに、あの子が入ってるあたしって、みょ~に萌えるのよね」
 ひとえに明彦少年の内気で優しい性格故かもしれない。
 ちなみに、この姉の方は、弟の身体で南米にサッカー留学に来ていることからもわかるように、大胆かつ積極的なタチだ。
 外見的にはそれなり以上に美人ではあったのだが、その性格故、これまで艶っぽい話とは無縁だった。
 「やっぱり、あたし達姉弟って、性別間違って生まれたとしか思えないわ」


<5月某日>

『前略、お姉ちゃんへ。
 お元気ですか? ボクの方は、ようやく何とかかんとか女の子の──「斉藤菜月」としての生活に慣れてきました。
 このあいだ、寝ぼけてトイレで便座を上げ、立ったままおしっこしようとした時はヤバかった(いろんな意味で)けど、アレ以来致命的なミスはしてないと思います……たぶん、きっと。
 大体、個室に入った時点で男のおトイレとは違うって気がつくべきだよね。我ながら自分のヘッポコぶりには呆れるばかりです。

 そうそう、ウチの学園では、生徒は全員何かのクラブに入らないといけません。ボクも体育会系にしようかいろいろ悩んだんだけど(お姉ちゃんの身体、運動神経いいし)、思い切って家庭科部を選びました。
 これで少しでも女の子らしさが身に着けば、周囲に怪しまれることもないだろうしね。
 とは言え、今までお家の手伝いすらロクにしたことのないボクにとって、お料理にせよお裁縫にせよ、まったく未知の領域で困惑することばかりです。
 でも、3年生の深山部長も2年生の天野副部長も、とっても親切に教えてくれるので、少しずつだけど、いろいろ上達しています。
 目標は、お姉ちゃんが留学から帰って来た時に、帰国祝いパーティー用のお料理を自分で作れるようになることかな。エヘヘ。』

 * * * 

 「とか何とか言いながら、結構楽しんでるんじゃないの、あの子?」
 ちょっと呆れたように、中身が菜月な「明彦少年」はつぶやく。
 まぁ、自分の方は毎日が充実しているのだし、2年後帰る時まで、弟にもできれば楽しい日々を送って欲しいとは思うから、別段構わないのだが……。


<7月某日>

『前略、お姉ちゃんへ……って、今気付いたけど、「斉藤菜月」が「斉藤明彦」宛ての手紙の中で「お姉ちゃん」って呼びかけるの、なんだか変だよね?
 たぶん、そっちで日本語読める人は少ないだろうから、そう簡単には怪しまれたりはしないと思うけど……うーーん、次からは「明彦くん」とか書いた方がいいのかな。

 まぁ、それはともかく。
 日本はそろそろ夏に入りました。僕はだいぶ女の子としての暮らしに馴染んではきたけど、水泳の時間は微妙にユウウツです。
 お姉ちゃん、よくこんなおっきな塊り胸につけてて泳げたねぇ。そりゃ確かに水には浮きやすいけど、前に進むときすっごい水の抵抗があるんだけど。
 お友達に「なら背泳ぎしたら?」ってアドバイスもらってからは多少はマシになったけどさ。
 あと、男子のイヤラシイ視線が微妙に嫌です。
 そりゃ、お姉ちゃんは美人でプロポーションもいいから、水着姿を見たくなる気持もわかるけど、今そのお姉ちゃんの体にいる僕としては、ヘンに目立ちたくないのにィ……クスン。

 気を取り直して……夏と言えば、こないだ家庭科部の部活で浴衣を作ったよ。僕のは、濃い藍色の地に朝顔の花が染めぬかれた柄のヤツ。
 何度も挫けそうになったけど、部長の深山先輩がその度に助けてくれたから、無事完成することが出来たんだ。
 ようやっと完成した時は嬉しくなって、部長に手伝ってもらって早速着ちゃった(部長って浴衣だけでなく和服の着付けもできるんだって! すごいよねぇ)。
 こういう時だけは、美人なお姉ちゃんの身体にいることに感謝かな。すっごく似合ってて可愛かったし。えへ……って、コレって自画自賛になるの?
 その夜は、部活のみんなと縁日に行ったんだ。楽しかったよ~。夜店のおじさんやお兄さんが、いっぱいオマケしてくれたし。女の子っておトクだね。』

 * * * 

 「ふぅむ。ま、水着に関しても、来年の今頃には慣れてるでしょ。無問題無問題……ていうか、何だかんだ言って日本の夏を全力で謳歌してないか、ヲイ!?」


<11月某日>

『前略、明彦くん……うん、やっぱり、こう呼び掛けるのは手紙の中でもちょっと恥ずかしいね。
 日本(こちら)は秋もそろそろ終わりにさしかかる時季です。
 ボク──この一人称も変えるべきかなぁ。お友達も「似合わない」って言うし──は、「斉藤菜月」として、それなりに楽しく毎日を過ごしています。

 秋ということで、学校では学園祭と体育祭が立て続けにありました。
 学園祭はボクら家庭科部にとっては絶好の舞台です。家庭科室を丸々ひとつ使って軽食のお店を出しつつ、屋外のテントで手芸品のバザーも開きます。
 今年の家庭科部には、「蜘蛛織妃(ミストレス・アラクネ)」と呼ばれるお裁縫の達人である深山初音部長と、「千麺姫(プリンセス・オブ・サウザンドパスタ)」と称される料理の鉄人の天野かすみ副部長がいるので、どちらの模擬店も隙はありません。
 実際、例年より3割増の収益があったそうです。
 ボクは副部長のお店の方をウェイトレスとして手伝いました。可愛いお洋服が着れたのはちょっと嬉しかったけど、調理スタッフとしては半人前ってことだよね、コレ。もっと頑張って上達したいと思います。

 体育祭では、「菜月」の優れた運動能力に随分助けられました。400メートル走では暫定同着1位。その後の写真判定で胸の差で正式にボクが1位と確定しました。初めて胸が大きくて良かったと感じた瞬間でした。

 そう言えば、春から2センチほど胸が大きくなったんだ。そろそろDカップのブラが必要かも……って、部活のお友達と話してたら、天野副部長に恨めしそうな顔して揉まれちゃいました。
 副部長って、スラリとしてプロポーションいいし、優しい雰囲気の美人さんで、校内でも人気高いんだけど、高校2年生にしてギリギリBという胸にコンプレックスがあるみたい。あんまり大きいと邪魔だし肩凝るんだけどなぁ。
 1月後のクリスマスパーティーでも、ウチの部は料理の提供とか衣裳協力なんかで忙しいみたい。よーし、今度こそ戦力になれるよう頑張るぞー!』

 * * * 

 「な! アレからまだ大きくなると言うのか!?」
 手紙の一文に戦慄する、明彦な菜月。
 「……いざ帰ってみたらGカップの超乳とかいうオチは無しにしてよねー」


<1月某日>

『明彦くん、新年明けましておめでとうございます。
 ふぅ、「明彦くん」と呼びかけるのにも、ようやっと慣れてきました。
 前回の手紙以降いろいろ忙しくて、せっかくお手紙くれたのに、すぐに返信できなくてゴメンなさいね。

 学園のクリスマスパーティでは、わたしは念願の調理スタッフになることができました。
 たくさんの七面鳥をローストしたり、大きなクリスマスケーキを焼いたり大忙しだったけど、みんなが美味しそうに食べてくれたから、疲れもフッ飛んだ感じ。

 そのあとの自由時間で色々見て回ってたら、なんとダンスに誘われちゃったの!
 相手は同じクラスの相川くん。「わたし、ダンスなんて……」って躊躇ったんだけど、相川くんの「大丈夫。周りも大半は初心者だから」って言葉を信じて、彼の手を取りました。
 確かに周囲で踊ってる人たちも、どこかぎこちないかも。
 でも、パートナーの相川くんがすごく上手で、うまくわたしをリードしてくれたから、わたしでもそれなりに様になってたと思う。
 けど……相川くん本人は、どう見たって初心者じゃないよ~。もぅ、確信犯だなぁ。
 その後もふたりでお話したり、家まで送ってもらったりと、楽しいイブを過ごしました。
 あ! で、でも別に恋人になったとかそういうんじゃないからね? そりゃあ、最近は時々一緒に帰ったり、途中でお茶したりはしてるけど……。

 そ、そうそう。レギュラー昇格、おめでとう! そちらのサッカーはレベルは高いと聞いているのに、本当によく頑張ったね。「斉藤明彦」くんの「お姉ちゃん」としては鼻が高いです。
 そちらは日本とは逆に、今がいちばん暑い時期かもしれないけど、だからってクーラーつけっぱなしで寝て、風邪をひいたりしないでね。
 お正月も帰って来られないのはちょっと寂しいけど、健康に注意しながら頑張ってください。
 せっかくなので、家族で初詣に行った時の写真を同封しておきます。お母さん、「今年こそは菜月に晴れ着を着せる!」って気合い入れてて大変だったんだから。
 振袖ってすごく窮屈で動きにくいし、去年までのお姉ちゃんが着たがらない理由は確かによく解りました。
 でも、お正月に1、2回くらいなら着てあげてもいいんじゃないかな。「斉藤菜月」って黙って立ってたら文句なしの美少女で通るんだし、よく似合ってたと思います……あは、これって自惚れ過ぎかな。』

 * * * 

 「しかし……このコ、完全に、自分が「男」であること忘れてるよなぁ。
 まぁ、オレもあんまし人のコト言えないけど」
 ランニング&短パン姿で、ボリボリとお尻をかきながら、少年は散らかり放題の部屋を見回す。
 「キヨヒコ~、入るよォー」
 と、ノックもそこそこに入ってきたヨーコに、「たまにはお掃除しなさい」とガミガミ怒られるのであった。


<4月某日>

『前略、明彦くんへ。
 今月から留学2年目に入りますけど体の具合などは大丈夫ですか? 貴方は昔から無茶をしがちなので、お姉ちゃん、ちょっと心配です。
 お姉ちゃんの方は、まったく問題ありません。学校の勉強は、これでも中の上くらいをキープしてるし、お友達もたくさんできました。
 今年から、お姉ちゃんも高校2年生だし、後輩も入ってくるだろうから、いろいろ頑張らないとね。
 そうそう、前の手紙で伝え忘れてたけど、お姉ちゃん、実は家庭科部の副部長さんになったんだよ! 去年1年間の努力と成果を皆が認めてくれたみたいで、とっても嬉しかったなぁ。

 それと……ちょっと恥ずかしいけと言っちゃうね。
 えっと、お姉ちゃんにも、好きな人ができちゃいました。
 うん、前の手紙にも書いてた相川くん。あれ以来、一緒に帰ったり、休日に映画観に行ったりしてるうちに、どんどん仲良くなっちゃって、バレンタインに思い切ってチョコあげて告白しちゃったの。
 もちろん結果は◎。むしろ、「俺の方から告白しようと思ってたのに、先越されちゃったなぁ」って苦笑いしてたよ。
 以来、わたし達はラブラブな仲良しカップル(自分で言うと恥ずかしいねw)。
 あのね、ウチの学園のクリスマスパーティで一緒に踊ったカップルは、きっと上手くいくってジンクスがあるんだって。道理でみんなが応援してくれたワケだ。
 とってもいい人だし、同じくスポーツマン(バスケ部のエースなんだ♪)だから、明彦くんとも話が合うと思うよ。

 そう言えば、明彦くんもガールフレンドができたんだよね? 日系3世のヨーコちゃん。写真で見たけど、すごく可愛い娘だね。
 そう言えば、夏休み前に一時帰国するんだっけ? もし可能なら、その時ヨーコちゃんも日本に連れて来てもらえると、お姉ちゃんうれしいなぁ。
 未来の妹としてかわいがってあげちゃうから♪
 それじゃあ、次は手紙じゃなくて、直接会って話しようね。』


<そして6月末の某日>

 「菜月姉さん!」
 空港のロビーで人待ち顔に佇んでいた少女は、背後から自分を呼ぶ声に振り向いて目を見張った。
 「うっそ、明(あ)っくん……なの?」
 彼女の目に映る「弟」──本来の「彼」の肉体は、最後にここから見送った時とは別人のような成長ぶりを見せていた。
 日に焼けた浅黒い肌。
 15歳になったばかりとは思えぬがっちりとしたたくましい体格。
 何より、日本を発つ時は、自分と──この「姉」の体とほとんど変わらなかったはずの背丈が伸び、目測で5センチ以上高くなっていた。
 自分だってこの1年半程で2センチくらいは身長が伸びてはいるのだから、「弟」は8センチ近く伸びた計算になる。育ち盛りとは言え、驚くべき成長ぶりだ。
 無論、何もしなくてこのような立派な体つきになるワケもない。
 それだけの肉体鍛練を「弟」は潜り抜けて来たのだと思うと、誇らしさと愛しさに胸が熱くなった。

 もっとも、さすがに人目があるので、ソレをおおっぴらに表すことも……。
 「うわぁ~、たくましくなって! お姉ちゃん、見違えちゃったよ~」
 ──ギュギュッ!
 ……いや、どうやら自重する気はないようだ。「姉」はその豊満な胸に「弟」の体を抱きしめていた。
 「うわ、ナニすんだよ、ねーさ……(ムギュッ!)」
 (ヲイヲイ、体と性別が変わっても、抱きつきグセは相変わらずかい)
 この菜月がまだ「明彦」だった頃、甘えん坊な彼は、何かあるとよく姉や母に抱きついてきたものだ。
 さすがに中学生になると、照れくさくなったからか、その癖もなくなったかと思っていたのだが……甘かった。
 どうやら、「菜月」という女性の体を得たことで、その抱きつき癖は微妙に方向転換し、母性的なモノとして復活してしまったらしい。
 (ったく、恋人が出来たって手紙に書いてたけど、この天然娘相手じゃ苦労してるんだろーなー)
 と、「姉」の胸で窒息しかけながら、ボンヤリそんなくだらないことを考えていた明彦の裾を、クイクイッと引っ張る小さな手。
 そのおかげで、明彦は「帰国早々に呼吸困難で病院行き」という不名誉を得ずに済んだ。

 「あら、その子は?」
 「弟」を解放し、小首を傾げる「姉」の姿に、密かに苦笑する「明彦」。
 手紙を読んで予想してはいたが、どうやら「姉」はその予想以上に女子高生として──女としての暮らしに馴染んでいるようだ。
 容姿は元より、仕草も言動も、あたかも金太郎飴のごとく、どこを切っても「萌えっ子」な要素がこぼれ出そうだ。
 その証拠に、さりげなく彼らの様子に注目してるらしい周囲の無関係な人間の顔つきまで、どことなく緩んだ微笑ましげな雰囲気をたたえている。
 正直、肉親でなければ、「彼」も萌え殺されていたかもしれない。自分が「中味」だった頃は、「手乗りクズリ」とか「羊の皮を被った虎」だとか、散々な言われようだったのに。
 (まぁ、オレもひとのことは言えないけどな)

 とは言え、そんな内心なぞ微塵も覗かせず、明彦はグイと、小さな手の主を引っ張り出す。
 「姉さん、この子が、手紙で言ってたオレの彼女のヨーコ、マリア・ヨーコ・ロドリゲスだ」
 「えっと、ヨーコ、です。よろしく、フタバおねーさん」
 彼よりもなお浅黒い肌の小柄な少女は、おずおずと日本式に頭を下げる。
 「か……」
 フルフルと身を震わせる菜月。
 「「か?」」
 「可愛いッ! ナイスよ、清くん! こんな可愛い未来の義妹を連れて来てくれるなんて、サイッコーのお土産だわ!!」
 なにやらヨーコの姿に「可愛いもの好き」なツボを刺激されたらしい。
 もっとも、小柄で可憐なヨーコの容姿を見れば、確かに男女問わず大半の人間が「可愛い」と褒めるであろうことも疑いないが。
 先ほどまでとは逆に、「姉」に抱きしめられ、その巨乳(推定Eカップ)に顔を押しつけられてアワアワしているヨーコを、さてどうやって救いだせばよいものか……と明彦が思案しているうちに、別の救世主が現れた。

 「こらこら菜月くん、いい加減に離してやんないと、その娘、窒息しちまうぞ」
 即席のハリセン代わりに薄い雑誌を丸めたモノで、菜月の頭をペコンと軽くはたく少年。
 「あ、そっか。ごめんね、ヨーコちゃん。いきなり抱きしめちゃって」
 「い、いえ、ダイジョウブです」
 と答えたものの、ヨーコの方は、ややグルグル目になっていたが。

 「えっと……貴方は?」
 おおよその予想はついたが、恋人のピンチ(?)を救ってくれた少年に、明彦は問いかける。
 「あぁ、これは失礼。僕の名前は、相川一路(あいかわ・いちろ)。菜月くんのクラスメイトで……」
 「でもって、お姉ちゃんの彼氏さんなのです。エヘンッ」
 一路の挨拶の続きを、その右腕にぶら下がった菜月が引き取った。
 「えっと、菜月くんの弟さんの斉藤明彦くん……でいいのかな?」
 「あ、すみません、挨拶が遅れました。相川先輩のおっしゃるとおり、斉藤菜月の弟、明彦です。よろしくお願いします」
 「ああ、こちらこそ」
 スポーツマンらしく(?)爽やかに握手を交わす男子ふたり。

 もっとも、その一方で、互いの体格や身ごなし、視線の動きなどを見て、おおよその目算をつけている。
 (──15歳とは思えないバランスのとれた体格だな。よく鍛えてあるうえ、今なお、まだまだ成長中というところか)
 (──へぇ、星河丘なんて、元お坊ちゃん学校だと侮ってたけど……随分鍛えてるみたいだ。オマケに動きに隙がない。さすがはキャプテン兼ポイントガード)
 ニヤリと漢くさい笑みを交わす。どうやら、互いの実力を認めたようだ。
 ポカンと彼らを見ているヨーコと、一応かつては男のハシクレだったおかげか二人の心情をおおよそ察してニコニコしている菜月の様子が対照的だ。

 その後、4人は連れだって斉藤家に戻り、そこでは「明彦一時帰国&ヨーコちゃん来日おめでとう」パーティーが開催されることになった。
 家族や親戚、姉弟の友人までも交えたパーティーは大いに盛り上がったが、さすがに3時間程ののちには、お開きとなった。

 「で、なんでこんなところで黄昏てるんだよ、「姉さん」?」
 久々に屋根部屋から、屋根(正確にはその上にしつらえられた簡易星見台)へと上った明彦は、そこに先客を発見する。
 「ん……明っくんか。ふふふ、ちょっとね」
 狭い──ふたり並んで座ればそれだけで一杯の星見台に、三角座りしている菜月。

 「……ねぇ、あの時のコト、覚えてる?」
 「ああ、忘れられるわけないだろ」
 2年前の秋、姉弟並んでお月見していたふたりは、偶然足を滑らせた菜月を明彦が助けようとして支えきれず、そのまま2メートル程下のベランダまで転落。
 大したケガはしなかったものの、どういう仕組みか、ふたりの心が入れ換わるという結果となった。
 その時は驚いたものの、幸いにして同じように「屋根の上からベランダに一緒に落ちる」ことで再度人格交換が起きることを突き止め、ふたりの入れ替わりライフは、その時はほんの3日程で無事終了した。

 しかし──。
 明彦の学校で南米へのサッカー留学枠があると知った菜月が、再び入れ換わることを提案したのだ。
 菜月は、その大人しげな外見に似ずアクティブでボーイッシュな性格で、中学でも女子サッカー部を引っ張るリーダーだった。しかし、同時に女子サッカーのレベルでは飽き足らず、さらなる向上を望んでいるのも事実だった。
 対して明彦の方は、斉藤家の家系か身体能力こそそれなりに恵まれていたものの本人はスポーツするより読書やゲームしている方が好きというインドア派で、また花壇の手入れや小さな子の世話が好きという、優しい少年だった。
 「大丈夫、あたし達、人生を取り換えた方が、きっとうまくいくわ!」
 強引な姉に半ばノセられる形で、「とりあえず期限は留学が終わるまで」という約束のもと、再び入れ替わりを行った明彦だったが、彼改め彼女がどのような暮らしを営むようになったかは、読者諸氏はおおよそ御存知だろう。

 「改めて思ったの。「ああ、わたし、今幸せだなぁ」って。ねぇ、明っくん……ううん、菜月お姉ちゃんは?」
 「言うまでもないだろ。ハッピー、ハッピナー、ハピネストさ」
 おどけてみせる「明彦」。
 「あ、あっくぅん、それは「happier,happiest」って言いたかったのかな、もしかして」
 「う……そうとも言うな」
 「はぅ~、サッカー三昧なのもいいけど、お姉ちゃん、清くんの英語力がとっても心配だよ~」
 ちょっとだけ「お姉さんモード」に戻ったものの、話を続ける「菜月」。

 「あのね、それじゃあさ、例の「留学から帰ったら元に戻る」って約束、アレ、反故にしちゃってもいいかな?」
 「──はぁ? 何をいまさら。あんなの、とっくに時効だって、オレは思ってたぜ」
 確かに、互いに恋人を作って家族に紹介したりしてるのだから、「明彦」の言うことももっともだろう。
 「う、うん……そう言ってくれるとは思ってたけど、でも、一度ちゃんと確かめておきたかったんだ」
 心底嬉しそうな、それでいて泣きそうな、複雑な表情になる「菜月」。
 「ったく……悩みごとは、そんだけか、「姉さん」?」
 「うん、それだけ。ゴメンね、「明っくん」気を使わせちゃって」
 そう言いながらも微笑むふたり。今此処で新たな──そして終生の契約が交わされたコトを、互いが理解していた。
 「ハッ、いいよ、別にこれくらい。
 それより、明日の午前中は、姉さんたちの学園に案内してくれるんだろ。そろそろ寝た方がいいんじゃないか? 寝坊するぜ?」
 「あ~、失礼な。これでも、お姉ちゃん、今の学園では無遅刻無欠席を誇ってるんだからね」
 「へぇ、あの遅刻常習犯だった「明彦」がねぇ」
 「むぅ~、信じてないな。いいよ~、そんなコト言うなら、あっくんにだけ、明日の朝ご飯作ってあげない! パンの耳でもかぢってなさい!」
 「わわっ、そりゃ勘弁してけろ、おねーさまぁー」
 じゃれ合いながら、屋根から降りていくふたりを、半分ほどに欠けた月が優しく見下ろしていた。

 ふたりが、再びココから落ちる日は、おそらく二度と来ないだろう。
 それがふたりの選んだ道なのだから。


-FIN-
---------------------------------------
 以上。再加筆修正版。
 ちなみに、部長の深山初音嬢の正体は、先祖返りしたクモ女(女郎蜘蛛)という裏設定がありますが、そちらの話もそのうち書くかも……。
 斉藤菜月の外見イメージは、アニメ「ラムネ」の友坂鈴夏ですが、性格はむしろ近衛七海ないし早坂日和の、いわゆる「後藤邑子声なポンコツさん」。
 余談ですが、この後、菜月ちゃんは学園祭における模擬店でのコスプレが大好評で、「向日葵の君」(サンフラワー)の二つ名を得たとか得ないとか。また、周囲からの推薦で生徒会長の座にもつきます。
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