『ルイズは悪友(とも)を呼ぶ! After』 その12
二日連続更新! アフター編も大詰めな12話です。
『るいとも *Aの12』
「ジョゼフ王の真意を知りたいの」
平賀家のルイズの部屋に集まった友人たち──サイト、キュルケ、タバサ、そしてティファニアに向かって、ルイズは、そう言った。
なぜ、虚無の使い手を手元に集めようとしたのか?。
なぜ、トリステインに侵攻したのか?
なぜ、アルビオンに内乱の種を播いたのか?
なぜ、ロマリアに裏から経済的圧力をかけ続けているのか?
このうち、アルビオンとロマリアについては、テファ経由でマチルダからもたらされた情報である。運悪くマチルダ本人は情報収集のために村を離れていたので、同行できなかったのが、つくづく残念だ。
そもそも、いかなる理由で、仲が良かったと言われている弟──タバサの父・オルレアン公を殺したのか。王位継承に伴うゴタゴタは世の常だが、少なくともジョゼフ達に関しては、その可能性は決して高くなかったはずなのだ。
無論、それらは全て「ハルケギニアを征服する」という野望に基づくものだとも解釈できる。むしろ、その方が自然だろう。
オルレアン公に関しては、その野望を見透かされ、諌められて邪魔になったからだ、と解せないこともない。
しかし、どこかおかしい。彼のとる作戦や陰謀は、どこか博打性が高く、まるで「失敗するならしたで、それまで」と割り切っているようにも見える。
これほど頭の回る人物なら、もっと賢く立ち回ることができると思うのだ。
あるいは、究極の愉快犯? 人々の苦しむ様が見たいだけの真性サディストか?
日本のゲームやアニメを多数知るルイズは、そういう壊れた感性の人間が存在することも、知識としては知っていた。
「……あえて挙げるなら、"愉快犯"と言う表現は正しいのかもしれない」
タバサが慎重に答える。彼女の目から見て、伯父は何事にも……そう、彼女の母を毒杯で「壊した」その時でさえも、真剣味が足りず、おもしろがっているように見えたからだ。
彼女が初めてジョゼフを憎悪した日……しかし、それまでの彼は、別の表情を見せたことも多々あったのではなかったか。
疎遠となった従姉に対してと同様、それまでの彼女は決して伯父のことが嫌いではなかったのだから。
「国際規模の愉快犯か。まったく、傍迷惑なことよねぇ」
戦争があれば商売人は儲かるって思われがちだけど、それって一時的な特需ってヤツなのよね~と、ボヤくキュルケ。
死の商人に徹するつもりなら別だが、そこまで冷酷に人命を弄べるとも弄ぼうとも思わない。
「どっちにせよ、敵の頭に会いに行くのが、今の状況ならいちばん目があるな」
トリステイン・アルビオンの連合軍は、よく持ちこたえてはいたが、このまま長期戦になれば地力の違いは如実に表れる。
ミリタリーファンのひとりとして、太平洋戦争における日本の勝利と敗北の経過を知るサイトは、そのことがよく分かっていた。
今のサイトは、状況によってはジョゼフを「殺す」覚悟さえ決めていた。
恋人(つれあい)にして相棒(しんゆう)たるルイズだけに手を汚させて、自分だけがのうのうと無垢なまま生きていくわけにはいかない。
それがお門違いな決意だと半ば理解しつつ、それでもサイトはその昏い感情を捨てることはできなかった。
ごく自然に「戦場」に向かうことを結論づけた4人を前にして、ティファニアは気圧されたように口ごもる。
「あのぅ……えっと……」
「ああ、テファは、気にすることはないわ。ここにいれば、安全よ」
委縮するティファニアに、ルイズはやさしく言い聞かせる。
「もっとも、ジョゼフもまた虚無の使い手だとしたら、ゲートを習得する可能性は0じゃないけどな」
「ヤなこと言うわね~。それでも、偶然、日本に繋がる可能性なんて、それこそ天文学的に低い確率でしょ」
「その表現は間違ってると思うが……まぁ、言いたいことはわかる」
軽口をたたき合うルイズとサイトに緊張をほぐされたのか、テファがようやく口を開いた。
「わ、わたしも何かできませんか?」
4人は顔を見合わせる。
戦力は少しでも欲しいと言いたいところだが、テファの場合、連れて動くことのデメリットの方が大きい。
「──正直に言うと、"今"はないわ。でも、もし話し合いでジョゼフ王を止めることができなかった場合、その時はぜひ貴女の力を貸して、ティファニア」
真剣な表情のルイズの言葉に嘘がないと感じたのか、テファはコクリとうなずいた。
もっとも、彼女は気付かなかったが、ジョゼフ王を話し合いで止められなかった場合(その確率は非常に高い)、戦いになり、ルイズ達が生きて戻らない可能性もあるのだが。
「──ところで。待っている間、退屈だと思うから、コレでも見ててよ」
先ほどまでの重苦しい雰囲気から、一転、砕けた調子になったルイズは、テレビとDVDプレイヤーの電源を点ける。
「ココを押すと再生……画像が動きだすから楽しく観賞してネ。終わったら、このボタンを押すとティスクが出るから、次のディスクと入れ替えて、また再生して」
「は、はぁ……」
ファンタジーの世界から来たばかりの半妖精に、アニメのDVDを見せるというのは、いかがなものか。対象が「ロードス島戦記」なのは、一応わかりやすいよう気遣ったつもりなのかもしれないが。
「あ、お茶とお菓子はココに置いておくから、好きなだけ食べて。もし困ったことがあったら、下の階にサイトのお母さんがいるはずだから、聞いてみて」
* * *
ガリア王宮への侵入は、タバサの案内を考慮に入れても、拍子抜けするほどあっさり済んだ。
何せ近衛部隊も含めた全軍が、グラントロワは元より王都リュティスから王の命令で出征しており、宮殿にも最小限の人間しかいなかったのだから。
「──明らかに誘ってる?」
タバサと同様の感想は全員感じていたが、それでもこれが数少ないチャンスには違いなかった。
とは言え、まったく行く手を阻む者がいなかったわけではない。
「どこに行くんだい、ガーゴイル娘!」
父王の命令を無視し、わずかな手勢を率いて立ちはだかるイザベラ王女もそのひとりだった。
「行って。アレはわたしが立ち向かうべき存在」
決意を込めたタバサの肩をポンポンとキュルケが叩く。
「「ここは俺に任せて先へ急げ!」とか、そーゆーのを、専門用語で死亡フラグって言うんでしょ? ダメよ、そんなに思いつめちゃ」
クルリとルイズの方に向き直る。
「てことで、あたしはここでタバサを援護するから。さりあえず先に行ってて」
「……わかったわ。縁起を担ぐために、私たちは、ここで王国華撃団と名乗りましょう」
「あ~、ルイズルイズ、それだといっぺん皆死ぬから」
「大丈夫よ! そんな時のためにテファを残してきたんじゃない。全員倒れても、乳神様のご加護で、リライブできるわ!」
いつものように、くだらない無駄口をたたきあいながら、ふたりは駆ける。
その行く手を阻んだのは、やはり「最強の盾にして矛」だった。
「とうとう来たね、虚無とその使い魔。あの方はまみえることを内心望んでらっしゃるみたいだけど、素直に先へは行かせないよ。そうだね、使い魔は殺し、虚無の娘のほうは手足を斬って動けなくしてから、あの方の御前に放り出してやろう」
「ガンダールヴ、か……」
「そういうアンタは額を隠してるとこからして、ミョズニトニルンだね? ククッ、アイテムに頼らなければ何もできないイカサマ師風情が、最強の戦士たるこのあたしに勝てるとでも?」
"原作"の同一人物に聞かせてやりたいとも思うような傲慢なセリフを、臆面もなく吐くシェフィールド。
「まぁ、確かに間違っちゃいないんだろーが、それはそれで腹の立つセリフだよなー」
ついと左手をポケットに突っ込むサイト。
「くらえ、ガヤン神官の必殺技、"閃光"」
もちろん、青の双子神の信徒になったわけではなく、ただのカメラのフラッシュなわけだが。
サイトが何をするのか見極めようと注視していたシェフィールドに対しては面白いほど決まったものの、そこからがギーシュ風情とは格が違った。
デルフの刃を返して峰打ちにしようと走り寄ったサイトに、目を閉じたままの彼女が、なんと正確に反撃してきたのだ。
「うわっ、ひょっとして心眼のスキル持ち?」
「へぇ、よくその名前を知ってたね。ひょっとして、アンタも東方出身?」
あわてて避けたサイトを援護するため、ルイズも"爆発"の魔法を唱えるが、ガンダールヴの女は、それすら避けてみせる。どうやら、こちらの殺気を感じて、かわしているらしい。
直接彼女自身の手足や服を爆発させることも試みたのだが、動きが速すぎて魔法の焦点を合わせ切れないのだ。
目が見えなくてすら、コレなのだ。視力が回復したらどうなることか……。
冷たい汗が背筋を伝うのを感じる。
エルフの戦士に使ったあの方法も、この剣士ならたやすくかわしてしまうだろう。
そもそもアレは相手が支えのない空中にいたからこそ有効な方法だ。地面にいるなら伏せるなり剣を床に突き立てるなりして、こらえる方法はいろいろある。
爆発で空中に吹き飛ばそうとしても、コチラの殺気を読んで、簡単には引っかかってはくれまい。
(ん? 殺気、か……)
サイトに目くばせすると、彼もうなずいた。何かしようとしてることは、理解してくれたらしい。
ルイズは、焦れたように一歩二歩と踏み出す。
「くっ、この! 当たれ!」
「バカ、ルイズ、熱くなるな!」
「ははっ、遅いよ、ミョズニトニルン。お姫様はもらった!」
ようやく回復し始めた視界の中、シェフィールドはルイズに剣を突き付けようと走り出し……かけて、そのままつんのめる。
白黒のタイル模様になったその黒い石畳がズブズブと彼女の足を飲みんだのだ。
視界がクリアーなら、そこに穴のようなものが開いていると、彼女も気づいたことだろう。
結局、自らの心眼を過信したことが、文字通り"落とし穴"となったのだ。
「くっ、これしきっ!」
胸元まで穴に沈みながらも、剣を縁に突き立て、脱出しようとするシェフィールドだったが、すぐさま穴──"世界扉"をルイズが閉ざす。
「ジョゼフさまーーーーっ!」
悲痛な絶叫も、すぐに"扉"が閉じたために聞こえなくなった。
「今回は、どこに飛ばしたんだ、ルイズ?」
「心配しなくても、"殺す気"はないわ。ちゃんと日本国内よ。ほら、去年の夏にサイトたちと行った長野の別荘があるじゃない? あの近くの遊覧船に乗った湖……諏訪湖だっけ? その真ん中に落としただけ」
もっとも、こんな晩秋の夜中に寒中水泳するのは、相当辛いでしょうけどね……と、ちょっと意地悪く笑う。
「まぁ、彼女がカナヅチでないことを祈りましょ」
そして、もはや遮る者すらなく、玉座の間に辿りつくふたり。
「ふっ、よくぞここまで来たな、トリステインの虚無の担い手。余の戦女神(ワルキューレ)も敵わなかったか」
「知ってる? そーゆーセリフって、負けフラグの立った悪役の決まり文句なんだって」
「くくく……そうかもしれんな」
ゆらり、と立ち上がるジョゼフ。すでに50歳くらいだとタバサから聞いてはいたが、とてもそうは見えない偉丈夫だ。
戦闘態勢ということで、バイク用のつなぎを着たうえ、フルフェイスヘルメットをかぶり、皮のブルゾンを着たふたりの姿は、ハルケギニアの人間の目には相当不気味にうつるはずなのに、毛ほども臆したところはない。
「なるほど、これが王の気迫ってヤツか! ……なんちて」
サイトは、空元気まじりにジョークを口にする。
「ねぇ、ガリア王、どうしても聞きたいことがあって、私たち、ここまで来たの」
「――よかろう。言ってみろ」
なぜ、ロマリアに裏から経済的圧力をかけ続けているのか?
なぜ、アルビオンに内乱の種を播いたのか?
なぜ、トリステインに侵攻したのか?
なぜ、虚無の使い手を手元に集めようとしたのか?。
ルイズの質問をつまらなさそうに聞いていたジョゼフだが、5番目の質問が聞こえてきた時だけは、軽く目を見開く。
「なぜ、仲が良かったとはずの、お父様を──あなたの実の弟を殺したの?」
見れば、玉座の間の入り口にはタバサとキュルケが立っていた。だいぶボロボロだが、命に別状はなさそうだ。
「ふむ。シャルルの娘か……お主にそう聞かれては、答えぬわけにもいかんな」
ふと、一瞬だけ遠くを見るような気配がジョゼフ王の目に浮かぶ。
彼が話した思い出話。それは、タバサ――シャルロットとしては、できれば耳にしたくない内容の話であった。
現在、ハルケギニアに存在する4人の虚無の使い手のうち、もっとも早く世に生まれた彼が得た、最初の魔法は"読心(リーディング)"であった。
幼い頃から、魔法的無能者として蔑まれ、王族でありながら肩身の狭い思いをして、周囲の人間の顔色を臆測してきた彼が得たそれは、ある意味必然であったのだろうか。
近づいて手を触れる必要があるとは言え、この魔法のおかげで、随分と彼は敵と味方――正しくは、すでに敵意を抱く人物と、とりあえずは味方してくれる人物の峻別を容易に行えるようになる。
彼の今は亡き妃も、当初は欲得づくだったとは言え、結婚してからはそれなりに愛情を抱くようになっていたことを、彼はこの魔法を通じて理解し、むしろ安堵していたくらいだ。
どんな人間の内心をも確認できるようになった彼は、的確に人を動かせるようになってはいたが、それはひどく味気ない行為でもあった。
彼の敵及び潜在的な敵は数多く、また当面の味方さえ、内になにがしかの打算を秘めて従っているだけだったのだから。
そんな彼にも、唯一心を許す相手がいた。それが、実の弟のシャルルであった。
弟の無邪気とも無垢ともとれる人の良さに、時に苛立つこともあったものの、物心ついて以来ずっと彼を慕い、助けてきてくれたオルレアン公シャルルのことは、ジョゼフにとって妻の忘れ形見イザベラと並ぶ癒しだった。
そう、ならばあんな事をしなければよかったのだ……。
「まさか……」
「ハハハ、そう、そのまさかだよ。魔がさしたのだろうな。あの日、オレは、アイツの心を初めて読んだ!」
その結果、彼を排斥する陰謀があり、こともあろうにその首謀者が弟シャルルであることを知ってしまったのだ。
茫然自失状態から醒めた彼が最初に行ったのは、シャルル暗殺の指令であった。
しかし、しばらくして彼が平静を取り戻したときは、すでに指令は遂行され、王宮の庭でオルレアン公は瀕死の状態となって倒れていた。
矛盾して聞こえるかもしれないが、その時、ジョゼフはシャルルを懸命に助けようとしたのだ。自ら彼を抱き上げてベッドへと運び、最高の水魔法の使い手と秘薬も用意した。
そう、ジョゼフは妻の一件でも知っていたはずなのだ。人の心は複雑怪奇であり、一筋縄ではいかぬことを。
死に瀕したシャルルの心の中から伝わってくるのは、この国の将来に対する懸念と、兄へのすまないという気持ち。
彼とて好きで兄王を廃そうと思ったわけではない。ただ、自分をいただく有力貴族達の動きをもはや覆せぬと知り、せめて自分が舵をとることでなるべく穏便に事を進めようと考えていただけだったのだ。
「あの時ほど、オレは運命を……そして始祖ブリミルを呪ったことはなかったよ。どうせなら、本当の無能のままでいればよかった、こんな呪われた虚無の才能などいらぬ、とな」
シャルロットの母……オルレアン公夫人を"壊した"のも、彼女が弟を焚きつけた者のひとりだったからだ。
そう、最初から、シャルロット自身を害する気はなかったのだ。ただ、それをほのめかせば、苦悩しながらも彼女が自ら毒を煽ると知っていたが故のこと。
そうして、彼が半ば八つ当たりにも似た粛正と復讐を遂げた後、ジョゼフに残されたものは何もなかった。
愛娘でさえ、どこか彼の事を脅え避けるようになっていたのだから。
「せっかくだから、壊そうと思ったのさ。この始祖ブリミルとやらが作った歪な箱庭を。
その途上で、オレの方が倒れるなら、それならそれで良かった。
そして、聞いてみたかったのだ。オレと同じ虚無の使い手、おそらくは王族貴族に生まれながら、魔法の使えぬ無能者と長年虐げられてきたであろう者達の、この世界に対する感情を、な」
他にとりたててやりたいこともなかったしな、と自嘲するように呟く。
「で、どうだ、トリステインの虚無の娘? お前にとってこの世界は?」
ルイズも一瞬だけ目を閉じる。
確かに、ガリアと同じく魔法を重んじるトリステインは、系統魔法の使えぬ彼女にとって住みやすい場所ではない。
日本という異郷を知ってからは、旧態然としたその体勢に苛立ちを通り越して呆れさえ感じる。
だから、目の前の男の気持ちが、まったくわからないわけではないが……。
「そうね、私にとっては大好きな"友人"と"家族"がいる大切な故郷よ。そこを踏みにじろうとしているアンタは、やっぱり許せないわね、無能王」
「おもしろい、オレの失いしものの名にかけて、オレに挑むか? ならば、止めてみせよ!!」
──ボムン!
"爆発"の魔法どうしがぶつかりあい、勢いを相殺する。
「イリュージョン!」
だいぶ使い方に慣れたルイズが、自分とサイトの幻を生み出し、ジョゼフ王を撹乱しようする。
「クハハ……お前の虚無は、そんな程度か?」
しかし、ジョゼフは怯まない。"爆発"の魔法でことごとく幻を消し去り、さらに彼の切り札たる虚無の魔法を発動させる。
「加速(アクセル)!」
瞬間、ジョゼフの意識と身体機能が文字通り"加速"される。五感のすべてが通常時の数倍鋭敏になり、目の前の4人の動きが、水飴の中で動くがごとく緩慢に見えるのだ。もちろん、これはジョゼフ自身が加速されたことによる相対的な錯覚なのだが……。
あちらの姪が唱えたのはウィンド・ブレイクか。しかし、ロクに精神力が残っていないのか、今の加速したジョゼフにとっては微風が吹きつけるようなものだ。いや、通常時でも大したダメージは受けまい。
その隣りにいる赤い髪の女が唱えかけているのは、ファイアーボールか? しかし、ノロい、ノロいぞ、欠伸が出るわ!
虚無の使い手は、ひとつ覚えの"爆発"か。うむ、短いフライを暴発させて使おうというのは工夫したな。しかし、それでも遅い遅い。
その使い魔、ミョズニトニルンは……ほぅ、何かアイテムを使おうとしたようだな。しかし慌てたせいか、手から落としているぞ。やれやれ、"神の頭脳"もこれでは持ち腐れだな……。
そこまで考えた瞬間、ジョゼフは顔面部をハンマーで殴られたかのごとき衝撃とともに、意識を失った。
「サイト~、早くそれどっかに捨ててよォ」
「わかってるけど、その前にこのおっさんを縛らないと……」
ナイロンザイルで念入りにジョゼフを拘束したうえ、ボールギャグをかます。
以前聞いたタバサの事前情報から、ルイズたちはジョゼフの切り札たる"虚無"について、ひとつの推論をたてていた。
すなわち、「自身の加速」もしは「時間停止」。
「ザ・ワールドだったら、どの道、勝てっこねぇな。ルイズが土壇場で同じ虚無に目覚めない限り」
「ムチャ言わないでよ! ディオと承太郎じゃないんだから」
「まーな。でも、"動作を加速"してるってんなら、やりようはあると思うぞ。面による攻撃で、相手がどう動いても当たる状況を作ればいい。ハリトをかわすことはできるかもしれんけど、ティルトウェイトをかわすことは無理だろ?」
「だーかーらー、私の"爆発"はそこまで広範囲攻撃呪文じゃないんだってば!」
「いや、別に魔法を使う必要もないと思うぞ」
……と言うわけで、サイトの世界から"化学兵器"による攻撃をしかけることで、ジョゼフ王を無力化したわけだ。
サイトとルイズがフルフェイスヘルメットをかぶってたのも、口元にマスクしているのを目立たせないようするためだ。
タバサの弱ウィンド・ブレイクも、"ガス"をジョゼフに効率的に吹きつけるための方策だ。
「しかし、話には聞いてたけど、これほど効くとはなぁ……」
サイトが手にした"缶"のラベルを見て、しみじみ呟く。中身は先程キュルケのファイアボールで消し炭に変えたのだが、それでもまだ匂って来る。
ジョゼフ王を昏倒させた化学兵器、それは"世界でもっとも臭い食べ物"の異名をとる缶詰「シュールストレミング」であった。
ただでさえ、匂いをかぐと吐き気を催す人間が多数出ると言われる代物なのに、サイトのミョズニトニルン効果+ジョゼフ自身の鋭敏になった嗅覚ではひとたまりもなかったろう。
世界を敵に回した男を倒す方法としては、あまりにあんまりな幕切れだった。
* * *
その後、ルイズたちは、ジョゼフ王の処断については、タバサに委ねた。
彼女はしばらく葛藤していたものの、結局彼を殺すことは諦めたようだ。
トリステイン、ゲルマニア、ロマリアの国境に出張っているガリア軍には、テファの助力を借りて、「始祖ブリミルに魔法を授けた神」の巨大な幻影を空に映し出すことで、収束をはかった。
「ほら、テファ、あのOVAに出た来た神様の姿を参考にして、幻を作ってみて! 大きくするのは私がやるから、動作の制御はお願いね」
トライアングルふたりの合体呪文をヘクサゴンスペルと称するが、虚無×虚無のコレは何と言うのだろう?
もっとも、ルイズに言わせれば、0に何をかけても0だということらしいが。
無論、空に浮かぶ巨大な"神"の姿は、大いに人々の動揺を誘い、その内容がガリアをいさめる内容であっただけに、ガリア軍の士気は著しく下がった。
もとより、王都の主はすでに拘束し、誰にも手の届かない場所(要するに地球のことだが)に移してあるのだ。
また、タバサに敗れたイザベラ王女に関しては、トリステインの王宮に届けて手厚く「保護」してもらっている。
もぬけの空となった王宮の様子も数日中には知られることとなり、ほどなく停戦協定が結ばれることだろう。
正直なテファなどは、「神様をこんなふうに使って、いいのかなぁ」と心配そうな顔をしていたが、他の5人(含むマチルダ)でなだめておいた。
さて、そんなこんなで、ハルケギニア中がとりあえずの落ち着きを取り戻すまで、およそひと月あまりかかることになったのだった。
-エピローグへ-
────────────────────────
というワケで、一応シリアス?な決着に。いや、方法はナニですが。
次回、シリーズの最終回です。
『るいとも *Aの12』
「ジョゼフ王の真意を知りたいの」
平賀家のルイズの部屋に集まった友人たち──サイト、キュルケ、タバサ、そしてティファニアに向かって、ルイズは、そう言った。
なぜ、虚無の使い手を手元に集めようとしたのか?。
なぜ、トリステインに侵攻したのか?
なぜ、アルビオンに内乱の種を播いたのか?
なぜ、ロマリアに裏から経済的圧力をかけ続けているのか?
このうち、アルビオンとロマリアについては、テファ経由でマチルダからもたらされた情報である。運悪くマチルダ本人は情報収集のために村を離れていたので、同行できなかったのが、つくづく残念だ。
そもそも、いかなる理由で、仲が良かったと言われている弟──タバサの父・オルレアン公を殺したのか。王位継承に伴うゴタゴタは世の常だが、少なくともジョゼフ達に関しては、その可能性は決して高くなかったはずなのだ。
無論、それらは全て「ハルケギニアを征服する」という野望に基づくものだとも解釈できる。むしろ、その方が自然だろう。
オルレアン公に関しては、その野望を見透かされ、諌められて邪魔になったからだ、と解せないこともない。
しかし、どこかおかしい。彼のとる作戦や陰謀は、どこか博打性が高く、まるで「失敗するならしたで、それまで」と割り切っているようにも見える。
これほど頭の回る人物なら、もっと賢く立ち回ることができると思うのだ。
あるいは、究極の愉快犯? 人々の苦しむ様が見たいだけの真性サディストか?
日本のゲームやアニメを多数知るルイズは、そういう壊れた感性の人間が存在することも、知識としては知っていた。
「……あえて挙げるなら、"愉快犯"と言う表現は正しいのかもしれない」
タバサが慎重に答える。彼女の目から見て、伯父は何事にも……そう、彼女の母を毒杯で「壊した」その時でさえも、真剣味が足りず、おもしろがっているように見えたからだ。
彼女が初めてジョゼフを憎悪した日……しかし、それまでの彼は、別の表情を見せたことも多々あったのではなかったか。
疎遠となった従姉に対してと同様、それまでの彼女は決して伯父のことが嫌いではなかったのだから。
「国際規模の愉快犯か。まったく、傍迷惑なことよねぇ」
戦争があれば商売人は儲かるって思われがちだけど、それって一時的な特需ってヤツなのよね~と、ボヤくキュルケ。
死の商人に徹するつもりなら別だが、そこまで冷酷に人命を弄べるとも弄ぼうとも思わない。
「どっちにせよ、敵の頭に会いに行くのが、今の状況ならいちばん目があるな」
トリステイン・アルビオンの連合軍は、よく持ちこたえてはいたが、このまま長期戦になれば地力の違いは如実に表れる。
ミリタリーファンのひとりとして、太平洋戦争における日本の勝利と敗北の経過を知るサイトは、そのことがよく分かっていた。
今のサイトは、状況によってはジョゼフを「殺す」覚悟さえ決めていた。
恋人(つれあい)にして相棒(しんゆう)たるルイズだけに手を汚させて、自分だけがのうのうと無垢なまま生きていくわけにはいかない。
それがお門違いな決意だと半ば理解しつつ、それでもサイトはその昏い感情を捨てることはできなかった。
ごく自然に「戦場」に向かうことを結論づけた4人を前にして、ティファニアは気圧されたように口ごもる。
「あのぅ……えっと……」
「ああ、テファは、気にすることはないわ。ここにいれば、安全よ」
委縮するティファニアに、ルイズはやさしく言い聞かせる。
「もっとも、ジョゼフもまた虚無の使い手だとしたら、ゲートを習得する可能性は0じゃないけどな」
「ヤなこと言うわね~。それでも、偶然、日本に繋がる可能性なんて、それこそ天文学的に低い確率でしょ」
「その表現は間違ってると思うが……まぁ、言いたいことはわかる」
軽口をたたき合うルイズとサイトに緊張をほぐされたのか、テファがようやく口を開いた。
「わ、わたしも何かできませんか?」
4人は顔を見合わせる。
戦力は少しでも欲しいと言いたいところだが、テファの場合、連れて動くことのデメリットの方が大きい。
「──正直に言うと、"今"はないわ。でも、もし話し合いでジョゼフ王を止めることができなかった場合、その時はぜひ貴女の力を貸して、ティファニア」
真剣な表情のルイズの言葉に嘘がないと感じたのか、テファはコクリとうなずいた。
もっとも、彼女は気付かなかったが、ジョゼフ王を話し合いで止められなかった場合(その確率は非常に高い)、戦いになり、ルイズ達が生きて戻らない可能性もあるのだが。
「──ところで。待っている間、退屈だと思うから、コレでも見ててよ」
先ほどまでの重苦しい雰囲気から、一転、砕けた調子になったルイズは、テレビとDVDプレイヤーの電源を点ける。
「ココを押すと再生……画像が動きだすから楽しく観賞してネ。終わったら、このボタンを押すとティスクが出るから、次のディスクと入れ替えて、また再生して」
「は、はぁ……」
ファンタジーの世界から来たばかりの半妖精に、アニメのDVDを見せるというのは、いかがなものか。対象が「ロードス島戦記」なのは、一応わかりやすいよう気遣ったつもりなのかもしれないが。
「あ、お茶とお菓子はココに置いておくから、好きなだけ食べて。もし困ったことがあったら、下の階にサイトのお母さんがいるはずだから、聞いてみて」
* * *
ガリア王宮への侵入は、タバサの案内を考慮に入れても、拍子抜けするほどあっさり済んだ。
何せ近衛部隊も含めた全軍が、グラントロワは元より王都リュティスから王の命令で出征しており、宮殿にも最小限の人間しかいなかったのだから。
「──明らかに誘ってる?」
タバサと同様の感想は全員感じていたが、それでもこれが数少ないチャンスには違いなかった。
とは言え、まったく行く手を阻む者がいなかったわけではない。
「どこに行くんだい、ガーゴイル娘!」
父王の命令を無視し、わずかな手勢を率いて立ちはだかるイザベラ王女もそのひとりだった。
「行って。アレはわたしが立ち向かうべき存在」
決意を込めたタバサの肩をポンポンとキュルケが叩く。
「「ここは俺に任せて先へ急げ!」とか、そーゆーのを、専門用語で死亡フラグって言うんでしょ? ダメよ、そんなに思いつめちゃ」
クルリとルイズの方に向き直る。
「てことで、あたしはここでタバサを援護するから。さりあえず先に行ってて」
「……わかったわ。縁起を担ぐために、私たちは、ここで王国華撃団と名乗りましょう」
「あ~、ルイズルイズ、それだといっぺん皆死ぬから」
「大丈夫よ! そんな時のためにテファを残してきたんじゃない。全員倒れても、乳神様のご加護で、リライブできるわ!」
いつものように、くだらない無駄口をたたきあいながら、ふたりは駆ける。
その行く手を阻んだのは、やはり「最強の盾にして矛」だった。
「とうとう来たね、虚無とその使い魔。あの方はまみえることを内心望んでらっしゃるみたいだけど、素直に先へは行かせないよ。そうだね、使い魔は殺し、虚無の娘のほうは手足を斬って動けなくしてから、あの方の御前に放り出してやろう」
「ガンダールヴ、か……」
「そういうアンタは額を隠してるとこからして、ミョズニトニルンだね? ククッ、アイテムに頼らなければ何もできないイカサマ師風情が、最強の戦士たるこのあたしに勝てるとでも?」
"原作"の同一人物に聞かせてやりたいとも思うような傲慢なセリフを、臆面もなく吐くシェフィールド。
「まぁ、確かに間違っちゃいないんだろーが、それはそれで腹の立つセリフだよなー」
ついと左手をポケットに突っ込むサイト。
「くらえ、ガヤン神官の必殺技、"閃光"」
もちろん、青の双子神の信徒になったわけではなく、ただのカメラのフラッシュなわけだが。
サイトが何をするのか見極めようと注視していたシェフィールドに対しては面白いほど決まったものの、そこからがギーシュ風情とは格が違った。
デルフの刃を返して峰打ちにしようと走り寄ったサイトに、目を閉じたままの彼女が、なんと正確に反撃してきたのだ。
「うわっ、ひょっとして心眼のスキル持ち?」
「へぇ、よくその名前を知ってたね。ひょっとして、アンタも東方出身?」
あわてて避けたサイトを援護するため、ルイズも"爆発"の魔法を唱えるが、ガンダールヴの女は、それすら避けてみせる。どうやら、こちらの殺気を感じて、かわしているらしい。
直接彼女自身の手足や服を爆発させることも試みたのだが、動きが速すぎて魔法の焦点を合わせ切れないのだ。
目が見えなくてすら、コレなのだ。視力が回復したらどうなることか……。
冷たい汗が背筋を伝うのを感じる。
エルフの戦士に使ったあの方法も、この剣士ならたやすくかわしてしまうだろう。
そもそもアレは相手が支えのない空中にいたからこそ有効な方法だ。地面にいるなら伏せるなり剣を床に突き立てるなりして、こらえる方法はいろいろある。
爆発で空中に吹き飛ばそうとしても、コチラの殺気を読んで、簡単には引っかかってはくれまい。
(ん? 殺気、か……)
サイトに目くばせすると、彼もうなずいた。何かしようとしてることは、理解してくれたらしい。
ルイズは、焦れたように一歩二歩と踏み出す。
「くっ、この! 当たれ!」
「バカ、ルイズ、熱くなるな!」
「ははっ、遅いよ、ミョズニトニルン。お姫様はもらった!」
ようやく回復し始めた視界の中、シェフィールドはルイズに剣を突き付けようと走り出し……かけて、そのままつんのめる。
白黒のタイル模様になったその黒い石畳がズブズブと彼女の足を飲みんだのだ。
視界がクリアーなら、そこに穴のようなものが開いていると、彼女も気づいたことだろう。
結局、自らの心眼を過信したことが、文字通り"落とし穴"となったのだ。
「くっ、これしきっ!」
胸元まで穴に沈みながらも、剣を縁に突き立て、脱出しようとするシェフィールドだったが、すぐさま穴──"世界扉"をルイズが閉ざす。
「ジョゼフさまーーーーっ!」
悲痛な絶叫も、すぐに"扉"が閉じたために聞こえなくなった。
「今回は、どこに飛ばしたんだ、ルイズ?」
「心配しなくても、"殺す気"はないわ。ちゃんと日本国内よ。ほら、去年の夏にサイトたちと行った長野の別荘があるじゃない? あの近くの遊覧船に乗った湖……諏訪湖だっけ? その真ん中に落としただけ」
もっとも、こんな晩秋の夜中に寒中水泳するのは、相当辛いでしょうけどね……と、ちょっと意地悪く笑う。
「まぁ、彼女がカナヅチでないことを祈りましょ」
そして、もはや遮る者すらなく、玉座の間に辿りつくふたり。
「ふっ、よくぞここまで来たな、トリステインの虚無の担い手。余の戦女神(ワルキューレ)も敵わなかったか」
「知ってる? そーゆーセリフって、負けフラグの立った悪役の決まり文句なんだって」
「くくく……そうかもしれんな」
ゆらり、と立ち上がるジョゼフ。すでに50歳くらいだとタバサから聞いてはいたが、とてもそうは見えない偉丈夫だ。
戦闘態勢ということで、バイク用のつなぎを着たうえ、フルフェイスヘルメットをかぶり、皮のブルゾンを着たふたりの姿は、ハルケギニアの人間の目には相当不気味にうつるはずなのに、毛ほども臆したところはない。
「なるほど、これが王の気迫ってヤツか! ……なんちて」
サイトは、空元気まじりにジョークを口にする。
「ねぇ、ガリア王、どうしても聞きたいことがあって、私たち、ここまで来たの」
「――よかろう。言ってみろ」
なぜ、ロマリアに裏から経済的圧力をかけ続けているのか?
なぜ、アルビオンに内乱の種を播いたのか?
なぜ、トリステインに侵攻したのか?
なぜ、虚無の使い手を手元に集めようとしたのか?。
ルイズの質問をつまらなさそうに聞いていたジョゼフだが、5番目の質問が聞こえてきた時だけは、軽く目を見開く。
「なぜ、仲が良かったとはずの、お父様を──あなたの実の弟を殺したの?」
見れば、玉座の間の入り口にはタバサとキュルケが立っていた。だいぶボロボロだが、命に別状はなさそうだ。
「ふむ。シャルルの娘か……お主にそう聞かれては、答えぬわけにもいかんな」
ふと、一瞬だけ遠くを見るような気配がジョゼフ王の目に浮かぶ。
彼が話した思い出話。それは、タバサ――シャルロットとしては、できれば耳にしたくない内容の話であった。
現在、ハルケギニアに存在する4人の虚無の使い手のうち、もっとも早く世に生まれた彼が得た、最初の魔法は"読心(リーディング)"であった。
幼い頃から、魔法的無能者として蔑まれ、王族でありながら肩身の狭い思いをして、周囲の人間の顔色を臆測してきた彼が得たそれは、ある意味必然であったのだろうか。
近づいて手を触れる必要があるとは言え、この魔法のおかげで、随分と彼は敵と味方――正しくは、すでに敵意を抱く人物と、とりあえずは味方してくれる人物の峻別を容易に行えるようになる。
彼の今は亡き妃も、当初は欲得づくだったとは言え、結婚してからはそれなりに愛情を抱くようになっていたことを、彼はこの魔法を通じて理解し、むしろ安堵していたくらいだ。
どんな人間の内心をも確認できるようになった彼は、的確に人を動かせるようになってはいたが、それはひどく味気ない行為でもあった。
彼の敵及び潜在的な敵は数多く、また当面の味方さえ、内になにがしかの打算を秘めて従っているだけだったのだから。
そんな彼にも、唯一心を許す相手がいた。それが、実の弟のシャルルであった。
弟の無邪気とも無垢ともとれる人の良さに、時に苛立つこともあったものの、物心ついて以来ずっと彼を慕い、助けてきてくれたオルレアン公シャルルのことは、ジョゼフにとって妻の忘れ形見イザベラと並ぶ癒しだった。
そう、ならばあんな事をしなければよかったのだ……。
「まさか……」
「ハハハ、そう、そのまさかだよ。魔がさしたのだろうな。あの日、オレは、アイツの心を初めて読んだ!」
その結果、彼を排斥する陰謀があり、こともあろうにその首謀者が弟シャルルであることを知ってしまったのだ。
茫然自失状態から醒めた彼が最初に行ったのは、シャルル暗殺の指令であった。
しかし、しばらくして彼が平静を取り戻したときは、すでに指令は遂行され、王宮の庭でオルレアン公は瀕死の状態となって倒れていた。
矛盾して聞こえるかもしれないが、その時、ジョゼフはシャルルを懸命に助けようとしたのだ。自ら彼を抱き上げてベッドへと運び、最高の水魔法の使い手と秘薬も用意した。
そう、ジョゼフは妻の一件でも知っていたはずなのだ。人の心は複雑怪奇であり、一筋縄ではいかぬことを。
死に瀕したシャルルの心の中から伝わってくるのは、この国の将来に対する懸念と、兄へのすまないという気持ち。
彼とて好きで兄王を廃そうと思ったわけではない。ただ、自分をいただく有力貴族達の動きをもはや覆せぬと知り、せめて自分が舵をとることでなるべく穏便に事を進めようと考えていただけだったのだ。
「あの時ほど、オレは運命を……そして始祖ブリミルを呪ったことはなかったよ。どうせなら、本当の無能のままでいればよかった、こんな呪われた虚無の才能などいらぬ、とな」
シャルロットの母……オルレアン公夫人を"壊した"のも、彼女が弟を焚きつけた者のひとりだったからだ。
そう、最初から、シャルロット自身を害する気はなかったのだ。ただ、それをほのめかせば、苦悩しながらも彼女が自ら毒を煽ると知っていたが故のこと。
そうして、彼が半ば八つ当たりにも似た粛正と復讐を遂げた後、ジョゼフに残されたものは何もなかった。
愛娘でさえ、どこか彼の事を脅え避けるようになっていたのだから。
「せっかくだから、壊そうと思ったのさ。この始祖ブリミルとやらが作った歪な箱庭を。
その途上で、オレの方が倒れるなら、それならそれで良かった。
そして、聞いてみたかったのだ。オレと同じ虚無の使い手、おそらくは王族貴族に生まれながら、魔法の使えぬ無能者と長年虐げられてきたであろう者達の、この世界に対する感情を、な」
他にとりたててやりたいこともなかったしな、と自嘲するように呟く。
「で、どうだ、トリステインの虚無の娘? お前にとってこの世界は?」
ルイズも一瞬だけ目を閉じる。
確かに、ガリアと同じく魔法を重んじるトリステインは、系統魔法の使えぬ彼女にとって住みやすい場所ではない。
日本という異郷を知ってからは、旧態然としたその体勢に苛立ちを通り越して呆れさえ感じる。
だから、目の前の男の気持ちが、まったくわからないわけではないが……。
「そうね、私にとっては大好きな"友人"と"家族"がいる大切な故郷よ。そこを踏みにじろうとしているアンタは、やっぱり許せないわね、無能王」
「おもしろい、オレの失いしものの名にかけて、オレに挑むか? ならば、止めてみせよ!!」
──ボムン!
"爆発"の魔法どうしがぶつかりあい、勢いを相殺する。
「イリュージョン!」
だいぶ使い方に慣れたルイズが、自分とサイトの幻を生み出し、ジョゼフ王を撹乱しようする。
「クハハ……お前の虚無は、そんな程度か?」
しかし、ジョゼフは怯まない。"爆発"の魔法でことごとく幻を消し去り、さらに彼の切り札たる虚無の魔法を発動させる。
「加速(アクセル)!」
瞬間、ジョゼフの意識と身体機能が文字通り"加速"される。五感のすべてが通常時の数倍鋭敏になり、目の前の4人の動きが、水飴の中で動くがごとく緩慢に見えるのだ。もちろん、これはジョゼフ自身が加速されたことによる相対的な錯覚なのだが……。
あちらの姪が唱えたのはウィンド・ブレイクか。しかし、ロクに精神力が残っていないのか、今の加速したジョゼフにとっては微風が吹きつけるようなものだ。いや、通常時でも大したダメージは受けまい。
その隣りにいる赤い髪の女が唱えかけているのは、ファイアーボールか? しかし、ノロい、ノロいぞ、欠伸が出るわ!
虚無の使い手は、ひとつ覚えの"爆発"か。うむ、短いフライを暴発させて使おうというのは工夫したな。しかし、それでも遅い遅い。
その使い魔、ミョズニトニルンは……ほぅ、何かアイテムを使おうとしたようだな。しかし慌てたせいか、手から落としているぞ。やれやれ、"神の頭脳"もこれでは持ち腐れだな……。
そこまで考えた瞬間、ジョゼフは顔面部をハンマーで殴られたかのごとき衝撃とともに、意識を失った。
「サイト~、早くそれどっかに捨ててよォ」
「わかってるけど、その前にこのおっさんを縛らないと……」
ナイロンザイルで念入りにジョゼフを拘束したうえ、ボールギャグをかます。
以前聞いたタバサの事前情報から、ルイズたちはジョゼフの切り札たる"虚無"について、ひとつの推論をたてていた。
すなわち、「自身の加速」もしは「時間停止」。
「ザ・ワールドだったら、どの道、勝てっこねぇな。ルイズが土壇場で同じ虚無に目覚めない限り」
「ムチャ言わないでよ! ディオと承太郎じゃないんだから」
「まーな。でも、"動作を加速"してるってんなら、やりようはあると思うぞ。面による攻撃で、相手がどう動いても当たる状況を作ればいい。ハリトをかわすことはできるかもしれんけど、ティルトウェイトをかわすことは無理だろ?」
「だーかーらー、私の"爆発"はそこまで広範囲攻撃呪文じゃないんだってば!」
「いや、別に魔法を使う必要もないと思うぞ」
……と言うわけで、サイトの世界から"化学兵器"による攻撃をしかけることで、ジョゼフ王を無力化したわけだ。
サイトとルイズがフルフェイスヘルメットをかぶってたのも、口元にマスクしているのを目立たせないようするためだ。
タバサの弱ウィンド・ブレイクも、"ガス"をジョゼフに効率的に吹きつけるための方策だ。
「しかし、話には聞いてたけど、これほど効くとはなぁ……」
サイトが手にした"缶"のラベルを見て、しみじみ呟く。中身は先程キュルケのファイアボールで消し炭に変えたのだが、それでもまだ匂って来る。
ジョゼフ王を昏倒させた化学兵器、それは"世界でもっとも臭い食べ物"の異名をとる缶詰「シュールストレミング」であった。
ただでさえ、匂いをかぐと吐き気を催す人間が多数出ると言われる代物なのに、サイトのミョズニトニルン効果+ジョゼフ自身の鋭敏になった嗅覚ではひとたまりもなかったろう。
世界を敵に回した男を倒す方法としては、あまりにあんまりな幕切れだった。
* * *
その後、ルイズたちは、ジョゼフ王の処断については、タバサに委ねた。
彼女はしばらく葛藤していたものの、結局彼を殺すことは諦めたようだ。
トリステイン、ゲルマニア、ロマリアの国境に出張っているガリア軍には、テファの助力を借りて、「始祖ブリミルに魔法を授けた神」の巨大な幻影を空に映し出すことで、収束をはかった。
「ほら、テファ、あのOVAに出た来た神様の姿を参考にして、幻を作ってみて! 大きくするのは私がやるから、動作の制御はお願いね」
トライアングルふたりの合体呪文をヘクサゴンスペルと称するが、虚無×虚無のコレは何と言うのだろう?
もっとも、ルイズに言わせれば、0に何をかけても0だということらしいが。
無論、空に浮かぶ巨大な"神"の姿は、大いに人々の動揺を誘い、その内容がガリアをいさめる内容であっただけに、ガリア軍の士気は著しく下がった。
もとより、王都の主はすでに拘束し、誰にも手の届かない場所(要するに地球のことだが)に移してあるのだ。
また、タバサに敗れたイザベラ王女に関しては、トリステインの王宮に届けて手厚く「保護」してもらっている。
もぬけの空となった王宮の様子も数日中には知られることとなり、ほどなく停戦協定が結ばれることだろう。
正直なテファなどは、「神様をこんなふうに使って、いいのかなぁ」と心配そうな顔をしていたが、他の5人(含むマチルダ)でなだめておいた。
さて、そんなこんなで、ハルケギニア中がとりあえずの落ち着きを取り戻すまで、およそひと月あまりかかることになったのだった。
-エピローグへ-
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というワケで、一応シリアス?な決着に。いや、方法はナニですが。
次回、シリーズの最終回です。
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