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サギタリウス・マギカ

 本作は、アニメ『まどか☆マギカ』とゲーム『Fate/stay night』を強引にクロスさせた一発ネタ的SSです。
 ARCADIAのチラ裏掲示板に投稿したのですが、まだ『まどが』放映中で結末がハッキリしない今しか堂々と出せない「旬のモノ」だと思い、急きょコチラにも掲載することにしました(その分、リライトが甘いです)。
 私の二次創作の常ではありますが、原作を知ってるコトを前提に書いているので、一見さんには少々わかりづらいかもしれませんが、あしからず。

※ARCADIAに完結編投下したの忘れてました! こちらも更新しておきます。

サギタリウス・マギカ


●序幕:『贋作者は悪夢の牙から少女を護る

 ──奇跡も、魔法も、あるんだよ。

 そう、それは本来あり得ないはずの「奇跡」。
 笑顔の虚勢の元で孤独に戦い、遺言あるいは恨み言を遺すことさえできずに無残に散ったはずの少女の元に舞い降りた「救いの手」。

 * * * 

 「答えは得た。大丈夫だよ遠坂。オレも、これから頑張っていくから」

 召喚されて以来一度も見せなかったような、陰りのない素直な笑顔を浮かべて、「彼」は、己が最高のパートナーだった少女に別れを告げる。
 これほど清々しい気持ちになったのは、どれほどぶりだろうか。

 (惜しむらくは、ココにいる「私」が英霊(ほんもの)のコピーに過ぎず、「座」に戻れば単なる「記録」として本体に吸収されることか。
 無論、本体にも何がしかの影響はあると思うが、できればこの想いを抱いたまま、今度こそ「俺」が望んだ道を……ムッ!?)

 本来は、単なる「記録(データ)」に分解されて、座にいる本体・英霊エミヤのもとに回収されるはずだった「彼」は、しかしその間際で、自分の「身体」がどこからか引っ張られるのを感じた。
 「バカな……私は、すでに実体化を保つことすら困難だったはず!?」
 と、その時、「彼」の心に、何者かの「想い」が流れ込んでくる。
 (なんだ、コレは……??)

 ──いたい……こわい……さびしい……つらい……どうしてわたしが……でもやらないと……

 混沌としたそれらの感情の中に隠された、どうしようもなく強い想い、いや「願い」。

 ──だれか……だれか、たすけて!

 それが少女の悲痛な心の叫びだと理解した瞬間、「彼」はすべての「壁」を飛び越えて、吸い寄せられるように、その声の主の元に舞い降りていた。

 * * * 

 「っ!!」
 自宅のリビングのソファ──すでに彼女以外に座る者もいないそこに、倒れるように突っ伏して、今日の「戦い」によって心身両面に刻みつけられた傷跡にうなされていた少女は、あり得ないはずの人の気配を感じて立ち上がり、慎重に警戒態勢をとった。
 (これは……魔力!?)
 だとすれば、単なる物取りの類いではありえない。
 魔女か……あるいは「同業者」か……。
 いずれにしても、負傷した身で対峙するのはかなり厄介な相手だった。不幸にして、唯一の「お友達」である白い獣とも今日は別行動だ。
 それでも、少女──巴マミは、自らのソウルジェムを掌中に構えつつ、油断なくその「魔力の気配」の場所を探っていたのだが……。

 ──キュイイイイーン!
 ──ドサッ! バキ、メキ!!

 突如空間に歪みが生じたかと思うと、天井付近に現れた「穴」からいきなり男性が降って来たのには、「普通」とは程遠い生活を送っている彼女も、さすがに度肝を抜かれた。

 「やれやれ、私は乱暴に召喚される運命にあるのか……まぁ、室内に現れたぶん、前回に比べればまだマシとも言えるが」
 先ほどまでマミが身を預けていたソファに、尻からめりこむような形で落ちてきた、青年がボヤく。
 「だ、誰!?」
 「人に物を尋ねる時は、まず自分から……と言いたいところだが、此処では私の方が侵入者のようだから、いたしかたあるまい。
 私の名前は──そうだな。アーチャーと呼んでくれ」

 ……格好つけたセリフ回しだったが、半壊したソファに尻もちついたままなので、色々と台無しだった。


●第一幕:『狙撃手は最高の射手を師に仰ぐ

 リビングのテーブルをはさんで腰かけたふたりの男女が、静かにお茶を飲んでいた。
 ひとりは14、5歳くらいの少女、巴マミ。明るい栗色の巻き毛と、年齢に似合わぬ卓越したプロポーション(とくにバスト)を持つ、この家の主だ。
 彼女と向かい合って座っているのは、赤い外套(?)をまとった長身の青年。浅黒い肌と灰にも似た白い髪が特徴的な彼は「アーチャー」と自称している。
 無論、本名ではない。本人も「まぁ、通称のようなモノだ」と認めている。

 おっとりと優しげな女子中学生と、どこか危険な香りのする20代後半に見える青年。普通なら接点などおよそあるはずがない組み合わせに見えるのだが……。

 「……いい香り。シロウさん、また腕を上げましたね。ちょっと悔しいかも」
 「喜んでいただけたようで、光栄だよ。なに、キミの味覚とセンスがあれば、すぐに私なぞ追い越せるさ。
 紅茶を入れるために必要なのは、定められた手順(ゴールデンルール)を守ることと……」
 「飲んでもらう相手のことを想うこと、ですね?」
 マミの答えに、アーチャーは出来のよい教え子を見守る教師の目で頷いた。
 「それがわかっているなら、私から教えることは、なにもない」
 「フフフ、ありがとうございます♪」

 * * * 

 さて、今でこそ、こんな風にのどかなやりとりをするふたりではあるが、出会った当初は、これとは真逆の、むしろ殺伐といってすらよい空気に包まれていた。

 もっとも、ソレはどちらに責任があるというワケでもない。
 マミは、その穏やかな雰囲気とは裏腹に、「魔女と戦い、平和を護る」ための「魔法少女」などという非常識な職業(?)に就いている。
 その関連で超常的な現象に対する理解や耐性は、常人より高い方ではあったが、その彼女をしても目の前に現れた男の話は眉唾モノだった。
 なにせ、ココとは異なる異世界──あるいは並行世界から来た、「魔術使い」で、しかも「すでに死んで英霊となった存在の分身」だというのだから。
 実際、彼女以外の魔法少女にそんな説明をしても、狂人の戯言と一蹴されるか、もしくは「魔女」の手先か何かだと勘違いされて戦いになっただろう。

 しかしながら、マミは他の魔法少女とは少々毛色の違う娘だった。
 「魔法少女」は、グリフシードを得るために「魔女」と戦う──いや、戦わざるを得ない。
 そして、彼女達の大半は、戦いをグリフシードを得るための手段と割り切っている。時には、同じ魔法少女同士で、グリフシードを巡って戦うことさえあるのだ。
 しかし、巴マミの場合、そういう側面がないワケではないが、むしろ「魔女の手から、平和な世界を護る」という義務感、責任感によって動いている面が大きかった。
 あるいは、それを「正義感」と呼び変えてもよい。
 だからこそ、マミは胡散臭さ120%な正体不明の男、アーチャーに対しても、まずは対話を望み、会話を糸口としてある程度の相互理解に至ることができたのだ。
 数時間にわたる情報交換と論議の結果、マミはアーチャーの存在を受け入れ、アーチャーは巴家の世話になることになった。

 もっとも、年頃の女の子の家に、(外見だけとはいえ)若い男が暮らしているという風聞がたつのは、あまり好ましくない。
 アーチャーのスキル「霊体化」で他人に見えないようにするという手段もあったのだが、マミがそれを望まなかった。
 ──おそらく、交通事故で天涯孤独となった彼女は、「家族のぬくもり」に飢えていたのだろう。
 そこで、「両親を亡くした未成年のマミの事情を心配した親戚の中から、又従兄であるアーチャーが保護者として同居することになった」というカバーストーリーをデッチあげることになった。
 翌日、アーチャーは「巴シロウ」という偽名を名乗って、周囲に挨拶回りをしている。その際、普段の皮肉屋な印象が嘘のような「好青年」を演じてみせたおかげか、近所の評判も上々だった。

 * * * 

 アーチャーにとって、巴マミという少女は、極めて好ましい人物である同時に、どこか古傷が疼くような懸念を抱かせる存在でもあった。

 平素のマミは、(一部の身体的特徴を除いて)以前のマスターであり、かつての旧友でもある少女・遠坂凛を思わせる、心優しく穏やかで優雅な、絵に描いたような「優等生」だ。
 しかも、凛のアレが日常を無難に過ごすための外部に対する仮面(ねこかぶり)の意味合いが強かったのに対し、マミの場合はほとんど素で「いい子」なのだ。
 無論、彼女とて人の子、他人には隠しておきたい嫌な面、暗い面のひとつやふたつはあるのだろうが、少なくとも「裏表がある」という評価とはかけ離れた性格であることは間違いなかった。

 しかし。
 問題は、「魔法少女」としてのマミだ。
 いや、決して魔法少女としての彼女が、不真面目だったり、利己的だったり、不必要に好戦的だったりしたわけではない。むしろその逆だ。

 「この日常のすぐそばに、それをたやすく破壊しかねない非日常の──悪意の牙が潜んでいる」。
 「そして、それに対抗できるのは、「魔法少女」となった自分達だけ」。
 「だから──戦う」。

 ここで、何の気負いもなくその結論に至れる人間がどれだけいるだろうか?
 魔法少女と縁が深い白い獣をして「珍しいタイプ」と言わしめるその心映えは、あるいは人としてみれば立派ではあったかもしれないが、同時にどこか危うい。
 そのコトを、かつて「正義の味方」の道を志した者のひとりとして、アーチャーは嫌というほど理解していた。
 無論、マミは衛宮士郎とは違う。彼ほど空虚な人間では、決してない。
 しかし……それでもどこか歪(イビツ)に感じられるのは、先入観故か。
 マミ自身から聞いた「彼女が魔法少女になった経緯」もまた、その印象を強めているのかもしれない。
 家族を失い、自身も瀕死であったところを魔法の力に救われ、自らもそうあらんと志す。
 細かい状況こそ違えど、字面だけ見ればそれは、衛宮士郎の過去そのものではないか!

 ふと、アーチャーの脳裏に、自分とは異なる道筋を辿ったもうひとりの自分──「とある世界の衛宮士郎」の言葉が浮かんできた。
 「やくそ…する。オ…は、……だけの……味方になる」
 もはや細部の記憶は擦り切れ、曖昧だが、それでもその意味するところは十二分にわかる。
 (そうか、エミヤシロウは「どこかの誰かの正義の味方」以外の何者かにもなれたのだな)
 答えは得た。凛に告げたその言葉に嘘はない。
 ならばこそ……と、アーチャーは考える。
 この少女が「世界を守る正義の魔法少女」であると言うなら、自分は彼女の身と志を守る「巴マミの正義の味方」になろう、と。
 それが、あの日、彼女の血吐くような心の声に召喚(よ)ばれた自分の責務だろう。

 当初、マミの事情を聞いたアーチャーは、「自分が代わりに戦う」から「これ以上マミが戦う必要はない」と主張したのだが、少女は困ったように微笑んで、首を横に振った。
 これは「自分(わたし)」の「義務(やくそく)」なのだから、と。
 押し問答の末、見かけによらず強情な家主に対して、アーチャーはふたつの条件のもと、譲歩せざるを得なかった。
 ひとつは、マミが戦う際、いざと言う時のため霊体化して身近に控えていること。
 もうひとつは、過酷な運命に負けぬよう、彼が彼女の戦闘技術を鍛えること。

 共に暮らし始めて数日が経過し、ある程度の信頼関係は築いていたため、マミも、躊躇いながらもアーチャーの提案を受け入れた。
 「じゃあ、お手柔らかにお願いしますね、センセ♪」

 魔法少女としてのマミの主戦法は、魔力で生み出す幾十幾百のマスケット銃による遠距離戦だ。
 それは双剣使いとしてのアーチャーの戦法とはかけ離れていたが、幸いにして彼は、彼女のソレと似た、そしてより強力な戦い方を心得ている。
 「無限の剣製(アンリミテッド・ブレードワークス)」。
 本来は彼の心象風景を現実に投影する禁忌の大魔法であるが、そこまでに至らずとも、全投影連続層写(ソードバレルフルオープン)でマミと同様の戦法は再現できる。
 そして、この戦法の長所も短所も、彼は誰よりもよく知り尽くしていた。

 無論、抑止の守護者として幾多の戦いを超えて来たアーチャーの有する戦闘経験もまた、魔法少女としてはかなりの実力と実戦経験を持つマミと比較してさえ、桁違いだ。
 孤独だった魔砲少女は、ある意味、最高の師を得たと言えるだろう。


●第二幕:『先任下士官(ベテラン)は新米候補生(ヒヨッコ)に警告する

 「さ、入って」
 「えっと……」
 「じゃあ、お邪魔しまーす」
 マミと同じ中学の制服を着たふたりの少女が、彼女に招かれて巴家へやって来た。
 「ふわぁ~」
 「素敵なお部屋……」
 高層マンションの一室ではあったが、巴家の中は清潔で機能的で、しかも暖かみに溢れた雰囲気にまとめられていた。
 カーペットや調度類はごくありふれたモノなのだが、それらの配置やちょっとした小物・装飾類が、そこで暮らす人の心を落ち着き、和ませる。そんな意図のもとに整えられているのだ。
 その事を何となく感じ取ったふたりの少女──鹿目まどかと美樹さやかが感心していると、奥の部屋から男性の声が聞こえてきた。
 「──お帰りマミ。お客さんかね?」
 リビングの向こう、おそらくはキッチンがあると思しき場所から現れたのは、糊のきいた白いYシャツに黒のスラックス、そして同じく黒のベストとエンジ色のネクタイをピシッと着こなした長身の男性だった。
 歳の頃は20代後半か。イケメンというのとは少し異なるが、褐色の肌と白い髪という日本人離れした容貌を持ち、少々いかめしくも頼りがいのある好青年と年少の少女達の目には映ったはずだ。
 ──彼が水玉模様のエプロンを着けていなければ。
 「ブッ!」
 すでに見慣れているマミや、自宅で父の主夫っぷりを毎日目にしているまどかと異なり、さやかの目には「カッコ良さげな男のファンシーなエプロン姿」のギャップは、少々刺激が強すぎたようだ。
 思い切り噴き出して硬直している。
 「ただいま、シロウさん。こちらは同じ学校の後輩の、鹿目さんと美樹さんよ」
 「あ、あの、初めまして。鹿目まどかです。よろしくお願いします!」
 「ほぅ、礼儀正しいお嬢さんだ。こちらこそよろしく。私は巴シロウ。マミの……まぁ、保護者のようなことをしている」
 「シロウさんは、遠縁の親戚で、両親のいないわたしの面倒を見てくださってるの」
 ……が、そんなさやかを放置したまま、他の3人の会話が和やかに続けられている。3人ともなかなかイイ性格をしているようだ──いや、まどかは天然なだけかもしれないが。

 「あ、この紅茶、美味しい……」
 「ほんと、ケーキも激ウマだしね。あ、もしかしてマミさんの手作りとか?」
 少女達がリビングのテーブル前に座って、目の前に紅茶とケーキを出された頃、ようやくさやかもいつもの調子を取り戻していた。
 「ウフフ、残念ながら違うわ」
 マミはおっとりと微笑みながら、傍らで執事然と3人に給仕をする(ただし、さやかを慮ってエプロンは取った)男性へと視線を投げる。
 「気に入っていただけたようで何よりだよ。紅茶のお代わりはいかがかね?」
 「へっ? もしかして、コレ作ったの……シロウさん!?」
 「すっげーー!」
 美味なるスイーツを作れる者は、すべからく少女達の尊崇を得るものなのだ──たとえ、外見からくる印象とは少なからず食い違っていたとしても。

 ──カチャリ。
 「さてと。それじゃあ、そろそろ本格的に説明を始めてもいいかしら?」
 紅茶を飲み干したカップをソーサーに戻すと、マミは表情を改めてふたりの後輩の目を見つめた。
 マミの雰囲気に触発されたのか、まどか達も少しだけ真剣味をまして、かわるがわる疑問に思っていることに対して質問を始める。
 その間、シロウ──アーチャーはマミに説明その他を任せていっさい口をはさまず、ただ彼女の背後にたたずんでいた。
 いや、より正確には、他の人間には悟らせないように細く集束した殺気を、テーブルの上で丸くなった白い小動物に向かって投げかけて、その動きを牽制していたのだが。

 * * * 

 初めてマミと出会い、共にあると契約、いや「約束」した直後から、アーチャーはこの白い小動物、キュウべぇに不審感を抱いていた。
 当然だろう。
 本来は、平和な日常の中、日々を笑顔で過ごして然るべき年若い──幼いと言っても過言ではない少女達を、ソイツは血なまぐさい戦いとそれに伴う生命の危険に満ちた、非日常の世界へと誘っているのだから。
 朴念仁に見えてこの男。じつはかなりのフェミニストだ。それは、正義の味方あるいは守護者として幾多の戦場を超えてすら完全に磨滅しきることなかった、旧友の言葉を借りれば「心の贅肉」なのだが、だからこそ彼なのだとも言える。

 また、そういった個人的な感傷を別にしても、この白い獣の存在は胡散臭いの一言に尽きる。
 そもそも、ヤツは、肝心の「魔女」の発生原因すら曖昧に口を濁してハッキリさせていないのだ。少なくとも台風のように自然発生する災害の類では決してない、とアーチャーはニラんでいた。
 あるいは、その行動原理にしたって曖昧だ。第一目的は何なのか? 「魔女の掃討」なのか、あるいは「魔法少女を増やすこと」自体なのか。
 前者であれ後者であれ、その動機は? 自発的なのか、誰かに命令されてやっているのか? もし命を下した者がいるなら、その上位者は誰あるいは何なのか? ……論理的に考えれば考える程、わからないコトが多すぎた。
 無論、ヤツを問い詰めることも考え、一度ならず実行に移そうとしたのだが、この白いぬいぐるみモドキは、魔法少女とその候補者以外とはいっさい口をきかない。
 あたかも、ソコに自分と彼女達以外が存在していないかのように振る舞うのだ。
 心情的立場的にキュウべぇを庇ってしまうマミの目を盗んで、脅しじみた詰問もしてみたのだが、まるでのれんに腕押しで、あのつぶらな赤い目からロクな反応を引き出すことすらできなかったのだ。
 あくまで推測だが、アーチャーはこの白い小動物を、幻獣や使い魔の類いではなく、「世界に組み込まれたシステムの一部が具現化したもの」ではないか、と考えていた。
 例えるなら──あまり愉快ではないが──抑止力(そうじや)としてアラヤにこき使われる彼ら守護者のようなモノなのかもしれない。そう考えれば、あの無機質さにも納得がいく。
 いずれにしても、この白い獣の動向は警戒すべきだと、彼の勘が告げていた。

 最終手段として、アーチャーはソウルジェムに「破戒すべき全ての符(ルール・ブレイカー)」を突き刺して、強引にマミの魔法少女契約を破棄することも考えてはいたが、今の時点で実行するには、あまりに不確定要素が強すぎた。
 ルール・ブレイカーの効果の有無については心配していないが、問題は「契約破棄」したあとだ。
 現在のアーチャーは、サーヴァントシステムとは異なるものの、マミと契約を交わし、魔力のパスを繋げることで、この世界で確たる存在を保っている。
 マミ自身に魔術回路はなく、おそらくは魔力そのものもソウルジェムが生み出していることから考えて、彼女が魔法少女でなくなれば魔力供給はほぼ無くなると、考えてよいだろう。
 もっとも、現在の彼は受肉こそしていないものの、その存在は破格の安定度を示しているので、「生きる」だけなら食事や睡眠による魔力補給でも何とか命脈を保つことはできるだろう(現に、普段はほとんどマミの魔力は使用していない)。

 だが、そのコトを計算に入れずとも、ほかにも問題はあった。
 たとえば、彼の世界の吸血鬼──死徒を例にとろうか。
 他の死徒に襲われ、死亡したものの、先天的に素質があったせいか、グール状態をすっ飛ばして死徒になった者がいたとしよう。
 とあるキッカケから生前に面識を持つことになった、なんちゃって女子高生吸血鬼のことを、彼は思い浮かべる。
 死徒化とはそもそも魂レベルの汚染──呪いであり、それをルール・ブレイカーで断ち切ることができるかどうかはアヤしいところだが、仮にそれが可能だったとして、それをかの不幸少女に実行したらどのような結果になるのか。
 「無事に死徒化が解け、人間の女の子に戻る」。それは一番望ましい結果だが、たぶんその確率は非常に低いだろう。おそらく、いちばんあり得るのが「死徒化が解けると同時に、生命を失い、死体に戻る」だ。
 それに鑑みて考えるなら、マミの契約を破棄するということは、彼女の「生きたい」という願いをも破棄することになるのだから、たちまち瀕死の状態に戻る……というのは、大いにありそうなコトだ。
 「遥か遠き理想郷(アヴァロン)」の力を使えば、たとえ死に瀕している身でも、ある程度回復させることはできると思うが、絶対確実とは言えない。
 逆に、単独行動のスキルがあるとは言え、あれほどの宝具を魔力供給なしで使用すれば、アーチャー自身が消えるのはほぼ確実だろう。
 そもそも本来はすでに(二重の意味で)死んだ身。庇護する少女の身の安全がはかれるなら、そのまま消えることを今更厭う気はないが……。
 (──もっとも、それではあの時の「ずっとそばにいる、ひとりにしない」という契約、いや約束を果たせなくなるワケだが、な)
 それが孤独な少女の心をひどく傷つける裏切り行為だと知っているが故に、彼はその選択をギリギリまで選ぶつもりはなかった。
 (フ……私も甘くなったものだ。これではあの小僧を笑えんな)

 * * * 

 「……だから、貴女達には、よく考えて決めてほしいの。本当に、命の危険と引き換えにしてまで、叶えたい願いがあるのかどうかを」
 マミがそう説明を締めくくるとともにお茶会は終了となり、ふたりの少女はマミに感謝しつつ、それぞれの家へと帰っていった。

 「──問答無用で「止めておけ」とは言わなかったのだな」
 手際良く食器を片づけつつ、アーチャーはチラとマミの方へと視線を投げかける。
 「あら、わたし自身も貴方のその申し出を跳ねのけているのに、他人にソレを強制する権利も資格もないでしょう?」
 「だが……」
 「あまりに危なっかしい」と彼が口にする前に、少女はボフッとアーチャーの背中に抱きついた。
 「うん、わかってる。彼女達は「まだ」引き返せる。でも、だからこそ、そうするコトに……非日常に背を向けて日常を選ぶことに納得してほしいの」
 そうでないときっと後悔する。あるいは半端にコチラ側を知ったことで、覚悟も知識もなしに、危険に足を踏み入れてしまうかもしれない。
 そんなことには、できればならないで欲しいから……。
 そう語るマミの言葉に、ヤレヤレと首を振るアーチャー。
 「わかってはいたが……キミは頑固だな。それに真っ直ぐ過ぎる」
 言葉のうえでは否定的だが、彼のその無骨な掌がマミの髪を優しく撫でる。
 少女の方も目を細め、いつもの大人びた態度とは異なり、珍しく甘えるような表情を見せている。まるで、歳の離れた、しかし仲の良い兄妹のような心のつながりが、そこにはあった。
 「まぁ、いい。少々難度は増すが、私も今後戦闘時の警戒をよりいっそう強めるとしよう」
 「ええ、頼りにしているわ、アーチャー。貴方がいてくれるなら……わたし、何も怖くないから」
 「そのご期待に添えるよう、努力はするがね。だからと言って、キミも油断はしないでくれよ。戦場では何が起こるかわからないのだから」


●終幕:『壊れた幻想、打ち砕かれた宿命(ブロークンファンタズム、ブロークンフェイト)

 巴マミ、そして霊体化して姿を隠したアーチャーに守られながら、マミの「魔女退治」を見学するまどかとさやか。
 非日常の世界の恐さを体感すれば、平和な日常の尊さを大切に思えるはず……というマミ達の思惑と裏腹に、ふたりの少女は徐々に「魔法少女」という存在に魅せられていく。
 あるいはそれは、マミがあまりに華麗かつ堅実に戦い過ぎたせいかもしれない。そのおかげでまどか達は、目の前の命をかけた死闘に対して「恐怖」を感じるよりも、彼女に対する「憧れ」を強く抱くようになっていたのだ。
 確かに客観的に見て、巴マミは同世代の少女の羨望を集めて然るべき存在ではあった。
 可憐な容貌と大人びた雰囲気。
 中学生とは思えぬ見事なプロポーション。
 普段のおっとり優しげな雰囲気と、戦闘時の凛とした振る舞いのギャップ。
 兄弟姉妹のいないマミ自身も、まどか達を妹のように感じて接しているせいか、「ひとつ年上の綺麗で優しいお姉さん」に対して、14歳の多感な少女達が憧憬を抱かない方が、むしろおかしいとも言えるだろう。
 そして、マミ(及びアーチャー)の目を盗んでキュウべぇが、主にまどかをターゲットに事あるごとに勧誘していることや、その目的がハッキリしない謎の魔法少女、ほむらの存在もあって、彼女達は「魔法少女となってマミと共に戦う」ことを検討し始めていた。

 ──そして、運命へと繋がる扉が開く。

 「今回の獲物はわたしが狩る……貴女達は手を引いて」
 「そうもいかないわ。美樹さんとキュウべぇを迎えに行かないと」
 黒髪の少女の主張を、色々な点からマミは飲むことはできない。
 隙をついて、魔力で作り出したリボンで彼女の身体を拘束する。
 「ば、バカ! こんなことやってる場合じゃ……」
 「もちろんケガさせるつもりはないけど……あんまり暴れると保証はしかねるわ」
 『──マミ』
 その時、パスを通じてアーチャーがマミに声がかけてきた。
 『どうしたの、アーチャー?』
 『その娘のことは任せてくれ。適度に暴れれば拘束が解けるようにしておいてくれれば、私が霊体化したままその後の行動を探ってみよう』
 『オッケー、わかったわ。いい加減、この子の思惑も知りたいしね』
 『ああ。それから、マミ。後輩(いもうとぶん)にいい格好をしたいのもわかるが、キミもゆめゆめ油断せぬようにな』
 『! そんなコト……いえ、そうね。約束する、慎重にいくわ』

 そして迎えた「魔女」との決戦。
 「──ティロ・フィナーレ!」
 いつも通り、それで終わりのはずだった。
 マミがその魔力で作り出せる最大規模のマスケット銃による、まさに「最後の一撃(ティロ・フィナーレ)」を、回避したならともかくまともに食らって斃れなかった魔女は、それまで存在しなかったのだから。
 背を向けて立ち去りかけたマミの脳裏に、しかしつい先ほど聞いたふたりの人物の言葉が甦る。

 ──今度の魔女はこれまでのヤツらとはワケが違う!

 ──キミもゆめゆめ油断せぬようにな。

 無意識に振り返ったマミは見た。ティロ・フィナーレで撃ち抜いたはずの「魔女」の身体から生まれ、より凶悪な姿に変貌した「魔女の影を!

 頭を噛み砕こうと迫るそれをかわせたのは奇跡に近いが、それでもマミは、反射的に顔をかばってあげた右手の手首から先を食いちぎられるハメになった。
 「くぅっ……」
 「ま、マミさんっ!!」
 まどかの悲鳴にも応える余裕がない。
 そもそも彼女が普通の女の子であれば、その痛みとショックだけで失神していただろう。しかし、幸か不幸か、彼女「普通の」少女ではない。
 家族を喪い、自らも命を半ば落としかけた事故の際の痛みの記憶や、魔法少女としての戦いの日々で傷つき血を流すことに慣れてしまっていた経験が、皮肉なことに今、マミの身を救ったのだ。
 二度目の急降下を転がるようにしてかわしつつ、マスケット銃を撃つが、有効なダメージを与えているようには思えない。
 「あきらめる……もんですか!」
 それでも、マミの目から闘志が失われることはない。彼女の後ろには、まどかとさやか──大事な「妹」達がいるのだ。いま、マミが斃れたら、間違いなく「魔女」の毒牙はふたりに向かう。
 そんなコトを許すわけにはいかなかった。
 三度目の突進への反応が、右手の痛みで一瞬だけ遅れる。
 「……ッ!!」
 先刻以上に大きく、ほとんど120度近くまで開かれた「魔女」の顎がマミを飲み込もうとした瞬間も、彼女は勝負を捨てていなかった。
 自らの周囲に10を超えるマスケット銃を用意する。
 (外からの攻撃が効かなくても、内側からならっ!)
 荒海でクジラに呑まれたピノキオよろしく、マミが「魔女」に丸飲みにされようとしたその瞬間!
 『やれやれ、無茶をする……』
 マミの頭上10数センチのところに、直径2メートル近い花弁を重ねたような盾が出現していた。
 その盾にはばまれて、「魔女」は口を閉じることができない。噛み砕こうとしているようだが、どれほどの強度があるのか、それもままならないようだ。
 「戦いに於いて残心を忘れるなと、日頃から言っているだろうが」
 「アーチャー! 来てくれたのね!!」
 「ああ、何せ私は「巴マミの正義の味方」だからな」
 軽口めいたことを言ってはいるが、アーチャーの視線は油断なく「魔女」の動向を窺っている。
 「どうする。その手では無理なら、私が片付けるが」
 「……いいえ、あんな風に自信満々にあの子にタンカを切った手前、せめてわたしがケリをつけないとね。アレをやるわ。アーチャーはふたりを守ってあげて」
 「! アレはまだ……いや、いいだろう。マミ、君の全力を見せてくれ」
 魔力で作ったリボンで簡単な止血をすませたマミは、左手で自らのソウルジェムを掲げる。
 次の瞬間、マミの左手には、通常のマスケット銃の銃身を切り詰めた、あたかも拳銃のような銃が握られていた。
 ようやくアーチャーの作りだした盾──ロー・アイアスを吐き出すことに成功した「魔女」がいったん離脱し、勢いをつけて巴マミに迫るが、それすら意に介さず、マミは手中の銃に残った魔力を注ぎ続ける。
 「──ロトゥーラ・ファタル」
 ティロ・フィナーレとは異なり、高らかに叫ぶのではなく、静かにその言葉を呟いた瞬間、勝敗は決していた。
 マミの短銃から射出された魔力の弾丸は、襲いかかる「魔女」を無視し、緩やかな弧を描いて飛ぶと、少し離れた場所にある一見無関係な、あるいは無害な人形とも見えるソレを撃ち抜いたのだ。
 その直後、手を伸ばせば触れるような位置まで迫っていた「魔女」は溶け落ちるように崩れ落ちた。
 あの「人形」こそが魔女の本体だったのだ。

 * * * 

 「バカな……巴マミが勝った?」
 遅ればせながらその場に駆け付けた黒髪の少女──暁美ほむらは自らの目を疑っていた。
 巴マミが魔女シャルロットと戦えば、「必ず敗北し、命を落とす」はずなのだ。
 だからこそ、ほむらはマミに代わって自らが戦うことを主張したのだから。
 それが、かろうじて逃げのびたというならまだしも、右手と引き換えとは言え完膚無きまでに勝利するとは。それに……。
 「あの男、何者?」
 マミの傍らにいる青年にも、ほむらは見覚えがない。
 「何が起こっているというの……?」

 困惑する少女を尻目に、眼下では、まどかがわんわん泣きながらマミに抱きつき、さやかが突然現れたシロウ(アーチャー)に食ってかかるカオスな光景が繰り広げられていた。

 少女は、ひとりの男の助けを得つつ、自らの「宿命」を乗り越えた。
 それは、滅びを定められた世界に投げかけられた小さな波紋。
 しかし、それが後々大きな波へと成長し、「結末」と言う名の船を想像もつかない場所へと漂着させることになるのだった。


●幕間1:『砂糖菓子の弾丸では絶望を撃ち抜けない

 「さて、何から話そうか……」

 「アーチャー」と呼ばれる男は、ぐるりと部屋の中を見まわし、「4人」の少女の顔に、順繰りに視線を注いでいった。

 ひとり目は、巴マミ。彼の今の「主」であり、彼をこの世界に「召喚(よ)び込んだ」魔法少女。
 一見、正義感が強く、戦い上手で、中学生とは思えぬ心身の強さを持つように見えるが、その反面、意外なほど精神的に脆いところがある。

 ふたり目は、鹿目まどか。マミが通う中学の後輩であり、魔女と魔法少女の暗闘に巻き込まれた少女。
 あの白い獣によれば、「マミ以上の魔法少女としての素質」を持つらしいが、彼が見た限りでは、ごく普通の大人しい女子中学生にすぎない。

 三人目は、美樹さやか。まどかの友人で、彼女と同じくマミの後輩であり、やはり同様に魔女がらみの騒動に巻き込まれている。
 さやかにも魔法少女としての資質はあるらしいが、まどかと異なり直情径行な気質で、なぜか魔法少女としての契約にも関心を持っているようだ。

 そして、最後のひとりが、暁美ほむら。まどかのクラスに転入してきた転校生であり、同時にマミと同様、魔法少女でもある存在。
 何か理由があってまどかの周囲に出没しているようだが……。

 おおよその事情を知っているマミからは信頼を、先ほどの戦いのショックから覚めやらぬまどかとさやかからは困惑を、そしてほむらからは疑念を込めた視線を返されつつ、考えがまとまったのか、アーチャーはゆっくりと話し始めた。

 * * * 

 弓の英霊の話に移る前に、何故、「あの」暁美ほむらが巴家のリビングでお茶を飲んでいるのか、説明しておこう。
 と言っても、たいして複雑な経緯があるワケではない。アーチャー本人が彼女を「招待」したのだ。

 先の「お菓子の魔女」シャルロット戦の直後、マミの右手の治療の必要もあって、一行はすぐに壊れつつある魔女の結界から抜け出たのだが、アーチャーだけは自分達のあとをつけている少女の存在に気づいていた。
 マミに後輩ふたりの引率を任せると、アーチャーはフイと姿を消し……気配もなく尾行者の背後に現れ、声をかけたのだ。
 「知りたいことがあるなら、コソコソせずに正面から訊いてみてはどうかね?」
 ほんの一瞬だけ驚いたように目を見開いたものの、すぐさま表情を消したほむらは、すかさず自分の耳元に囁いた男──アーチャーの背後に、自らの能力を使って回り込んだ。
 いや、そのはずなのだが。
 「おっと、物騒なものはしまってくれないか。こんなトコロで争うのは君にとっても本意ではないはずだ」
 まるで見透かしたかのようにアーチャーはすでに後ろ、つまりほむらの回り込んだ方に向き直り、彼女がつきつけるつもりだった拳銃の銃身を握っている。
 「……どういうつもり?」
 「別に深い意味も害意もない。君も私に関して色々疑問に思っているのだろう? あのふたりにもこれから説明するつもりだったから、どうせなら君にも一緒に聞いてもらう方が、説明する手間が省けるというものだ」
 「──わたしを信用するというの?」
 疑念に満ちたほむらの視線。だが、そこに隠しきれない真意と真実の色が混じっていることを、百戦錬磨の弓兵は見抜いていた。
 「ふむ。そこまで神経質に隠さねばならないというワケでもない──特に、君達のような非日常の世界に足を片方踏み入れている者には、な」
 弓兵と魔法少女の視線がほんのひと呼吸のあいだ交錯する。
 ──互いの目の奥に、どこか似た部分があると感じられたのは、単なる錯覚だろうか?
 「……条件があるわ。あのキュウべぇと名乗る存在は席を外させて」
 「奇遇だな。私も、それには同感だ。マミにもあの子たちにも、あの白い獣はできるだけ近づけたくない」
 共通の「敵視する存在」がいると分かったせいか、場の雰囲気が幾らか和んだ。
 「わかった。行くわ」
 先に折れたのはほむらの方だった。セーラー服めいたその戦装束を解除して、見滝原中学のクリーム色の制服姿へと戻り、マミの家に向かって歩き始める。
 (! やはり、か。ならばこの娘は……)
 胸の内でそう呟きながら、アーチャーも少女の後を追ったのだった。

 無論、巴家に着いた時点で、アーチャーが伴って来たほむらの姿は(特にさやかに)ひと波乱巻き起こしたのだが、アーチャーのとりなしと、家主であるマミが認めたため、最終的に客人として部屋に迎え入れられることとなった。

 * * * 

 「君達は、パラレルワールド、という概念を知っているかね?」
 アーチャーの説明は、一見彼の正体と関係なさそうなそんな言葉から始まった。

 彼は、その「並行世界の地球」から、マミに「呼ばれて」来たこと。
 彼の故郷では、人目を避けてではあるが、魔術とそれを扱う魔術師が実在していたこと。
 彼自身、実は人間ではなく、英霊と呼ばれる亡霊に近い存在であること。そして、限定的にではあるが魔術を使えること。
 ……大雑把な説明ではあったが、アーチャーは、少なくとも嘘はつかず、現時点で可能な限りの手札を少女達に示した。

 彼が予想した通り、まどかとさやかは、あまりよく分かってなさそうだが、元は読書好きで豊富な知識を持つほむらは、彼の言いたいことを(信用したか否かは別として)おおよそ理解したようだ。

 「──つまり貴方は、異世界の英雄で、巴マミを守るためにこの世界に来たと言うの?」
 「正面切って問われるといささか面映ゆいが……まぁ、概ねそういうことになるかな」
 「信じられないかね?」と問い返すアーチャーに対して、ほむらは緩やかに首を横に振った。
 「いいえ。信じるわ」
 そう、突拍子もない話ではあったが、ほむらは信じた。
 なぜなら、彼──アーチャーの存在は、彼女が未だ一度として感知したことのない異分子(イレギュラー)だったからだ。
 鹿目まどかとその周囲を取り巻く状況に関して、彼女は誰よりも詳しく熟知しているのだ。
 それなのに、そこに本来決してあり得ないはずの存在がいきなり出現したとしたら……正真正銘の異世界人だという話にも、ある程度の信憑性が生まれる。
 また、彼の目の色にも見覚えがあった。
 大切な誰かを救うために、必要とあらばそれ以外のものを切り捨てることを厭わない鋼の意志──それは、まぎれもなく毎朝鏡の中に見つける自分の瞳と同じ代物だ。
 もっとも、彼女は気づいていないが、同時に「しかしながら、可能であれば周囲の者も助けてやりたいと願う、捨てきれない甘さ」という共通点もあったりするのだが。
 「少なくとも、巴マミを守りたいと言う貴方の気持ちに嘘はないと思う」

 彼女の言葉を聞いた瞬間、固唾を飲んでふたりのやりとりを見守っていたまどかは、ホッと安堵の溜め息を漏らした。
 さやかやマミはあまりいい印象を持っていないようだが、まどかの方は、この張り詰めたような孤高の雰囲気をまとう少女を、どうしても嫌いになれなかったからだ。
 まどかに釣られて、さやかやマミの雰囲気も幾分和らいだかに思えたが……。
 「ところで、私達の世界の魔術師のあいだでは、「等価交換」という原則が非常に重視されていてね。私の方の事情を教えたのだから、今度は君の話を聞かせてもらえないだろうか」
 アーチャーがとんでもないことを言いだしたため、再び部屋の緊張感が高まった。
 「──わたしが、貴方の流儀に従う言われはないと思うのだけど」
 ほむらの言葉は、誠にもっともだ。
 「ふむ。確かに君は魔術師でも、魔術使いでもないから無理強いはできんな。ならば私の方から勝手にちょっとした質問をさせてもらおうか。答えるか否かは君に任せよう。
 君の魔法少女としての特殊能力は、未来予知か時間逆行を含めた固有時制御だと踏んでいるのだが?」
 アーチャーの言葉を聞いた途端、ほむらの目が表情が僅かに堅くなる。
 「こゆうじせいぎょ……って、何なんですか、シロウさん」
 「私の養父(ちち)が得意としていた高度な魔術なのだがね……簡単に言えば、自分と周囲の時間の流れを操る術と言えばいいかな。たとえば、周囲の時間の流れを止めて、自分だけが動けるとか」
 ?マークを浮かべたまどかの問いに、律儀に答えるアーチャーだが、視線はほむらから外していない。
 一方、ほむらは内心で葛藤していた。
 目の前の男に能力を見破られた事に関しては驚いたが、それ自体はそれほど致命的なことではない。
 しかし、これはある意味チャンスではあった。
 以前、「仲間」の魔法少女達にキュウべぇの真意を打ち明けた時は信じてもらえず、逆に悲惨な結果を生むことになったが、あれから自分も色々な面で成長していると思う。
 今ならまどかもさやかも魔法少女になっていないから、マミの心の負担もそれほど大きくはないだろう。
 彼もキュウべぇに不審を抱いているようだし、あるいはマミを説得してくれるかもしれない。
 素早くそう頭の中で思考をまとめると、ほむらは改めて背筋を伸ばし、言葉を紡ぎ始めた。
 「貴方の言う通り、わたしの力は、自分以外の時間停止……そして、ある特定条件のもとでの時間逆行よ」

●幕間2:『迷走する思春期のエゴグラム

 かの白い獣が評するところの「最大のイレギュラー」たる魔法少女、暁美ほむらは、自らも含めた魔法少女システムの裏側について、語ろうとしていた。
 「まず、最初に言っておくわ。わたしは、自分の時間逆行能力を使って、この時間──そうね、9月16日からの、およそ1ヶ月あまりを、すでに何度も繰り返している。それを前提として話を聞いて頂戴」
 「何度もって……ほむらちゃん、そんなに何回もタイムスリップしてるの?」
 途方もない話だったが、ほむらに多少隔意があるマミやさやかはともかく、素直なまどかはアッサリ彼女の言葉を信じたようだ。
 「そうよ……目的があるの。それを成し遂げるまで、わたしは何度でも……百万回だって時を繰り返すつもりよ」
 ほむらの言葉に込められた静かな意思は、3人の少女達が気押されるだけの重みをはらんでいた。
 「ふむ……まさに、「魔法」の領域の話だな。それが事実だとして、君の追い求める目的とやらを聞かせてもらってもよいかね?」
 形こそ違えど、かの弓兵もまた、理想を追い求めて幾度となく絶望的な戦いを繰り返した存在だ。いつ果てるともしれない戦いの日々の過酷さは身に染みて分かっている。
 だからこそ彼は、ほむらの瞳の色から、彼女が少なくとも嘘は言ってないだろうことを確信していた。
 「ええ──いえ、むしろぜひ聞いて、考えて欲しい」
 ほんの一瞬だけ瞼を閉じたほむらは、再び目を開けると、アーチャー、さやか、マミの順に視線を向け、最後にまどかの瞳を真っ直ぐに見詰めながら、自らの辿った軌跡を語り始めた。

 長期入院から復学したてで、勉強も運動も何もできないただの臆病な少女だった時、魔女の結界に誘い込まれて襲われかけたところを、すでに魔法少女になっていたまどかとマミに助けられたこと。
 魔法少女に関する話を聞き、まさに今のまどかとさやかのように、ふたりのあとをついて回ったこと。
 ワルプルギスの夜が襲来し、マミが斃れ、ひとり残ったまどかが玉砕覚悟で戦いに赴き、予想通り相討ちになったこと。
 友達であるまどかの危地に何もできなかった自分が嫌で、まどかの亡骸を前にキュウべぇと契約し、魔法少女になって時を遡る力を得たこと。

 「えーっ!? てことはつまり、わたし、もう魔法少女になってたの? しかもそんなに凄い……」
 自分が死んだという話をされた割に、まどかは別のところが気になっているようだ。
 「──そうね。まどか、魔法少女になったあなたは、とても愛らしく、でも凛々しくて……当時のわたしの憧れだったわ」
 「ほ、ほむらちゃん……」
 視線が絡み合い、そこはかとなく百合な雰囲気の漂う一角。
 「仲良きことは麗しきかな、だが……続きを話してくれないか?」
 反面、対照的に「ふたりの世界」から疎外されたマミとさやかの雰囲気が悪くなる。それを案じたアーチャーが、ほむらに続きを促した。
 「──コホン。そうね」
 気を取り直して、ほむらは話を続ける。

 退院当日に逆行したほむらは、積極的にまどかに自分も魔法少女であることを明かし、マミも含めた3人チームで戦っていくことになる。
 「もっとも、魔法少女になったばかりの新米だったわたしは、まだ戦力も経験も足りなくて、最初はふたりのお荷物になってばかりだった。
 まどかもそうだけど、巴マミ、あなたには当時よく助けられたわ」
 ほむらに軽く会釈をされて、戸惑うマミ。当然だろう。ほむらから見れば「過去の出来事」なのだろうが、逆にマミにとってはカケラも身に覚えのない話なのだから。
 (なるほど……だから「貴女とは戦いたくないのだけど」、か)
 ふたりの様子をさりげなく観察しながら、アーチャーは、以前マミと遭遇したほむらが漏らした言葉を思い返していた。
 かつての恩人に敵対することに対して、彼女も何も感じないわけではなかったのだ。

 「時を止めて爆弾を使う戦法で、ようやくわたしも戦力になれるようになった頃、あのワルプルギスの夜が現れたわ」
 3人で挑んだおかげか、マミは意識不明の重態、まどかとほむらもボロボロになりながら、かろうじてワルプルギスの夜を撃破し、3人とも生き残ることはできた。しかし……。
 「魔力を使いはたしてソウルジェムが真っ黒になったまどかが、突然苦しみだしたの」
 ビクン、と大きく震えるまどか。
 「い、一体どうなったんだよ!?」
 代わってさやかがほむらに問いかける。
 「その前にひとつ聞きたいのだけど……巴マミ、ソウルジェムが極限まで濁り真っ黒になった時、何が起こるか、貴女は知っている?」
 「え? そ、それは……」
 改めて問われて、自分がその答えを持っていなかったことに、マミは愕然とする。
 「やはり知らないのね。ソウルジェムが完全に汚染され、漆黒に染まった時……」
 「──グリーフシードとなる、かね?」
 「アーチャー! まさかそんな……」
 頼もしき従者の予想外な言葉に戸惑うマミだったが、続くほむらの言葉は無情だった。
 「いえ、その通りよ。どうしてわかったの?」
 意外そうな目で見るほむらに、アーチャーは肩をすくめてみせた。
 「私は物体の構造を解析する魔術を得意としていてね。その魔術で、マミのソウルジェムと、入手したグリーフシードを解析してみたことがある。結果は「解析不能」」
 「そう、そうよ! アーチャー、あなた、「詳しいことはわからない」って言ってたじゃない!?」
 一分の希望を求めるようにマミはアーチャーにすがりつくが、彼の言葉もまた残酷だった。
 「確かに「詳しく」はわからなかったが、それでもわかった事は皆無ではない。
 家にたとえるなら、中の間取りや家具の配置まではわからなくても、外観ぐらいはおぼろげにつかめたような状況だな。
 その結果、SGとGS、このふたつの「家」の建築様式が、非常に似通っていることは理解できたのだよ」
 「そんな……」
 放心したようなマミの肩に手をやり、少し乱暴に揺さぶるアーチャー。
 「マミ! しっかりしたまえ!! 仮にソウルジェムがグリーフシードに転化しうるモノだとしても、今すぐ君が魔女になるわけではない。そうだろう、暁美ほむら?」
 「──そうね。さっきも言ったとおり、ソウルジェムは極限まで汚染された時にグリーフシードに変わり、魔女を生む。逆に言えば、綺麗な状態を保っていれば問題ないわ」
 信頼するアーチャーの激励と、自らも魔法少女であるほむら自身の保証によって、マミは少しだけ平静を取り直した。
 「……取り乱してごめんなさい、アーチャー。確かにそうよね。でも、キュウべぇは、そんなこと何も言ってなかったのに……」
 「言うはずないじゃない。もし、その危険性を知られたら、進んで魔法少女になる娘がいなくなるもの」
 まだ信じられないという風に呟くマミに、ほむらはそう吐き捨てる。
 「まどかや美樹さんもそうでしょう?」
 ほむらの問いに、顔を見合わせるまどかとさやか。
 「えっと……」
 「さ、さすがに、死ぬ危険性だけじゃなく、下手したら魔女になるってのは、勘弁かな。ハハ……」
 まどかより「契約」に興味を示していたさやかですら、及び腰になっているようだ。
 「ええ、それが賢明ね」
 どうやら期せずして、ほむらの「まどかに契約させない」という願いは、実現する可能性が高くなったようだ。

 「ふむ。そして、暁美ほむら、君は再び時を遡ったというワケか」
 動揺した少女たちの心が小康状態を取り戻した頃合いほ見計らって、アーチャーが、ほむらに続きを促した。
 「ええ。それとわたしの呼び方はほむらでいいわ」
 次のループでは、ふたりのほかにさやかも魔法少女になっていた。皆に「ソウルジェム=グリーフシード」の真実を伝えたものの、あまりに奇想天外な話のため、さやかを筆頭に誰も信じなかった。
 しかし、皮肉なことに、ワルプルギス戦より前に、そのさやかが真っ先に魔女化。これにより、ほむらの言葉が真実とわかったのはよいが、マミが錯乱して仲間のひとり、杏子のソウルジェムを撃ち抜いた。
 続いて、マミのリボンで束縛されてほむらもその標的となるはずだったが、間一髪、まどかがマミのソウルジェムを撃ち抜いてくれたのだと言う。
 「それと……ソウルジェムは、私たち魔法少女の魂を結晶化した、言わば命そのものよ。当然、壊されれば死ぬわ」
 さらなる衝撃的な事実を暴露するほむら。
 「うわっ、なんだよ、その「ひぐ●し」状態!? 結局、あたしとその杏子ってのとマミさんの三人とも死んだってワケ?」
 あまりに凄惨な結末に、さやかが呻く。
 (時間遡行に加えて魂の具現化か。やれやれ、魔法の大盤振る舞いだな)
 内心溜め息をつきつつ、それでもアーチャーは覇気のないマミを気遣う。
 「大丈夫か、マミ?」
 「ええ……大丈夫。わたしは真実を知らないといけないから」
 無論、強がりだろうが、まだ顔色は青いが、その瞳に再び意志の光が戻っていることが見てとれた。
 「平気よ。アーチャー、あなたは何があってもわたしを守ってくれるんでしょう?」
 「ああ、もちろん」
 ……と答えたところで、今度は自分達主従が3人の少女の注目(しろいめ)を浴びていることに気付く。
 「(コホン)済まない。続けてくれ、ほむら」
 鉄面皮なこの男にしては珍しく、決まり悪げな表情を浮かべつつ、仕切り直す。

 「──その後、わたしとまどかはふたりでワルプルギスの夜に挑んだけど、やっぱりボロボロになって、ソウルジェムもほとんど真っ黒になったわ」
 けれど、最後にひとつだけとってあったグリーフシードで、まどかはほむらのソウルジェムを回復させ、ひとつの願い事をしたのだ。
 「過去に戻り、自分がキュウべぇと契約する前に止めてくれ」と。
 「そして、もうひとつ。まどかは「魔女にはなりたくない」と言った。だから……だから、わたしは……」
 一瞬辛そうに目を伏せたものの、顔を上げ、しっかりとまどかの瞳を見つめるほむら。
 「わたしは、まどかのソウルジェムを撃った」
 「ほむらちゃん……」
 「許してなんて言わない。ほかに方法がなかったのは事実だけど、ソレを選択したのはわたし自身だから……」
 劇場のままに言葉を紡ぐほむらを、まどかはそっと抱きしめる。
 「もぅ、いいよ。大事な友達だった「わたし」を自分の手にかけるなんて、きっとすごく辛かったよね。わたしは、その時の「わたし」じゃないけど、でも、その「わたし」もきっとほむらちゃんに感謝してると思う」
 「まど、か……」
 誰よりも待ち望んでいた「友」の優しい言葉に、ついに気丈な女戦士の仮面は剥がれる。
 滂沱と流れ落ちる涙を隠そうともせずに、ほむらはまどかの胸に顔を埋め、しばし嗚咽を上げるのだった。

 「──少し休憩を入れよう。お茶のお代わりとスコーンはいかがかね?」
 頃合いを見はからって、いつの間にか台所に姿を消していたアーチャーが、ティーポットとお菓子の入ったトレイを手に現れた。
 ほむらも席を外し、洗面所で顔を洗って来た時には、元のクールな表情を取り戻していた。
 無言のティータイムは、しかしこの部屋にほむらが来た当初と異なり、決して悪い雰囲気ではなかった。
 やがて、皆が落ち着いたことを見計らって、アーチャーはほむらに話しかける。
 「そして、それから何度もワルプルギスの夜を乗り越えようと、君は時を遡ったわけだな」
 「ええ。さっき言ったわたしの目的とは、「まどかを魔法少女にしないで」「ワルプルギスの夜を超える」ことよ。それは、あの子に誓ったわたしの使命」
 「ほむらちゃん……」
 「気にしなくていいわ、まどか。わたしが自分で望んでそう決めたの」
 幸いと言うべきか、この流れなら巴マミの協力は得られるだろう。また、イレギュラーではあるが、異世界の英雄たるこの男の力も借りられれば、ワルプルギスの夜を撃破する公算は決して低くない。
 「そうね。こうなった以上、わたしも協力することにやぶさかではないけど……ただ、それまでグリーフシードがもつかが問題ね」
 動揺から立ち直ったマミも、前向きな意見を述べられるようになったようだ。
 「ふむ。そのことなのだが……マミ、私もひとつ考えていることがある。君のソウルジェムを出してみてもらえないか?」
 「? いいけど……」
 掌に載せて差し出された琥珀色をした結晶に、アーチャーは虚空から取り出した(ように見える)「ソレ」をそっと触れさせた。
 「え!? うそ……」
 先ほどの戦闘で、少し曇りができていたマミのソウルジェムだが、アーチャーの手にあるソレに触れている部分から、ゆっくりと元の色を取り戻していく──まるでグリフシードを使った時のように。
 「!! これは、一体何なの?」
 当然のことながら、マミのみならず、ほむらの眼の色も変わっていた。
 「「全て遠き理想郷(アヴァロン)」と言う宝具……正確には、私の魔術で作り出したその模造品だな。アーサー王の伝説に登場するのだが、聞いたことはないかね?」
 古代ブリテンの英雄アーサーの名と聖剣エクスカリバーくらいなら、まどかやさやかも知っているが、さすがにそこまでは詳しくない。
 他方、優等生のマミとほむらは心あたりがあるようだった。
 「確か、アーサー王が死後に行くことになる妖精郷の名前が「アヴァロン」だったかしら?」
 「エクスカリバー以外に持つ、もう一本の宝剣カリバーンの鞘が特殊な力を持っていたと、何かの本で読んだことがあるわ」
 「どちらも正解だ。妖精の加護により、この鞘には「持ち主の老化を抑え、呪いを跳ね除け、傷を癒す」効果がある。もっとも、それは付随的なもので、本来は究極の防具として機能するのだがね。
 今は、その「呪いや汚れを浄化する」機能を、ソウルジェムに対して使えないか、試してみたわけだ」

 この日を境に、暁美ほむら──いや、すべての魔法少女とその候補たちの運命は、破滅に向かうその運命を大きく方向転換することになる。


●余幕:『魔女よりも強く鮮やかに魔法少女は夢を見る

 「いってきまーす!」
 「おぅ、いってらっしゃい」
 両親らしき人物に見送られて、中学生くらいの少女が父親お手製のクロワッサンを頬張りながら家を飛び出す。
 通学路を急ぎつつ、口中のパンを咀嚼し、何とか嚥下し終わる頃には、彼女は路上に見知った人物の姿を見つけていた。
 「おはよ~! さやかちゃん、仁美ちゃん、それにほむらちゃん!!」
 少女と同じ制服を着た3人の友人もまた振り返る。
 「まどか、おはよう」
 「おはよう、ございます、まどかさん」
 「オッス、まどか」
 4人の少女達はにこやかに笑いさざめきながら、学校へと歩き出す。

 それを、ほんの少しだけ離れた場所から見ているもうひとりの少女の姿があった。
 「これで……よかったのかしら」
 『──さて、な。マミ、合流しなくてよいのかね?』
 「今は止めておくわ。クラスメイト同士のじゃれ合いに割り込むのは気が引けるから」
 『気にすることはないと思うがね。それにしても──彼女は強いな』
 「ええ。でも……それが幸せなことかは分からないわ」
 『やれやれ、結局はそこに戻るのか。いずれにせよ、マミ』
 「何かしら?」
 『そろそろ君も急いだ方がいい。予鈴が鳴るまであと3分もないぞ』
 「!!」
 慌てて駆け出す自らのマスターの姿を、霊体化したまま苦笑しつつアーチャーは見送るのだった。

 * * * 

 「ワルプルギスの夜」と呼ばれる最大最悪の魔女が、この見滝ヶ原の町を襲い、激戦の末に退けられてから、すでに一週間が過ぎていた。
 一般には、「季節外れのスーパーセル」として報道され対処された「ワルプルギスの夜」だが、少なからぬ物的被害を出しつつも、奇跡的に死者0(ただし負傷者は3桁を超えた)で済んだ。
 これは、ひとえに巴マミ、暁美ほむらたち魔法少女の奮戦と、それをサポートしたアーチャーこと英霊エミヤの働きのおかげと言えるだろう。
 マミの遠隔攻撃能力と火力、ほむらの時間停止能力と巧みな戦術、新たに加わった佐倉杏子の柔軟な近接戦能力。そして、多彩な攻撃手段とほむらすら上回る老練な戦闘経験を併せ持ったアーチャーの参戦によって、戦況は五分五分とまでは言えずとも、4:6で不利程度の形で推移していた。
 魔法少女の欠点とも言える魔力切れも、それまでに蓄えたグリーフシードのおかげで少なくともこの戦いについては心配する必要はなかった。これは、普段は全て遠き理想郷(アヴァロン)の能力によりグリーフシードを浄化できた点が大きい。
 あるいは、そのまま戦い続けていれば、何人かの犠牲と引き換えに、「ワルプルギスの夜」に勝つことは出来たかもしれない。さらに言えば、仮に瀕死の重傷を負っても、ソウルジェムさえ無事で、アヴァロンがあれば直すことは決して不可能ではなかったろう。

 しかし……彼女らは忘れていた、あるいは甘く見ていたのだ──鹿目まどかという少女の意志と優しさ、そして正義感を。
 両親の目を盗んで避難所を抜け出したまどかは、同行する美樹さやかとともに、友人達の戦いを見守り……それがあまりに不利(実際には、前述のように戦況はせいぜい4:6という程度だったのだが)だと痛感すると、ついにインキュベーターに契約を申し出たのだ。
 その願いは──「今この瞬間から遥かな未来に至るまで、魔女になった魔法少女を、彼女が絶望を周囲に振り撒く前に、自らの手で消し去ること」。

 その文言に、別の世界如く「過去」という文字がなかったのは、あるいはアーチャーから彼の生前の苦い経験話を聞いていたからかもしれない。
 「ほむらの気持ちは痛い程わかるし、その願いが純粋なものだと理解はしているが……それでも正直私には賛成できないな」
 「どうしてですか、士郎さん?」
 「過去は変えられない。あったことをなかったことになんてできない。そんな歪な願いを抱けば、それは過去に出会った人や犠牲になった人々すべてへの冒涜だと私には感じられるからね」
 失われた王国の王であった少女を例に出して彼はまどかに語ったものだ。
 それが良かったのか悪かったのか……。

 「いいのかい? それでは君は、死して後も魔女を葬るためだけの概念(システム)として世界に存在し続けることを意味するよ?」
 「それでも構わない。契約するわ。死後なんていくらだってくれてあげる。さあ、わたしの願いを叶えてよ、インキュベーター!!」
 そのままであれば、まどかは疑似的な英霊と化して人々の目の前から姿を消すハメになっただろう。別の世界の「女神」となったケースと異なり、人々の記憶から忘れ去られることはなかったにせよ、結果はたいして変わらない。

 しかし、その場には未契約のさやかがいた。義に厚い彼女が親友の窮状を見過ごせるはずがない。
 彼女もまた契約と引き換えに奇跡を願った。遥かに巨大な資質を持つまどかの願いを完全に打ち消すことは叶わないと知った彼女の願いは、「せめて天寿を全うするまでは、まどかが普通の人として暮らせること」。
 言うならば、いばら姫に掛けられた死の呪いを弱め、100年の眠りに書き換えるようなものだ。もっとも、この場合は逆に、泡沫の夢を見るための眠りもたらした、という方が正しいのだろうが。

 ふたつの願いは受理され、まどかは「契約は結んだが、今はまだ魔法少女ではない」という誠に不思議な存在となったのだ。
 その結果、魔法少女さやかの参戦(とは言え、せいぜい自分とまどかの身の安全を確保できる程度だが)に加えて、信じられない奇跡が起こった。
 今のまどかよりも幾分大人びた印象の「もうひとりのまどか」が現れ、聖杯戦争その他で半神や英霊を見慣れているはずのアーチャーでさえ度肝を抜かれるような圧倒的な力で、ワルプルギスの夜を打ち倒し、その残滓を光に還したのだ。
 「大丈夫。わたしがぜんぶ受け止めてあげるから。もう悲しまなくてもいいんだよ」
 「最強の魔女」は「女神」の抱擁に呆気なく崩れ、心なしか人間味さえ取り戻しつつ、逝った。

 戦いが終わると、「彼女」は居並ぶ面々に優しく微笑みかけ、自分自身も含めた各自の耳元に感謝と別れの言葉を残して消えて行った。
 「未来の自分」に囁かれた「がんばって」という激励を胸に、まどかは決意を新たにする。
 暁美ほむらの長く苦しい旅は「ありがとう。ほむらちゃんは私の最高の友達だったんだね」という「まどか」の言葉で、ようやく報われた。
 マミ、さやか、杏子はもちろん、意外にもアーチャーこと士郎に対しても、「彼女」は感謝の言葉を残していった。それがどんなものだったかは──彼は黙して語らなかったが。

 * * * 

 かくして、英雄のいないこの世界で将来「英霊」あるいは「女神」となることを運命づけられた少女、鹿目まどかは日常へと帰った──精一杯「今」を生きるために。
 死後(みらい)の自分を目にした彼女は、この瞬間(いま)がふたりの親友によってもたらされた極めて貴重な「猶予時間」であることを悟り、二度と「普通であること、平凡であること」を嘆いたりしなかった。

 そして、当然の如くマミ達魔法少女は、今も戦い続けている。ただ、アーチャーが傍にいる限りは、ソウルジェムの濁りをさほど気にしなくてよいと言うのは朗報だろう。ほむら達他の魔法少女も、ちゃっかりその恩恵に預かっている。

 ほむらは、「盾」の砂時計を使いきってしまったため、時間操作能力を封印せざるを得なかったが、その豊富な戦闘経験と、あの時「まどか」に託された弓を使って巧みに戦っている。親友であるまどかが暮らす、この世界の平和と平穏を守るために。

 さやかも、正反対の性格をした杏子と衝突しながらもコンビを組み、それなりに上手くやっているようだ。
 思い人である上条恭介との仲は結局成就しなかったが、彼が親友である志筑仁美と結ばれたことについては、むしろホッとしているような素振りさえ見せた。
 「あたしはさ、不器用だから、恭介のそばにいてもきっとアイツを傷つけちゃうと思うんだ。でも、仁美なら、その辺も上手くやってくれると思うし」
 後に彼女は友人達にそう語っている。

 魔法少女の戦いは格段に楽にはなったが、決してなくなったわけではない。「英霊まどか」の力が直接及ぶのは、あの夜以降に生まれた「魔女」──正確には「魔法少女から魔女になった存在」であり、それ以前に世界の陰で生まれ生き延びた魔女や、その使い魔、そして使い魔から魔女となった存在は対象外だったからだ。
 さらに、人間の悪意や悲しみから自然発生する使い魔的な存在──魔獣と呼ばれる敵もポツポツ出現するようになっていた。
 キュゥべえは、感情エネルギーの回収効率が低下したことを嘆きつつも、それでもこれまでと変わらず、思春期の少女たちに契約を迫っているようだ。

 すべてが何事もなかったかのように丸く収まったわけではないが、それでも少女達に幾許かの希望と未来は残された。
 それをもたらす一助となれただけでも、この世界──マミの傍らに来れて良かった。
 皮肉屋の弓兵も、この件に関してばかりは、そう思うのだった。


-FIN-
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KCA(嵐山之鬼子)

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